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2007年07月31日

7月30日「手術するとスキーがうまくなる?」

プロスキーヤーの児玉氏と渋谷氏(本当は「渋」は古い字を使うのですが出ませんでした。ゴメンナサイ!)と恵比寿で食事をする。
児玉氏は最近、膝の手術をしたばかりである。
渋谷氏も膝の手術を2度程、している。
手術をしたことのない僕は、しかめっ面をして彼らの話を聞く。

しかし、彼らは
「手術や怪我をするとスキーがうまくなる!」
と信じられないことを言う。
怪我をすると早く治したいので、身体のことを調べるのだそうだ。
本で調べたり、医者と話しているうちに、自分が怪我をした原因は、本来の身体の自然な動きに無理をしていることが判ることが多いのだそうだ。
となると自分のスキーのフォームの癖が影響している。

怪我が治るとその癖を意識しながら、また滑り始める。
「あれ?何か調子いいなぁ」
とつぶやくのだそうだ。
知らないうちに身体に無理のないフォームに矯正されていくという訳である。
まるで僕はプロスキーヤーの一人のように会話をしていた。
そういえば渋谷氏に僕は初心者スキーヤーであることを告げていなかった。

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児玉氏とはストックホルムで何故かダブルベッドでホテルに泊まったことがある。
フロントの人は僕らのことをゲイカップルと間違えたのかもしれない。

投稿者 ishiko : 08:59

7月29日「すいか」

今回、実家の滞在は短かったのだが、「すいか」にハマってしまった。
実は子供の頃は、「すいか」が大好きだった。
縁側に座って種を飛ばす、絵に描いたような風景を毎年、夏に繰り広げていた。

それが大好きから好きに変わった。
その違いは大きい。
どうしても食べたいということがなくなってしまうのだから。
もっと言うと食べる為に「すいか」を買わなくなってしまい、もらったから食べるという程度に格下げになってしまったのである。

きっかけは高校時代に飲んだ「すいか」ジュースだった。
メーカーもタイトルも忘れてしまったが、人生の中で、二度と飲みたくない缶ジュースNo.1を未だに保持している強烈にマズいジュースだった。
こうして、「すいか」が大好きから好きに変わってしまった。
大好きから嫌いにならなかっただけよかったのかもしれない。

それが今回の滞在で、好きから大好きにまた返り咲いたのである。
なんてことはない。
究極にウマい「すいか」と、縁側から見える花火大会に出くわしたのである。
シチュエーションフェチのイシコはイチコロである。

ふと、すいかの漢字が気になった。
そういえば西の瓜と書いて、「すいか」と読む。
西のウイグルから伝わったきた瓜だったので、そう呼ばれていると書かれている。
と何で気になったのか、何を書きたかったのかわからないが、とにかく今年の夏は、すいかにハマりそうである。

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花火の写真がないということで縁側から撮ってみました。
下手なので、何かクラゲみたいに写ってしまいますが…。

投稿者 ishiko : 08:56

7月28日「湖!湖!湖!」

昨日が「音!音!音!」ならば、今日は「湖!湖!湖!」である。
母の葵ちゃんと姉の磨奈美ちゃんと弁当を持って長野県は諏訪方面に向かう。
まずは蓼科湖。
70歳の葵ちゃんからすると新婚旅行の希望場所の一つというイメージだったらしい。
となるとどこかロマンチックなカップルの集まる場所なのかと思いきや、蓼科自体はロマンチックだが、蓼科湖だけに関してだけ言うとファミリー的な匂いがする。
遊歩道を歩きながら、写真を撮りまくる

次に白樺湖。
43歳の磨奈美ちゃんからするとサークルの合宿場所というイメージらしい。
となるとどこか河口湖的な軟派な香りもするのかと思いきや、山を登って向かう途中、緑の中にポツンと見える湖を見つけた。
どうやら女神湖というらしい。
あまりにその場所が気に入ってしまい、昼食の場所をその場所に決めた。

そして諏訪湖。
中央高速の諏訪湖インターから見るのが一番イイというのが僕の中での諏訪湖論である。
諏訪大社に寄ってから中央高速に乗り、すぐのインターに立ち寄り、最後の湖を堪能するのであった。
あっ!白樺湖に寄るのを忘れた。

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諏訪大社の手水舎の龍は素敵だったなぁ。

投稿者 ishiko : 08:54

7月27日「音!音!音!」

来月号の連載「散歩の新兵器」(山口編集長とイシコの共同ブログあり。最近、イシコサボりまくり)の撮影で、ずっと興味があった骨伝導のヘッドフォンをいただいた。
落語が聴きたくなってきた。

参院選の期日前投票で杉並区役所に立ち寄ると、エレベーターの中で昔、受験英語でお馴染みだった金ピカ先生(似ていただけかもしれないが、服装もそのまんまだったので多分、そうだと思う)を見かけた。
彼の英語講座が聴きたくなってきた。

斬新な映像で記憶に残っている映画「ピンポン」の曽利監督の新作「ベクシル」(人間の動きがリアルでメチャクチャ驚くアニメ)の試写を観る。
「マトリックス」も手掛けたポール・オークンフォールドの音楽が素晴らしかった。
映画のサントラが聴きたくなってきた。

もう、我慢ができない。
オートバックスに向かった。
ホワイトマンカー(3年間、カーステが壊れたままで音楽はノートパソコンを持ち込んで聞いていた)に新品のカーステを取り付けてもらった。
自宅にCDケースをピックアップして、明日の行く予定だった実家に向かう為、東名高速に乗っていた。

サラブライトマン、ビヨーグ、メタリカ、トニーゲレロ、ハナレグミ、古今亭志ん生、ゴッドファーザーやグランブルーのサントラ…。
岐阜までの5時間ではとても足りなかったが、幸せなドライブであった。
英会話のCDだけ忘れてしまったことだけが悔やまれるが…。
って持って行く気などなかったくせに。
「あれ?帰ってくるの明日じゃなかったっけ?ご飯ないよ〜」
と迷惑がられる始末。

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わ〜い!わ〜い!
カーステだ〜い!

投稿者 ishiko : 08:50

2007年07月27日

7月26日「マイケルムーアの新作は素晴らしい!」

マイケル・ムーア監督の新作「シッコSicko」の試写に行く。
今回、彼が扱ったテーマは医療制度。
アメリカの医療制度がひどいという話は、アメリカ在住の知人から聞いたことはあった。
しかし、この映画を観て、ここまでひどいとは思わなかった。

基本的に国民健康保険という制度がアメリカにはない。
ということは医療は全額自己負担になる。
ちょっと怪我をしただけで数十万円かかり、2、3日入院などしようものなら100万円などすぐに越えてしまう。
他の先進国程、医療制度は進んでいるとは言い難いが、それでも国民健康保険制度がある日本からすると、その感覚は実感しにくい。
日本だとペットを飼っている人が獣医にかかったとき、公共の保険制度がない為、医療費の高さに驚いてしまう感覚に近いかもしれない。

よってアメリカでは医療保険に入らなくては、とても病気になどなれない。
その医療保険の大半も問題点が多い。
イシコが、その問題点をまとめる能力がないので、「シッコSicko」のマスコミ向けリリースから拝借すると以下である。
大半はHMO(健康維持機構)という、民間の保険会社が医師に給料を支払って管理するシステムなのだ。
となると保険会社が「治療は不必要」と診断した医師は、「保険金の支出を減らした」からと報奨金が出る始末。
自然に加入者には何かと理由をつけて保険金を支払わず、多額の献金で政治家に都合のいい法律を作ってもらっている。
これではアメリカの保険充実度が先進国中最下位の世界37位というのも納得できる。

では、他の先進諸国はどうだろう。
イギリスやフランスでは医療にお金がかからない。
フランスなどでは、24時間態勢で往診にまで対応している。
もちろん、その分、税金は高いかもしれないが、病気になったとき、安心して暮らせる社会の方がいいことは言うまでもない。
僕が今年の3月に取材旅に出掛けたキューバも医療にお金はかからない。
しかも、キューバは世界最高峰の医療技術が集まっていると言われている。

そのキューバの病院にマイケル・ムーア監督が出掛けて行った。
9.11テロの際、救命士として働いた人達は、現在、当時の現場の凄まじさをモロに浮け、気管支や肺を患い、後遺症に苦しんでいる人が多い。
しかし、そんな貢献者達さえも政府は守ってくれない。
医療費で優遇されるわけでもなく、高い医療費を受け入れるしかない。
それ以来、復職できない程の身体になり、いつしか貯金も底をついてしまう。
彼らをキューバに連れて行き、無料で診察と治療を受けさせたのである。
アメリカで約120ドルの吸入器は、約5セントで手に入る現実を目の当たりにした一人の女性は悔し涙をこぼした。

何故、先進国アメリカが健康保険制度を導入できなかったのか。
医療がタダ=社会主義国家というイメージが根付いてしまった。
というか植え付けさせてしまったからのようである。
僕が試写に入る時、前の会の「シッコ」の試写から出てきた映画ライターの渥美氏とバッタリ会った。
「アメリカってひどい国だよ」
彼女が苦々しい顔をして、つぶやいた意味がわかった気がした。
もちろんアメリカは素晴らしい国であることはわかっているが、少なくとも医療制度の面から見ると決して住みたい国とは思えない。

来年の大統領候補で騒がれるヒラリー・クリントンは、90年代半ば、夫のビル・クリントンが大統領に就任した直後、医療の特別専門委員会の委員長に就任して国民健康保険制度をアメリカに導入しようとしたことがあった。
しかし、保険会社や製薬会社などの医療業界につぶされた。
さて、来年、もし、彼女が大統領になったとしたら、どうなるのか?
そんなに単純ではないことも描かれている。

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アメリカが本気で取り組んだら、早い気はするんだけどなぁ。
やっぱりそんなに単純じゃないのかなぁ。

投稿者 ishiko : 07:23

2007年07月26日

7月25日「散走目線」

太もものあたりが筋肉痛である。
昨日の自転車が原因だと思う。
俳優No.2カマンが京都に引っ越すにあたり自転車をもらった。
自転車というのは、一度、乗らなくなると、全く乗らなくなるが、乗り始めると、どんどん乗ってしまう乗り物である。

最初は、銀行とクリーニング屋、文房具屋と目的を持って走っていた。
しかし、そのうち漕いでいる行為自体を求め始めた。
マラソンで言うところのランナーズハイに近い状態に入りつつあったのかもしれない。
ならばといつものランニングコース「和田堀公園」に向かった。

見慣れた景色のはずなのに、いつもと目線の感じが違う。
いつもと目線の高さが違うということもあるのだろうが、散歩には散歩の目線があり、ランニングにはランニングの目線があり、自転車で走るスピードにはその目線がある。
散歩目線ではなく、散走目線である。
散走だからこそ感じる風もあるし、散走だからこそ気になるカラスの速度もある。
散走だからこそ感じる路面もあるし、散走だからこそ見える色(少しわかりにくいけど、これを書き始めると長いのでこれはまた別の機会に)もある。

とにかく調子に乗って2時間以上も走ってしまったわけで。
とにかく筋肉痛になったわけで。
翌日に筋肉痛が出るというのは、イシコもまだまだ若いってこと…。
いや、そんなはずはない!
2、3日してから身体に出るはずである。
あっ!
これは2、3日前にしゅんのすけ君とはしゃいで遊んだときの筋肉痛である。

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パリで見かけたアンバランスなかごの位置の自転車。
じっと見ていると「ET」がかごに乗りそうに見えてこないですか?

投稿者 ishiko : 08:01

2007年07月25日

7月24日「女性だけの会計事務所」

ホワイトマンでお世話になっている横浜の会計事務所に伺う。
藤原社長に経理の面から見た今年度と来年度の有限会社ホワイトマンプロジェクトについてお話を聞く。
決算は来月なので現段階での状況と来年度の見通しなど通信簿をもらう前の面談のような感じである。
だからと言って夕暮れ時の教室に先生と生徒といった緊張感はなく、相変わらず、この会社は居心地がいい。

社員の方が、入れ替えのホットコーヒーを持ってきてくださった。
何時間も僕が居座っていることを物語っている。
夏場に事務所を訪れると
「暑かったでしょう?」
最初、アイスコーヒーを持ってきてくださり、その後、時間を見計らってホットコーヒーを持ってきてくださるのである。
その気配りたるやいつも涙が出そうになる。
藤原社長の会計事務所には現在、15名以上の社員がいらっしゃるのだが全て女性ばかり。
主婦の集団といった感じである。
もちろん結束力も強い。

そのエピソードを一つ。
3月に某プロスポーツ選手の申告の飛び込み依頼があった。
ちなみにそのスポーツに関する専門知識のある人は誰もいない。
しかも3月15日申告締切で1年分の領収書等が届いたのは13日の朝。
藤原社長が朝、飛び込み依頼の話をみんなにした。
「やりましょう!」的な空気が流れた。
みんな自分が抱えている仕事を一度、ストップ。
向き合って並べられた机の上を全てかたずけ、引っ越し前に並べられた机の状態になった。

フラットになった机の上に半端な量じゃない領収書がぶちまけられた。
そのとき会社にいた12名が一気に整理を始めた。
知らないうちに仕事の分担もでき、何名かは同時にパソコンへ入力をはじめ、サーバー上で一気に整理を始めた。
藤原社長は、身体のメンテナンスにかかる費用や、そのスポーツにまつわる用具など経理上必要な情報を丁寧に調べていく。

午前中に叩き台の会計ができあがった。
後は、藤原社長の会計料理と足りない書類の整理、不明点の連絡のやりとり。
他の社員は午後から、それぞれの担当の業務に通常通り、戻っていたそうである。
14日に税理士から印鑑をもらい、15日無事、申告を終えた。
とこの件で半年程、領収書をためてから訪れるイシコの罪が少しでも軽くなればと思うのだが、それはどうやら別の話である。
でもって、その後の十勝映画製作準備委員会のパーティーにも遅刻したわけで。
相変わらず全てが後手後手にまわるイシコであった。

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藤原社長とホワイトマン担当の花嶋さん。
もちろん嘘です。

投稿者 ishiko : 08:38

2007年07月24日

7月23日「やっぱりサーカスは楽しい!」

サーカスは観る前からハイテンションになる。
それは子供の頃から変わらない。
きっと昨日、イシコに電話をかけてきた人達の中には
「何ソワソワしているんだろう?」
と思った方もいたに違いない。
メールを出す時には用件の前に必ず
ボリショイサーカスを観に行くので、今からワクワクしているイシコで〜す!」
と自慢して書いていた。

だってサーカスである。
同じ人間が信じられないパフォーマンスを見せ、普通の動物がショーをするのである。
しかもロシアが誇るボリショイサーカス。
夕方が待ち遠しかった。
こうして、テンションが高い僕を、「散歩の達人」の山口編集長一家とカメラマンの鈴木夫妻が会場まで連れて行ってくれる。

彼らは2ヶ月程前、モスクワまでボリショイサーカスの取材に行っている。
裏話を聞いているうちに、生演奏でのサーカスが始まった。
ジャグリング、空中ブランコ、綱渡り、虎の芸に熊の芸、どれも一度は観たことはある芸が目の前で繰り広げられる。
観たことがあるからこそ、どこか安心して観ていられる感覚。
大好きな映画を何度も観る感覚に近い。
それでも、やはり空中ブランコでは、おちん○んが、キュンとなり、熊のパフォーマンスに癒される。
ロシアというお国柄かバレエの基礎が叩き込まれているので、パフォーマンス前後の所作がキレイである。
たっぷり2時間堪能させていただいた。

すっかり子供に戻った僕は、山口家の愛息しゅんのすけ君と夕食の沖縄料理店に到着するまで、はしゃぎまくる。
島らっきょうをつまむ僕を見て彼は言った。
「イシコが、なんで大人の箸を使うの?」
どうやら僕はサーカスマジックで、幼稚園児、しかも、しゅんのすけ君の後輩にされてしまったようである。

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これに近い芸もやっていました。
いや?近くないかな?

投稿者 ishiko : 08:43

2007年07月23日

7月22日「二人旅がキツくなる時?」

富山から安井氏がやってきた。
富山は21世紀に入ってから、一度も行っていない。
子供ショー時代に一度だけ寝坊したことがあるが。その場所が富山だった。
富山の繁華街にある黒いスープの小さなラーメン屋が大好きだった。

と富山の話はどうでもいい。
安井氏の話である。
彼女は秋にイギリスのパワースポット巡りの旅に1ヶ月程、出掛けるそうだ。
女性二人旅でお互い個人旅行は初めてなので不安が大きいらしい。

場所もイギリスだし、凄く無責任だけど何も心配はいらないと思うと答えた。
一人旅も二人旅も大人数の旅もどれも旅は楽しい。
人数が二人以上になれば楽しさを共有できる喜びや安全面がより確保できたりする。
一人旅は、そのかわり、人に気を使わなくていい旅ができる。

「何かアドバイスないですか?」
と何度も聞かれたが、僕がアドバイスできるような旅人だったら、もう少しトラブルに巻き込まれないで旅ができていると思うと何度も答えた。
しいていえば、二人以上の友人旅は、どんなに仲がよくても知らないうちにどこか気を使っている。
そのストレスは「塵も積もれば山となる」といった感じで旅が長くなればなるほど出てくると思う。
その解消法はいくつかあると思うが、手っ取り早いのはホテルの部屋を別々にすることだったりする。
予算的に厳しければ、一ヶ月のうち、一日別行動で夕ご飯集合にすることが時にはあってもいいかもしれない。
とにかく常に二人一緒の時間であるということをはずす「ゆるゆる」度を、持っておいた方が旅は楽しくなると思う。
と結局、偉そうに語ってしまい、後から反省するのであった。

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あれもダメだったっけ?、これもダメだって言ってたなぁなどとやっていると縛られた旅になってしまう。
とにかく楽しむことだと思うなぁ。
もちろん自己責任で。

投稿者 ishiko : 10:47

2007年07月22日

7月21日「プレゼンラジオ再び?」

劇場内の天井を幕で覆い、プラネタリウムにしたい。
その中でショーをしたい。
4年程前のことである。
「プレゼンラジオ」というホワイトマン唯一の劇場公演の準備中のことだった。
プラネタリウム作家の大平氏に相談した。
「面白そうですね」
僕はやることを決めた。

「照明がつれないよ!どうするの?」
「消防法が通らないよ!どうするの?」
「お金がかかりすぎるよ!どうするの?」
劇場内をプラネタリウムにすることを発表したとき、スタッフから返ってきた言葉を聞いて、あまりに現実的ではない思いつきだったと徐々にわかってきた。

「吊れない照明。こんな体験ないよ。面白そうじゃん!」
照明の関口氏が協力してくれた。
「消防法通せるように設計しよう」
「消防署は説得するよ」
共同演出の五味氏がミリ単位で設計の指示を出し、舞台監督の高橋氏が消防署からやってきた係員達を説得した。
「お金は何とかします!」
みんなのカッコよさにつられて、あてもないのに僕も言い放った。

皆さんのおかげで特設のプラネタリウム劇場が何とか出来上がった。
カッコつけた僕だけ何とかならず、銀行からお金を借りた。
家のローンなどではなく、プラネタリウムローン。
そんな甘酸っぱくも思い出深いセットが急遽、この夏、お披露目されることになり、青山円形劇場へ運び込む。
まだ詳細は出ていないが、8月に子供の為の劇場主催イベントにセットを使用してくださることになったのだ。
是非、観に行こうと思っている。
ホワイトマン?今回は出演しません。
ようやくお客さんとしてセットを満喫できるのである。

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花火もいいけど、プラネタリムもたまにはいいものです。
ってこれは花ですね。
花火のいい写真がなかったもので。

投稿者 ishiko : 08:30

2007年07月21日

7月20日「出産祝いに何を送るか?」

来月で決算を迎えるので、久しぶりにホワイトマンの経営会議。
参加していただいているサンクチュアリ出版鶴巻社長の第一子が誕生した。
サニーサイドアップ松本氏と何を送ろうか相談する。
以前、松本氏の愛娘壽ちゃんの出産祝いは、アンパンマンの大きなぬいぐるみが鶴巻社長はじめサンクチュアリ出版からいただいていた。

最初はあまりに大きすぎて邪魔者扱いだったアンパンマンは、今では壽ちゃんのお気に入りのお友達になっている。
松本氏が電話口で言った。
「アンパンマンとバイキンマンのぬいぐるみセットにしようか?」
僕は四谷にあるアンパンマンショップに向かった。

残念ながらバイキンマンのぬいぐるみはなかった。
しかし、巨大なアンパンマンのぬいぐるみはある。
壽ちゃんが持っているアンパンマンの3倍の大きさはある。
迷わず購入する。

お店の人に手伝ってもらいながら、ホワイトマンカーの助手席に乗せる。
思わずシートベルトをかけそうになる。
間違いなく小学校低学年くらいの大きさは軽くある。
本日の経営会議は、一人分の席が増えていた。

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これくらいの大きさはあったと思う。
顔と身体のバランスもこんな感じだったと思う。

投稿者 ishiko : 08:13

2007年07月20日

7月19日「ミシガン!イスラエル!キューバ!パーティー梯子」

パーティーの梯子である。
まず、最初のパーティーは結婚してミシガン州に住んでいる手芸デザイナーのヒビちゃんが来日したので、人形町でケーキパーティー。
こちらはパーティーと呼ぶより身内の集まりと言った方がいいかもしれない。
ヒビちゃんの愛娘ニナちゃんも一緒である。
以前、会ったときは金髪頭のイシコを見て泣いてしまった。
今回は、坊主頭のイシコと一緒に風船で遊ぶ。
ふとヒビちゃんと台湾へ一緒に行った際、占いで言われた通りの幸せな結婚人生を彼女が送っていることを改めて感じる。

次に恵比寿へイスラエルのスーツブランド「BAGIR」主催のパーティーである。
こちらは日本で初めての店舗が六本木にでき、そのお披露目的なパーティー。
宇宙飛行士候補のNo.40サイエンスマンともバッタリ会い、久しぶりの再会を喜び合い、一緒に行ったモンゴル韓国の話で盛り上がる。
そして、彼も一時期、所属していたNASAも共同開発に加わっていると言われる特殊な素材のスーツがいくつか発表された。
家庭の洗濯機でそのまま洗っても大丈夫なスーツ、竹の繊維を使ったエコ的なスーツ、そして、日本では必要ないだろうが、イスラエルというお国柄を物語る防弾チョッキが内蔵されたスーツ。
旅が多い僕としては、丸めて収納しておいても着ると皺一つなくなる形状記憶のスーツが興味深かった。
そして来年、旅に行きたい国の一つに「イスラエル」が浮上する。

最後は表参道へ僕も連載でお世話になっている「vagance」主催のパーティー。
こちらのテーマは「キューバ」。
今年の3月、一緒にキューバに行った面々も何名か集まり、久しぶりの再会を喜び合う。
もちろん、「キューバのイシコ詐欺事件」に関して、日本人旅行者の恥だと責められる。
みずほ銀行の河野氏は、夏休みにミャンマーに行くと言うので、僕も大好きなパガンやインレイ湖の素晴らしさで盛り上がる。
vagance編集長のNo.24キャスパーは、昨年、イシコがスペインで財布を落としてからカンヌ映画祭入りして、財布を持たないで2週間近く過ごした話でこれまた困ったイシコの話で盛り上がる。
あぁ、旅っていいなぁと実感する一日であった。
きっと僕と一緒に旅に行った人は迷惑だと思うけど。

サンセット

パーティーが終わった後、眠りにつく寸前に浮かんだミャンマーの夕暮れ時を思い出した。
今日は苦手なパーティーが楽しかったことを物語っているのだろう。

投稿者 ishiko : 17:29

2007年07月19日

7月18日「汗のかきかた」

夕方、早めに家に戻ったのでバスタブにお湯を張る。
そういえば今週末、靴の連載で「現代の名工」100人に選ばれ、黄綬褒章も受けている鳶頭の山口政五郎氏のインタビューがある。
彼の著書「とんびの独言」(角川書店)を読みながら、半身浴を楽しむ。
つくづく近代の日本、特に江戸の街、そして生活に欠かせない祭りや消防の面まで鳶の方々によって創られてきていることを知る。

「粋」という言葉も考えさせられる。
英語で何と言うのであろうかと思い、汗が出始めた身体を拭き、一度、風呂を出て和英辞典を取りに行く。
風呂に戻りながら、「粋」をひいてみると「stylish」や「smart」に翻訳されるようだ。
ちょっとピンとこない。
日本独特のスピリットで、これは「iki」と日本語のままにした方がいいような気もするなぁと思いながら、ミネラルウォーターをぐびぐび飲む。
と偉そうに書いているが、僕は英語が話せない。
とにかく半身浴を続ける。

気持ちいいくらい汗が溢れ出してきた。
坊主にしたことも影響しているのかもしれないが、頭皮の発汗を実感する。
本には汗のかきかたと水分の取り方の話もかかれていた。
鳶の方達は、午後3時以降、仕事の間は水分を取らないそうだ。
汗のかきかたを経験値としてわかっているのである。
前日の夜から午前にかけてとった水分は、新陳代謝の汗として問題ないので、どんどん水分を取って、どんどん汗を出してやる。
しかし、午後3時以降になると疲労が混じった汗になり、体力が奪われるので仕事が終わるまでは極力、汗をかかないようにする。
身体中から溢れ出す汗を見ながら、この汗はどちらの汗だろうと考えるイシコであった。

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このポーズは「iki?」or「not iki?」と外国人向け「粋」講座というのも面白いかもしれない。
その前に「あなたは粋ですか?」と聞かれたときの答えを考えた方がいいかもしれないが…。

投稿者 ishiko : 08:05

2007年07月18日

7月17日「タクシー強盗?」

No.30ち〜ムーンと夕食を食べた後、コーヒーを飲む場所を求めてドライブに出掛けた。
彼女が
「あれ?タクシーに「助けて」って表示が出てる!」
と叫んだ。

確かに寿司屋の脇の駐車場に停められたタクシーの灯は点滅し、彼女の言う通り、いつもは「空車」や「貸走」と表示されている場所に「助けて」という表示が出ていた。
一度、通り過ぎた僕は、すぐにUターンをした。
ちょうどタクシーも走り始めていた。

タクシー強盗かもしれない。
ドキドキしているのが自分でもわかる。
ただ誰も乗っていない感じである。
後部座席に隠れるように乗っているのか。
とにかく目を離さないで、警察に電話するのがよさそうだ。

短い時間で様々な可能性を考えていると、すぐにタクシーが停まった。
アジア系の外国人女性二人組の客を乗せ、普通に走り始めた。
タクシーは元の表示に戻っていた。
ただ単に運転手が操作を間違えただけのようである。

残された僕らはドキドキしたままだった。
コーヒーを飲みに来たはずなのに、甘い物も欲しくなった。
ち〜ムーンはチーズケーキ、僕はチョコレートパフェを頼み、一気に食べきるのであった。

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犯罪が起きそうな色のイメージってあるのかなぁ。
僕の場合は青かな。
って、今、書きながら、ふと思った。
ひょっとして昨日の外国人も一緒の強盗犯だったりして…。
想像が膨らみ、急いでネットのニュースを見たが、出ていないので、やはり間違いだと思う。
というか間違いであって欲しい。

投稿者 ishiko : 08:17

2007年07月17日

7月16日「強過ぎるノヴァウニオン」

まだ日本には馴染みのうすいノヴァウニオン。
しかし、今後、確実に人気が出るであろうノヴァウニオン。

格闘技の話である。
テレビで「HERO'S」を見た。
噂の総合格闘家「シャオリン」が登場した。
彼が所属するのが、ブラジリアン柔術のノヴァウニオン。

もちろん日本ノヴァウニオン代表の阿部氏もセコンドにいる。
単身でブラジルに渡り、道場で寝泊まりしながら取得して日本に戻ってきた方である。
僕と同い歳で僕と同じくらい人見知りが激しい阿部氏は、絵に描いたような気は優しくて力持ちな方なのである。

6年程前、巣鴨に一つしかなかった道場も今では、全国で8つの支部まで増え、近いうちに田園調布にも新たにオープンする予定らしい。
そしてやはり「シャオリン」は強かった。
準決勝進出。
僕も田園調布にまた通い始めようかなぁ。
はい。巣鴨に道場が出来たばかりの頃、半年程、通って挫折しました。

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阿部氏の奥様の活動の一環で一緒に訪れた北海道の坂本九記念館。
今度は夫妻一緒に旅をしたいものである。
ブラジルとか…。

投稿者 ishiko : 09:00

7月15日「追い山笠に涙する」

台風の影響で、「飾り山」が撤去された。
庄島氏の記憶では、未だかつて祭りに台風が直面したことはないそうだ。
桟敷席に座って待つこと約3時間。
博多中の願いが通じたのか台風は過ぎ去り、風は止まった。

午前4時59分。
空がほんの少し白み始める。
急に雨が激しく降り始めた。
清めの雨なのかもしれない。

大太鼓の合図とともに一番山が櫛田神社に突っ込んでくる。
山笠祭りのクライマックス「追い山笠」が始まった。
雨のしぶきを受けながら、もの凄い勢いで入ってきた一番山は、「清道」なる旗を一周したところでピタッと止まる。

全員がハチ巻きを取る。
冠婚葬祭どんなときにでも歌われると言われ、博多の人にとって特別な「博多祝い唄」を合唱する。
歌い終わると再びハチ巻きをして、一番山は境内を飛び出して行った。
何故か僕の頬には涙が伝っていた。

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教育のヒントが山笠祭りには詰まっている気がするなぁ。

投稿者 ishiko : 08:53

2007年07月16日

7月14日「土地勘がつかない」

博多には10回以上来ているはずである。
しかし、未だに自分がどこにいるのかよくわからない。
要は土地勘がない。
何も覚えていない。
というか覚えようとしない。
一つづつの場所に行ったことは覚えているのだが、誰かに連れて行ってもらうことが多いので、位置関係がいつまで経っても、つながらないのである。

そういえば屋台で飲んだ気がする。
そういえばこの近辺のセレクトショップで買ったことがある。
そういえばここの映画館で観たことがある。
そういえばここのラーメン屋で食べたことがある。
そういえばこのホテルに泊まったことがある。
といった具合に、ぶらぶらしていると後から後から記憶が出てくる。

せめてタクシーの運転手に言えるように、美味しいお店がある場所くらいは覚えておこうと思った。
というわけで今回、一つの目安として「市場会館」を覚えた。

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これは博多ラーメンではなく、チェンマイで食べたラーメン。
これはこれでまたうまかった。

投稿者 ishiko : 11:20

7月13日「中学生以来の坊主になる!」

午前中、博多デベロップメントカレッジで講演を終えた(本当は、今後、ここの生徒さん達とやりたい企画も含めて、すごく書きたいのだが、もの凄い文字数になりそうなので、整理して別の媒体に書くことにする)後、理事長の庄島氏から、
「イシコさんと松下さん(ゲストで来ていただいた走ってしゃべれるモータージャーナリスト)は午後、山笠祭りに一日だけ参加するんだよ!」
と言うと生徒さんから驚きの声があがる。
様々な面で特に厳しいと言われる山笠祭りである。
ふらりと来た新参者が参加できることは普通ではあり得ないのだそうだ。

「ただ、金髪はダメなんだよ。黒く染められるかな?」
穏やかなのだが、厳しい口調で庄島氏がつぶやいた。
染めるより、坊主にした方が早い。
「坊主になります!」
思わず口走り、1時間後、中学生以来、つまり二十数年ぶりに坊主頭になった。
その1時間後、生まれて始めて「締め込み」と呼ばれる相撲のマワシ姿と同じ姿になる。
その1時間後、いつもこの山笠祭りのタイムレースで、早い「東流」チームの中の一つ「桶若」の皆様の前で庄島氏から紹介していただく。
一番、下っ端である緑の手拭(てのごい)をいただき、坊主頭になったばかりの頭に巻く。

本日は、「集団山見せ」。
「舁き山」が那賀川を渡って、福岡部に入る唯一の日。
呉服町の交差点から天神の市役所前まで約1.2キロの道のりを走る。
担ぎ手の役割は10年早い。
「後押し」と呼ばれる後ろから押す役を何度かやらせていただく。
水をかけられると、アドレナリンがどんどん出てくる。
あっという間に終わっていた。
直会(なおらい)なる打ちあげ的な飲み会にまで参加させていただき、杯を一気に飲みながら僕は決めた。
来年、たとえ世界のどこにいても、この時期だけは博多に帰ってこようと。

IMG_7999(cigar).jpg

ヒュミドール(葉巻保管箱)のほんの少しのアクセントに博多織を使うというのもいいかもしれない。
博多織の話は整理してからと言ったばかりなのに…。

投稿者 ishiko : 11:10

7月12日「山笠祭りの桟敷席」

朝一の飛行機で博多へ飛ぶ。
先月は車の九州旅だったので、改めて飛行機の早さに驚いてしまう。
博多の街は山笠祭りのクライマックスへと突入している。
早速、ホテルに荷物を置いて、ずっと見たかった男の祭りを観に出掛ける。

本日は「追い山ならし」と呼ばれる日。
桟敷席にて拝見させていただく。
山笠祭りをご存知の方からすれば、イシコのようなフラリと来た旅人が桟敷席で拝見できること自体、罰当たりなことは重々わかっている。
全ては東流(山笠の中に存在する8つの流の一つ)の相談役庄島氏のおかげである。

櫛田神社の中に設置された桟敷席は、「あ」から「か」までのゾーン指定はされているが指定席ではない。
始まる3時間以上も前から場所とりが始まる。
何も知らない僕は一番前の席を陣取る。
始まる寸前、庄島氏が気づいて
「ここに席を取ったの?この席は、前に参加する男衆達が立ちはだかるから、あまり見えないよ。ストリップじゃないんだから(笑)」
と教えていただく。
すぐに場所を変えようと思い、後ろを振り返るが既に満席状態で身動きは取れない。

そんな中、「追い山ならし」が始まった。
「追い山ならし」とは最終日の追い山に向けた予行練習として約4キロのコースを走り、本番さながらのタイムレースが繰り広げられる。
桟敷席では、スタートと同時に約1トンもある「舁き山(かきやま)」を男衆が担いで櫛田神社の中に入ってくる「櫛田入り」を観ることができるのである。
これが、もの凄い迫力である。
とにかくもの凄い早さで入ってくる。
ともっと語りたいのだが、僕が観えたのは目の前に立ちはだかる様々な男衆の水法被の背中と「舁き山」の上の方ばかりであった。

IMG_6070(ishiko).jpg

イシコは見えなくて、こんな顔をしていたかもしれない。

IMG_6069(chiho).jpg

上の席にいたち〜ムーンは、こんな顔で喜んで観ていたのだろう。

投稿者 ishiko : 10:55

7月11日「コミュニケーションツールとしてのホワイトマン」

「コミュニケーションツールとしてのトランプにこだわりたかった」
インテリアやアパレルを手掛けるプロデューサー常田氏の言葉である。
彼の言葉通り、1年かけて素晴らしいトランプが出来上がった。
そのトランプを渋谷の事務所で拝見する。
トランプについては7月末のvaganceの連載で書くので、交遊録ではコミュニケーションツールを考えてみることにする。

ホワイトマンの場合、顔が白いことはコミュニケーションツールの一つだと思う。
「何故、顔を白くしているの?」
「何を塗っているの?」
と聞かれることでコミュニケーションが始まる。
これは一つのコミュニケーションツールなのだと思う…。
と書き始めてみたものの、やはりトランプとは少し違う種類のコミュニケーションツールなのだと気づく。

ホワイトマンというか白塗りは初めて出会った人やパーティーのような場所で隣り合わせになった人と最初のコミュニケーションに役立つツールなのだろう。
トランプは顔を知ってはいるが、そこまで親しくない場合、もしくは出会った人達と更に仲良くなるためのコミュニケーションに役立つツールなのだと思う。
初対面で、いきなりトランプを出すのは、マジシャンでもない限り、あまり現実的ではない。

まぁ、ホワイトマンでパーティーに行くのも現実的でないと言われれば、それまでなのだが…。
まぁ、その前に僕のようにパーティーが苦手で人見知りが激しいと、ホワイトマンが仮面の役割を果たすということがコミュニケーションツールより重要な役割であるのだけれども。
と何とも締まりのない交遊録で申し訳ございません。

IMG_5061(mokuba).jpg

いつか常田さんに子供達が乗る遊具とか創ってもらいたいです。

投稿者 ishiko : 10:48

2007年07月11日

7月10日「草履になるか?スニーカーになるか?それが問題だ!」

No.30ち〜ムーンと今週、博多の山笠祭りに行く。
そのときに履く草履を六本木の東京ミッドタウンへ買いに出掛ける。
二人とも1ヶ月以上前から買う店とそれぞれ買う商品まで決めていた。
今日、買って、明日から足に慣らしていき、お祭り本番の日曜日に草履で闊歩する計画であった。

甘かった。
僕らが欲しかった二つの草履は売り切れていた。
特別に注文して、創っていただくこともできるそうだが、2週間程度かかるそうだ。
それでは既に祭りは終わっている。

「他のお店に在庫はないですよね?」
落胆しながらも聞いてみる。
自由ヶ丘店もあるそうだが、やはり僕らが欲しい二つの草履は売り切れのようだ。
「後は、名古屋、大阪、福岡にしか…」
僕らの顔に活気が戻った。
「福岡どこですか?」
僕らの勢いに、店員がおののきながら、
「天神の三越です」

僕らが宿泊するホテルにも近い。
「在庫を聞いていただけませんか?」
在庫があれば到着した日に買いに行けば、3日足慣らしができる。
今日、その結果が電話で知らされることになっている。
それによって、明日からの博多での足元が草履になるか、スニーカーになるかが決まるわけである。

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裸足という選択もあるが…。

投稿者 ishiko : 06:38

2007年07月10日

7月9日「銭湯の張り紙」

先週までの旅の運営ディレクターで、お世話になったオムへご挨拶に伺い、同じく旅の事務局としてお世話になったオフィスバーンへご挨拶に伺うと一区切りついた気がしてホッとした。

この旅企画のきっかけは約2ヶ月前。
僕の中では戸越銀座の銭湯から始まった。
今回の旅企画の締めに銭湯へ行こうと思い、オフィスバーンの近くにある高円寺の銭湯にふらり立ち寄る。

身体を洗う場所に座った途端に右上の張り紙が目にとまる。
文章は正確ではないが、だいたい以下のような内容である。
「開店後の早い時間に、男性風呂から女性風呂に向かって大便が流れてきたとの苦情がありました。心当たりのある方は、お手洗いをご利用ください」

僕は目を疑い、何度も何度も読み返す。
読めば読む程、淡々と書かれているこの張り紙が可笑しくてしょうがなかった。
まず、大便を流すには、大便を排出しなくてはならない。
となるとこの溝に向かってお尻を出すわけである。
というか銭湯だから、既にお尻は出しているわけだ。
どんな面持ちで彼は排出したのだろう。

そして、「心当たりのある方は、お手洗いをご利用ください」
という銭湯側のスタンス。
懐の大きさを感じるのだが、どこか違和感も残る。
公衆便所に
「いつもきれいに使っていただき、ありがとうございます」
と書かれた張り紙を読んだときに近い感覚で、何故か笑いがこみ上げてくる。

湯船に浸かりながら、様々な角度から張り紙を読んでいるうちにのぼせてしまった。
ちなみに「大便」の文字は赤字に変換されていた。

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ラオスのトイレの張り紙
要は物を捨てるなという意味だと思うのだが、ディテールが細かすぎて何を捨ててはいけないのかがイマイチつかめない。

投稿者 ishiko : 07:02

2007年07月09日

7月8日「ホワイトマンカーレッカーされる」

俳優のNo.2カマンが京都に引っ越しする。
そのお手伝いに行こうと車のエンジンをかけた。
エンジンから何かがからまるようなもの凄い音がした。
2週間以上、エンジンをかけていなかったからかとも思ったが、そんなことは今までに何回もある。
もう一度、セルを回す。
やはり同じ音がする。
近隣の家の人が、何名か窓から顔を出した。
それくらいもの凄い音である。

JAFに状況を見てもらおうと電話をし、カマンにもその旨を伝える電話をする。
待つ事20分。
JAFの方がやってきた。
状況を聞いただけで、ボンネットを明け、
「ベルトがはずれていますね」
とすぐに理由を突き止める。
早速、ベルトをはめる作業に取りかかった。
しかし、30分以上経っても終わる気配がない。
JAFの方の顔の雲行きも徐々に険しくなってきた。
「どうやらベルトだけが原因ではないようです」
結局、ホワイトマンカーはレッカーで修理工場に運ばれた。
そして、修理工場から戻る頃、カマンの引っ越しは、ほぼ終わっていた。

車(トラック)

修理工場への移動中、JAFの方がポツリとつぶやいた。
「車が進化すればするほど、修理しにくいんですよね…」
本当は、これくらいシンプルなエンジンの方が、いいのかもしれない。

投稿者 ishiko : 07:33

2007年07月08日

7月7日「ホワイトマンの今後?イシコの今後?」

足湯、朝ビール、ゴルフとゆるゆるな撮影も無事、夕方、終了。
帰京はワゴン車。
相変わらず、じゃんけんに弱いイシコは運転手に決定。
缶コーヒーを購入し、助手席のNo.15ヒーマンと話をしながら、中央高速を走る。
約2時間のドライブの間、珍しくホワイトマンの今後について話をした。

39歳になってから約20日程が経過した。
その間に民主党キャラバンは会社代表として、楽園ゴルフはナビゲーターとして、自分の連載はライターと3種類のスタンスを味わった濃い日々であった。
まぁ、ナビゲーターやライターは今までと何ら変わりはない。
民主党キャラバンで味わったのは、普段、感じない会社代表としてのイシコ。
もちろんホワイトマンというのは基本的に僕一人の会社で、そのプロジェクトごとにチームを組むことが多い。
ただ今回程、ホワイトマンという会社としての決断が求められることは、今までになかった経験である。
一つづつ自分の中で決断して、腹を決めていくと誰の責任にもすることができない。
間違っていても逃げられないのだが、それはそれでスッキリとしていて気持ちがいいこともわかった気がする。

整理しながら、ふと思った。
カッコつけてホワイトマンの今後とか言っているが、結局はイシコの今後のことを考えているだけにすぎないのだと。
そして、いかに自分が今まで人のせいにしてきたかということを感じた20日間だった。

IMG_8010.jpg

じゃ、今日は、代表の顔で、明日は、ライターの顔で…。
銅像のように回転してできればいいのになぁ。

投稿者 ishiko : 08:19

7月6日「温泉ソムリエとパラグアイの女性達」

楽園ゴルフの撮影で八ヶ岳に行く。
今回から楽園ゴルフはWEBだけではなく、紙媒体にもなるのだそうだ。
それに合わせてというわけではないのだが、今回はきれいな女性モデルが二人参加である。
楽園ゴルフは、いつも男臭いメンバーが多いのでそれだけでも新鮮である。

一人は、最近、ウルルン滞在記(7月29日放送予定)でパラグアイに行ったばかりの女優大西氏。
頭の上に瓶を乗せて踊るダンスを習得しに行ったらしい。
撮影の裏話を聞きながら、地ビールをぐびぐびいただく。

もう一人は、雑誌「クラブハーレー」で旅連載を持つモデル荒木氏。
毎月、ハーレーに乗って旅に出掛け、温泉も大好きで、温泉ソムリエの資格まで取ってしまったらしい。
混浴で男性が入っていても気にしないで脱いでしまうという男前の女性である。

そんな素敵な女性二人組を前に飲んでいたら、べろべろになってしまうイシコであった。

1417.jpg

ダンスと言えば、ハバナで観た机を使ったモダンダンスが最近の中では一番、面白かったなぁ。
ウルグアイのダンスを観るのが楽しみである。

投稿者 ishiko : 08:13

7月5日「至上最高のスパ!」

キャラバン旅で使用したオープンカーを箱根へ返しに行くついでに、東伊豆の高級旅館「望水」に立ち寄ることにした。
今月分の連載ネタを決めていなかったので、旅館での過ごし方について考察しながら書くことにしたのである。
そういった意味では「望水」での過ごし方はもってこいなのだ。
しかもここのスパは、スパプロデューサー河崎氏が手掛け、いつも満室の人気旅館である。

河崎氏のはからいにより、素晴らしいお部屋とお食事、素晴らしいスパタイムに、バータイムをセッティングしていただいた。
4つある貸し切り風呂を順番に満喫し、その後、バーで地ビールや静岡産の日本酒をいただく。
イシコの断酒?
既に昔の話になってしまった。
相変わらず自分に甘いイシコである。

とにかく2週間の旅の疲れが一気に吹っ飛びそうであった。
だめ押しはスパ。
足湯の段階で、うとうとしている。
温かい石をチャクラと呼ばれるツボに置いたところで既に爆睡状態に突入である。
仰向けやうつぶせになる度に、目を覚ますのだが、身体に手が置かれた瞬間、また、次の眠りに移っていく。
連載用の取材のつもりだったが、ほとんど記憶にございません。

1378.jpg

スパに行ってから、トイレの回数が多くなった。
老廃物が出ているのを実感するのである。

投稿者 ishiko : 07:02

2007年07月07日

7月4日「キャラバン旅終了!」

最後の公演は近鉄四日市駅の前。
ビデオを撮ることになり、みんな手があいていないので二日酔いの僕が担当することになった。
特殊な場所での公演で、脚立の上からでないとビデオが撮れない。
ビデオの固定もできず、持ちながらの撮影のまま、西日本キャラバン隊の最終公演が始まった。

ミュージカルが終わり、カマンはキャストを紹介しながら、言葉を詰まらせていた。
最後にお客さんと一緒に主題歌を合唱するところでは、キャストだけでなくスタッフ全員が舞台の上で一緒に歌っていた。
泣いているスタッフもいた。
僕も最高のスタッフとキャストに感謝し、感動しながら、ビデオを撮り続けた。

撮りながら、「おつかれさま」という声をマイクに入れようと思った瞬間、女子高生達が脚立の下から声をかけてきた。
「その白いの何で塗ってるの?」
「ドウラン」
「ドウランって何?」
「粘土みたいなもの」
「どこで買うの?」
「ネットで」
感動のシーンのところで、僕と女子高生達の会話がビデオに入ってしまった。
それが2週間キャラバン旅の僕が最後に発した言葉となった。

IMG_8140(kodomo).jpg

女子高生というより、悪ガキに見えたなぁ。

投稿者 ishiko : 07:20

7月3日「どこにいるのかわからない」

今回の旅は、2、3日後、どこで公演するのかわからないドキドキ旅である。
1人旅ならともかく、16人の旅で、しかもステージカーやロケバスも引き連れての旅となるとホテル確保の難易度はかなり高くなる。

最後の公演は大阪は梅田の予定で既にホテルも確保済みである。
しかし、最終的に道路使用許可が降りず、事務局は右往左往。
公演場所は前日の朝になっても確定しなかった。
ひょっとすると大阪の他の場所でやるかもしれないし、やらないまま終わる可能性もあるので、どちらにしても大阪のホテルはキープしたまま。
前日の昼間近、事務局からNo.2カマンに連絡が入った。
「最後の公演は四日市になりました」

もちろん大阪のホテルは当日キャンセル。
しかも事務局からは最後の夜ということでシャンパンを送ってくださり、舞台監督への舞台備品も大阪のホテルに届いているそうだ。
まぁ、それは取りに行く車を出せば済む話である。
問題は、今日、泊まるホテルの確保である。
すぐに今回、お世話になっているJTBの今田氏&寺山氏コンビにヘルプの電話をする。
しかし、四日市はどこのホテルも16名の宿泊確保ができない。
隣の鈴鹿市は宿泊はできそうだが、駐車場の制約が厳しそうである。
ステージカーとロケバスの停める場所が遠くなってしまうのだそうだ。

迷ったが結局、もう一度、探してもらうことにした。
2週間の長旅で、ステージカーの運転手もロケバスの運転手も疲れはピーク。
ちょっとしたことかもしれないが、それでもやはりホテルの目の前に車があるのと遠く離れた場所に車を停めるのは、ストレスのかかり方は違う。
結局、この日の宿泊は津市に決定した。
そして、最終日の夜、僕はスタッフ、キャスト全員と酒を飲み、記憶をなくした。

IMG_7637(kuruma).jpg

トラックだけの旅っていうのも大変そうである。
でもそれはそれでまたドラマがありそうではある。

投稿者 ishiko : 07:15

7月2日「ユニバーサルスタジオでも寄っていきますか?」

神戸は須磨の商店街で公演を終え、和歌山に移動する。
今日は少々、時間にも余裕があるので、俳優チームは有馬温泉に、ステージカーや音響チームは早めに行って飲みにと、それぞれが旅の時間を楽しむことにした。
我々、ホワイトマンチームも楽しみたいなぁと思いながら、ディレクター車の後ろを走っているとカーナビの案内とは全く違う方向に走っていく。
温泉にでも行くのかと思いきや、ユニバーサルスタジオに到着していた。
ディレクターチームの女性陣は大盛り上がり!

約2時間。
いつも以上に走った。
いつも以上にはしゃいだ。
いつも以上に写真を撮った。
ジェットコースターもジュラシックパークもスパイダーマンも雄叫びをあげながらめいいっぱい楽しむ。
リフレッシュという言葉を身体でひしひしと感じるイシコであった。

IMG_7051(kanran).jpg

観覧車って最近、乗ってないなぁ。

投稿者 ishiko : 07:11

2007年07月02日

7月1日「小豆島」

映画「二十四の瞳」と言えば、小豆島。
国産のオリーブオイルと言えば、小豆島。
本日は小豆島に上陸である。

香川県は高松の港から、小豆島行きのフェリーに向かう。
将来的にやりたいことの一つとして、離島の文化を探るテーマをまとめる旅に出たいなぁと思っている。
なぁんてのんきなことを言っている場合ではなく、本日は13時に島に到着して、15時から公演をして、17時には既に岡山行きのフェリーに乗っていた。

そして、夜は兵庫県は明石で明石焼を食べている。
結局、「二十四の瞳」を感じることも、オリーブオイルを購入することもなかった。
実は『大豆」と同じ読み方で、「しょうずしま」と読むのではないかと密かに思っていたことが、「しょうどしま」とクリアになったことくらいである。

IMG_6939.jpg

ここ2週間。電車に乗っていないなぁ。
鉄道マニアじゃないけれど、これだけ乗っていないと乗りたくなる気持ちを抑えながら、車の窓から走る路面電車を見ているわけで…。

投稿者 ishiko : 08:11

2007年07月01日

6月30日「イシコは使えない!」

元々、僕はディレクターの頭数には入っていないとは思うのだが、それでも一応、ディレクターチームのお手伝いが少しでもできればと日々、動いているフリはする。
フリだけなので、邪魔者扱いされることも多々ある。

特に本番中になると僕はほとんど何もやることがない。
パンフレットをもらっていない方を見つけては、配るくらいである。
そんな僕にもお仕事がまわってきた。
俳優の一人が交代になるので、舞台上で彼に花束をプレゼントすることになっている。
その役割をディレクターのアキちゃんがやってくれることになった。

ただ彼女は本番中、報告書用の記録写真係なので、その瞬間だけ撮ることができない。
そこで僕がその間だけ記録写真を撮ることになった。
彼女の場合、いつも撮ってばかりで、彼女自身が写真に残っていることも少ない。
ここは絶好のシャッターチャンスである。
僕は張り切っていた。

それとは裏腹に、みんなは僕に仕事を頼むのを心配していた。
僕は現場でインカム(トランシーバー)を持っていないのだが、インカムの中で
「そろそろなんだけど、心配だから、もう一度だけイシちゃんに確認しておこう」
というやりとりがなされていたようだ。
下手奥から、ディレクターのさおりさんが走って確認しにきた。
「カメラ持ってるよね?大丈夫?」
僕はデジカメが入っているお尻のポケットを叩いて、オッケーサインを出した。

その5分後、アキちゃんが舞台上で俳優に花束を渡していた。
僕は感動して、思いっきり拍手をしていた。
デジカメはポケットに入ったまま、最後まで取り出されることはなかった。
あの日以来、僕に仕事を頼む人はいなくなった。
もちろん、その日の晩、スタッフ全員で懺悔飲み会が繰り広げられたことは言うまでもない。

IMG_7664.jpg

現場でアイスクリーム売りくらいなら、僕でもできそうな気がするんだけどなぁ。
もちろん売ってないし、僕がやったら、一緒に食べちゃうかもなぁ。
しかも氷の管理ができなくて溶かしちゃいそうではある。

投稿者 ishiko : 08:02

6月29日「距離麻痺」

下関から高知までの移動日。
完全に距離が麻痺している。
通常の感覚だったら、大変な移動だなぁと思うのだが、今の僕たちにはあまり遠く感じないのが怖いところである。

二日目に大阪から鹿児島まで約900キロ走っていることが大きいのだろう。
そのおかげで、400キロ程度の移動なら、
「楽勝!楽勝!」
とみんな思ってしまう。
本日、山口県の柳井から愛媛県の松山まで、山口の県連さんから、ご紹介していたフェリーを使うか、通常のように高速を乗り継いで行くかで迷う。

時間はそこまでは変わらない。
値段はフェリーの方が高い。
値段という要素は大きい。
今回の旅は、次にやる場所が寸前にならないと決まらないので、保険で押さえておいたホテルの取り消し料が莫大な負担になってきているのである。
金銭感覚に疎いイシコでも、それくらいはわかる。

結局、フェリーを使うことにした。
こういうときこそ事故が怖い。
現場でみんなは楽しそうにしているが、きっと疲れはピークに来ている頃だと思う。
ドライバーの負担を少しでも減らしたい。
フェリーの中でドライバー達が大の字になって眠っている姿を聞いて、
「フェリーにしてよかった!」
と思うイシコであった。
真っ先に大の字になって爆睡していたのはイシコらしいのだが…。

IMG_7713.jpg

このノートパソコンにはキューバとオーストラリアの写真しか入っていないので、ホント、偏った写真ばかりで申し訳ない。
これはキューバのハバナ港に停泊していた船。
コメントもイマイチ、ぴりっとしないですね。

投稿者 ishiko : 07:57

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