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2007年09月30日

9月29日「ししゃもを持って追いかけるおばちゃん」

飲食店で食べ物を残してしまい、その残っている皿を持って店員に追いかけられたことはあるだろうか。
よくわからないでよね?

まず、一日の説明をします。
雑誌「散歩の達人」(交通新聞社)の連載取材で、山口編集長と愛息シュンノスケ君と御岳山へ出掛ける。
連載のタイトル「散歩の新兵器」という散歩に持っていくと楽しいグッズを持って試してみる楽しい連載も気がついたら既に2年以上続いていた。
ということは山口編集長と交代(イシコはサボり気味だが)で書いている連動ブログも2年になるというわけである。
そんな楽しい連載も「世界散歩」に出掛けるため、今年いっぱいで一度、終了となる。

その話は改めて書くとして、とにかく今月の新兵器は「焚き火セット」
手軽に焚き火が楽しめるセットなのである。
木をセットする必要もなく、置いて着火剤の付いているところに火をつけるだけで、1時間以上、焚き火を楽しめる。
しかもリュックに入れられるくらいの大きさのセットである。

その手軽さについては、11月号の「散歩の達人」を読んでいただくとして、とにかく僕らは1日遊んだ締めくくりに川辺で焚き火を満喫し、その後、人気の温泉で極楽タイムを味わう。
最後の締めに山口編集長が好きなうどん屋に行こうとしたのだが、やっていなかったので、ドライブしながら見つけた料理店にふらりと入る。

向こうのテーブルでは4、5人のグループが鴨鍋を頼んで飲んでいた。
あれも美味しいそうだねぇと言いながら、僕は、今年、一度も食べていなかった鮎の定食をいただくことにした。
運転があるので飲めない山口氏に
「申し訳ないですねぇ」
と口先だけで謝りながら、鮎をつまみに僕はビールをぐびぐび飲んだ。

ふと気付くとグループ客は清算を終え、出口に向っていた。
おばちゃんはテーブルの上を片付けていたが急に動きが機敏になった。
慌てたように皿を持って帰ろうとしているグループ客の方へ走り始めたのである。
叫びながら。
「あんたたち、ししゃもが残ってるわよ〜!」
げっ!ここは残すことが厳禁の店なのか。
いやいや、そんな店、聞いたことがない。

しかし、実際、追いかけているのを見てしまったわけである。
僕と山口編集長は想像した。
車を走らせようとしたときに、バックミラーに皿を持って追いかけてくるおばちゃんの姿が映る。
僕らは身震いし、シュンノスケ君に残さず食べるように促すのであった。

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カヤックで追いかけられても怖いよなぁ。
ちなみに小さく写っているのは山口編集長。
気持ちよさそうだったなぁ。
とは言え、「澤乃井」の酒蔵でシュンノスケ君と川を見ながら生酒を飲んでいた僕も別の意味で気持ちよかったのだが。

投稿者 ishiko : 08:44

2007年09月29日

9月28日「英語テストでわかった自分の性格」

自分に能力がないことはわかっているが、それが数字として出るというのは、何とも緊張するものである。
英語を取得しようと思い立ったのだが、その前に担当の白川氏は僕の現在のスピーキング能力を客観的に把握してから、具体的な取得法を考えたいということで、SSTという英会話のテストを受ける。

このSSTというスピーキングテスト。
英語のテストとして知られるTOEICで高得点をとった人でも仕事では満足に話せない人が多いということで、TOEICを補う「スピーキング能力を評価するテスト」として行われているようである。

1対1の対面式テスト。
「LET'S ENJOY!」
試験管の福江氏の言葉で試験開始。
約15分のインタビュー形式。

言いたいことが全く出て来ない。
「あれ?「雰囲気」って何だっけ?」
日本語でつぶやいてしまう。
きっと元々知らないはずなのに、見栄をはり、まるで自分がど忘れでもしているかのように装う。

全く英単語が出てこない…。
言いたいことが出てこない…。
海外で同じような状況だったら、この時点で開き直って日本語で伝えようとしてしまうのだろう。
当たり前だが、今日は英語縛り。
これが僕の本来の姿なのだ。

きっとこういった姿を見せたくなくて、今まで海外でも日本語で通してきたのかもしれない。
英語のテストなのに、自分の今までの見栄っ張り度を反省することになってしまった。
さぁ、思いっきりかっこ悪さをさらけ出して、これから英語取得に励むのである。

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さぁて、一枚づつ殻を破っていきますか?
いや、首を出していきますか?
どっちでもいいよ。
とにかく話せれば。

投稿者 ishiko : 06:58

2007年09月28日

9月27日「告知って難しいなぁ」

9月27日「告知って難しい」
人気劇団「ペテカン」の客の入りが絶好調である。
本日も平日の昼間の公演なのにソールドアウト!
そんな素晴らしい舞台後のトークショーにゲストナビゲーターとして出演させていただく。

終了後の舞台挨拶で、
「今後、ホワイトマンの告知をお願いします」
と言われ、頭が真っ白になる。

実は、リハーサルの時にも同じことを言われ、
「特にないんですよ〜」
とつぶやくように言うと
「いろいろ聞いていますよ。本番では言ってくださいね」
と言われ、
「じゃ、考えておきます」
と答え、その場をおさめた。

しかし、考えても何もないのである。
ホワイトマンのイベントは今のところ特にないのである。
イシコの連載のことを伝えるのも舞台で言うにはちょっと違うような気がする。
「世界散歩」のことを伝えるのもなぁ。

いや待てよ。
今日の芝居のテーマが「旅」であるので、「世界散歩」に関して関係なくはない。
と思い、来年の「世界散歩」のことを言ったのだが、何とも間の抜けた告知になってしまった。
別にホワイトマンの白塗りで旅に行く企画ではないのだから。
イシコの思いつきはダメなのだ。

終演後、メイクを落としながらふと思いついた。
ホワイトマンのビジュアルブックでモデルと俳優のオーディションをしているという話をすればよかった。
10月9日に代官山でオーディション、20日に新橋のスタジオで撮影します。
ってここで告知してどうする。
告知って難しいなぁ。

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ビジュアルブックの中におばあさんの温かさがどうしても欲しいのだが、オーディションで集まりそうにない。
しかし、本日、舞台で出会った女優さんが、イメージにぴったりだった。
カメラマンNo.7かめら〜まんも舞台を観て気に入り、その後、バーで4時間ミーティングして二人で交渉に出掛けて行った。
スケジュールの合間をぬって、撮影させていただけることになった。

投稿者 ishiko : 06:25

2007年09月27日

9月26日「博多のこころ」

昨日の夜から博多織の取材は続く。
続くと言っても、昨日は博多デベロップメントカレッジの生徒さん達と飲んだだけだが…。
午前中、博多デベロップメントカレッジの授業を受けさせていただく。
この一連の話は11月のverita連載のコラムに書く予定であるのでここでは省く。

授業の後、理事長の庄嶋氏と一期生の宮川氏と昼食に出掛ける。
庄島氏から博多のこころをうかがう。
その前に博多の歴史を少しだけ。

博多というのは、堺と同じ商人の街のイメージが僕の中では強かったが、それは間違い。
どちらかというと文化の街と言った方がいいのかもしれない。
遣隋使、遣唐使など博多発着だった。
つまり大陸文化は博多の街から伝わっていったのである。
当時、博多は京都と同じ碁盤の目の街だったようだ。

その後、豊臣秀吉の時代に入ると、彼は博多を商業の街にしていった。
恐らくこの時代のことを学生時代に覚え、僕の中で博多=商人の街のイメージを作ったのかもしれない。
秀吉は商売の実利優先で碁盤の目を崩してしまった。
こうして博多で儲けたお金で、秀吉は朝鮮征伐に向かった。

そして、その後、博多のこころの基礎を創ったと言われる禅僧で画家の仙厓が登場する。
彼は街に出て、民衆といろいろなことを語ったり、絵や文字を書いたりしながら、現在の博多のこころの礎を創った。

彼の逸話はたくさんあるそうだが、その中の一つを庄島氏からうかがった。
子供が生まれたので何かお祝いの言葉が欲しいと言われたそうだ。
「親死に、子死に、孫死に」
と書いた。
もらった方は生まれたばかりで死を書くとは縁起でもないと怒ったそうだ。
しかし、彼は言ったそうだ。
「世の中で親が死に、その子供が死に、最後に孫が死ぬ。順番に死ぬことが一番、めでたいことなのだ」

ランチビールをいただきながら、思わず唸ってしまった。
博多のこころは深いのである。
ただ、そのこころを知る前に僕は、まず博多についての間違った知識から訂正していかなくてはならない。
九州男児と聞くと僕の中では、博多の男と思っていたのだが、これも間違い。
熊本の男性のことを指すのだそうだ。
ついでに九州は昔から博多が中心だと思っていたのだが、これまた間違い。
昭和30年代までは熊本が九州の中心だったそうだ。
その後、博多に空港ができ、新幹線ができて一気に博多の街は変わったんだとさ。
僕の無知度にまたまた唸ってしまうわけである。

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博多織の反物は、5000本以上からなる糸で織られる。
国宝級の方だと10000本の糸で織られるのだとか。
僕などその話を聞いただけでからまってしまいそうである。

投稿者 ishiko : 07:09

2007年09月26日

9月25日「日帰り釜山が佐賀大学生協旅に?」

朝一の便で福岡へ。
そこから高速船で韓国は釜山へ。
「世界散歩」の予行練習第一弾で日帰り取材を考えていた。

8時に到着し、11時には釜山。
そこから街を4時間闊歩し、3時40分の最終に乗れば、7時からの博多の飲み会には間に合う。
そう思っていた。

イシコの考えは甘いのである。
飛行機は時間ぴったりに到着などしないのである。
しかも、博多織で相談しようと思っていたサンプルのリュックを預けてしまっているではないか。
それを持って釜山に行くのか?
結局、本日、宿泊しているホテルに預ける。

ホテル到着の時点で既に8時の便にも乗り遅れ。
博多駅に戻り、船の出る港までの行き方を聞くと9時の便にも間に合わない。
10時の便に乗ると到着は13時。
その後の行動を考える。

さすがに初めて訪れる街の2時間闊歩はキツい。
「世界の映画館」の取材がしたくなって映画でも観ようものなら、それだけで終了である。
もう一度、言う。
イシコの考えは甘いのである。

ノートパソコンを取り出し、佐賀大学を検索した。
JRの窓口に向かっていた。
「佐賀まで往復ください」
ヨーロッパの鉄道のような座席が大好きな特急かもめに乗り、僕は佐賀大学生協に向かった。

昨年の冬から書き続け、未だ書き上げられない駄菓子「うまい棒」の本の取材に変更である。
いや待てよ。振り返れば、雑誌用のうまい棒取材を始めたのは昨年の夏。
あれから、うまい棒の本を書きませんかと言われ、機会があるごとに全国の大学の生協に置いてあるうまい棒のセレクションを見て、「うまい棒偏差値」を作っているのである。
九州は今のところ長崎大学、九州大学のデータはある。

「早く書き上げないとうまい棒偏差値も変動しちゃうなぁ」
とつぶやきながら佐賀大学のキャンパス内を散歩した。
やさいサラダ味、チーズ味、とんかつソース味、めんたい味の4種類が販売されていた。
何ともつかみ所のないセレクションである。
まぁ、何ともつかみ所のない今回の旅にはちょうどいいのかもしれない。

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そういえばキューバまでうまい棒を持ってたなぁ。
葉巻が似合う男にうまい棒を持ってもらったりしたっけ。
早く書き上げようっと。

投稿者 ishiko : 07:06

2007年09月25日

9月24日「つまみになる作品」

江ノ島をブラブラしながら、1件のギャラリーに立ち寄る。
新嘉喜ちさ子氏初の大型作品が目に飛び込んでくる。
壁には彼女の息子のみやび氏の写真が母親の作品を見守るように展示されている。

くじらをイメージした作品は、様々な観点から鑑賞でき、人生の縮図が彫り込まれている。
中に彫り込まれたピエロの顔は、どこか切なく、どこか穏やかである。
自分の半生と重なり、ついつい黙り込んでじっと見つめてしまう。

素材がクスノキというのも、僕にとっては思い出深い。
2年程前まで実家の庭に、かなり大きなクスノキがそびえたっていた。
樹齢は500年以上はいっているのではないかと言われる程、古い木だった。

家を覆うように立っていたクスノキは、
「覆いかぶさる木は家を繁栄させないから切った方がいい」
「落ち葉や枝が迷惑だ」
と長い年月、言われ続け、母の葵ちゃんは、2年程前に切ってしまった。

切った後は、
「何も切らなくてもよかったのに」
「家を守っていたクスノキだから、タタリがあるんじゃないの?」
と言われるようになり、母の葵ちゃんは後悔の念にとらわれ、一時期、病気になってしまった。
童話「ロバの親子」のように、姉も含めて僕ら親子は右往左往した1年だった。

素材のクスノキの香りがツンと鼻に響いた。
この作品の前に座り込んで、日本酒でもちびちび飲みたい気分だった。
つまみになる作品に出会えるのは、人との出会いと同じように嬉しいものである。

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あれ以来、僕は木を見る目が変わったと思う。
でも相変わらず、詳しいわけではない。
アートと同じように。

投稿者 ishiko : 07:13

2007年09月24日

9月23日「モータースポーツ観戦は病み付きになる?」

一度、体験したら病み付きになること。
その一つがモータースポーツ観戦だと思う。

ホワイトマン秋の遠足MOTO GPに、今年も昨年に引き続き、モータージャーナリスト松下氏が招待してくださった。
バイクにも乗らず、ほとんどバイクの知識もない僕が何故、MOTO GPに毎年、通い続けるのだろうか。

それだけの魅力があるのだ。
それは僕だけではないと思う。
たいてい一度、来た方はまた行きたいと言い、実際、やってくる。
今年は定員10名の招待枠は、メーリングリストに流したその日のうちに全て観戦体験者で埋まってしまった。
その中でバイクに乗っている人は「散歩の達人」の山口編集長1名だけである。

それでもハマってしまうのは何故なのか。
1:鳥肌
どんなスポーツもスタートは鳥肌が立つが、やはり、バイクのレースが一番、僕の体験の中では鳥肌の粒が大きい。
測ったことはないけれども。

2:鼓膜
実際にサーキット場に踏み入れると、予想以上の音の迫力に鼓膜が喜んでいる。
実際、鼓膜を見たことはないけれども。

3:間合い
レース中、バイクの音でほとんど会話できない。
でも、バイクのことを知らない僕は近くにいる松下氏に聞きたいことが山程ある。
バイクがメインスタンド前にいない瞬間を狙って聞く間合いが好きである。
レース中も忙しい松下氏にとっては迷惑だと思うけど。

4:昼寝
慣れてくるとバイクの音が心地よくなってくる。
さっきまで手を叩いてバイクの音を楽しんでいたシステムデザイナー黒田氏の2歳のお子様も、すやすやと眠りに堕ちていった。
今年は僕が昼寝しなかった代わりにカメラマンNo.7かめら〜まんが眠りに堕ちていったのだけれど。

バイク関係者が見たら、怒られそうなレポートである。

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松下氏の話によるとヨーロッパではサイドカーのレースもあるのだとか。
ちゃんとサイドカーに人が乗って、二人一組のチームでレースするらしい。
そのレースも、いつか観てみたいものである。

投稿者 ishiko : 10:35

2007年09月23日

9月22日「南大東島のラムが決めたホワイトマンビジュアルブック」

暗礁に乗り上げていたPAIKAJIカタログをどうするか悩んだ末、制作用に集めたスタッフを一度、解散することにした。
その懺悔飲み会。

チリワインでいい感じで酔っぱらった後、特別なお酒を開封した。
沖縄のフードコーネィネーター浦崎氏から、いただいた南大東島のラム「CORCOR」である。
サトウキビを原料とする蒸留酒のラムは、だいたいは製糖工場などで砂糖を精製する際に副産物として出る「糖蜜」を発酵させて造られる。
僕らの知っているラムはそこに香料やカラメル色素が添加されている。「CORCOR」は、素材の風味を生かすために無添加、無着色のラムなのである。

しかも今日、開封したのは、
「CORCOR アグリコール」
アグリコールというのは農業生産ラムの意味で、サトウキビを絞り、そのサトウキビ汁を発酵させて造るラムである。
世界でも、このラム アグリコールを製造している国もメーカーも、ほとんどない。
一年に一度しか造ることのできない貴重な貴重なラムなのである。
もちろん製造年度ごとに微妙な味わいの違いも出てくる。
そんな大切なラムを沖縄在住のフードコーディネーター浦崎氏から先日、いただいたのだ。

グラスに注ぐと部屋いっぱいにさとうきびの香りが漂う。
さとうきび畑が目に浮かび、思わず「ざわわ ざわわ ざわわ…」とさとうきび畑の唄を歌いたくなる。
そんな素敵な酒を、素敵な方々と飲んでいたら、せっかくいいメンツが揃ったのだから、改めて、このメンツでホワイトマンの撮影をして、ビジュアルブックを創りたくなった。

こうなるとパッと決まるのがホワイトマンの楽しいところである。
オーディションの日程もその場で決定。
どこのモデル事務所に声をかけるかまでも決まっていく。
撮影の日もほぼ決定。
絵コンテ?
お金?
後で考えます。

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意外に「CORCOR」は生魚に合うかも。
そういえば白身魚のカルパッチョに、この酒を使うと美味しいって浦崎氏も言ってたなぁ。

投稿者 ishiko : 06:44

2007年09月22日

9月21日「イシコ39歳!英語をマスターするのだ!」

僕は英語が全く話せない。
でも、何故か英語が話すことができると思われることがある。
一度や二度ではない。

何故、僕が英語を話すことができると思ったのか理由を聞くと
「よく海外に行っているから」
英語ができなくても、普通に旅はできます。
「ホワイトマンも関係者もバイリンガルな方が多いですよね」
いやいや。日本にいる時、彼らは日本語で話をしますから。
「イシコさん、英語を話しそうな風貌してますよ」
訳がわかりません。

僕が英語を話せないことを確認したければ、一緒に海外へ出るとすぐにわかると思う。
実際、サニーサイドアップの松本氏は僕と一緒にニューヨークに行った際に、
「イシコって、本当に英語が全く話せなかったんだ」
とあきれを通り越して、感動していた。
全然、嬉しくないけど。

そんな僕だが、この年まで英語をマスターしようと思ったことは一度もない。
もちろん英語学校に通ったことがない。
英語の本は買ったことはあるが、いつもそれだけで満足してほとんど開いたことがない。
既に耳も衰え、脳も衰え、来年40歳。
しかし、僕は初めて英語をマスターしようと決意したのだ。
来年の「世界散歩」の為に。

もちろん意思の弱い僕一人で、そんなことができるわけがない。
アルクの望月氏、白川氏、若林氏の強力なトリオの助けを借り、イシコ英語マスター計画がスタートする。
来年の2月には、ホワイトマンと言う時も、発音が変わっているかもしれない。

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白川氏の言葉だけが気になった。
「モルモン教の人達は、布教場所に行く半年前に半年間でその国の言葉をマスターするらしいですよ。
でも、その間に気が狂ってしまう人もいるんですって」
イシコは途中で気が狂って英語だけしか話さなくなったりして。
まぁ、それはそれで素敵なことではあるが…。
ってその前にラオスで毎朝、見かけたこの方達は何教なのだろう。


投稿者 ishiko : 07:13

2007年09月21日

9月20日「続きは10月16日発売の「DIME」を読んでください」

雑誌「DIME」の取材を受ける。
朝型の特集なのだそうだ。
「今日は、どうやって夜型から朝型になれたかのインタビューだからね。
イシコがどうやって朝型になったのかの苦労話を聞きたいんだから。
間違っても元々、朝型なんだよ的な話はやめてね」
取材に同席できないサニーサイドアップの松本氏は、心配そうに念を押して、出て行った。

同席する彼女の部下である頼廣氏と宇田川氏は不安そうに僕の白い顔を見つめながら言った。
「何卒、よろしくお願い申し上げます」
プレッシャーに弱い僕。
そこへ編集者の方とインタビューアーの方がやってくる。

固い空気感が流れる。
そりゃそうである。
白い顔の男と普通に名刺交換をして、普通にインタビューをしようとすること自体が難しい。
僕が逆の立場だったら、間違いなく戸惑っているだろう。
席についても変な空気が流れていた。

何か話をしなければ…。
「みんな目覚まし時計を使うんですよね〜。でも…」
何故、こんな話を始めたのか判らない。
ふと腕時計が目に入ってしまったからかもしれない。
時計→目覚まし時計→朝型への苦労話と頭の中で勝手に連想してしまったのだろう。

いや、待てよ。
基本的に僕は目覚まし時計を使わないではないか。
その上、「でも…」って言っちゃった。
「でも」の後は、前の文章を否定するしかない。
どうしよう…。

頭の中は大パニック。
「でも、でも…。僕は目覚ましを使わなくても起きちゃうんですよね〜。あれ?昔はね?あれ?おかしいぞ」
何だか訳の判らないことを口走っていた。
「しまった」的な顔で、頼廣氏の顔を見た。
頼廣氏の目は既に瞳孔が開き気味になっていて、信じられないという顔になっていた。
後の展開は押して知るべし。
どうなったかは10月16日発売の「DIME」(小学館)を読んでください。

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取材に関わった皆さん、ごめんなさい!
そうそう、僕がはめている腕時計も楽しいので、記事だけでなく写真もご覧あれ。

投稿者 ishiko : 07:16

2007年09月20日

9月19日「ジョギング何歳までやれるのだろうか」

ある程度の年齢になってもジョギングだけは続けようと思っている。
僕の場合、ジョギングというのもおこがましいのかもしれない。
「散歩」の延長の「散走」程度である。

「何歳くらいまでマラソン大会で走れるんでしょうかぁ?」
「ランナーズ」で通販などを担当されている幸村氏に聞いてみた。
ランナーズでは、ここ数年、主なマラソン大会の全記録を集計してデータに残しているそうである。

そのデータを見せていただいて驚いた。
80代でフルマラソンで完走される方がいらっしゃる。
70代に入ると、3時間台で完走される方もかなりの数にのぼる。
60代では、2時間台という数字も見られる。

僕は今まで決して早く走ろうとしているわけではなかったのだが、このデータを見ていると少々、マラソンが早く走れるおじいちゃんを目指すのも悪くないかもしれないなぁと思ってしまう。
そうすれば僕に足りない「ストイック」という性質が多少は形成されるのかもしれない。

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来年は、世界の各地でジョギングしてみるつもりである。
戻ってきたら「世界の路面事情」に妙に詳しくなっているかも。

投稿者 ishiko : 06:49

2007年09月19日

9月18日「「ウルフルズ」唇をつけないで言える?」

ヴォイストレーナーNo.30ち〜ムーンの誕生日。
「ウルフルズ」を流している。
彼女が好きなのである。

僕は「大阪ストラッド」が好きで、カラオケに行くとたいてい歌う。
歌うというより、この曲の場合、しゃべるのだけれど。
彼女はウルフルズの中で特にこれが好きな曲というのはない。

じゃ、どこが好きなのか?
「トータス松本」の声が好きなのだそうだ。
何ともヴォイストレーナーらしい答えである。

「ウルフルズって唇をつけないで言える?」
と彼女が聞いた。
僕は唇をつけないように、口を開け気味にしてウルフルズと叫んでみた。

近所迷惑?
大丈夫なのだ。
舞浜のホテルに宿泊していて、ベランダに面している東京湾に向かって叫んでいるのだから。

隣の部屋に迷惑かもしれない?
いやいやディズニーランドに行っていると思う。
人の気配を全く感じない。

「難しいね?」
と僕が言いながら叫ぶ度に彼女は笑っていた。
いつのまにか桂三枝のモノマネのような言い方になっていた。
しばらくしてから彼女はぼそっと言った。
「実は普通に言っても、ウルフルズは唇つかないんだよ」

小さい声で「ウルフルズ」と普通につぶやいてみた。
確かに唇はつかない。
結局、チェックインしてから僕らはホテルの外に出ることはなかった。
舞浜まで来てディズニーランドに行かず、こんなアホな話で盛り上がっている別の意味の馬鹿ップルがそこにはいた。

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右の9と左の9、右の9の方が猫背である。
何故なのか?
そんな話で盛り上がっているようなものである。

投稿者 ishiko : 07:21

2007年09月18日

9月17日「セカイサンポ営業行脚」

人見知りのイシコにしては珍しくこのところ営業行脚に出掛けている。
来年3月から始める「セカイサンポ(世界散歩)」の営業である。
と言っても周囲からは「甘い!」と言われている。
何故なら知り合いばかりのところに行っているからである。
「ただ単に遊びに行って、お茶を飲んでいるだけじゃないか!」
と言われても否定はできない。

しかし、今日は違う!
知り合いが誰もいない「週刊朝日」編集部に伺うのである。
と言っても実は編集部に知り合いがいるカメラマンNo.7かめら〜まんが連れて行ってくれたのだが…。
またまた「甘い!」という声が聞こえてきそうである。

かめら〜まんは頼もしい。
的確に怪しい僕の説明をしてくれる。
せっかく説明を受けたのにも相変わらずイシコの焦点は定まらず、広い編集部のどこを見ていいのかわからない。
クーラーが聞いているのに、汗が胸を伝わって落ちていくのがわかる。

編集部のU氏が企画書と僕の文章のテイストを読んでくださっている間の緊張感と言ったらない。
読んでいるところで、自信のなさからか、いろいろ説明を挟みたくなるのだが、真剣に読んでくださっているときに横から声を挟むのも失礼である。

沈黙の時間が流れる。
僕のコラムを1、2本流し読みされているので、時間にすると、きっと1、2分なのだろうが、僕には10分近くに感じる。
「それぞれの国に行くスケジュールはいつ決まりますか?」
「えっ?」
「連載はタイミングもあるのでわからないですが、シリーズとして2ヶ月に一度くらいのタイミングだったら何かできると思います」

思わずガッツポーズしたくなる。
10月中にもう一度、スケジュールをお出しして、どういう形で進めていくかを具体的にご相談させていただくことにして、続いてかめら〜まんの企画の話になった。
もちろん終わってから、かめら〜まんと近くの寿司屋で祝杯をあげるわけで…。
「気が早い!まだ確実に決まったわけじゃないだろ!」
という声が聞こえてきそうである。

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こんな感じの笑顔で飲んだくれていた。
まだ掲載されたわけじゃないのにね。
この調子で今週も営業行脚に出掛けます。

投稿者 ishiko : 07:02

2007年09月17日

9月16日「暗闇の中で暗闇の芝居を観る感覚」

暗闇の中に放り込まれたら、何を感じるのだろう。
恐怖?
お化け屋敷ではないので、さすがに恐怖感はない。

不安?
すっかり恒例になって現在、公演中の「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」のように、暗闇の中を移動するわけではないので、不安感もない。

大川興業の芝居「THE BACK OF BLACK」が始まった瞬間に思ったことである。
別名「暗闇演劇」と呼ばれ、客席も真っ暗なら、舞台も真っ暗な中で芝居が行われるのだと言う。
しかも、このお芝居はかなりの人気があるらしく、既に恒例となっていて3年目なのだそうだ。

ある程度、暗闇に慣れてくると目をこらし始め、見えない舞台を観ようとし始める。
好奇心なのか。
しかし、当たり前だが、全く観えない。

そのうち耳を研ぎしましストーリーを追い始め、起きている物語の空想が暗闇の分、自分の頭の中というか目の前でいつもより広がり始める。
きっと、この芝居を見終わったら、しばらくは聞き流していたラジオをじっくり聞くような気がする。
少なくとも今度、部屋を真っ暗にしてラジオドラマを聞いてみようと思う。

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当たり前だけど暗い中でペンライトをつけるともの凄い照明になることも知った。
写真とはあまり関係ないけど…。

投稿者 ishiko : 11:03

2007年09月16日

9月15日「離れたからこそわかること」

あまりに近すぎると、わからないことがある。
逆に離れたからこそ、わかることがある。

劇団「ペテカン」の通し稽古を観る。
イシコが二度と芝居に出ないんじゃないの?と言われるかもしれないが、今回は、あくまでトークショーでの参加である。

いつも通り笑って、いつも以上に泣ける芝居に仕上がっている。
書き始めると全部の内容を書いてしまいそうなので、これから観劇する人達の為にも
よくないと思うので、これ以上は書かない。
普段、当たり前のように接している人に対する思いが重なり、打ち合わせに来ていたことも忘れ、一観客として僕は泣いてしまった。

稽古の後、ペテカンはじめ出演者の方々とみんなで飲みに行く。
僕は人見知りが激しいので、みんながダメだしをしている間に一人で酒をあおってから加わることにする。
それがよかったのかゲストで出演している劇団「スタジオライフ」主催の河内氏と初対面なのに、いろいろお話することできた。
スタジオライフは現在、日本の中で単体の劇団として1万5千人を集客できる1、2を争う人気劇団で、僕も何名かの知人が所属している。

アメリカはアクターズスタジオのワークショップに参加したときのエピソードをいくつかうかがう。
ロバートデニーロやアルパチーノも時々、自主トレで今でも舞台をやりにくる場所である。
実際、河内氏はアルパチーノが「オセロ」を練習している所を見学したそうだ。

しかし、ある日、観たワークショップの演技がかなりひどかったそうだ。
二人とも既に舞台やハリウッドで活躍しているのに…。
男優は、台詞がうろ覚えで、女優とのやりとりもちぐはぐだった。
しかし、舞台が終わった後、観客席についていた女性達はみんな泣いていた。

実は男優は代役だったのである。
本来、演じるはずだった男優が急に亡くなったのだ。
しかし、組んでいた女優は一緒に組んでいた彼の為に、どうしても演じたいと代役の男優にお願いしたのだそうだ。
何を思い、何を感じるかはそれぞれだろうが、その何かが大切な気がする。

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今回のペテカンの作品を観ていたら、ふとち〜ムーンと海を見たくなった。

投稿者 ishiko : 09:00

2007年09月15日

9月14日「台風危機一髪」

那覇空港のロビーは人で溢れている。
どの列に並んでいいのかさえわからない。
台風11号の影響なのだ。
夕方、沖縄は暴風域に入るらしい。

沖縄本島から離島への飛行機は全便欠航の話は、コーディネーターの清水氏から午前中にうかがっていたのだが、完全に他人事の気分であった。
電光掲示板の時刻表は、次々に「欠航」の文字で埋まっていく。
何の根拠もなく、羽田行きは大丈夫だろうと思っていたが、16時以降は全ての便が欠航になっている。

僕の乗る飛行機は14時50分。
この様子だと少し遅れれば、欠航になる恐れがある。
急に焦り始める。
と言いつつも、沖縄残留組のメンバーとまだまだ一緒に遊べるのかと思うと欠航も悪くないかなぁとも思ってしまう。

無事、チェックインを済ますことができたのは、出発時刻の20分前。
機体に乗り込んでからも飛行機は動かなかった。
天候の状況を見ながら、その合間を塗って飛ぼうとしているのだろう。
約1時間程度、経過しただろうか。

「間もなく離陸します。皆様、もう一度、シートベルトをお確かめください」
のアナウンスの後、那覇空港を飛び立った。
気流は荒れ、機体はかなり揺れる中、
「東京の天候は晴れ」
というアナウンスが妙に不思議な感覚を覚えた。

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トンボも、風を見ながら、飛ぶことがあるのだろうかぁ。

投稿者 ishiko : 08:14

9月13日「僕が琉球ガラスを体験した理由」

手先は決して器用ではない。
「決して」という表現は適当ではないのかもしれない。
手先はかなり不器用である。
というのが正確な表現なのだろう。

朝、カナコーの大久保社長とディレクターの戸頃氏も沖縄に合流し、琉球ガラス創りを体験しに行く。
「みんなの勇姿を撮影しているね」
と言い、僕は見ているだけのつもりだった。
かなり不器用なのだから。
などとカッコつけながら、結局、僕も参加していた。

どうして体験したのか。
いざ、現場を見ていると楽しそうなのだ。
釜の中に棒を突っ込み、取り出すと飴のようなガラス玉がくっついている。
そこに息を吹き込む。
そしてまた釜の中に突っ込んでいく。
この作業が、かなり楽しそうなのだ。
「やっぱり何でも体験してみなくちゃ、わからないよね」
と言い捨て、参加することにしたのである。

とカッコをつけているが、本当は、「ミスチル」や「サンボマスター」など有名人が、この場所で琉球ガラスに挑戦している写真を見たからである。
「ミスチルと同じ場所で琉球ガラスに挑戦したんだ〜」
と言ってみたかった。
要はミーハーなのである。
もちろん、みんなに本当の理由は言わなかったけど。

IMG_5602.jpg

ワイングラスを創りたかったのだが難しいらしい。
そう思うとワイングラスの見方も変わるよなぁ。

投稿者 ishiko : 08:05

2007年09月14日

9月12日「そこまでジョギングしたいのか?」

窓一面に海が広がる北谷の素晴らしいコンドミニアム。
ビールサーバーも取り付けられており、ダラダラ飲みながら、一日、海を見ながら過ごす。
俳優No.2カマンに言わせれば、ほとんど僕は寝ていたそうである。

夕暮れ時、カマンと某俳優のA氏は、コーディネーター清水氏の犬の散歩に出掛けた。
僕はボーッと沖縄の海を眺めながら、ベランダに出てキューバで購入した葉巻をくぐらせる。
ジョギングを楽しむ人達の姿もときどき目につく。
僕もジョギングしたくなってきたのだが、そういえば今回の旅は草履とサンダルしか持って来ていない。

持ってこればよかったなぁと思いながら、ジョギングしている人達を見ていると、向こうから奇妙なランナーが近づいてくる。
乳母車を押しながら、走るアメリカ人(だと思う。砂辺の米軍基地がすぐ近くにあるので)である。
しかも双子の乳母車。

乳母車を押しながらのランナー。
ありそうでない風景である。
赤ちゃんは大丈夫なのだろうか。
ほんの数十秒しか見られなかったのだが、間違いなく双子の赤ちゃんはすやすや眠っていた。

というかそこまでジョギングしたいのか?
ひょっとしたら、赤ちゃんにとっては気持ちいい振動ということを知っていて、お母さんは走っているのかもしれない。
ひょっとしたら、赤ちゃんにとっては気持ちいい振動のかもしれない。
意外に普段より目に早い景色が脳によかったりしてりして。
ジョギング子育て法。
新しい…。

そのうち乳母車だけでなく、赤ちゃんを背負いながらのお母さんが多くなったりして。
んなわけないか。
と一人で笑いながら、また海に目を戻すのであった。

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雲と海だけを見続けていたなぁ。
白と青。
これは飛行機からの雲と空。


投稿者 ishiko : 08:50

2007年09月12日

9月11日「那覇空港まで3往復して感じること」

朝一、那覇空港まで人気劇団の俳優A氏(劇団に内緒らしい)を迎えに行く。
お昼頃、那覇空港までフードコーディネーターの浦崎氏と愛娘でいごちゃんを送って行く。
夜、那覇空港まで俳優No.2カマンを迎えに行く。

一日に那覇空港まで3往復。
タクシーの運転手なみの貴重な体験である。
基本的に国道58号線を走っていく。
そして、たいていどこかで一度は渋滞に引っかかる。

道路に対する適量の車の数があるとしたら、確実に多い気がする。
通常の車がある上に、このところの沖縄人気で、「わ」ナンバーの車、つまりレンタカーがやたら多い。
交通手段が車しかないのだから仕方がないと言えば仕方がない。
最近、モノレールができたとは言え、渋滞を解消する程の役割は正直ない。

ただ、面白いのは東京の渋滞と違って、あまり圧迫感がないのである。
何故なのだろう。
久々に聞くFAT BOY SLIMの曲を聞きながら考えてみる。
きっと大型車が少ないことがあるのだろう。
確かにたくさんの荷物を積んだトラックが本土に比べると少ない気がする。

大型車の一つであるバスも少ない。
ということは自然にバスの本数が少ないことにもなるのだが。
だからと言って、バスの本数を増やしたからと言っても車が減るようには思えない。
う〜ん。地球温暖化問題って難しいなぁ。

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海辺で昼寝をしていたら、米軍の飛行機がどんどん戻ってきた。
空も渋滞を感じることがあるのかなぁ。

投稿者 ishiko : 15:31

2007年09月11日

9月10日「BAD DAY?GOOD DAY?」

「BAD DAY」
1、2年前に流行ったダニエルパウダーの曲がカーステについないだipodから流れてくる。
「今日はついてないだけだよ〜」
的なこの歌を聞きながら、雨の沖縄にいる。

先日、沖縄のPAIKAJIのカタログ制作で張り切っていることを書いたが、実は現在、暗礁に乗り上げている。
PAIKAJIが最近、売れ続けていることに原因がある。
メーカーにとってはもの凄くいいことなのだが、それに反比例してカタログ制作に影響が出てきた。
詳しく書くと長くなるので省くが、とにかく僕の絵コンテではできそうにない。
「BAD DAY」はレンタカーの中に流れ続けている。
相変わらず英語はわからないが、「こんな日もあるさ」的な感じの歌なのだろう。
国際通りは相変わらず渋滞中。
あまりに雨がひどいので散歩はやめて、那覇新都心に向かいシネコンに入る。

本日、メンズデーらしく1100円で映画を観ることができるらしい。
「GOOD DAY!」
まだ観ていなかった「Life」を指定する。
最初の目玉焼きとほうれん草のシーンで既に涙してしまう相変わらず涙もろいイシコである。
と観てない方にはわかりませんね。スミマセン!

最近の映画は、ときどき洗練されすぎて、計算されすぎていて、少し興醒めするときがある。
それでも結局は泣いてしまうんだけど。
そんな中、「Life」はいい意味で素朴な映画である。
泣かせよう、泣かせようと創られていない為、逆に泣けてしまうのかもしれない。
しかも泣けるシーンが観客の思い入れによって違う。
その証拠に会場内でもすすり泣きの音が聞こえるシーンがバラバラなのである。

エンディングで、桑田佳祐氏の「風の詩を聴かせて」が流れる。
試写室や映画祭以外、通常の封切で客席を誰も立たない映画を初めて観た。
誰一人である。
映画の余韻を楽しみ、自分の人生について振り返っているのかもしれない。
もちろん僕も含めて。

外に出ると雨は上がり、晴れ間が見えるではないか。
「GOOD DAY!」
とつぶやきながら、露天風呂のあるスーパー銭湯に向かう。
ここの無料券を持っているので受付に提示すると
「これはもう使えません!」
とあっさり言われる。
沖縄の物価からすると高い1000円を支払う。
頭の中でまたもや
「BAD DAY」
の曲が流れてくる。

露天風呂からあがると無性に、沖縄名産の「ゆしどうふそば」が食べたくなる。
いつもは北谷の沖縄そばやに行くのだが、ドライブがてら読谷まで走っていき、気になった店にふらりと入る。
1組のお客さんが盛り上がっている。
実は、その中の一人が店主であった。
そして30分後、僕も、その輪の中に入っていた。
人見知りなのに不思議である。

それにしても、入ったときから店の中を飾っているアーティスト波平雄介氏の絵が気になる。
自閉症のCGアーティストで知られた方である。
「俺の息子なんだよ」
閉店の札を出しながら、店主が言った。
ひとしきりその話で飲む。
僕は運転なので水なのが悔しいのだが。

この店のおばあちゃんも加わり、沖縄の食についていろいろうかがう。
冷蔵庫がない時代、塩と砂糖が保存するための調味料としてかかせなかったこと。
沖縄が日本に返還された直後は、小麦粉100%の沖縄そばは、「そば」という名前を使うことが認められなかったこと。
コーヒーと黒砂糖を混ぜ込んだこの店オリジナルの沖縄の豆腐デザートをいただきながら、次から次へと話題はつきない。

「いちゃりばちょ〜で」
と言われる。
沖縄の言葉で一度、会ったらみんな兄弟だよという言葉である。
3日後にまた会う約束をして僕は店を出た。
今度は一緒に飲み明かすために。
「GOOD DAY!」
大声で叫びながら、僕は車を走らせた。

IMG_6217.jpg

明日は晴れないかなぁ。
晴れたら、海に自分の影をうつすのだ〜。
「GOOD DAY」と叫びながら。

投稿者 ishiko : 07:00

2007年09月10日

9月9日「枯れるなら書けばいい」

写真家No.13ウサプリンは大阪で闘病生活中である。
花を送りたいけど、花屋に頼んで届けてもらうというのは嫌である。
ウサプリンには自分で選んだ花を送りたい。
わがままなことはわかっている。
じゃ、東京から看病に行く編集プロダクション社長の魚見氏に渡して届けてもらうか。
いや、枯れてしまう。

あっ!枯れてしまうなら、書けばいいではないか。
「花」。
って僕が書いたわけじゃなく沖縄からイベントの為、上京中の書家No.37ショッカーが書いたのだけれど。
100年もの間、沖縄の太陽を浴びてきた沖縄独特の瓦(沖縄ではカーラと呼ぶそうだ)に和紙を張ってその上に筆で文字を書くのである
テレビ番組の題字を始め、最近では阪神タイガースの選手の名前を書いた彼の文字シリーズが大流行りなのだそうだ。
やはり彼独特の風合いの文字は味がある。

瓦を風呂敷に包んでくれ、本来、ウサプリンが出演する予定だったイベントに向かう。
「最後だとわかっていたなら」
9.11テロの後、世界中で飛び回った詩がある。
待望の日本語訳の本が出ていて、そのイベントである。
彼女は、この本に写真を提供している。
かなり話題の本である。
めざましテレビで軽部さんがフジテレビのアナウンサーの間で流行っているっているらしい。
ってテレビをあまり見ない僕が知っている訳もなく、隣の人達の会話を盗み聞きしただけである。

出版元のサンクチュアリ出版の鶴巻社長が入り口にいた。
「あれ?なんでイシコさん来てるの?いっぱいだから関係者席に行ってくれる?」
と冗談を言いつつ、邪魔者扱いされる。
素敵なトークライブだった。
ウサプリンはビデオレターでの出演になった。

余命1年と宣告されたにも関わらず、1年半が経過した彼女は今も元気である。
いや、ちょっとこのところ体調が優れないらしい。
よってビデオレターでの出演になったのだ。
画面に映し出された彼女曰く、ちぃとばかり癌が進行しているのだそうだ。
「もう、生とか死とかそういうのは超えちゃったんだよね。
生きていること自体が奇跡の連続なんだなぁって、つくづく感じるかな。
だから今、この一瞬を大切にしたい」
僕は画面の彼女にめいいっぱい拍手した。
って隣の人の拍手の音に負けたくなかっただけなんだけど。

魚見氏にも無事、「花」を渡すことができた。
「え〜っと、ショッカーが沖縄から来てて、花は枯れちゃうから花を書いてもらった」
と子供がお使いから帰ってきて、今日の出来事を興奮して話している感じである。
魚見氏は、よくわからないという顔をした。
「あっ?ショッカーってホワイトマンネームね。そういう名の書家がいるんだ」
と身振り手振りで説明した。
「あっ、ショッカーという書家のことね」
二人で笑った。

イベントに行けなかったち〜ムーンに家に戻ってから、ウサプリンは現在、「LOVE FLOWERS」という花をテーマの写真を撮っていることを伝えた。
瓦に書いてもらった文字は「花」で、本当によかったなぁ。
って僕が気づいたわけじゃなく、No.30ち〜ムーンが気づいたのだけれど。

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今度は沖縄の雲と太陽を持ってくね。

投稿者 ishiko : 07:45

2007年09月09日

9月8日「何故、友人に電話しなかったのだろう」

先月の青春18切符の旅のチケットが余っているので、早めに実家を出て、この切符を使って東京に戻ることにする。
何度でも途中下車ができるので、どこで降りようかワクワクしながら、東海道線に乗り込む。
と言いつつ、既に降りる駅は決めていた。
静岡である。

僕は大学時代、この静岡の街で過ごした。
昨年、車で約15年ぶりに当時、住んでいたアパートを見に行ったのだが街には立ち寄らなかった。
大学卒業後、後輩がいた頃は、何度か静岡の街に通っていたのだが、後輩達が卒業してからは全く行かなくなってしまった。
「10年ぶりかなぁ」とつぶやきながら、駅前のターミナルホテルに向かう。
3時間近く電車に乗っていたので、まずはバーでビールでも飲もうと思ったのである。
ターミナルホテルのある北口に出ると僕が知っている静岡とは全く変わっていた。
再開発の途中なのだろう。
駅前のターミナルホテルも名前が変わり、新しいホテルの名前で改築中で閉鎖されていた。

しばらく再開発の工事を眺めながら、昔を思い返す。
しかし、工事している場所が前はどうだったのか全く思い出せない。
ホテルのバーで静岡の友人に電話をして、久しぶりに街で飲もうかなぁとも思っていたのだが、電話をする気がなくなってしまった。
何故だかわからないけど。

僕は紺屋町や七間町の方へ歩き出した。
「すみや」というCDショップが、まだあるのか見たくなったのである。
ここにはオレンジホールという名の小さなホールがある。
市民文化会館でコンサートをする程の知名度はないが、人気急上昇中のバンドが東京からやってきてはよくライブをやっていた。
大学時代、僕はコンサートスタッフのアルバイトをしていて、このホールにもよく出入りをしていたのである。

アルバイトの内容は機材の搬入、搬出、ライブ中の警備である。
ライブ中、このホールは会館のように椅子席がないため、オールスタンディングの客がステージに近づかないようにロープだけでコントロールしていた。
筋肉少女帯、レピッシュ、ユニコーンなど、ブレイク直前のバンドは、僕らの手がちぎれてしまうのだろうかと思うような観客が飛び跳ねるライブばかりだった。
「あぁ、死ぬかと思ったぁ!」
ライブが終わった後、アルバイト仲間はそう言いながらも、どこかみんな楽しそうだった。
もちろん僕も楽しかった。
そしてライブの後、そのまま静岡の街へ飲みに行くのが常だった。

そんな「すみや」のショップもオレンジホールも健在だった。
何だか妙に嬉しかった。
入り口で僕と同じくらいの歳(だと思う)の女性が徳永英明のバラードベスト版を選んでいた。
そういえば、徳永英明のコンサートも大学時代、何度もスタッフでやっていた気がする。
特に何をするわけでもないのだが、店内を一周して店を出た。

やはり当時の友人に連絡しようかと思い、携帯を取り出した。
大道芸のワールドカップを主催する街らしく、すぐ外では大道芸人が、観客を集めて、ディアボロ(中国駒)を披露していた。
一度、携帯をしまい、僕は子供達の輪の中に混ざってしばらくその大道芸を眺めていた。
結局、静岡の友人に電話をしないで、僕は東海道線に乗り込んで東京に向った。
何故だかわからないけど。

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電話より葉書で連絡したかったのかなぁ。

投稿者 ishiko : 08:30

2007年09月08日

9月7日「仕事量の測り方」

8月からハマっている岐阜の実家の草むしり。
台風一過で気持ちいい晴れが広がっている。
静岡や関東程ではないが、かなりの雨を含み、地面も柔らかくなっている。
いつもは根が張って、とりにくい雑草も雨の後は、地面が柔らかいので気持ちイイくらい簡単に抜けてしまう。

2時間程度の作業で雑草のひとつの山ができあがった。
近くの石に座り、冷蔵庫に冷やしてあった「なっちゃん」の缶ジュースを飲みながら、改めて雑草の山を見る。
自分の仕事量が一目瞭然で、何とも言えない充実感を味合わせてくれる。
普段、僕の仕事量ってこうやってわかりやすく目に見えない。
「たいして仕事してないじゃん」という言葉はここでは胸にしまっておいてください。

トークショーの仕事は、終わった直後の仕事量というのは見えてこない。
疲れ具合だったり、お客さんの動員や反応が仕事量なのかもしれない。
しかし、疲れ具合はそのときの体調もあるだろうし、動員も客席の関係で20名程度しか入れない場所だってあるし、反応だって知り合いから直接聞くか、アンケートをとらないとわからないことの方が多い。
「そんな偉そうに言うほどのトークか?」という言葉もここでは胸にしまっておいてください。

それでは書く仕事ではどうだろうか。
簡単に言えば、原稿量で測るのかもしれない。
手書きだったら原稿用紙が積まれていくので、わかりやすいのかもしれない。
ただ、僕はパソコンで書くので、あまり実感がわかない。
しいて言えば、ワードの下に表示される文字数で測る程度である。
しかし、2年程連載させていただいている「散歩の達人」の最後のページは、だいたい620字くらい。
原稿用紙で約1枚半。
量で言うとイシコの交遊録の一日分もないかもしれない。
その1枚半に3日かかってしまうことも多々ある。
「仕事が遅いなぁ」という言葉はどうか胸にしまっておいてください。

そんなたかだか1枚半の原稿なのに何度もこねくり回し、あぁでもない、こぅでもないと手直しして、最後には書き直したりする。
結局、最初に書いた原稿を多少、手直しして提出したりするのだが…。
「で、あの程度の文章なの?」という言葉もどうか今は胸にしまっておいてください。

それでも原稿を送った後は充実感があるんだよなぁ。
「量じゃなくて質なんじゃないか」
当たり前のことをつぶやき、また草むしりに戻るイシコであった。
「今頃、そんなことに気づいたの?」という言葉は今度、会うときまで胸にしまっておいてください。
えっ?しまう場所がもうない?

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根を抜くと様々な方向に張り始めているのがわかる。
こんな感じで。

投稿者 ishiko : 08:23

2007年09月07日

9月6日「新しい広告の在り方」

その日の新聞のニュースの内容に合わせて広告を出す。
しかも記事のすぐ近くのスペースに広告が埋め込まれている。
例えば、映画「トランスフォーマー」のプレミア試写会の記事が出たとする。
その記事と一緒にタカラトミーの「トランスフォーマー」のおもちゃ広告が掲載されている。
もの凄く小さな広告なのに記事とマッチングしているので思わず広告に目が行ってしまう。

新聞広告で記事と広告のマッチングをコントロールしているのも驚かされる。
それを可能にしている会社がニュースペースコムである。
産經新聞の社内ベンチャー企業である。
武藤取締役部長に「世界散歩」の相談に伺ったついでに、新しい広告の話をうかがう。

僕は、ビジネスのことは全くわからないが、この広告の在り方は一読者としてかなり楽しい。
記事を読んでいるのだが思わず広告を見て、
「こう来るかぁ」
と微笑んでしまう。
しかも本文の記事の邪魔になっていない。
スペースがあまりいらない「詳しくはインターネットで」の広告が一般的になってきたこともあるのだろう。

また、意図して入れたのかはわからないが、ブラックジョーク的に見える広告もある。
「原油高騰止まらず」
と書かれたシビアな記事の中に、検索「ヤナセのクルマ」
と入った広告。
これには思わず笑ってしまう。
多分、この連想的な広告は読者の脳にもいいのではないだろうか。
これは勝手な僕の推測である。

恐る恐る金額を聞いてみた。
「5万円くらいからできちゃいますよ」
「安っ!」
思わず雄叫びをあげてしまう。
僕が大学生だった20年前に、静岡新聞に出した家庭教師の3行広告の値段に近い。
しかも3行広告よりスペースが大きいし、格段に目立つ。

これは面白い。
来年の「世界散歩」に出掛けるときに、ところどころで
国際面のニュース記事の近くに
「今、僕はここにいます!」検索「世界散歩」
なぁんて広告を出してみようかなぁ。
その前に、「年内、衆議院解散か!」の記事が出そうなときを狙って、
「僕らも解散します!」検索「ホワイトマン」
って出そうかなぁ。
ちょっと不謹慎かなぁ。

DSC_0110.jpg

最近、四角形を見ると妄想が始まる。
当たり前だけど新聞の広告も四角形だなぁと見入ってみる。
この漁師網の目も四角形。
四角形の方が目は安定するのかなぁ。

投稿者 ishiko : 08:00

2007年09月06日

9月5日「誰かいい人いないですかね?」

僕には、「部下」と呼べる人がいない。
どうしても呼びたいときは、その辺にいる友人に「部下」というニックネームをつけて呼べばいい。
そんな僕にも唯一、雑誌の編集長をしていた頃、「部下」と呼べる女性が二人いた。
恐らく人生最初で最後の部下であろう。

そんな妹のような二人と久しぶりに飲む。
一人はオビッチ。
ファッションが大好きな女性だったので、ファッションページを担当していた。
半年くらい経った頃だろうか。
ある晩、彼女は泣きながら僕に訴えた。
「私、気づいたんです。文章を書くことが嫌いなんです」
「え〜!じゃ、なんで雑誌やってんの?」
それ以来、彼女はファッションページの絵コンテだけを書き、女性のファッションのことなど何も知らない僕が、テキストを書いた。
確かに彼女が書くよりは僕が書いた方がマシだった。
そう思うと彼女のおかげで僕は今、書くという仕事ができているのかもしれない。

そんな彼女も今ではエステ専用化粧品会社の部長を勤めているらしい。
「マニフェストじゃないんだけど…」
と梅酒ロックを飲みながら話す姿はどこか女性部長っぽい。
しかし、どう聞いても話の筋がよくわからない。
「オビッチ、それフェミニストのこと言ってんの?」
僕らは突っ込んだ。
やはり、彼女は相変わらず文章が、いや日本語が苦手らしい

もう一人はセイラ。
漢字で「征良」と書く。
当時、履歴書に貼付けられた写真の髪は短く、僕は「まさよし」と読み、男性だとばかり思っていた。
実は大学を卒業したばかりの女性だったのだが、どう見ても、中学を卒業したばかりの男の子にしか見えなかった。
そんな彼女も現在、30歳を超え、編集者としてバリバリ働き、髪の毛も伸びたのだが、僕にはようやく大学を卒業したばかりの女性にしか見えなかった。

「石原さん、私に彼氏を紹介してくださ〜い」
今までの人生の中で、パートナーを考えて紹介したことは一度もないし、頼まれたこともない。
「そんなの周りにいっぱいいるでしょ?」
僕は面倒くさそうに梅酒を飲み干した。
「いないから言ってるんだよ〜。石原さんにとって唯一の部下なんでしょ?」
「そうだよ!私たちにとっては社会人最初の上司だったんだよ〜。何とかしてよ〜」
オビッチも一緒になって責め立てる。

一応、どんな人がいいのか聞いてみる。
急に二人の目つきが変わった。
「わがままは言わないよ。
しいて言えば、おじさんみたいな人は嫌だよなぁ。
メタボリック症候群もだめだよ。
後は、一緒に浴衣を着て花火に行こうと言ってくれる人。
そうそう、料理もできた方がいいなぁ。
顔はカッコ良くなくちゃだめだよ。
あっ!忘れてた!
爪が少しでも伸びている人はだめ。
深爪ぐらいでちょうどだね」
僕は梅酒をおかわりを頼みながら、聞き流すことにした。
「石原さん、ちゃんと聞いてる?ちょっと石原さん、爪、伸び過ぎ!」
昨日、切ったばかりの僕の爪を見ながらセイラが言った。
こんな彼女達ですが、もし、奇特な方がいらっしゃいましたらご一報くださいませ。

IMG_5969.jpg

彼氏の話になったら、急に瞳孔が開きぎみになり、鼻の穴も広がっていった。
二人ともすごくカワイイんですけどね…。
って書くように命令されました。

投稿者 ishiko : 08:05

2007年09月05日

9月4日「来年からどうするの?」

「ホワイトマンプロジェクトの最後」について書いてから、いろいろな人からいろいろなメールをいただいた。
いろいろな内容なのだが、たいてい最後に書かれているのが、
「で、イシコは来年からどうするの?」
と綴られている。
僕はすぐに
「旅に出ま〜す。いや散歩かな(笑)?」
と返事を返す。

すると
「いつもじゃん(怒)!」
もしくは
「白くないだけで、今までと変わらないんだぁ(笑)」
的なメールが返ってきて、ここで一回のメールのやりとりが終了する。
本当は僕は、もう一度、メールを送らなくてはいけないのだ。
今までの旅とは少し違うのである。
来年、正式には来年の3月から約1年の予定で「世界散歩」というプロジェクトを始める。
でもそうメールに書くと
「世界一周とは違うの?」
と返ってきそうである。

世界一周とは違うのである。
今回のチケットは流行の世界一周券を使うので、一度、日本を出たら、一周しないと戻ってこれない。
会社は残したままで出掛けて行くので、決算の時と福岡の山笠祭りの時には一度、帰ってこなくてはいけないので、必然的に世界二周することになるのである。
「でも、世界一周旅といえば一周旅だよね?」
と聞かれそうである。

確かにそうなのだが、世界一周旅と決定的に違うのは、本来、世界一周するときには旅の過程を楽しむのだろうが、今回の僕はそういう旅の楽しみは、そんなにないかもしれない。
一カ国一都市一週間というのが基本で、その場所から場所に移動するのは飛行機なのである。
「えっ?何がしたいの?」
と飽きれたメールが返ってきそうである。

だから世界散歩なのである。
東京にいるように僕は世界の街で散歩がしたいだけなのだ
この公衆電話でいったいどれだけの人が話しをしてきたのだろうと思いながらカメラのシャッターボタンを押す。
こんな場所に公衆トイレがあったんだと用を足しながら、トイレの文化について考える。
この裏道の古本屋は素敵だなぁと本を購入する。
スーパーで買ったことのない缶コーヒーを選んで買い、公園でご無沙汰している友達に葉書を書く。
夕方になると映画か芝居を観る日もあれば、どこかでマッサージを受けて癒される日もあれば、どこかのバーで一杯飲んでほろ酔い気分で帰る日もある。
これが僕の東京での一日散歩の時間の過ごし方である。
これをそのまま世界の様々な場所で過ごしてみる。
当たり前だが同じ散歩の時間でも場所が違えば全く違う。
「長い返事だなぁ。一日の生活報告はいいよ。で、仕事はどうするの?」
と返ってきそうで…、とまぁ実際に言われたのだが…。

一週間いれば、世界の映画館や劇場、トイレ、公衆電話、ポスト、美容院など様々な物からの切り口でその都市の生活を楽しむことができる。
それぞれの目線で書かせていただける媒体を集めて、その連載仕事を持って散歩に出ようと思う。
おそらく、最後に決定的な質問が返ってきそうである。
「ち〜ムーンどうするの?」
この返事は長くなりそうなので、また別の機会に書くことにする。

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6月の旅があまりに楽しかったので、1年かけて日本一周の車旅も考えたんだけど、世界散歩が終わってからの楽しみにとっておこうと思う。

投稿者 ishiko : 07:13

2007年09月04日

9月3日「ゾンビは僕と同じ歳?」

基本的に試写室に行くと僕は一番、前の席に座るのが好きである。
スクリーンと自分だけの世界観が広がるからである。
しかし、今日は一番、後ろの席に座る。

今日の試写は「ゾンビ3D」である。
タイトル通り、赤と青の眼鏡をかけて観る3Dのゾンビなのだ。
ゾンビが飛び出して観えるのだから、一番、前なんかで観たら、驚く度にピクピク動きまくると思う。

僕はビビりなのである。
ホワイトマン関係者に日本一怖いお化け屋敷を創ると言われ、テレビでも時々、特集される演出家の五味氏という人がいる。
お化け屋敷の外で別件の打合せをした後、彼が創ったお化け屋敷に無理矢理入れさせられたことがある。
僕の声は外まで聞こえたらしく、それは悲鳴を超えて、雄叫びだったらしい。
あの日以来、二度と「ホラー」と呼ばれる物には近寄らないようにしていたのだが、久しぶりにホラー映画に足を運んだ。

そこには僕の1968年生まれと関係がある。
「68年生まれは我が道を行く人が多いんだよねぇ」
以前、カメラマンの桐島ローランド氏が言っていた。
彼も68年生まれなのである。
1968年生まれの有名人を見ていくと、野茂英雄、桑田真澄(メジャーリーガー)、渡部篤郎(俳優)、つんく(ミュージシャン)、柳美里(作家)などと確かに我が道を行く感はわからないでもない。

そして、その有名人の中にゾンビも含まれる。
ブードゥー型ゾンビと呼ばれるゾンビ映画は、1930年代に生まれているそうだが、現在、僕らが親しんでいるゾンビ映画の原型は1968年に生まれた「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」なのだそうだ。
この映画は、その後、様々な映画監督に影響を与えたと言われている。

とにもかくにも1968年生まれのゾンビも、我が道を行っている感がある。
「何だか密かにゾンビブームにもなってるんですよ」
と観た後に行ったパーティーで会ったvagance編集部の富田氏が言っていた。
ゾンビ君、ますますのご活躍を期待しております。
今日の映画は僕でもそこまでピクピクしないで観れたよ。
ありがとう。
何でありがとうなのかわからないけど。

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この写真を見る度に、ゾンビを思い出すんだよね。
まぁ、石油王にも見えなくはないんだけど。

投稿者 ishiko : 07:56

2007年09月03日

9月2日「2×3と3×2の違い?」

3人の子供が遊びにやってきました。
一人に2個づつみかんをあげようと思います。
みかんは何個必要ですか?
算数の教科書などで見られそうな問題である。

宇宙の1/f理論を家電製品に初めて応用したことで知られる宇宙物理学者佐治晴夫先生の特別講義を受けた。
NASAの客員研究員で映画「コンタクト」の監修を勤めた日本人ということで、僕は初めて先生の名前を知った。

もっと言えば、打ち上げから30年が経過する無人惑星探査機「ボイジャー」にバッハの「プレリュード」を搭載することを提案した先生である。
プレリュードは数学者の先生から見ると数学と音楽の融合の数式として成り立つ音楽なのだそうだ。
それは何を意味するか。
もし、ET(地球外知的生物)の耳に届いた場合、雑音ではなく、何かの暗号として解釈する。
宇宙での共通言語は数、すなわち数学になるからなのだそうだ。

みかんの話に戻そう。
答えは3人×2個=6個
である。
「である」と偉そうに言うまでもないけど…。

ただ、ある子供が
答えを3個×2回=6個
と書いて不正解になった。
これを不正解にした先生に対して佐治先生は怒った。

答えを書いた子供は、こう言ったそうだ。
「だって最初の一人に2個のみかんを渡している間に、他の2人が可愛そうだよ。
3人に一個づつ渡して、それを2回するんだ」
だから3個×2回なのだ。
優しい子なのである。

教育委員会にまで佐治先生は話を持ち込んだが、結局、これは不正解の認識になってしまったそうだ。
「それが今の教育の現状です」
残念そうに先生はおっしゃった。
教育界が理系離れと嘆く前に、こういった四角四面な考え方を…。
と僕に言う権利はないのだけれど。
ただ、人の優しさまで奪ってしまうことだけはやめて欲しいなぁ。

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少し前に、チェーンメールで流行った「神の目」を覚えているだろうか。
あれは「神の目」ではなく、ハッブル望遠鏡が撮影した「死に行く星の最後の断末魔の映像」をデジタル処理したものだそうです。
3、4年前にアメリカのネットで出回ったものだそうです。
そんなお話も講義で出ました。
だからと言って、なんでマドリッドで食べた創作料理の写真を使ったのか僕にもわかりません。
ただ何となく「目」に近いかなぁと。


投稿者 ishiko : 06:53

2007年09月02日

9月1日「寅さん、またあなたですか?」

やらなくてはいけないことが多いときに限って、他の物に手を出してしまう。
しかもシリーズ物に手を出してしまう。
ち〜ムーンがいれば、
「まぁ、現実逃避だろうね」
と言うだろう。

どうせ現実逃避でシリーズ物だったら、「24」などにすればいいのに、僕の場合、「男はつらいよ」である。
しかも初めて見る訳ではなく、既にどれも3回くらい観ていると思う。
ち〜ムーンがいれば、
「まぁ、安心して観られるからね」
と言うだろう。

だいたいストーリーのパターンがわかるからというのと
「寅さん、ばかだねぇ」
と言える自分と安心具合も様々である。
ち〜ムーンがいれば、
「まぁ、イシ君の場合、バカだねぇと言うより言われることの方が多いからね」
と言うだろう。

というわけで本日、寅さんを4本も観てしまう。
1本2時間ではなく、だいたい1時間30分なのが救いである。
と完全な言い訳。
ち〜ムーンがいれば、
「まぁ、そうやって生きていけば?」
とあきれて、言うだろう。

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昼寝していたら、「寅」の文字に「×」がついた標識が出てきた。
「昼寝もしてたの?はぁ…」
ち〜ムーンのため息が聞こえてきそうである。

投稿者 ishiko : 06:46

2007年09月01日

8月31日「人間が恐怖感を覚える高さ」

あなたは高所恐怖症ですか?
「高所恐怖症だよ」
と答えた方は、たとえ3mでも高く感じるであろう。

高所恐怖症でない人でも、ふとした時に恐怖を感じる高さがある。
果たしてそれはどのくらいの高さなのだろう。
靴の連載取材で東京電力に伺った際、ふとそんな話になった。

考えてみれば当たり前なのだが、東京電力には電信柱に登るプロの方々がいる。
彼らがいなくては自宅まで電気は届かない。
作業中、停電させるわけにはいかないので、電気を流したまま、電信柱の間で作業を行わなければならないのだ。
しかも高いところで手を離し、命綱のバランスだけで作業することもある。

「人間が一番、恐怖感を覚える高さは、10〜15mだそうです」
東京電力の乗附氏が教えてくださった。
電信柱の高さが、まさにその高さなのである。
それ以上の高さになると逆に開き直ってしまうのだそうだ。

「せっかくなので高さを体験してみますか?」
とおっしゃってくださった。
迷わず体験させていただく。
さすがに電信柱に登るのは危険なので、油圧式の作業車で15mの高さまで上げていただく。

展望台や気球とは違う緊張感がある。
15m以上でも、もちろん高い恐怖感はあるが、それとは少し違う次元の怖さがある。
落ちることがイメージできる緊張感が、この恐怖感を生むのかもしれない。
彼らは両手を離した状態で、この高さに慣れるため、電信柱の上で命綱だけでキャッチボールをする訓練もするそうだ。

靴の話?
来月号の「散歩の達人」を読んでくださいませ。
それにしても相変わらず、靴の話は面白い。
イシコの文章ではなく、取材が。

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鳥君。鳥君。
君たちは、よく高いところに停まっているよね?
君たちには高所恐怖症という概念はないのですか?

投稿者 ishiko : 08:28

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