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2007年06月30日
6月28日「キャラバン旅の中打ち上げ」
下関に二連泊。
本日は移動がないため、初めて夜ご飯がゆっくり食べられる。
スタッフを誘って飲みに出掛けた。
もちろん公職選挙法にのっとって割り勘である。
それにしても今回のスタッフは、本当に素敵なメンバーに恵まれている。
ざっと紹介していきたいと思う。
●鳥越さん
今回、現場をカマンと舞台監督と供に仕切っていただいているチーフディレクター。
7、8年前、僕も一緒にイベントの仕事をしていた頼りになる僕にとってはお兄さん的役割の存在である。
最近、天気がいい日が続いているので、日焼けをしすぎて中南米の人のような雰囲気になっている。
●中島さん
鳥越さんと同じディレクターとして現場を仕切っていただいている。
僕が出会った頃は、編集者だったのだが、ここ数年は、すっかりイベントディレクターに変身していた。
カマンと同じくらい忘れ物も多く、一緒にコインランドリーに行くと、靴下を片方だけ洗濯袋に入れたまま忘れてしまう。
●清水さん
僕が沖縄に行く際に必ずお世話になる沖縄在住のコーディネーターである。
彼女は、最近、映画の制作仕事が多いので、ロケのように臨機応変に対応できる彼女にロケバスや俳優周りをお願いして、本当に助かっている。
元レーサーという顔も持っているので、ときどき高速道路の運転で見たことのない抜き方を普通にする。もちろん道路交通法の適応範囲内で。
●戸頃さん
若干20歳のディレクター。
最初、お目にかかったときは、誰かの子供かと思った。
何といっても僕の半分の年齢である。今ではすっかりこのチームに欠かせないムードメーカーになっている。
写真のポーズで見せるピースで、やはり20歳だと思い出すのである。
●大久保社長
今回、ステージカーでお世話になっている会社の社長が自らついてきてくださっている。
初めて出会った人ばかりなのに、既にみんなからは「社長!頼みますよ!」と愛されている。
ちなみに自分が音楽をやっていてライブをやりたいから、ステージカーを買ったらしい。
●小林さん
ミュージカルのPAを担当している。
にこにこしながら、淡々と仕事を進めていく職人タイプの方である。
実は天文台にも詳しく、いつも大きな双眼鏡を持ち歩き、夜の公演の合間には双眼鏡で星を見ている姿が目撃されている。
●細谷さん
昔、バンドやっていたでしょ?と声をかけたくなるような髪型を持つステージカーのドライバー。
舞台美術をセッティングしている姿はたくましいのだが、体重が48キロしかないと聞くと、
「何かお手伝いできることはないですか?」
と思わず聞いてしまう。
●安里さん
沖縄からフェリーにロケバスを乗せてやってきたドライバー。
実は今回のロケバスだけカーナビがついていない。
ただ、今回のような移動、移動の現場では、地図だけではストレスがたまるので、ホワイトマンプロジェクトからカーナビをプレゼントさせていただいた。
●伊佐さん
安里さんと同じく沖縄のロケバスの会社のドライバーの交代要員である。
彼は海人(ウミンチュ)なので、ロープなどの縛り方がうまく、即席で作り上げる俳優陣の楽屋目隠しを作るのに必要な戦力となっている。
実は元有名な沖縄空手の選手でもあるらしい。
●谷本さん
昨日までの舞台監督石澤さんからチェンジした関西弁のやさしい舞台監督。
実はコンサートツアー関連の制作周りもするこういったツアーのスペシャリストである。
誰かがミスをしても、
「ライブやから、ええねん」
と慰めてくれる。
誰かというのは実は僕のことなのだが…。
本当に最高のメンバーで、残りの旅も楽しく、厳しく、事故のないように乗り切っていきたいなぁと思うわけで…。

次は船のキャラバンで離島巡りっていうのもいいよなぁ。
投稿者 ishiko : 07:18
6月27日「公職選挙法」
公職選挙法に乗っ取って旅を続けている。
国会議員の兄を持ち、秘書的な仕事をしていたこともあるNo.2カマンのアドバイスをもらっていると、かなり微妙なこともわかってきた。
例えば、飲み会では必ず割り勘。
今回のような過酷な旅の途中で、2、3回は、ホワイトマンプロジェクトとして、みんなに飲み代でもおごりたいと思うが、そんなことをしたらすぐに僕は捕まってしまうのだそうだ。
おごる=民主党への票依頼ととらえられる可能性が高い。
その部分だけは、カマンからしつこく言われた。
厳密に言うと移動中、スタッフ間でジュースやコーヒーをおごったりすることもダメなのだそうだ。
そこで一つ問題が出た。
俳優が乗っているロケバスに、クーラーボックスを積んできてもらったのだが、そこに入れる飲物は公職選挙法に反しているかどうか。
しかし、お茶や水はいいらしい。
ウグイス嬢はスポーツドリンクまでいいらしい。
あくまで感覚の問題らしい。
????
僕の頭はクエスチョンでいっぱいになる。
結局のところ、ロケバスのクーラーボックスの中は水とお茶、ときどきスポーツドリンクということになった。
それ以外にも公職選挙法は、突っ込んで聞けば、聞く程、不可解な部分も多い。
ちなみに選挙事務所でお客さんに出すお菓子として、おせんべいはオッケーで、ケーキはダメなのだそうだ。
あくまでお茶菓子程度というルールらしい。
お茶菓子の定義だけでもかなり面白い。

もらい煙草もダメなのかなぁ?
間違いなく、もらい葉巻はダメだろうなぁ。
投稿者 ishiko : 07:14
2007年06月29日
6月26日「菅代表代行と飲む」
公演を終えると、翌日の会場がある街のホテルに移る。
この一週間、ほぼその繰り返し。
たいていホテルに入るのは22時過ぎ。
今日も佐賀の公演を終え、岡山は倉敷に移動。
ナビに表示された予定到着時刻は23時10分。
到着する寸前、No.2カマンの携帯に連絡が入った。
民主党菅代表代行の側近の方からで、菅さんが一緒に飲まないかというお誘いである。
国会で忙しいはずなのに、その合間をぬって飛行機でやってきては、ほぼ毎日のように会場入りして、挨拶を述べる。
しかも挨拶の中でホワイトマンのことに触れ、激励してくれる。
毎日、長距離の運転と本番で疲れているスタッフのことを考えると、悩んでしまうのだが、迷った挙げ句、みんなを誘って一緒に菅代表代行の飲んでいる場所へ向かった。
とカッコつけているが、一度はゆっくり飲んでみたかったのが正直なところである。
というわけでホテル到着後、菅代表の飲んでいる場所へ向かう。
もちろん顔は白いまま。
今回、イシコは白い顔以外、ほぼ誰にも見せていない。
12時間以上、白く塗っていると、自分が白くぬっていることさえ忘れてしまう。
普通にコンビニにも入るし、普通に高速のサービスエリアでトイレにも入る。
普通にホテルに入るし、普通に店にも入っていく。
最初はみんなギョッとするが、後は、特に差別を受けるわけでもなく、みんなニタニタしながら見たり、話しかけたりしてくれる。
それはともかく菅代表代行との飲み会。
もちろん、今回のキャラバンの旅について話すのだが、僕は今回の旅で感じた政治家の演説について聞きたかった。
もちろん何百回、何千回という演説をされてきているのだから、慣れもあるのかもしれないがそれでも今回の旅で様々な人の演説を聞いている中で、やはり菅代表代行の演説は面白い。
こんなことを書くと民主党本部から怒られてしまうかもしれないが、菅代表代行はタレントとして司会業をやったらいいのにと思うときさえある。
みのもんたさんばりの親近感、古館伊知郎さんばりの流暢さ、そして何より筑紫哲也さんのような分析力を持ち合わせた人である。
その場の客に合わせ、飛行機までの時間に合わせ、自分に与えられた時間の中で演説を組み立てていく。
その謎に迫っているうちにインタービューアのくせが出てしまい、あまりに楽しくて、約50日のイシコの断酒生活が破れた日になってしまったことも付け加えておく。

今回の旅の報告として1日くらいはホワイトマンカーでの旅の様子を1枚つけておきます。
投稿者 ishiko : 07:16
2007年06月28日
6月25日「田舎に育つ子供達」
僕は岐阜県安八郡安八町の出身である。
最近では合併、合併でどんどん市になっていくところも多い。
安八郡安八町も大垣市に合併されるという噂が流れるが、結局、郡と町のまま残っている。
本日の夜の公演場所は、長崎県北松浦郡。
今回の民主党キャラバン隊で初めて郡と呼ばれる場所である。
郡=のどかなイメージというありきたりの表現は使いたくないが、それでもやはりのどかと呼ぶにふさわしい場所である。
会場に早めに到着したので、ノートパソコンを取り出し、ホワイトマンカーの外でホテルや移動関連のチェックをしていると、下校途中の子供達が集まってきた。
「うわっ!何で顔白いん?」
「何で君らは、顔白くないの?」
と僕はお決まりの言葉を返して、遊び始める。
子供達も最初は気持ち悪がっていたのだが、鬼ごっこをしたり、いろいろな話をしているうちにすっかり仲良くなった。
仲良くなったのはイイが、今度は、僕の体力がついていかない。
「ちょっと休憩!」
勝手に休んでいると、新しい下校中の友達がやってきた。
「うわっ!気持ち悪!」
そう言い放った子供に対して、一緒に遊んでいたマー君が言った。
「この人、白いけど、結構、いいヤツなんだよ」
何だか妙に嬉しかったが、ふと疑問もわく。
彼らにとって何を持っていいヤツと呼ぶのだろう。
一緒に遊んだからか?
最初は気持ち悪かったけど、しゃべってみたら普通だったからか?
そんな疑問が次から次へとわく。
都会の公演では味わえない時間を味わうイシコであった。

ふとキューバで遊んだ子供達のことを思い出した。
というかもっと郡について考えた話を書きたかったのだが、イシコの頭は、まだ整理できていない。
旅を続けながら、考えてみることにする。
投稿者 ishiko : 07:38
2007年06月27日
6月24日「カマンはいつになったらメディアに出られるのだろう」
どしゃぶりの中の熊本公演を終え、熊本のホテルニューオータニに向かう。
今回の民主党キャラバンの記者発表である。
菅直人代表代行、ミュージカルキャスト4名、ホワイトマン2名、舞台監督の計8名。
しかし、座席数は全部で7つしかない。
というか7つしか椅子が並べられない幅の部屋である。
既にテレビカメラも記者さん達もスタンバイしているので、部屋を変えるわけにもいかない。
仕方なくカマンは着席できず、7名での記者発表が始まった。
カマンは記者席の脇で立って見ていた。
カマンとは何度か一緒にホワイトマンで取材を受けたことがある。
しかし、彼の場合、取材を受けても何故か一度も顔が出たことがない。
MONOマガジン、東京ウォーカー、ほぼ日などとにかく取材を受け、ホワイトマンに変身して、しゃべりまくるのだが、雑誌やネットに出るときには彼の姿は消えてしまうのである。
その度に、
「そんなんあり?」
と彼は言いつつ、キレまくっている。
カマンがメディアに出る日は、あるのだろうか。

記者発表ってテレビ局や新聞社の方が来るイメージが強いけど、ラジオ局が来ることもあるのかなぁ
投稿者 ishiko : 08:34
2007年06月26日
6月23日「党員」
政自体、関わるのが生まれて初めてなので、あまりにも知らないことが多すぎる。
最初のミーティングの頃、
「党員の方々にご協力願って…」
という言葉がよく出てくるのだが、「党員」という言葉さえ最初の頃は理解できなかった。
ホワイトマンの周りに自民党員にしろ民主党員しろ、党員と呼ばれる方は一人もいないので、全く、未知の世界である。
知らないのは僕だけかもしれないが、念のために説明をしておくと党員というのはわかりやすくいうと支持政党に党費を納めている方のことを言うらしい。
僕なりの解釈で言えば、サッカーでいうところの浦和レッズのサポーターと同じで、政治の世界でいうところの民主党のサポーターという感じである。
こんなことを書くと怒られそうだが、党費はファンクラブの年会費のようなもので、若い人に声をかけられ、話をしていると
「私は民主党のサポーターなんです。今度の選挙には絶対に勝って欲しいのよね〜!」
とサッカーの試合のようにも感じられる。
今日の鹿児島の中央公園でのイベントが民主党員で埋め尽くされる光景を見たときには、やっぱり選挙って政治の戦いなんだと改めて感じるのであった。
そして、いろいろな人達から
「お疲れさまです!」
と声をかけられる。
ホワイトマンとして参加したイベントでは初めての声のかけられ方に少々、戸惑いながら、
「ありがとうございます」
と笑顔で答えるイシコであった。
関係ないけど、今回の衣装ケース!
毎日、移動なので、ホテルでクリーニングもままならず、ほぼ全日程の衣装が二人分入ったトランクを持ち歩くのである。
投稿者 ishiko : 07:41
2007年06月25日
6月22日「ホワイトマンドライブ(大阪→鹿児島)」
東京を出て、昨日は大阪泊。
今日は大阪から鹿児島まで約900キロの道のりを走って行く。
もちろんホワイトマンのまま。
中国自動車道までは天気もよくオープンカーにして、No.2カマンのセレクトCDの中からオアシス、奥田民生、ポールモーリアなどをガンガン流し、並走するディレクター車から撮影してもらいながら気持ちよく走っていく。
車もビートルのオープンカーと目立つ。
追い越し車線を走って行く車の助手席の人がチラリとこちらを見る。
そして、もう一度、見る。
今度はぎょっとした表情をしている。
そして、ドライバーに告げて、三度見である。
次は笑っている。
以前、デザイン会社を経営しているNo.33イタロとミッレミリアというクラシックカーレースで東北道を走ったことを思い出した。
あのときも三度見されることが多かった。
ただ、あの時も思ったが、あまりに三度見されると、そのうち事故を起こしてしまうのではないだろうかと心配になることもある。
そのうち道路交通法に「白塗り運転禁止」という項目が加わる日が来るかもしれない。
こんな車にホワイトマンがいっぱい乗って走っていたら面白いだろうなぁ。
投稿者 ishiko : 07:37
2007年06月24日
6月21日「民主党×ホワイトマン」
国会議事堂の近くにある憲政記念館からホワイトマン出発である。
本日から西日本を一周する。
先月からときどき書いてきてはいたが、ようやく詳細が書ける。
今回の旅のテーマは、ズバリ「政」。
いわゆる「政治」である。
民主党が今回、ステージカーで全国キャラバン隊を組む。
そのステージカーで政策をアピールするミュージカルをする。
その西日本の運営をホワイトマンで引き受けたのである。
そして先遣隊としてイシコとNo.2カマンがホワイトマンで回る。
正直、この話が決まってから、僕は周囲から、かなりのバッシングを受けた。
「運営だけならともかく、ホワイトマンが出るのはやめた方がいいよ!」
「ホワイトマンが政治のイベントに関わるなんてガッカリだよ!」
「政治に関わるとイメージが悪くなるからやめなよ!」
「どうして敢えてホワイトマンで政なの?おかしいよ!」
「もっと他にやることがあるだろ!」
ざっとこんな感じである。
おっしゃることは全てごもっともなのだが、一応、ゆるいなりに僕の意見もある。
正直、僕は政治について詳しくない。
はっきり言って無知に近い。
もっと正直に言うと興味がないと言っても過言ではない。
というかなかった。
政治に関わるなんてカッコワルいとさえ思っていた。
しかし、政治の世界に身を置いたこともあるNo.2カマンからいろいろ教わっているうちに、今ではそう思っている自分の方がカッコワルいと思っている。
毎日、水道の蛇口をひねると水やお湯が出るのが当たり前だと思っている。
しかし、世界を旅していると、そんな場所は、逆に少ないことの方が多い。
そう考えたとき、日本は何故、水道の水が出るのかという疑問が湧き出る。
それは政治が整備してくれているのだ。
また、毎日、新聞が同じ時間に届くのが僕らは当たり前だと思っている。
しかし、世界から見たら奇跡に近い。
新聞がポストに置いてあったら、持って行ってしまうのが当たり前の国だってある。
日本では何故、可能なのか。
そういうことが当たり前の国家を政治が創ってきた。
そんな当たり前だと思っていることが実は政治と密接に関わっているということを僕らは見失っている。
僕らはというか僕は…。
だから僕は、「政」に関わるイベントを引き受け、とにかくその世界を見てみたくなったのだ。
ひょっとしたら、この旅が終わる頃には、二度と政治になんて関わらないと言っているかもしれない。
しかし、それならそれでいい。
食わず嫌いではなく、とにかく一度、味わってみることにする。
どちらにしても一生、忘れない旅の味になることだけは間違いなさそうだ。
トイレだってそうだよなぁ。
そういうことを実感するだけでも意義のある旅なんだろうなぁ。
投稿者 ishiko : 07:00
2007年06月23日
6月20日「ホワイトマンの顔は日焼け止めになるか?」
39歳になった。
「サンキュー(ありがとう)の歳なのだ!」
とはNo.30ち〜ムーンからのお言葉。
できるだけみんなに感謝の言葉を述べる歳にしたいものである。
さて、誕生日の日、僕は箱根にいた。
明日からの旅に使うビートルのオープンカーを取りに来た。
「西日本を一周されるとか?日差しが強いので、日焼け止めはキチンとした方がいいですよ」
「大丈夫です〜。ずっとホワイトマンで行きますから〜」
「旅中ずっとですか?」
「はい。ずっとです〜!」
「じゃ、大丈夫ですね!写真メールで送ってくださいね〜」
不思議な会話を繰り広げらながら、プレミアムレンタカーの女性二人組に見送られるイシコだった。
運転しながら、ふと思った。
ホワイトマンのメイクって白いだけでUV効果はあったのかなぁと。

オープンカーって、言うまでもないが、やはり気持ちいいものである。
今が梅雨だということをすっかり忘れているのだけれども。
投稿者 ishiko : 06:37
6月19日「エコバック」
2、3年前だろうか。
環境省の仕事で、地球温暖化をわかりやすく伝える為のファクトシートや指導書を創ったり、ワークショップを実施したことがある。
レジ袋1袋はおちょこ1杯分の石油を使うから、エコバックを使いましょうとあれだけ書いたり、しゃべったりしていたのに実際の僕は未だにエコバックを持っておらず、レジ袋をいつももらっていた。
有言不実行。
まぁ、イシコにとっては珍しいことではないのだが、あえて言い訳をするならば、今まで欲しいなぁと思うエコバックがなかった。
しかし、連載している「散歩の新兵器」で初めて欲しいと思うエコバックに出会った。
出会ったなどとまるで、僕が見つけてきたかのように偉そうなことを言っているが、実際は、散歩の達人の山口編集長が見つけてきただけである。
ともかくこれで僕もエコバック保持者。
さらばレジ袋!
さよならレジ袋!
お元気でレジ袋!
叫べば叫ぶ程、レジ袋がいとおしくなり、家にあったレジ袋をそっとなでる。
そのうちレジ袋が骨董品扱いのようになり、ヤフオクなどで高値で販売される日がくるかもしれない。
そう思ったら、急にレジ袋への目つきが変わるイシコであった。
リサイクルマークが好きなんだよなぁ。
投稿者 ishiko : 06:27
2007年06月19日
6月18日「現金麻痺?」
え〜っと500万円振り込んで、
え〜っと現金で200万円お支払いしてと、
え〜っと旅の現場用に100万円おろしてと、
このところ100万円単位でお金のやりとりが続いている。
言っておくが僕のお金ではない。
今週からの旅で使うプロジェクトのお金である。
ホワイトマンカー、ステージカー、ロケバス、電源車、ディレクター車など5台も連ねて西日本を行脚する。
宿泊費や食費、スタッフの入れ替わりの飛行機代や新幹線代、ガソリン代や高速費、ステージカーやロケバスなどのレンタル料などと考えるだけでも、大きなお金の単位が動いても不思議ではない。
どんどんお金の感覚が麻痺していく。
会社の経理の人ってこんな感じなのかなぁと思いながら、番号札を取る。
先日、マックフルーリーの300円の話を書いたが、僕のような小市民は、100万円の束を持って銀行の窓口の順番を待ちながら、これでいくつ買えるんだろうと計算しながら、ニタニタする。
僕のお金じゃないのに。
僕の取った番号が呼ばれ、受付にお金を出したり、振り込んだりのお願いをして、また座る。
駄菓子の「うまい棒」(未だにこの単行本が書き上がっていないダメなイシコです)で言えば、100万円で10万本も買えてしまう。
目の前に座っている人は軽く埋まってしまうだろうなぁ。
銀行強盗のように入ってきて、
「手をあげろ!このお金をすぐにうまい棒に変えろ!」
と言ったら、みんなどんな反応するのだろう。
あの奥に座っている支店長とか
「チ、チロルじゃダメでしょうかぁ?」
って言っちゃたりして。
と想像しながら、ニタニタする。
「ホワイトマンプロジェクト様〜、ホワイトマンプロジェクト様〜」
受付の女性の声が聞こえた。
「ホワイトマンプロジェクト」というのは真面目に呼ばれれば、呼ばれる程、これまたニタニタしてしまうイシコであった。

キューバの銀行に張ってあったポスター。
銀行に銃を持った人の写真というのもすごい感覚だよなぁ。
カストロだからいいのか。
投稿者 ishiko : 07:58
2007年06月18日
6月17日「ゲームの仕切り」
結婚パーティーでゲームを仕切るというのは難しいと思う。
たいてい結婚パーティーというのは、時間が経てば経つ程、みんな人の話を聞かなくなってくる。
僕も一人の参加者だったら気持ちはわかる。
司会者の言葉はBGMに近くなってくる。
しかし、今日は、そんなことを言っていられない。
僕の今日の立場は結婚パーティーの司会である。
司会自体は、仕事としてもしているわけなので、いつものように淡々と進めていくだけなのだが、新郎である従兄弟のあっちゃんが考えてきたゲームの進行が難しいのである。
第一の関門。
参加者を15のチームにわけなくてはならない。
すっかり腰を据えて、飲み始めている方々も全てゲームに参加させなくてはならない。
一度、全ての人に席を立ってもらう。
ホワイトマンに変身していなかったら、ここまでテンション高く言えないことを実感する瞬間でもある。
有線マイクの線がお客さんの真ん中まで届かないので、マイクなしで話す。
なんとか第一関門突破!
第二の関門。
ほぼ全員に景品が行き渡るまで、ゲームは続く。
もちろんこれだけの人に渡すのだから長期戦になる。
だれていくのは仕方がない。
後は空間の仕切りの問題。
景品をもらったチームは、元の席についていただき、歓談を続けていただく。
もらっていないチームだけを前に残し、空気が動いていないチームを見つけては客いじりを続けながら、進行していく。
こうして約1時間に及ぶゲームは、何とか無事、終了した。
パーティーが終わる頃には、僕の声はガラガラに枯れていた。
仕切りといえば、アイスホッケーのゲームを仕切る審判ってすごいなぁと思う。
投稿者 ishiko : 07:43
6月16日「旅の味」
小説「新潮」に、お世話になっている作家新元良一氏の短編「スケネクタディ」が掲載されていた。
アメリカを旅したバックパッカーの話である。
数年後、お世話になった場所を再び訪れた時、知り合った人達の状況は変わっていた。
亡くなっている人、離婚している人…。
変わらないのは「スケネクタディ」のコーヒーの味だけ。
読みながら、僕はイタリアに1ヶ月程いたときのことを思い出した。
ローマ在住のフィンランド人美術評論家イローナの家と日本人のデザイナーテッシの家で、交互にお世話になっていた。
毎日、誰かがワインを持ってきてくれて、誰かがチーズを持ってきてくれて、ダラダラと飲んだくれ、ダラダラと遊んでいた。
ぼったくりにはあったり、ジプシーに襲われたりする危なっかしいイシコを心配して、
「イシコ!鍵持った?お財布は鞄の中に入れておくのよ。あの場所はスリも多いからね」
とイローナはお母さんのように世話をやいてくれた。
数年後、テッシが来日し、彼女の日本の事務所に遊びに行く。
ローマでいつも飲んでいたエスプレッソを入れながら、近況を語ってくれた。
彼女は当時、つきあっていた男性とは別れていた。
そして、イローナは、癌で亡くなったと聞いた。
「あなたと出会えて、本当によかったわ。また会いましょうね!」
ローマを離れるとき、彼女がハグしながら言った台詞を思い出した。
旅で味わった変わらないエスプレッソの味が、人の流れを余計に感じさせ、僕は泣きながら一気に飲み干した。

時間の流れは止められないんだよなぁ。
投稿者 ishiko : 07:15
2007年06月16日
6月15日「珍しく…」
僕は朝起きるとすぐにパソコンの前に座る。
日課であるイシコの交遊録を書く。
たいていは書き終えるとゆっくりというかダラダラと朝食を取る。
しかし、このところ珍しくメールの数が多く、交遊録を終えてから、そのままメールの返事や、返事にまつわる書類作成や調べ物などの雑用もする。
ついでに来週から旅でいなくなるので、月末の請求書も既に書き、前倒しで連載原稿も書き上げてしまう。
その合間に以前は、ほとんど飾り物に近かった携帯電話が珍しくブンブン鳴る。
そうしているとあっという間に昼が過ぎ去っている。
コーヒーやミネラルウォーターだけは飲むが、朝食を取らない日さえある。
「腹減ったなぁ」
思い出すようにつぶやき、サンダルを履き、近くのラーメン屋や蕎麦屋に行く。
きっと普段だったら、ビールとラーメンか日本酒とざるそばで、午後は昼寝タイムに突入である。
断酒中でよかったと思う。
今は戻ったら、まだやることが残っている。
「和風つけ麺大盛りで」
珍しく大盛りを頼み続ける日々を送っている。
ただ、それも今日で一段落つきそうな気はする。
あくまで僕の中だけの勝手な一段落だけれど。
今日はゆったり朝食を撮ろうと思う。
取る?穫る?摂る?どれだ?
投稿者 ishiko : 09:23
2007年06月15日
6月14日「プライスレスな旅」
大阪在住のスパプロデューサー河崎氏と連載でお世話になっているverita編集部の堺氏と小林氏と学芸大学にあるピザ専門店に行く。
河崎氏は、楽園ゴルフでお世話になった素敵な女性である。
今や大阪、東京、伊豆や箱根などで、スパとホテルや旅館との融合で話題になっている方である。
「イシコさん、キューバから葉書ありがとうございました〜」
「あぁ、そうだ。あのとき、詐欺にあってたんですよ。まだ、詐欺にあっているって気がついていないときに書いた葉書だから、テンション高くなかったですかぁ?」
そして、詐欺に合った話を続ける。
「それはプライスレスですよ。その旅の体験は一生、話せますもん」
彼女は笑いながら、励ましてくれた。
そんな彼女は、来年、ニュージーランドでのスパプロデュース話が持ち上がっているらしい。
veritaでもニュージーランド特集をしていて、僕も5月にニュージーランド座談会に参加させていただいたばかりで、偶然でも面白いつながりだなぁと驚く。
みんなで一緒に行こうと改めて乾杯である。
「イシコさん、最近、旅の予定は?車旅に行かれるとか?」
僕は、3人に来週からの旅の詳細を話した。
みんな仰天していた。
こんなに驚いてくれるのだから、来週からの旅もプライスレスな旅になりそうである。
河崎氏が見たら、「これスパじゃないよ!」と怒られそうだが、スパにまつわる写真がパッと思いつかず、この写真が出てきてしまったのです。
シンガポールのチャイナタウンで入った「吸玉」をやった直後の身体です。
赤黒いところは毒素らしいです。
見苦しくてゴメンナサイ!
今度、河崎氏のスパにうかがって撮ってきます。
投稿者 ishiko : 10:04
2007年06月14日
6月13日「踊りながらダメだし?」
No.30ち〜ムーンとホワイトマン写真展が開催されているカフェに行く。
彼女の先輩であるヴォイストレーナー新田氏から2、3年程前に紀伊國屋演劇賞を受賞した女優の加藤忍氏を紹介していただく。
僕は舞台を拝見したことはないが、NHKの芸術劇場の司会でお見かけしたことがある。
演劇の話より最近の学校事情の話になった。
セクシャルハラスメントやパワーハラスメントに対して、かなり神経質になっているそうだ。
僕なんか中学生の頃、先生によくビンタされた気がする。
ほとんど僕が悪かったのだろうが、意味なくビンタされたこともあったような気がする。
惰性のビンタ。
今じゃあり得ないのだろう。
「ということは今じゃビンタって、ほとんどないのかなぁ?」
「ビンタって久しぶりに聞いたなぁ」
僕は体罰とパワーハラスメントを勘違いしていたようで、話がどこかにずれていってしまう。
また学校の話に戻す。
英語学校「NOVA」が問題になっているが、いわゆる習い事の学校では、それぞれ変な決まりがあったりするらしい。
あるダンスの学校では、5分以上生徒と座ってのミーティングが禁止されている。
「なんで?」
「その学校の授業に活気がないって思われたくないかららしいよ」
「誰に?」
「誰だろう?」
ふと先日、聞いた中国の田舎の税金の話を思い出した。
一揆を恐れたある村長さんが、その村に集会税なるものを設置したらしい。
人と集まるときには税金を取るというものである。
僕の頭の中はどんどんずれていってしまう。
ダンスの学校の話に頭を戻す。
「生徒へのダメ出しとかどうするのかしら?
踊りながらダメ出しするしかないわね?」
新田氏が斬新なことを言った。
僕の頭は踊りながらダメ出しするダンサーの姿でいっぱいになった。
それはそれで新しい学校なのかもしれない。
やはりどんどんずれていってしまう。
ホワイトマンの学校のイメージってこんな感じかなぁ。
これはトークショーだけれど。
投稿者 ishiko : 08:04
2007年06月13日
6月12日「旅のファッション」
仕事柄というか性格上というか普段、スーツというものをほとんど着ない。
そこでというわけでもないが、来週からのホワイトマン旅はスーツ着用にした。
こうして旅の時のファッションを考えるのは大好きである。
書きながら、来週、着ていく物を整理してみることにする。
●伊達眼鏡
ホワイトマンの時に眼鏡をしていないと
「舞踏家ですか?」
と聞かれてしまう。
そこでホワイトマンの時には、両目1.5の僕も伊達眼鏡をすることにしている。
今回はホワイトマン眼鏡ファッションショーの依頼があったが、結局、延期になってしまい、未だ実現できていない「Jin's」を使用する。
●シャツ
「COOLBIZ」的に、かりゆしウェアでいくことにする。
ずっとタイアップでお世話になり、今年はカタログにまでホワイトマンが登場してしまった沖縄のアロハブランド「Paikaji」を着用する。
●スーツ
スーツを着ないと書いたが、昔、某パーティーにホワイトマンが出現するという企画でユナイテッドアロウズさんからスーツを提供していただいたことがある。
残念ながら体型が変わってしまった僕は迷った挙げ句、今回、このスーツは着用しないことにする。
体型の変わっていないNo.2カマンは着用する。
●靴
一番、こだわりたいと思ってはいるのだが、いざ、こだわり始めるとなかなか選べない。
これを機に一足買おうかなぁと思ったが、欲しい靴は、ちょっと高すぎる。
もちろん、連載(ブログ版)で何足かいただいた靴の一つは持っていこうとは思っている。
と言いつつ、一足購入してしまった。
●鞄
これまた僕が大好きなスゥエーデンのリュックメーカー「BOBLBE-E」。
3年程前、ホワイトマン限定モデルまで創っていただいたことのあるブランドである。
今回は、今月発売されるBOBLBE-E10周年とスターウォーズ30周年を記念してコラボで創られた限定版を提供していただけることになった。
こうやって整理してくると僕の持っている服やグッズはいただきものばかりである。
この場をお借りしてお礼を申し上げます。
「本当にありがとうございます!」
これからもいただけると幸いです。
「あつかましい!」
という声が聞こえてきました。
もちろんホワイトマンの変身グッズも持っていく。
地球上で言えば、メイク道具とも言う。
投稿者 ishiko : 07:47
2007年06月12日
6月11日「国と法人と個人」
携帯電話は個人で二つまでしか契約できないことを初めて知った。
来週からの車旅はスタッフも多く、後、4人分のエアエッジを契約しようとしていたのである。
「法人様でしたらご契約できるのですが…」
というわけで有限会社ホワイトマンプロジェクトで契約する。
考えてみれば最初からそうすればよかったのである。
このところ書く仕事を中心にしていたので、会社というよりは個人に近い物の考え方になっていたのだろう。
当たり前だが法人には法人なりの考え方があり、必要な書類も違う。
法務局で登記謄本を取りに行く。
戻ってくる途中、アウン・サン・スーチーの解放を訴えているミャンマー人のグループに出会った。
話を聞いてみると彼らは国の幸せを考えて行動しているようである。
5、6年前にミャンマーを訪れたとき、パガン、インレイを周遊して、ヤンゴンに戻ってきた。
空港に迎えに来てくれたチョウチョウさん(僕は、ずっとその町の町長だとばかりだと思っていたが、実は名前だった)が、焦った顔をして立っていた。
「大臣が乗っていた飛行機が落ちました。どうやらクーデーターという噂です」
翌日、盲学校を訪れた際、お目にかかる予定だった教育大臣は、結局、現れなかった。
その後、インフレが始まり、僕らが帰国する日には、物の値段は到着した日の倍になっていた。
あのときよりも更に混乱しているのかもしれない。
国の幸せを祈って署名をしてから、携帯売り場に戻った。
全ての書類は揃い、最後に必要となる名刺を一枚、差し出した。
「あのぉ、石原様の名刺を、いただきたいのですが…」
差し出した名刺に書かれていた名前は「イシコ」。
「これ僕のペンネームというかホワイトマンネームでして…。もちろん僕の本名は石原で…」
国の幸せを祈ったばかりの僕は、個人を証明するためにあたふたするのであった。
ミャンマーのインレイで出会った子供の僧侶。
彼も大きくなっただろうなぁ。
投稿者 ishiko : 09:28
2007年06月11日
6月10日「ブロードウェイ出演の日本人記録」
パーカッショニストのNo.6 K3が来日したので昼ご飯を食べる。
ニューヨークのオフブロードウェイでメインキャストとして、既に5年以上も活躍している。
日本にも何度か来日して毎回、結構、長い期間やっているので、ご存知の方も多いと思う。
そういえば国際フォーラムの公演中、一列ホワイトマンの顔をしたお客さんで遊びに行ったこともあった。
「一昨年、ニューヨークで会って以来だよね?
にぃやん、相変わらず、みんなに迷惑かけてる?」
「相変わらず、色気ないなぁ。
あれ?女性やめたんでしたよね(笑)?」
いつものジャブの応酬である。
その後、お互いの近況を語り合いながら、いつものように笑い転げる。
「にぃやん、断酒続いてるんだって?えらいじゃん」
「続けるって大変だねぇ。
続けるといえば、STOMP(彼女の出演している舞台)も長いね?」
彼女は既に約5年も、あの過酷な舞台にメインキャストで立ち続けている。
ブロードウェイでの日本人出演最長記録を更新しているらしい。
「鉄人と言われた元広島カープの衣笠幸雄選手みたいなもんだよね?」
と言いそうになったが、
「何でたとえがいつも男なの?」
と蹴られそうな気がしたので、喉元で止めた。

そういえば、ニューヨークで再会したときはクリスマスシーズンで街の建物もラッピングされてたっけなぁ?
と思っていたが、そういえば昨年、どこかでバッタリ会ったよなぁと思い出し、交遊録を見直していたら、ちょうど1年前の同じ日に下北沢で会っていた。
投稿者 ishiko : 08:30
2007年06月10日
6月9日「歌舞伎町とニューヨーク」
華道家の大久保氏が写真家谷口京氏×ジャズミュージシャン菊池成孔氏のトークライブへ連れて行ってくれる。
「旅」がテーマのトークライブ。
雑誌「エスクアイア」に掲載されていた二人のモロッコの旅話もかなり面白かったが、一番印象に残ったのは、新宿歌舞伎町在住の菊池氏の放った言葉だった。
「都知事の方針だろうけど歌舞伎町はきれいになりすぎて逆に危なくなっているような気がする。
ジュリアード市長に変わった頃のニューヨークみたいだよね」
20代の頃、映画は何故か歌舞伎町の映画館で観ることが多かった。
ちょうど今くらいの季節、まだ明るい19時頃、映画館に入る。
見終わって映画館を出てくると夜の歌舞伎町の街に変わっているのが印象的だった。
どこか昭和の香りがして、どこかアンダーグラウンドな匂いがして、どこか危ない空気が流れていた。
そんな歌舞伎町に、ここ数年、足を踏み入れていない。
安全でクリーンな歌舞伎町。
いいことであるのはわかるが、どこかでひずみが出てくるような気がする。
全てがクリーンで潔癖な街というのは、逆の意味で言うともろくなっていくという反面も兼ね揃えているのではないだろうか。
帰り道、「街」について珍しく真剣に考えてしまうイシコであった。

ニューヨーク行ってないなぁ。
ニューヨークやフィラデルフィアのホワイトマンメンバーに会いたいなぁ。
投稿者 ishiko : 09:21
2007年06月09日
6月8日「SOS絶好調!」
「助けて〜(SOS)!絶好調!」
支離滅裂なことを言っているわけではなく、ヨーロッパの王室が愛し、世界中のプロスキーヤー達が愛しているスゥエーデンのスキーウェアブランド「SOS」のことである。
記憶に新しいところだと三浦雄一郎氏がエベレスト登頂を成功したときに着用していたのもSOSだし、人気プロスキーヤー児玉毅氏が着用しているのもこのブランドである。
午前中のミーティングで、このSOSのWEBが絶好調というお話を担当のトシキさんから聞く。
既にメールでの問合せが殺到しているらしく、早速、来月頭にはWEBでも予約ができる準備に入る。
僕は相変わらず、
「へぇ〜」
とか
「ほぉ〜」
とかアホな子のように聞いているだけで、相変わらずシステムデザイナーの黒田さんとデザイナーのKANAさんにおまかせである。
このところ、あまり元気がなかったスキーも今年は元気がありそうな気がする。
冬には「踊る大走査線」や「海猿」で知られるrobot製作のスキー映画「銀色のシーズン」も公開される。
ちなみに主演の田中麗奈氏が着ているウェアもSOSなので、SOSのWEBと映画のWEBと合同で遊べたらなぁとも思う。
そんなことを考えていたら、夕方、SOS社長の大成さんから電話が入った。
SOS展示会のパーティーに、映画プロデューサーのNo.42(彼だけ唯一ホワイトマンネームがない)が来ているから、顔出せないかということだった。
以心伝心である。
しかし、残念ながら伺えなかった。
そういえば、昨年、No.42と会ったとき、
「俺、何にも関わらないうちにホワイトマン終わっちゃうなぁ。
映画が出来たら、スキー場にホワイトマンが現れるとか何かイベントを考えたいなぁ」
と言っていたのを思いだした。
僕としては、早くNo.42の名前をつけないとホワイトマンが終わっちゃうことの方が心配である。
まぁ、最後まで名前がなかったホワイトマンというのも悪くないけど。
犬ぞりホワイトマンっていうのも悪くない。
投稿者 ishiko : 07:27
2007年06月08日
6月7日「マックフルーリーの300円は高いか?」
マックフルーリーにハマっている。
食べたことのない方に説明すると、ソフトクリームの中にクッキーのオレオやキットカットが入っているマクドナルドのデザートである。
昔に比べると、あまりマクドナルドに行かなくなってしまったのだが、このデザートにハマってしまってからは、2日に一度くらいのペースで行っている。
マクドナルドの看板を観ると、ふらりとドライブスルーに入ってしまい、マイクに向かって
「マックフルーリー」
「オレオ味とキットカット味とどちらになさいますか?」
「今日はオレオで」
と思わず「今日は」をつけて頼んでしまう。
もちろん、今日の昼も食べてしまった。
夜、風呂上がりにまたまたアイスクリームを食べたくなり、冷凍庫から買ったばかりのハーゲンダッツのクリームブリュレ味を取り出す。
俳優No.2カマンが
「マックフルーリーの300円って高くねぇ?」
と言ったことを思い出す。
チーズバーガーやホットコーヒーが100円であるマクドナルドのメニューを基準にすると確かに高い気はする。
スターバックスのキャラメルマッキアートやドーナツのことを考えると、そこまで高いとは思わない。
しかし、コンビニで100円のアイスクリーム3つ分かと考えると、
「う〜ん。高いかもなぁ」
とうなってしまう。
アイスクリームを食べながら、「300円の価値観」について、しばし考えることになる。
300円のハーゲンダッツも、これはこれで高いか安いかを論じる価値はありそうである。

ラオスのプラパバーンで、空港まで送ってもらったバイクタクシーが確か3ドルだった気がする。
「安いよなぁ」
と思いながら、乗っていた気がする。
途中で、ガス欠で停まってしまったけどね。
ガソリンを待っている間、3ドルの価値について考えたっけ。
投稿者 ishiko : 07:12
2007年06月07日
6月6日「どこに停めたかわからない」
来月、福岡の山笠祭りに参加させてもらう。
ついでに博多織の学校「博多織デベロップメントカレッジ」に伺う予定である。
伺うついでに生徒さん達との交流会もある。
その打合せを兼ねて、理事長の庄嶋氏と経営コンサルタントの吉村氏と吉祥寺でしゃぶしゃぶを食べる。
話は二人と別れた後。
僕は駐車場に向かった。
向かったのではなく、探したのである。
どこに停めたかわからない。
駐車場の中で停めた場所がわからないのではなく、どこのコインパーキングに停めたのかがわからなくなってしまったのである。
来たときに一方通行の道に迷い込んでしまい、待ち合わせ時間もギリギリだったため、
「ここでいいや!」
とやみくもに入れて、停めるとすぐに車から飛び出した。
その場所から東急百貨店のビルの後ろ姿が見えたため、その方向に向かって走り、何回も曲がり、何とか待ち合わせ場所にたどり着いたのである。
しかし、帰りは目印がない。
しかも、このあたりはコインパーキングがやたら多い。
細い道を入りながら、ふと東急百貨店を見て景色を確認してみるが、
「こんな感じだったかなぁ」
とつぶやくように、あまり役に立たない。
そのうち自分がどこにいるのかもわからなくなってしまった。
僕はかなりの方向音痴なのである。
結局、しらみつぶしに駐車場を探し、6件目のコインパーキングでようやく見つけた。
「おぉ。探したよ」
ホワイトマンカーを撫でるイシコであった。
駐車場に行ったら、レンタカーの同じ車が並んでいて、ナンバーを覚えていないときも困るよね。
投稿者 ishiko : 07:04
2007年06月06日
6月5日「旅のメール」
ノートパソコンにつないでメールする「AIR-EDGE」なるものを4、5年使用していた。
当時は国内の旅が多いこともあったので、それなりに便利だった。
しかし、1、2年前のいつだったかはもう忘れてしまったのだが、たまたま携帯電話の会社を見かけ
「やめようかなぁ」
とふらり立ち寄り、解約してしまった。
強い意志を持ってやめた訳ではないのだが、多分、それなりに理由は、あったのだと思う。
一つは、以前に比べると書く仕事の重心が大きくなり、それに比例して、すぐに返信しなくてはならないような急ぎのメールが減ったこと。
旅は相変わらず多いが、ホテルにLANが装備されているところも多くなり、海外の空港のようにプリペイド式のワイヤレスで使えるところが多くなったことも理由の一つである。
ただ、今月の旅は車旅なのと、久しぶりにメールでのやりとりが多くなりそうな旅の予感がする。
というわけで改めて新規で加入して、「AIR-EDGE」を購入した。
とまるでモバイルの達人のように書いているのだが、買ってから12時間以上経過しているのに未だノートパソコンと繋がっていない。
何を隠そう(別に隠さなくてもいいのだが)僕はIT音痴なのである。
というかその前に機械音痴なのである。
今日の僕は、まず、お客様相談センターが開く時間を待って、電話するところから始まりそうだ。
昔、公衆電話につないでデータのやりとりをしている人を見かけませんでした?
あの姿にすご〜く憧れてました。
ちなみにこれはモンゴルの公衆電話で、別にこの人がデータのやりとりをしているわけではなく、この人にお金を払って膝の上にある電話を借りるのです。
もちろんしゃべるだけです。
しかもしゃべっている内容を彼に聞かれてしまいます。
別に聞かれてもいいんだけど…。
投稿者 ishiko : 07:02
2007年06月05日
6月4日「カマンの決断」
この2週間、ジェットコースターに乗っているような気分である。
僕が乗っている「カマンプロジェクト」という名のジェットコースター。
名前の通り、ジェットコースターの運転手はNo.2カマン。
あっちに行ったり、こっちに行ったり、あの人が乗って、この人が降りて。
カーブも高低差も激しく、ふっと目を離すと僕も振り落とされてしまいそうになる。
でも、彼の運転でいいと決断したのは一応、代表の僕なのだから仕方がない。
責任は僕が取る。
って取れるのか?
じゃ、誰が運転する?
僕か?
いや、僕が運転したら、間違いなく居眠り運転になってしまう。
などとない頭で自問自答してみたのだが、決定的だったのは、出会ってから、ここまで熱意を持って、やろうとしている彼を初めて見たことだった。
彼の運転を信じよう。
ジェットコースターの運転は無理だけど、車の運転なら何とかできる僕は、ハンドルを握りながら、つぶやいた。
「このプロジェクトを成功させて、迷惑をかけたみんなへ報告に行こうね」

溝にだけは、はまらないようにしなくちゃなぁ。
投稿者 ishiko : 07:55
2007年06月04日
6月3日「素顔でスピーチ」
昨日、白い靴を磨いたのに、結局、黒のエナメルの靴を履いて名古屋に向かう。
名古屋城の見えるホテルで、従兄弟のあっちゃんの披露宴。
意外に知り合いがいない。
当たり前なのかもしれないが、ほとんどあっちゃんの友人ばかりである。
一番、後ろの席で、あっちゃんのお父様と一緒に席に就き、近況を話し合っていた。
しかし、途中、新しく親戚になる家や会社関係の挨拶周りでおじさんは席を立ってしまい、僕は、ひとりぼっちになってしまった。
僕はおじさんが披露宴のお祝いの舞の為に呼んだ芸者さんと話していた。
僕が飲んでいるペリエについて。
「この間、これをコンビニで間違えて買っちゃったのよね。まずくない?」
「慣れるとおいしいですよ」
「これに砂糖が入ったら、まだ飲めると思うけど」
「それじゃ、キリンレモンじゃないですか?」
「はははは!」
意味ない会話なのだが、芸者さんのテンポの良い会話はどこか心地いい。
ふとみんなの目線が気になった。
ひょっとしたら、芸者を独り占めしているので顰蹙をかっているのかもしれない。
すると隣のテーブルで母の葵ちゃんが
「ひでかず(イシコの本名)!ひでかず!呼ばれているわよ!ちゃんと聞いてなさい!」
恥ずかしそうに怒っている。
司会者が困った顔で僕の名前を連呼していた。
急いで席を立ち、久しぶりにホワイトマンではなく素顔でスピーチをするイシコであった。
名古屋城のしゃちほこをぼーっと見ていると、きらびやかな名古屋の結婚式も何となくわかる気がする。
投稿者 ishiko : 07:31
2007年06月03日
6月2日「なすがままに買ってしまう僕」
靴の連載をしている関係もあるのだろうが、最近、靴磨きに興味がある。
何やら靴磨きのスペシャリストまでいると聞く。
一度、秘伝を見せていただきたいと切に願う。
それはともかく明日、結婚式に履いていく白い靴を磨こうと思った。
しかし、白い靴を磨くには、色付きクリームではダメなので新宿の靴屋へ無色のクリームを買いに行く。
「白い靴なのですが、いいクリームないでしょうか?」
店のお姉さんに聞くと、
「これがいいと思いますよ」
無色のクリームの瓶を手渡された。
「これ以外もあるんですか?」
と聞くと
「あ、ありませんね」
と店員はあたふたしている。
まるで僕が一つしかないのに、「これがいい」と言った店員を責めているような雰囲気になってしまった。
そんなつもりは全くなかったので、逆に僕があたふたしてしまい、別の話題に変えようと思い、近くにあった防水スプレーを指して言った。
「これって防水スプレーですか?」
「そうですね。これからの梅雨の季節には便利ですよ」
「じゃ、小さい方をもらおうかな」
「ありがとうございます」
客と店員という絵に描いたような構図が戻ってきた。
お姉さんもイキイキしてきた。
「小さい方は1500円なんですが、大きい方は倍近く入っているのに、今なら1900円なんですよ」
「え〜!そうなんですかぁ!じゃ、こっちの方が得じゃないですか?」
「断然、お得です」
海外の通販番組のようなやりとりが続いた。
「じゃ、大きい方をください」
こうして僕は大きい防水スプレー缶も購入した。
家に同じスプレー缶があるにもかかわらず。
昨年、マドリッドでホレボレしてしまった昔のサッカーシューズ。
復刻版とか出ないのかなぁ。
投稿者 ishiko : 19:52
2007年06月02日
6月1日「契約決裂?」
一発サインとか保留とかでニュースになるプロ野球選手の年棒交渉。
こんな感じなのかもしれないなぁ。
真ん中に座った僕は、ふと思った。
ホワイトマンプロジェクトで請け負う仕事に関しての契約である。
一応、社長なので、僕は真ん中に座らさせられるわけだが、白塗りで座っていれば、まだ話題のネタにもなるのだろうが、何もしゃべらない僕は置物にもならない。
恐らく僕だけだったら、空気に飲み込まれ、できもしないのに
「何とかやってみます」
と言ってしまうだろう。
「ここは清水の舞台から飛び降りるつもりで、お願いできないだろうか?」
「この金額では、ちょっと怖くて飛び降りれないです…。もう一度、持ち帰らせていただけますか?」
マネージャーの松本氏は笑いながら言った。
「今日中に結論を出さないとマズイんです。今日中にもう一度、考えて交渉できないですか?」
2時間後に席に戻る約束をして、ホワイトマンチームの5名は席を立ち、近くのホテルで話し合う。
電卓片手に、みんなが頭を抱えている。
昼寝タイムの僕は、うとうとしそうになり、松本氏に膝を叩かれる。
「シャキッとしなさい!みんながんばってるのに」
グアバジュースをごくりと飲んで眠気を追い払う。
再び交渉の席。
「この金額ではホワイトマンの登場は難しいですし、様々な制作物やWEBもできません。
運営のみでお受けするとしても、これだけの大規模なイベントをこの予算で手厚くできるかどうかまだ自信がありません」
松本氏が言った。
交渉から4時間が経過していた。
結局、ホワイトマンプロジェクトでは今回、運営のみの仕事を受けることになる。
大人の世界を少しだけ垣間見た気がした。
「とは言え、イシコさん、一日くらいはホワイトマンで登場してくれるんでしょ?」
今回のプロデューサーの方が、おっしゃった。
「でへへ」
僕はアホな子のように笑って席を立った。
今日は、ビール飲みたかったなぁ。
この2週間、原稿をほとんど書いていないなぁ。
単行本も決まらない。
ということは、まだまだ断酒は続きそうである。
飲み物ですか?ペリエお願いします。
投稿者 ishiko : 15:25
5月31日「写真展の写真がない…」
明日からの写真展の準備も佳境に入っていた。
「あれ?A1の写真ってどこ?」
「持ってきたでしょ?」
「ないよ」
「うそ〜。車見てくる」
NO.2カマンは走って車のところへ見に行った。
数分後、真っ青な顔をして彼は戻ってきた。
「なかった。どうしよう…」
写真展の写真がない。
映画館に映画がないのと同じである。
本屋に本がないのと同じである。
肉屋で肉がショーケースに入っていないのと同じである。
僕は「である」調で、つぶやいていた。
「もう、ええっちゅうねん!でも、そやなぁ」
カマンは頭を抱えていた。
一昨日、岡さんのところへ写真を受け取りに行った後のことを考える。
岡さんからA3の写真をイシコが受け取り、A1の写真をカマンが受け取り外に出た。
コインパーキングの駐車場で清算して…、
「あっ?駐車場…」
「置いてきちゃったかも」
カマンが、すぐに岡さんに電話をする。
岡さんが駐車場を確認しにいくと、A1の写真が無惨にも残っていた。
野ざらしで。
しかも昨日の雨。
もう一度、プリントアウトしてもらうことになるのであった。
写真が出来上がったのは夜中。
雨ざらしのポスターというのも悪くないんだけどね…。
雨ざらしの写真展…。
いや、やっぱりよくないかな?
投稿者 ishiko : 14:50



