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2007年11月29日
11月29日「素人度炸裂!」
「最近、減ってきましたが少し前まで日本の女子高生は顔を黒くしていました。
顔を黒くするプロフェッショナルだったのです。
プロのことを日本語では「玄人」と書き、「くろうと」と読みます。
その反対の言葉は「素人」、「しろうと」と言います。
ちなみに「くろ」は「黒」、「しろ」は「白」とも書きます」
制作中のホワイトマンのビジュアルブックの中の一文である。
現在、ビジュアルブックと並行して、その絵コンテで撮影したムービーの編集も進行中である。
編集ディレクター佐々木氏から電話がかかってきた。
「ビデオを全て拝見したのですが、ピントが合っていなかったり、レンズが汚れていて画像を少し大きくすると気になって使えないんですよ」
「素人」度、炸裂である。
根本的な部分でのつまずき。
なぜ、レンズを磨かなかったのか、なぜ、カメラの画像チェックをしなかったのかなどの後悔と、作品が成り立たないことの衝撃を受けながら、佐々木氏からの提案を聞く。
「レンズの汚れをアートっぽくできないですかねぇ」
と素人度満載の言葉が喉まで出かかったが、ぐっとこらえた。
「玄人」佐々木氏からの素晴らしい発想の転換に感動するイシコであった。

キューバで観たモダンダンスが、今年、観た舞台の中でも上位にあがるのだが、よさを伝えるのが、この写真じゃねぇ。
伝える技術も磨かなくちゃなぁ。
投稿者 ishiko : 08:19
11月28日「雲を見る楽しみ」
晴れていると鈍行列車の旅も長距離バスの旅には雲を見る楽しみが増える。
雲で様々な絵を想像するのが好きなのである。
最初の頃は、あの雲は「鳥」に見えるとか、「鹿」に見えるなどの想像が楽しい。
慣れてくると、あの雲は「鉢巻をしたおじさん」だとか、「怒ったユニコーン」だというような具体的な絵が見え始める。
妄想癖に近くなってきた最近では、「ゴジラの顔をした羊」、「ソフトクリームの家から顔を出しているバカボン」と訳のわからない絵が見えてくる。
こんなに僕が雲を見るようになったのは、写真家No.13ウサプリンの空の写真を見てからだと思う。
そんな彼女の写真展が京都で開催中なので、俳優No.2カマンに連れて行ってもらう。
真っ白な空間に新しいシリーズの花の写真も加わっていた。
雲の隙間から太陽の光が漏れて、柱のように海を照らしている僕の大好きな写真も飾られていた。
現在、マスコミにも彼女はときどき登場しているが癌の治療中である。
どんな状況でも感謝を忘れない彼女の言葉「アイラブサンキュー!」。
彼女が言うように生きていること自体が奇跡なのだということ。
それが雲の写真にも花の写真にも現れているのだと思う。

犬が飛んでいるように見えないですか?
投稿者 ishiko : 08:15
2007年11月27日
11月26日「世の中で必要な物と必要でない物」
必要ないものと必要あるものとの区別は、つけにくいものである。
しかし、自分の中で世の中にこれは必要ないと判断したとき、
「これって必要ないんじゃないんだろうか?」
と声を出して、人と共有したくなるときがある。
結局、後で考えるとそうでもないことも多いのだが。
通称「しゃちょ~」と呼んでいる建設会社大久保社長と僕を俳優No.2カマンが温泉へ連れて行ってくれる。
駐車場から、露天風呂に向う坂道の入り口の券売機でチケットを買い、そのまま歩いていこうとした。
「チケット!チケット!」
新聞を広げたおじさんが、少し怒り気味に僕らを呼び止め、奪い取るようにチケットを取り上げた。
同じように駐車場に止めて、後から追いかけてきたカマンも僕と同じようにチケットを購入して、そのまま通り過ぎようと
した。
新聞からほとんど目を離さないおじさんが、やはり少し怒り気味に
「チケット!」
と言い放ち、チケットを取り上げる。
何か釈然としないものが残る。
それは3人とも同じだったようである。
「あの、おじさん必要ないよね?」
この一言で救われた。
券売機というものは本来、会計をする人の手が足りないから設置されるものなのではないのだろうか。
どう見てもおじさんは暇そうではないか。
おじさんに直接、支払えばいいじゃないか。
こんな無駄なことをしている場所は、他の温泉ではありえないのだろうか。
一気に僕らの中でテンションがあがる。
ただ今、書きながら、よくよく考えれば、おじさんは必要なのである。
どこの温泉やスーパー銭湯でも券売機で購入したチケットを受け取る人が必要なのだと。
チケットは露天風呂の入り口で渡すものという固定概念があって、使用する施設と離れた場所で渡すという抵抗感があったのだと。
そして、たまたま僕らはタオルを持ってきたのでチケットを渡すだけになってしまったが、貸しタオルなどを渡す場合にも、やはりおじさんは必要なのだと。
そもそもおじさんが必要ないということに怒っていたのではなく、怒り気味だったおじさんに不快感を持っただけなのだと。

カマンの京都案内は素晴らしい。
今が見頃の永観堂の紅葉にも連れて行っていただいた。
投稿者 ishiko : 08:08
2007年11月26日
11月25日「革張りシートに憧れるおじさん」
「革張り」と聞くとどこか高級感を感じてしまうのは僕だけだろうか。
昨日の「日帰り出張」と同じように、この「革張り」という言葉にもどこか憧れている気がする。
車のシートが革張り使用と聞くとそんな違いもわからないのに、
「やっぱり革張りシートは違うね」
とつぶやき、
革張りのソファと聞く義務感のようにソファに頬ずりをして、ウケを狙おうとした恥ずかしい記憶もある。
「革張り」と聞くとどこか行動や発言がおかしくなるのである。
そんな「革張り」のシートで話題になったスターフライヤーズが東京と関西空港を結び便が就航されたらしい。
そして俳優のNo.3カマンが大阪で初めての一人芝居に挑戦すると聞き、敬意を払ってこの便を使って観に行くことにした。
敬意を払って革張りシートというのは理解できないのかもしれないが、やはり「革張り」という言葉は、変な行動を誘うのである。
スターフライヤーズのイメージカラーは黒のようで、真っ黒に塗られた飛行機で、黒を基調にしたスーツのスチュワーデスに迎えられる。
敬意を表して、僕も黒のタートルと黒のダウンベストを着てきた。
ってこれはたまたまなのだけれど。
そして憧れの黒の革張りシートに座る。
感想も何も、座ったことだけで感動するのであった。
そのあとに久しぶりに乗った南海線のラピート号もよかったなぁ。
って南海線はモノレールじゃないんですけどね。
何となく大阪のモノレールが好きなもので。
ってこれはクアラルンプールのモノレールなんですけどね。
投稿者 ishiko : 08:48
2007年11月25日
11月24日「日帰り出張に憧れるおじさん」
会社勤めをしたことのない僕は、ずっと「日帰り出張」という言葉に憧れていた。
「明日、大阪に日帰り出張なんですよ」
「いいじゃん!俺なんか、先日、福岡に日帰り出張だぜ」
「だぜ」という語尾の違和感よりも、この会話に、参加できないことへの劣等感の方が大きかった。
そんな僕にも「日帰り出張」を味わえる日がやってきたのである。
現在、ホワイトマンでショートムービーの編集をしているのだが、その編集ディレクターを北海道在住の佐々木氏にお願いすることになり、打ち合わせに出掛けることになった。
通常だったら、札幌にはNo.30ホーガンもいるし、彼を介してたくさん知人もできたので札幌に何泊かして、散歩や飲みを楽しむのだが、明後日から京都なので、どうしても戻ってこなくてはいけない。
京都が入っていたおかげで実現した「日帰り出張」。
朝の便で行き、夜の便で帰ってくる。
憧れの日帰り出張。
宿泊分の荷物はいらず、普段、家から出掛ける時と同じ身軽な出で立ちで空港に向かうのが新鮮でならない。
機内に乗り込むと、飲み物が配られる際、スチュワーデスの方に
「今日のお帰りは日帰りなんですね?お忙しいんですね?」
と声をかけられる。
なんで知ってるんだろうという不思議さよりも、この日帰り出張をねぎらっていただけることに喜んでしまう。
ノートパソコンなど意味もなく開いてみたりして。
札幌では打ち合わせの後、用もないのに、スキーウェアショップ「SOS」の札幌店に立ち寄り、店長の三上氏に
「僕、今日、日帰り出張!」
をアピールしにいく。
ちょうど名古屋からフォーラムに来ていた、ショウウィンドウデザイナーの土居氏にもばったり会い、これまた
「僕、今日、日帰り出張!」
をアピール!
日帰り出張に憧れるイシコは、うっとうしいおじさんに変身していた。
カートを使わない旅はいい!
投稿者 ishiko : 08:57
2007年11月24日
11月22日「がんばりすぎたっていいじゃないか!」
No.30ち~ムーンと埼玉県は東松山市にある森林公園へ紅葉を見に行く。
しかも夕方から。
この公園は期間限定で紅葉のライトアップが楽しめるのだという話を聞いたのだ。
かなり人気のようで通常の駐車場は満杯なのだが少し離れた駐車場に案内される。
たまには違った紅葉散歩でも楽しみますか程度だったのだが、いざ、公園の中に入ってみると二人で大興奮して写真を撮りまくることになる。
ライトアップされる紅葉越しの月などは普段、あまり目にすることはない。
その場面が写真に収められるかということになると僕らの技術ではどうにもならないわけで。
それでも
「真赤な紅葉もいいけど、ところどころ緑のある紅葉もいいよねぇ」
などと言いながら、彼女はシャッターボタンを押し続ける。
「森林公園がんばりすぎじゃねぇ?」
若いカップルの声が聞こえてきた。
おそらく彼らは、小さい頃から森林公園を知っていているのだろう。
確かに自分が小学校の遠足などで来た、どこか教育的な匂いのする地味なイメージの公園が、いきなり観光スポットに変身しているのは違和感があるのかもしれない。
きっと北海道は旭川の旭山動物園もそうだったのではないだろうか。
スタッフ達が少し考え方を変え、ちょっとした演出の違いを実現するだけで同じコンテンツが新鮮に、魅力的に見えてくるのである。
どこか手作り感のある演出の温もりがイイのである。
僕などに褒められてもうれしくもなんともないが、とにかく森林公園のスタッフに拍手を送りたいと思う。
ただ若いカップルの気持ちもわからなくはない。
僕も小学校の頃、遠足で行っていた岐阜県は養老公園に現代美術家荒川修作氏による「天命反転地」が創られたときには同じことをつぶやいたもんなぁ。
あまりきれいじゃありませんが。
一応、ご報告までに。
今週が見頃らしいです。
投稿者 ishiko : 08:48
2007年11月23日
11月22日「二日酔いで英語レッスン」
最後の方が思い出せない。
英語の話ではなく、昨日の飲みの話である。
今月、外で飲むことが少なかったので、調子にのって飲み過ぎてしまった。
2件目の「散歩の達人」山口編集長に連れて行ってもらった銀座のバーの途中くらい
から記憶が途切れ途切れなのである。
「個人タクシーにしようよ」
山口氏がそう言い、タクシーを止めたことに感心してと変なところだけ覚えている。
起きたらサスペンスのドラマに出てくる殺人現場の人型のような格好でうつぶせで床
の上に眠っていた。
気持ちが悪い。
何をする気にもなれない。
ミネラルウォーターを取り出し、コップを2つ並べて注ぎ、一気に2杯飲む。
メールだけチェックしようとノートパソコンを鞄から取り出し、寝転んだままする。
文字を見るのも何となく気持ちが悪い。
それでも午後から生まれて初めての英語レッスンがある。
「恐らくどこまで進みましたか?」
と聞かれるはずである。
ユニット4までと言えるようにもう一度、聞いておいた方がいい。
やはり寝転んだまま、ノートパソコンにCDを入れる。
とても気持ち悪くてテキストなど見ていれられない。
聞こえて来る英語に合わせて、口をぱくぱくさせているだけである。
いつしかそのままうとうと眠ってしまう始末。
危うくレッスンに遅れてしまうところであった。
その後のレッスンに関しては「セカイサンポ」のHPをご覧くださいませ~。
システムやコンテンツも含め、まだまだテスト版(特にルートの国はかなり変わります)ですが、来年の3月出発に向けて、着々と実践を積んでいくので、お時間ございましたら「交遊録」といっしょにご覧くださいませ~。

昔、このトイレを初めて見たとき、もうひとつは気分が悪くなった人が使う器だと思っていた。
投稿者 ishiko : 09:38
2007年11月22日
11月21日「フィギュアスケーターの映画って…」
ある人からフィギュアスケートをやらないかと誘われたことがある。
スキーやゴルフを誘うかのような、あまりに不意をつかれたような誘いだった。
スケートや社交ダンスだったらイメージがわくが、フィギアスケートを趣味的にやることがどうしてもイメージがわかないのである。
あまりに意外性があるので、やってみようかなぁと心が動いたのだが、結局、未だにやっていない。
来月、公開になるフィギアスケート映画の試写を観ながらふと思い出した。
「俺たちフィギュアスケーター」。
邦題のタイトルも何となく笑えるが、フライヤーの写真はもっと笑える。
今年の春、全米で大ヒットしたコメディ映画である。
男性二人のフィギュアスケーターがペアを組んで頂点にのぼりつめるまでの話。
もうこれ以上ないくらいのアホ映画。
ただ、これくらい突き抜けているアホ映画は見ていて気持ちイイ。
突っ込みどころ満載だが、そんなことは考えないで、とにかく笑う。
「プロデューサーズ」や「主人公は僕だった」などで知られるウィル・フィレルだが、元々は「サタデーナイトショー」という伝説の深夜番組で下ネタのコメディで知られていた。
その彼の真骨頂でもある下ネタ満載の映画である。
NO.30ち~ムーンと一緒には観に行かないが、男友達何人かでビールを飲みながら観るとしたら最高な映画である。
笑いつかれた後、ふと僕もフィギュアスケートやってみようかなぁと思ってしまうのであった。

アイスホッケーは誘われたことないなぁ。
投稿者 ishiko : 21:53
2007年11月21日
11月20日「安静中なのにジャックが…」
親知らずを抜いた翌日なので、何も予定を入れないで一日籠っていた。
もちろんアルコール抜きである。
歯医者さんから言われた通り、8時間ごとに抗生物質を飲みながら。
安静中に備え、レンタルビデオ屋で「24」も借りてきた。
少々、痛みが出てきても、
「ジャックバウアーは、もっと痛いはず」
と言って自分を励ます。
他にやらなければいけないことがあるのだが、その後ろめたさを吹き飛ばすように
「借りてきてよかったなぁ。痛さを忘れるもん!」
と言って自分を騙す。
しかし、親知らずを抜いた後の「24」はオススメしない。
興奮しすぎてしまうのである。
結局、シーズン2を見終える頃、熱が出できた。
ちょうどその頃、NO.30ち〜ムーンから心配メールが来た。
すぐにメールを返信する。
「ぼくよりもパーマーさん(「24」に登場する大統領)が…」
既にシーズン4まで見終えている彼女からすぐに返事が戻る。
「パーマーさん?えっ?まさか…」
と送られてきた。
熱にうなされながら携帯のボタンを押す。
「シーズン3入ります!」
彼女から返事はなかった。
いや。一言だけ届いていた。
「アーメン!」

「24」に近い数字に反応してシャッターを押してしまう。
でも、熱が出ているから、何を撮りたいのかよくわからない。
投稿者 ishiko : 08:02
2007年11月20日
11月19日「インドで歯を抜きたいか?」
既にタイトルも出版社も忘れてしまったが、インドの大道芸を紹介する本を読んだことがある。
その中に歯医者さんも大道芸人と同じように紹介されていた。
歯医者といっても椅子とペンチがあるだけ。
基本的には治療と言っても抜くだけのようである。
椅子の隣には今まで抜いた歯を山にしている写真が印象的だった。
きっと毎日、看板がわりに飾るために抜いた歯を保管しているのだろう。
歯の山の横で満面の笑みを浮かべるインド人の不気味な写真を思い出しながら治療椅子に座った。
親知らずの歯を抜くのである。
「セカイサンポ」に出る前、歯の治療の最後の試練である。
何度も書いているが僕はビビりである。
それは山口先生も知っている。
そこで少しでも楽に抜けるように半年以上前から少しずつ親知らずの歯の頭を削ってくれていた。
削ると歯の噛み合わせを整えようと少しずつではあるが歯が上にあがってくるのだそうだ。
すると歯の根もあがってきて抜きやすくなるのである。
さすが名医である。
おかげさまで抜いたことがわからないほど、あっという間に抜けてしまった。
血止めのガーゼを噛みながら、山口医師と世界の歯医者さんの話をしていた。
彼は今年もカンボジアに歯の治療のボランティアに行っていたそうである。
歯医者がいないカンボジアも治療は抜くということが基本だったようである。
そして僕が本で見たインドの歯医者と同じように、少し前まで中国の路地にもそういう光景が見られたそうである。
想像しただけで麻酔が効いたままの抜いた部分がむずがゆくなりそうであった。
現在は、中国やインドにもいい歯医者が多く、海外の歯の学会に行くとインド人の先生が発表する光景も普通のことらしい。

狛犬って何本の歯があるんだろう?
お化けプロデューサーの五味さんなら知ってるかも。
だってお化けの歯にこだわる人だからなぁ。
明日、近くに行くから寄って聞いてみようかなぁ。
投稿者 ishiko : 10:21
2007年11月19日
11月18日「SMAPとTOKIOとどっちに入ろうかなぁ?」
茨城にあるホワイトマンの永久制作(プロ野球で言うところの永久欠番みたいな物です)藤森氏のお墓に行く。
いつものように花屋に立ち寄ってから。
薔薇がお墓の花としては、本来、使わないことを知らなかった。
「でも、そんなの関係ねぇ!」
常識も疎く、世情にも疎い僕が最近ようやく知った小島よしお氏の決め台詞をつぶやきそうになりながら、ピンク系の花でまとめってもらった。
もちろん薔薇も入れて。
東京へ帰る道は、紅葉を観に行った人達の帰りの時間と重なったのか、高速は渋滞中。
国道や県道に変えてみたが、やはりどの道も混んでいた。
あきらめて渋滞にまぎれ車内のテレビを楽しみながら進んでいくことにする。
久しぶりにいろいろな番組を観ることができた。
生まれて初めて「ザ!鉄腕!DASH!」という番組も観る。
「SMAPとTOKIOのどっちに入ろうかなぁ?」
No.30ち〜ムーンがいきなりつぶやいた。
そして続けた。
「スケジュール大変そうだけど、楽しいことをたくさん体験させてもらえそうじゃない?」
答えに詰まった。
「SMAPとTOKIOって楽しそうでいいよなぁ」
なら、まだわかる。
いきなり「どっちに入ろうかなぁ?」
さすがち〜ムーンである。
「イッテQ」という番組も初めて観た。
南アフリカのジェット機にオセロの一人がジェット機に乗り込んで音速体験の旅に行っていた。
「オセロは入らなくていいの?」
と聞いてみた。
「オセロもいいなぁ。悩むなぁ」
最後まで彼女は上から目線だった。

昨年のカンヌ映画祭ブログの時、SMAP香取君の写真を掲載したら、編集部で、すぐに赤いカーペットの写真に差し替えられたっけなぁ。
肖像権も知らないホント無知なイシコです。
投稿者 ishiko : 07:44
2007年11月18日
11月17日「神隠し」
4年程前、ホワイトマンで創った「フレームチェンジングメモ」という文具がある。
フレームが変わるのでフレームチェンジングメモと名付け、「Frame Changing
Memo」と書かれていた。
しかし、実はスペルを間違えていて「Flame」になったまま印刷された。
「Flame」は「炎」という意味である。
「炎のチェンジングメモ」という名前に変わってしまった文具が何千部も事務所に届いた。
その後、イベントで配られたり、売られたりしていた。
何度、折り畳んでも破れない紙で創られ、構造的には1枚を折り畳んだだけのメモ帳だったのだが、様々な使い方ができて便利だった。
僕は1週間程度の旅に行くときにはたいてい持ち歩き、旅先の細々とした地図や領収書、思い出の品などは全てランダムに貼っていき、ときにはメモなどの書き込みもして、全てをこの1冊にまとめている。
旅が終わると、そのまま旅のスクラップブックができあがっているのだ。
もちろん来年からの「セカイサンポ」でも使用する予定である。
これはあくまで僕の「チェンジグメモ(いつの間にかフレームには触れないで省略してこう呼ぶようになった)」の使い方で、人それぞれである。
様々なホワイトマンが、それぞれ使ってみて、それぞれが書き込んだチェンジングメモを作品として展覧会で二度程、飾ったことがあった。
そのホワイトマンの大切な作品群を僕はなくしてしまった。
実家の倉庫にあると思って高をくくっていたのだが先日、戻った際に探したが見つからず、だったら東京にあるのかなぁと全て引っくり返して見てみたのだが、やはり見つからない。
不思議である。
一つづつの単体であれば小さい作品だが、作品の束にすると決してなくすような量ではない。
間違って捨ててしまう程の量でもない。
と書きながら少し自信はないのだが…。
「こういうのを神隠しっていうのかなぁ」
とつぶやいた後、もう一度、考えてみる。
あっ!あの箱の中はまだ探していない。
と僅かな望みをいだいて、その箱を開けてみる。
やはりない。
「なんでだよ…」
自分のだらしなさを罵り、あるはずもない引き出しを何度も開けては
「こんなところにあるわけないだろう」
とまたため息をつく。
いつしか部屋には夕暮れの雰囲気が漂っていた。
こういうとき日が暮れるのが早くなっていることが妙にやりきれない。

普段、開けないような扉も開けて探したんだけどなぁ。
「こんなところにいるはずもないのに…」
と山崎まさよしの歌を口ずさみながら…。
投稿者 ishiko : 07:45
2007年11月17日
11月16日「旅を書く」
どうしても車窓を感じながら、ゆっくり読みたい本があった。
そこで名古屋から高速バスで東京に戻ることにする。
読みたかった本とは既に絶版になっている「旅を書く」(河出書房新社)。
来年から「セカイサンポ」に出る僕に英米文学評論家の新元氏が薦めてくれたのである。
先日、インターネットで探し、ようやく手元に届いた。
1980年代前半から90年代という現代史の転換期に世界中の作家が書いた紀行文を集めた本である。
映画にもなったアフリカはウガンダのアミン大統領のインタービューにこぎつける為に悪戦苦闘する話や南米はペルーのグスマンの革命を追った話など激動の地を取材した作品もあれば、中国の村に一晩泊めてもらった時の話を綴った作品もある。
中には自分自身を見つめる心の旅の作品もいくつか収められている。
例えばアメリカはアイオワ州デモイン生まれのビル・ブライソンが書いた心の旅。
彼は故郷を一日も早く出たかった。
「ひとたびデモインに生まれたら、その事実を何の疑問もなく受け入れ、ボビーという地元の娘と結婚してファイアストーンのタイヤ工場に就職し、死ぬまでそこに住みつづけるか、もしくはこんな掃き溜めから一刻も早く出ていきたいと、さんざん悶え苦しみつつ青春時代を送ったあげく、ボビーという地元の娘と結婚してファイアストーンのタイヤ工場に就職し、死ぬまでそこに住みつづけるかのどちらしかない」
というユーモラスな冒頭の文章から始まる。
その後もデモインの嫌な部分が書き綴られていく。
彼はデモインを出てロンドンに渡った。
しかし、読み進めていくうちに、実は彼はデモインが好きなのではないかと思い始めてくる。
そして最後の段落で彼は郷愁にとらわれていることに気付いたことを述べる。
そして最後の一文。
「そろそろなつかしの故郷に帰るころだ」
僕の目は潤んでいた。
すっかりぬるくなったペットボトルのお茶を一口飲み、車窓をしばらく眺めていた。
ほとんどの本は読んだら、人にあげてしまうか古本屋に売ってしまうのだが、この本だけは一生、宝物になるだろう。

キューバの古本屋は、チェゲバラとカストロの本が多かったなぁ。
投稿者 ishiko : 08:42
2007年11月16日
11月15日「火を見ながら思うこと」
庭掃除二日目。
昨日、ほぼ終了したつもりだったのだが、いざ、もう一度、拾い始めると
「君はいったい、どこを掃除していたの?」
と自分自身を問いつめたくなる程、小枝や落ち葉であっという間に山になった。
本日も風もなく、絶好の焚き火日和。
火をつけようかなぁと思いきや、昨日の種火が未だに残っていて自然発火。
山火事は一度、消えたと思っても、また燃え始めるという現象を理解した瞬間であった。
火をつける手間も省け、後は、じっくり焚き火を楽しむこととする。
こんなときはバーボンかなぁとも思うのだが実家に置いてあったのはウィスキー。
グラスにストレートで注ぎ、焚き火の前の石に座る。
太陽は沈み始め、空には三日月が浮かんでいた。
あっという間に小枝と落ち葉の山は小さくなる。
小枝の固まりが炭火状態になり、キラキラ光り、ところどころで小さな炎があがっている。
大きな火を見ているのなら、バーボンがイイかもしれないが、火山を空撮で見るような風景の炭火の山を眺めているのは、ウィスキーで正解なのかもしれない。
ぼーっと見ていると炭火が広がった風景が街の夜景を見ているような気持ちになる。
遠赤外線で暖かい空気を感じながら、ふと現在の地球を外からこういう形で見ることができたら、こんな感じで暖かいのかなぁと温暖化のことも考え始める。
もっと見ていると人間の身体の中に入り込んだような気持ちになってくる。
アルコールで火照った自分の身体をイメージしているのかもしれない。
「お〜い!暇人、ご飯だよ〜!」
母の葵ちゃんが現実に引き戻してくれた。

「火の用心」という札はどこに貼るのがいいのだろう。
いつも悩んでしまう。
またまた
「そこの暇人!」
と呼び戻されそうだが。
投稿者 ishiko : 06:59
2007年11月15日
11月14日「ビニールシートの使い方」
ビニールシートの使い方で何を思い浮かべるだろうか。
花見用の敷物、作業用の養生、野外に置いた木材などの霜対策。
それくらいしか思いつかない。
それも仕方がない。
思えば人生で一度もビニールシートを買ったことがない程、縁遠い代物である。
縁遠いからといって生活に困るわけでもないからいいのだけれど。
岐阜の実家に戻り、庭掃除をする。
以前はちりとりのような役割を果たす、竹で編んだ籠にどんどん入れて運んでいた。
しかし、最近、庭掃除をお願いしている生協(食べ物の配達だけではなく、人の派遣までしていただけるのだそうです)の方はビニールシートをちりとりのように使うのだと母の葵ちゃんが教えてくれた。
枯葉やら木の枝をシートの上にどんどんのせていき、ある程度、山になったところで、シートの四隅を合わせ、風呂敷のようにして運ぶのだそうだ。
早速、納屋に置いてあるビニールシートを取り出し、やってみることにした。
確かにいつもの3倍以上の量が一回で運べてしまう。
自然にいつもの半分以下の時間で焚き火ができるくらいの山になった。
今シーズン初めての焚き火である。
火を燃やしながらも、庭掃除を続ける。
いつもなら焚き火をじっと見つめているのに、今日に限っては落ち葉を集めることの方が楽しいのである。
調子に乗って、どんどん焚き火の中に落ち葉を追加していく。
最後はビニールシートを焦がしてしまう始末。
まだまだビニールシート使いの初心者である。

最近、消火栓って見ていない気がする。
気にしていないだけなのかもしれないが…。
ちょっと気をつけて見てみることにしよう。
投稿者 ishiko : 08:30
2007年11月14日
11月13日「英語の天使と悪魔」
イシコ日本大使化計画!
アルクの白川氏が名付けてくださったプロジェクト名。
来年で40歳になろうかというイシコがずっと避けてきた英語学習が遂に本格的に始まる。
せっかく立派なプロジェクト名をつけていただいたのに、先日、受けたSSTなるスピーキングのテストの結果はレベル2。
「レベル1でなくてよかったね?」
僕の周囲の方からは、たいていそう返ってくる。
そう言う人はこのレベルは5までだと思っている。
僕がレベル9までのレベル2なのだよと伝えると、たいていの人が
「そ、そうなんだ」
と何気に目をそらす。
ともかく今の僕はレベル2。
まずは来年3月の「セカイサンポ」出発までにレベル2からレベル3にあげること。
レベル3とは身近な話題の受け答えが半分程度の確率で構造が簡単な文で基本的な内容を伝えることができる初級レベル。
果たして本当にそこまでいけるのだろうか。
少々、不安になってくる。
しかし、本日、ミーティングの席についてくださったアルクが誇る7名もの先鋭スタッフを目の前にするとできそうな気になってくる。
と思いきや
SSTの試験管でもあった福江さんが言う。
「毎日続けることが大変なんですよ。
嫌なときもあるじゃないですか?
ときどき、スーパードライって耳元でささやくわけですよ」
まさに僕の性格を見抜いている。
来週から僕のレッスン担当で先生になってくださる原田さんが言う。
「ビール飲みながらでいいんですよ〜。
気楽に楽しくやっていただければ…」
と優しく語ってくださる。
まるで天使と悪魔のコンビ。
きっとこれから3ヶ月、僕の頭の中にはこの二人のキャラクターが常に現れるに違いない。

僕は3ヶ月間二宮尊徳のように英語学習に励むのだ。
というかこの二宮さんの銅像はどうして埋まっちゃったのだろう?
投稿者 ishiko : 06:13
2007年11月13日
11月12日「えっ!保証きかない…!」
ビッグカメラの修理カウンターの前でしばらく立ちつくす。
手に保証書を握りしめたまま。
転んでしまい、デジカメの液晶画面を割ってしまったのだ。
相変わらずどんくさい。
「でも僕にはビッグカメラの延長保証があるもんね〜」
とどこか心の中で高をくくっていたのも事実である。
いやいや。
延長保証をするまでもなく、まだ買ってから4ヶ月も経っていない。
それにしてもどんくさい。
そして転んだときに発したあの情けない声。
膝の痛みより、僕の前を転がっていくカメラが痛々しかった。
「ごめんよ〜」
とペットを撫でるようにカメラを撫でながら、ビックカメラ独自の保証書と一緒に修理センターまで持ってきた。
「これは自然故障ではないので保証がきかないんですよ」
「ふえぇ〜」
情けない声第二弾である。
車で敷かれるなど、ほとんど原型をとどめない形になってしまったり、水没だったりと修理不可能な状態になった場合、または盗難の場合に適用されるのだとか。
消費者の過失で、治せる範囲の修理には適用されない。
しばらくその場に立ちつくす。
転んだとすると中の部品も壊れた可能性がある。
いくらかかるかわからないと言う。
「水没だったらよかったのかぁ」
と言いかけて、すぐに心の中でカメラに謝った。
「うそうそ!旅に一緒に行く仲間だもんね」
僕は修理の書類にサインをした。

どこかで懇願しているような状態だったと思う。
投稿者 ishiko : 07:06
2007年11月12日
11月11日「観ていることを実際、やってみると?」
No.30ち〜ムーンとミュージシャン大島花子氏のライブに行く。
彼女の歌声は日曜日の午後にはぴったりなのである。
自然に顔がほころび、「幸せだなぁ」とつぶやいてしまう。
彼女はMCも上手い。
ゆるいしゃべりが心地よく、どんどん引き込まれていく。
そのMCの中で彼女が好きな格闘技の話が出た。
実際、彼女はブラジリアン柔術をやっている。
テレビで試合観戦しながら、選手と同じ動きをしてみるのだそうだ。
「魔沙斗選手は、こう動くんだ〜」
と観ているときと実際に動いてみるのとでは全く違う感覚を味わう。
考えてみれば当たり前なのだが、実生活の中で、こういったことに気づかないで過ごしていることが多い気がする。
そして、彼女は本業の歌でも、今まで聞いていただけで唄ったことのなかったボサノバに挑戦した。
やはり今まで聞いていたのと実際、唄ってみるのとでは全く違う感覚だったそうだ。
ヴォイストレーナーをしている声のプロフェッショナルち〜ムーンは
「花ちゃんの声はボサノバが合うねぇ」
としきりに感動していた程、心地いいボサノバだった。
実際、動いてみることで、新しい可能性を知ることもあるものである。
家に戻り、徳永英明の女性ヴォーカリストのカバー集「VOCALIST」を取り出した。
少し前まで車の中で聞いていて、次、カラオケに行くことがあったら歌ってみようと思っていたのである。
思っているだけで実際、唄ったことがなかった。
唄ってみた。
唄えなかった。
やはりミュージシャン花ちゃんのようには行かないわけで。
僕の場合、実際、動いてみることで、能力の限界を知るのであった。

写真も観ているのと撮ってみるのでは違うことが多い。
このベンチも観たときは、もっと、いい空気感だったんだけどなぁ。
投稿者 ishiko : 07:15
2007年11月11日
11月10日「ゲイ、レズビアンまでは知っているが、クィアって何だ?」
日本でも普通に使われる言葉になった同性愛者の意味「ゲイ」という言葉。
男性だけに使う言葉ではなく、女性にも使うということを僕は知らなかった。
逆にレズビアンという言葉は古くて、ヒッピーの香りが残る同性愛二人組の女性が猫を飼って暮らしているイメージらしい。
「フィガロ」編集部の千ちゃんから紹介していただいたtokyo wrestlingの主催者雪さんから教えていただいた。
その3人で舞台「蜘蛛女のキス」を観に行く。
性犯罪で投獄されているゲイのモリーナの牢獄に政治犯として捕まったバレンティンが入ってくる。
最初は毛嫌いしていたバレンティンも徐々にモリーナの優しさに心を動かされ、愛し合うようになる。
二人の対話が綴られたアルゼンチンの作家プイグの作品を舞台化したものである。
ストレートプレイは何度か上演されているが、ミュージカルは約10年ぶり。
前の作品も観ていたはずなのに、当時、市村正親氏がモリーナをやっていたことさえ忘れており、つくづく自分自身の記憶の悪さが嫌になる。
まぁ、その分、常に新たな気持ちで舞台を観られるのだから、それはそれでいいではないかと都合のいい解釈で納得させる。
ふと千ちゃんと雪さんの会話の中に時折、「クィア」という言葉が出てくるのが、僕にはわからない。
終演後、ワインを飲みながら教えていただく。
「クィア」とは簡単にいうと「変な人」という意味で、1990年代までは侮蔑用語として使用されていた。
それをセクシャルマイノリティ達が逆手にとって自分達のことをそう呼ぶようになり、世界中に一気に広がった。
ゲイ、レズビアンのこともクィアと呼ぶし、バイセクシャルやトランスの人達のこともクィアと呼ぶ。
頭がすっきりした頃には店も閉店になっていた。
ちなみに女装が趣味の方も「クィア」と呼ぶのだそうだ。

そういえば、会場のロビーでシアターガイドの今井さんにバッタリ会った。
「世界の劇場」の連載を検討していただいている最中なのだ。
実現したいものである。
投稿者 ishiko : 10:44
2007年11月10日
11月9日「39番出口で待ち合わせ」
俳優のNo.3コープマンと大阪の人気劇団「スクエア」を観に行く約束をしていた。待ち合わせは池袋駅の39番出口。
39個も出口があることに驚いてしまうが、僕が指定したのである。
ただ単に劇場に一番近い出口をHPの地図から探しただけである。
だから自分もその出口を使ったことがない。
前の打合せが早く終わったので、軽く一杯飲んで行こうと思ったのだが、39番出口が気になり、一度、確認に向う。
迷路のようで、わかりにくい。
今度はコープマンが辿り着くかどうかが心配になる。
「大丈夫だよ!コープマンは僕よりも100倍しっかりしているから」
と自分に言い聞かせ、やはり一杯だけ飲もうとバーに入る。
「ビール」
と言いかけ、飲むと芝居中に寝てしまうかもしれない。
「大丈夫だよ!」
とは自分自身に言いかけ、やはりジンジャーエールにする。
あっ!ここ地下だ。
相変わらず「無意識くん」である。
携帯の画面を見ると電波が3本立っていたかと思うと1本になったりして少々、不安定である。
「遅れるかもしれないので、メールか電話します」
というメールをコープマンから、もらっていた。
これはまずい。
携帯をじっと見つめる。
見つめても電波の状況は変わらないが、つながれ〜と念じてしまう。
前の打合せで
「ケニアではワン切りが流行っているらしい」
という話を思い出し、マサイ族がワン切りしている様子を想像し、笑いそうになる。
「インドでは着メロが大流行しているらしい」
という話も思い出し、「踊るマハラジャ」的な音が待中に鳴り響いている様子を想像し、またまた笑いそうになる。
結局のところ、無事、39番出口で待ち合わせできたわけで。

ぼーっと携帯の時計を見てたら、セカイサンポで「待ち合わせの時計」も撮ってもいいかもなぁと思い始めた。
これはイスラムの時計。
投稿者 ishiko : 07:03
2007年11月09日
11月8日「だからイシコの書簡に書いている人は別人なんだって」
テレビというのは影響力の大きい媒体なんだなぁとつくづく思う。
あれから1日経ち、何年かぶりに電話があった人もあれば、友人のお母さんが観ていて「イシコさんが出てる」と連絡があったという報告メールをいただいたりとブログを読んでいない知人には、テレビが動く絵葉書になってくれたようだ。
ただ、その中に
「イシコの書簡はよくわからないけど…」
と書かれていたメールがあった。
だから、そのサイトのイシコは別人ですって!
今まで、交遊録でもそのことについて一、二度、書いたことがあると思う。
と言っても知らない方は、一緒だと思う訳で。
僕以外にもイシコという人はいっぱいいらっしゃるのである。
今までに僕がサイト等で見たことのあるイシコは
ナマコの種類の「イシコ」とカルフォルニアでプロのスケーターとして活躍しているイシコとどこで活躍されているのかはわからないがSM嬢のイシコ、そして問題のイシコへの書簡を書かれている、哲学者なのか超能力者なのかはわからないイシコといらっしゃるのである。
久しぶりにGoogleで「イシコ」を検索してみた。
関連検索に
「近畿イシコ」
が出てくる。
気になってクリックしてみる。
建設機械の製造、販売、修理をやっている会社名のようだ。
近畿イシコの販売している「パイルマン」が気になる。
ホワイトマンの中にも登場させたいくらいのイイ名前である。
そのパイルマンの正体なのだが、油圧式杭打機、通称「ユンボ」。
強そうである。
クリックしてみる。
Yahoo!オークションで販売している。
値段は14,500,000円!
かなり使い込んだ中古の機械なのに一千万以上もする。
添付されているバイルマンの写真を何枚もじっくり見入ってしまうのであった。
ちなみに入札者は今のところゼロである。

氷のベルトコンベアも高そうだよなぁ。
でも、この機械も見入っちゃうんだよなぁ。
投稿者 ishiko : 07:02
2007年11月08日
11月7日「テレビ出演を終えて」
テレビ出演。
しかも生放送。
これだけで気がおかしくなりそうである。
話を持ってきてくださった方に一度はお断りしたのだが、サニーサイドアップ松本氏の
「出させていただきなさい!」
という一言で出演することになった。
そう言ったことさえ、彼女は忘れてしまっていたが…。
とにかく生放送のテレビの現場に足を踏み入れるのは人生で初めてである。
人生初めての場所というのは全てが新鮮にうつり、これはこれで楽しい体験だなぁとリハーサルに見入っていた。
当たり前なのかもしれないが、リハーサルの細かさに感動していた。
こうやって番組は創られるのだと。
もちろん顔は白塗りである。
僕にとって「もちろん」のつもりだったが、先週、打合せに伺った際、この「白塗りは必須」ということにディレクターから放送作家まで皆さんが頭を抱えてしまったのだ。
僕がゲストとして呼ばれたのは朝マイスターとして、朝の話をするのであって、白塗りで登場することへの意味付けが15分程度のコーナーの中では、つながらないのである。
このキャラクターが有名で確立されていたらよかったのだろうが、幸か不幸かホワイトマンは無名なのだ。
視聴者も朝の話より、顔が白いことに気がいってしまう。
タレントもどうしても顔が白いことを突っ込みたくなってしまう。
結局、イシコはこういう白塗りのキャラクターなんですということで押し切ってしまおうということになった。
テロップの僕の紹介には、ホワイトマンという言葉も出なければ、僕がお話をする際にも、ホワイトマンという言葉は一切、使わないことを約束させられた。
それでも、もし、
「なんで顔が白いんですか?」
と聞かれたときに
「ホワイトマンですから」
といつも言っている口癖が飛び出さないことがギリギリまで心配だった。
公開生放送が始まる。
会場は見学のお客さんで埋め尽くされている。
僕は舞台に登場した。
会場全体、白塗りに笑いと驚きの反応が起きたが、すぐに「?」がついた。
不思議なもので「?」がついた空気感というのは何となくは肌で感じるのである。
さすがはメイン司会者の「ぐっさん」の愛称で親しまれる山口智充さん。
その空気を読み取ったのか、
「イシコさん、知ってますよ。
雑誌の連載とかやられてますよね。
こういう方だったんですね」
という一言で会場の空気が、納得した雰囲気になった。
さすがプロ。
その場で感心を通り越して、感動してしまった。
と、せっかく、いい空気にしてくださったのだが、その後の15分間のイシコの話はボロボロであった。

日テレのロビーに飾ってあった横山大観の「富士山」の絵は大きくて圧巻だったなぁ。
「大きい」つながりは無謀だと思うが、僕の後のゲストはジャガー横田さんだった。
サニーサイドアップ松本氏の話によるとジャガー横田さんは袖のところで
「あの白い人は。有名なお医者さん?」
とスタッフに聞いていたそうだ。
投稿者 ishiko : 08:02
2007年11月07日
11月6日「手書きの文字につまる思い」
「男はつらいよ」第19作以降が無事、レンタルビデオ屋でまとめて借りられたので、一日中、家に籠り、白ワインを飲みながら流していた。
「24」?
無事、終了いたしました。
あまりの結末に人間不信に陥ってしまい、シリーズ2は未だ手を出せずにおります。
それに比べて、「男はつらいよ」は安心して見ていられる。
水戸黄門のようである。
一度、寅さんは喧嘩して家を出ていき、マドンナが登場して、最後はふられ、また、旅に出る。
そして最後に旅先から届く寅さんからの年賀状。
決してうまくない寅さんの字が心に染みる。
手書きのよさをつくづく感じてしまう。
ここ数年、メールでほとんどすませてしまっているが、葉書と向き合い、その人やその人達のことを考えながら、筆を動かす。
きっとパソコンでは表現できない思いが文字につまるのだと思う。
この心だけは忘れないようにしたいなぁ。
酔っぱらいながら、考え込むのであった。

手書きの箱もいいよなぁ。
投稿者 ishiko : 08:23
2007年11月06日
11月5日「写真が見せてくれること」
写真がある時代に生まれてよかったなぁと思うときがある。
初めてそう思ったのがアニー・リボビッツの写真を目にしたときだった。
しかし、当時は彼女の名前を覚えておらず、写真だけが頭に残っていた。
その写真は何千本の薔薇の中にベッドミドラーが寝転がっている作品だった。
映画「アニー・リボビッツ」の試写に行く。
彼女の写真が一番、知られているのは恐らく亡くなる数時間前に撮られたジョン・レノン。
彼が裸でオノヨーコに抱きついている写真。
もしくは世界中を揺るがせた妊婦のデミームーアのヌード写真。
そんな彼女の半生を描いたドキュメンタリーである。
写真には記録という役割があることを忘れないと思っている人だということが意外だった。
彼女の母親がずっと家族写真を撮り続ける人だったそうだ。
それを彼女も受け継いでいる。
彼女には現在、3人の子供がいるが、それは写真家というよりお母さんの目線として写真を撮り続けている。
空軍大佐だった父を持ち、引っ越しが多かった。
それが今の彼女を創り上げたのだと言う。
「引っ越しで車の移動ばかりだったの。
子供が車にずっと乗っていたら芸術家になっちゃうわよ。
車窓というフレームをずっと見ているんだからね」

うちにも一人女性カメラマンがおりまして…。
いや、彼女はヴォイストレーナーでした。
投稿者 ishiko : 07:49
2007年11月05日
11月4日「調子いい?銚子がいい?」
「今日の予定は?」
「まもなく。どこかいく?」
「うん」
「どこ?」
「考えておく」
相変わらずひらがな中心の携帯メールの返事をNo.30ち〜ムーンに返す。
メールは大好きなのに携帯メールは苦手である。
それはともかく行き詰まった原稿を投げ捨て、車でち〜ムーンの家に向かった。
頭の中は未だ原稿モード。
どこか引っかかったままである。
そうでなければ
「車の調子いい?」
を
「銚子がいい」
と聞き間違えて車を走らせたりはしないだろう。

初めて行ったけど、銚子はいいところでしたよ。
もちろん犬吠崎の灯台にも登ったし。
投稿者 ishiko : 12:31
11月3日「どうして葬式は白と黒なのだろう?」
葬式ですぐに泣いてしまう。
別にいいのだが、会ったこともない親戚の葬式で、おいおい泣いているとそれはそれでちょっと変な光景だったりする。
「故人とは、どのようなご関係で?」
とまで聞かれてしまう始末。
あの雰囲気だけで泣いてしまうのである。
葬式の白黒の幕がシマウマを連想させる。
死んだ人は、シマウマに乗って天国に行くのだ。
だから葬式は、みんなセブラカラーの白と黒の服で埋め尽くされているのだと。
公演中の舞台「ゼブラ」の作、演出の田村孝裕氏はそう考え、この作品を書いたらしい。
素晴らしい作品だった。
久しぶりに「素晴らしい」という言葉を使ってみた。
キャラクターといい、人間模様といい、俳優といい、舞台美術といい、何もかもが素晴らしい作品だった。
しかも今後の人生の中で葬式の度に、この舞台のことを思い出すだろう。
気を紛らす為に。
素晴らしい!

茶と白に囲まれたら、また違う感情になるのかなぁ
投稿者 ishiko : 12:28
11月2日「試写!」
試写の梯子。
一本目は「夜顔」。
ルイス・ブニュエルというフランスの監督が60年代「昼顔」という衝撃作を創ったのだが、そこに登場する人物達の38年後という設定で、99歳になる監督マノエル・ド・オリヴィエラが「夜顔」という作品を撮った。
「あなたは過去の秘密はあるのかね?」
「ないですね…。あなたは?」
「あるね。棺桶まで持っていく過去が…」
隣でリリースなるパンフレットを読みながら、老人の男女二人組が交わしている会話を聞いてしまった。
しかも映画の直前。
そこで会話が終わってしまった。
夫婦なのか、カップルなのか、それとも単なる古い友達なのかはわからないが、映画が始まっても、彼らがこの映画をどう見ているのかが気になってしょうがなかった。
二本目は「ダーウィン・アワード」
最も愚かな方法で死んだ人に対し、バカな遺伝子を減らしたことへの感謝の気持ちから贈られるダーウィン賞なる実在の賞があるという。
例えば、窓の強度を実証するために体当たりして高層ビルから飛び降りることになってしまった人、缶ジュースを不正に取ろうと手を突っ込み、抜けなくなってゆすっているうちに自販機が倒れて亡くなってしまった人などである。
「バカだなぁ」
と思ってしまうのだが、どこかで
「わかるなぁ。その気持ち」
という部分もある。
人間の判断は、時に周囲から見ると信じられない方向に行ってしまうのだ。
万引き事件などで騒がれているウィノナ・ライダーが好演しているのが、これまた何とも皮肉な話ではある。

ダーウィンアワードの中に出てくる車ネタもかなり面白い!
どうしてこの車の写真にしたのかわからないが…。
メタリカがどうしてこの映画に出演しているのかもわからないが…。
投稿者 ishiko : 12:18
2007年11月02日
11月1日「久々の人見知り飲み会」
新国立劇場で上演中の「たとえば野に咲く花のように」に旧知の女優梅沢昌代氏が出演しているので観に行く。
トロイア戦争を題材にしたギリシア悲劇を、映画「愛を乞う人」や映画「血と骨」の脚本などで知られる鄭義信氏が朝鮮戦争に舞台を移し、爆笑悲劇に描いた秀作である。
終演後、梅沢氏といつものように飲みに行く。
昼公演のみだったので、時刻は、まだ4時過ぎ。
がらがらのスポーツパブに入っていく。
まだ飲み屋がやっている時間ではないので、自然にこのスポーツパブに出演者の俳優さん、マネージャーさん、制作さん、照明さんなど演劇関係者ばかりが集ってきた。
気づくと演劇関係者でないのは僕だけである。
久々の人見知りモード炸裂飲みである。
しゃべらない分、飲むピッチも早くなる。
あっという間に1パイントのビールがなくなった。
酒に弱い僕の顔が赤くなっていくのがわかる。
「石原君、何か話してよ」
梅沢氏に突っ込まれる。
みんなの目線が集まる。
余計に話せない。
顔はどんどん赤くなる。
「私の古い友人の石原君。何やっているかはよくわかんないんだよね。説明してあげて」
一番苦手な自己紹介。
もちろんホワイトマンなんて言えない。
「ライターです」
と答える。
顔が赤くなるだけではなく、鼻血が出そうになるイシコであった。

「僕に話をふらないで」
と梅沢氏を見つめていたに違いない。
こんな風にかわいくないけど…。
投稿者 ishiko : 11:41
10月30日「なぜ岩の上に松の木は生えることができるのか?」
「てまり」、「小町」、「京」、「紅」
何を思い浮かべるだろうか。
実はオリジナル品種の和薔薇の名前なのである。
これを創っているのが滋賀県守山市にあるローズファームケイジ。
実は先日、ホワイトマンのビジュアルブックでも、このローズファームの「初恋」という名の純白の薔薇を首飾りとして使用させていただいた。
そのファームの國枝氏が上京中なので、華道家の大久保氏に紹介していただき恵比寿で飲む。
花の名前もわからない僕だが、彼の話は面白く、どんどん引き込まれていく。
農業に土はかかせない。
その土には様々な菌が含まれ、その菌で植物も農作物も育つ。
1グラムの土の中に含まれる菌の数は通常1億。
彼が信頼している和歌山の薔薇博士が持つ土には10億の菌が含まれているのだそうだ。
菌がそんなに住んだらはみ出してしまうのではと思ってしまうが、博士によると1グラムの土の中に菌は100億まで住むことができるスペースがあるのだそうだ。
そういった話の中で一番、驚いたのが松の木の話。
海辺や川辺など岩の上に松の木が生えているのを見たことがないだろうか。
僕は、あれが、ずっと不思議でならなかった。
どうやって根を張っているのか。
実は松の木の根の先から光子と呼ばれるものを出し、岩を切り裂きながら根を張っていくのだそうだ。
レーザーカッターで固いものを切るような感じで。
こんな話を延々繰り広げ、あまりに興奮しすぎて、珍しく夜中の2時過ぎまで語ってしまった。

花っていいですねぇ〜。
投稿者 ishiko : 11:39



