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 イシコ連載中





 

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2007年04月27日

4月26日「横浜ベイスターズの選手の気持ち」

完敗である。
ふと前日に12対1で巨人に負けた横浜ベイスターズの選手の気持ちってこんな感じなのかなぁと思いながらシャンパンを飲んでいた。
ソニーが今日から開設する自動画投稿サイト「eyeVio」のパーティーにホワイトマンとして呼ばれたのである。
打合せでは動画共有サービスの投稿サイトなので、ホワイトマンで写真に撮られてくださいという話であった。

たいていパーティー会場に白い顔の人はいないので目立つ。
「なんで白いんですか?」
と聞かれたり、
「写真撮ってもいいですか?」
と言われることも多い。
いつもの調子でゆるい感じで飲んでればいいやと軽い気持ちでいた。

そんな仕事意識のないイシコへのしっぺ返しである。
「そろそろお願いします」
とお呼びがかかり、会場へと向かう。
目の前にスターウォーズに出てくる白いロボット「ストームトルーパー」に身を包んだ一般(だと思う)の方が来ていた。
しかも同じ登場のタイミング。

「かぶってる!」
一緒に会場に向かった素顔のゲームプロデューサーNo.23ゲーマンがつぶやいた。
「はめられたね!」
カフェグルーヴの大川氏は笑った。
「大丈夫です!イシコさんしゃべれるから」
予想していなかった(と思う)担当の本田氏の顔は引きつっていた。

会場は一気にストームトルーパーへの視線が集まる。
顔だけが白いのと、白いロボットの着ぐるみでは圧倒的に存在感が違う。
もちろん勝負の問題ではないのだが、一応、お仕事として来ているから、どこかで目立って撮られなければと思ったのだが下手に動くと痛いだけである。
結局、パーティー自体に溶け込んで、知り合いの映画監督や紹介していただいた方々と普通にしゃべって飲むことになる。

パーティー自体は、もの凄い人で身動きも取れない程で大成功だったのだと思う。
ただ僕のお仕事的には、一般の方に2、3枚写真を撮られただけで完敗である。
まさに前日の横浜ベイスターズの選手の気持ち。
こんな日は飲むに限る。
パーティーが終わってから、ゲーマンと彼の隠れ家的な店で珍しく深夜まで飲んだくれるイシコであった。

投稿者 ishiko : 07:53

2007年04月26日

4月25日「6月ホワイトマン展決定!」

ヘアデザイナーであり、プロデューサーであるNo.17シャーマンと大好きな代官山のカフェ「unice」で打ち合わせ。
彼の紹介で、6月に一ヶ月(貸切で入れない日もあるが…)、この場所でホワイトマン展をやることになった。
地味ではあるが、ホワイトマンも4年間活動してきたので、写真やらグッズやら作品やらとなんやかんやと様々な記録が残っているので、整理がてら、一度、展示してみようと思ったわけである。

かなり大きなスペースなので、全部、壁が埋まるのかなぁと思いつつ、キャラメルパフェを食べながら、妄想が始まった。
ここにキャラクター一人づつの写真と解説を30枚以上飾って…、
ここにニューヨークの地下鉄にホワイトマンが乗っている写真で…、
ここにマレーシアの市場でホワイトマンがドリアンを買っている写真で…、
ここにミッレミリアでレースに出ているホワイトマンの写真で…、
あれ?田植えをしているホワイトマンの写真はどこに置く?サーフィンの写真はどこに?…、
などと考えていたら、写真だけで既に壁が埋まってしまいそうである。
ということはホワイトマン展じゃなくてホワイトマン写真展か。

まぁ、1ヶ月創りながら考えてみようと思う。
この店は11時から朝の5時までやっている、かなり人気の店で、グループのライブハウスも隣にあり、間違いなくイシコが会ったことがないような若い方々が集う場所である。
そんな若い人達がホワイトマンの写真を観て、どう思うのかというのも興味深い。
それが知りたくてイシコは毎日、この店で素顔で通ったりして。
「うわっ!気持ちワル!」
って写真を見て言ってる若いカップルの横で落ち込んでいたりして。

投稿者 ishiko : 06:31

2007年04月25日

4月24日「神奈川在住のホワイトマン二人」

「達人たちの靴がたり」の連載で、今月頭、当選した神奈川県議会議員No.34ピースマンの靴の取材に行く。
選挙で使った靴について。
スリップオンの革靴がいいらしい。
靴底は前の方が擦れるらしい。
市会議員より県議会議員の方が歩数が多くなるらしい。
彼が始めた選挙のノボリを今は他の議員も使っているらしい。
その理由が知りたい方は、来月発売の「散歩の達人」を購入してくださいませ。

取材が終わってから大船の駅で途中下車。
一人で飲む。
コハダ酢をつまみにビールを飲んでいたら、ふと横浜在住の石のスペシャリストNo.28ストーンマンに久々に会いたくなったので電話する。
そしてお邪魔する。
相変わらず厚かましいイシコである。
彼はモロッコで松茸の輸出会社したり、パリダカに出て3位になったり、パキスタンやミャンマー、トルコ、モンゴルなどにおにぎりの文化を伝えに行ったりとワールドワイドで活動している。
1歳4ヶ月(だったと思う)の愛娘「天音」ちゃんと初めてのご対面。
泣かれる。
納得がいかず、夕食も御馳走になる。
よくわからない理由ではあるが、とにかく最後は笑顔で頭を一緒に摺り合わせる仲になる。
めでたし。めでたし。

朝ブログあり


投稿者 ishiko : 22:42

2007年04月24日

4月23日「久々にホワイトマンで街を闊歩する」

久々にホワイトマンで街を歩いた。
一緒に歩いているカフェグルーヴの堺氏も武内氏も、僕のホワイトマン姿は見慣れているので、普通の人と同じように話しながら歩いている。
まぁ、当たり前と言えば当たり前なのだが。
そして僕もいつしか顔が白いことを忘れて話に夢中になる。

タクシーに乗ろうとしたとき、目の前のガソリンスタンドの人達が唖然とした顔をした後、笑い出して、スタンドの方々がみんな出てきたのを見て、そういえば僕は顔が白かったんだと気づく。
タクシーに乗って、普通の会話を続ける。
ときどき運転手さんとバックミラーで目線が合う。
きっと不思議だろうなぁと思うが、この後、運転手さんが一日、あの白い人はいったい何だったんだろうと考えている姿を想像するのが、また楽しい。

六本木に降り立った。
六本木の街をホワイトマンで歩くのは3年ぶりである。
あのときはチェンマイ在住のNo.34バルーンマンも一緒だった。
誰か別のホワイトマンが近くにいれば、常にどこかで僕もホワイトマンと認識するのだが、一人だけホワイトマンだと外国人に記念撮影の依頼でもされなければ、ホワイトマンになっていることを忘れてしまう。

本日の場所は、アマンドの近くにあるニュージーランドカフェでの座談会である。
中に入るとお世話になるニュージーランド政府観光局の方々の目が大きくなっているのを見て、改めて白い自分を認識する。
ニュージーランドの座談会の様子は5月中旬のニュージーランド×veritaの共同企画で掲載されるので、お楽しみに。

投稿者 ishiko : 06:39

2007年04月23日

4月22日「彼女が3年振りに映画館に行った訳」

何年か前、映画プロデューサーでもあるNo.24キャスパーが日本人は映画館で映画を観ない人種だと嘆いていた。
 あくまで最近の邦画の好調っぷりが始まる前の話である。

そんな日本人の一人が間違いなくNo.30ち〜ムーンだと思う。
一時期、年に一本しか観なかった。
「あぁ、今年も一本も観なかったなぁ」
と大晦日に言うので、じゃ、年が開ける前に行こうと映画館に行くのが恒例になっていた。

しかし、それもここ2年程は大晦日は映画館よりもマッサージを選ぶことになってしまうので、彼女は3年間、映画館で観たことがないのである。
そんな彼女が、どうしても映画館で観たいと言った映画が「ドリームガールズ」だった。

元々、「ドリームガールズ」は1980年代にトニー賞を穫ったミュージカルが元になっている。
ち〜ムーンは昔、親友の女性5、6人でショーチームをやっていたことがあり、「ドリームガールズ」の中の曲で構成されたショーをやったことがあった。

映画を観る前から彼女は興奮していた。
客席に流れているドリームガールズの曲を聞き、既に口ずさんでいた。
僕がビールを買いに行こうとすると
「戻ってきたら、前で大きな声で歌ってるかもしれないから」
とにやりと笑った。

この人ならやりかねない。
速攻でビールを買って戻ってきた。
彼女は目をつぶってイメージしている。
ヤバい。
目を開けて、さっきよりも大きな声で歌い始めた。

「ち〜くん、落ち着いて!」
僕は馬を落ち着かせるような気持ちでビールを一口飲ませた。
一口だけである。
これ以上は危険である。
彼女にはジンジャーエールを手渡した。
「なんでみんな歌わないんだろう?」
彼女は子供のような質問をした。

終演後、彼女は言った。
「私、ビヨンセになりたい!」
いつも冷静なヴォイストレーナーの顔は、どこかに行ってしまった。
この日の夕食。
珍しく彼女は、がっつりと肉を食べた。
どこか本気なのかもしれない。

投稿者 ishiko : 07:37

2007年04月22日

4月21日「煎餅一気食い」

家の近くに気になる和カフェがある。
いづれ入ろうと思いつつ、まぁ近いからいつでも来れるしと結局、いつも入らない。
今日も散歩の帰り道、ふと入ろうか迷う。
入り口の外のかごに売られている「ねぎみそ煎餅」を見ながら。

気がついたら、煎餅を買って帰っていた。
部屋に戻ると久しぶりにJリーグの試合を観ながら、久しぶりにほうじ茶を入れ、久しぶりに煎餅を食べる
味噌は名古屋の八丁味噌を使っている。
って書いてある。

うまい。
もちろんJリーガーのボールさばきもだが、煎餅もである。
あ〜あ。
もちろんJリーガーがゴールを外したこともあるが、煎餅の割れた粉が床に散乱していることもである。

画面では浦和レッズが負けたことをアナウンサーが興奮して話し、ホーム試合連続無敗記録が止まったことで呆然とするサポーターが映った。
画面のこちらでは、飲み物がほうじ茶からビールになっていることに興奮し、あれだけ入っていた煎餅が一袋なくなり、お腹を見ながら呆然とするイシコがいた。

朝ブログあり

投稿者 ishiko : 07:43

2007年04月21日

4月20日「マイレージの達人」

株や賭け事などのように得もあれば損もあるというのではなく、知っているだけで自然に得するのがマイレージである。
サンクチュアリ出版の鶴巻社長とサニーサイドアップの松本氏と赤坂で中華を食べる。

この鶴巻社長が、マイレージの達人なのである。
電気代やコンビニの買い物まで、マイレージを把握してカード決済もしくは電子マネー「Edy」を使う。
彼曰くマイレージのダブルキャンペーンだったりすると4倍のマイレージがつくらしい。

「どうせ小額でしょ?」
と言われそうだが、チリも積もれば、山となるのである。
実際、僕は鶴巻社長が、ここ1、2年の間にマイレージを使ってビジネスクラスでニューヨークに行き、ビジネスクラスでしかも奥様も一緒に韓国に行っているのを見ている。

現在、僕も松本氏も彼を「マイレージの師匠」として、いろいろアドバイスをいただいている。
今日、教えていただいたのは同じガソリンを入れるにも、提携場所によってマイレージが2倍になる。
ちなみに僕の場合は「出光」だそうだ。

インターネットも月に一度くらいは日本の航空会社のホームページをチェックする。
それで現在、やっているマイレージのキャンペーンを見る。
「参加する」をクリックするだけでいいのである。

関係ないだろうと思われるようなことが、時に自分に当てはまることがあるので、一応、「参加する」をクリックする。
これをするしないでマイレージが倍の違いが出ることがある。
先日も鶴巻社長のアドバイスを受け、クリックしただけで、ケアンズの某カード決済の買い物は全てマイレージが2倍になっている。

朝ブログあり

投稿者 ishiko : 06:20

2007年04月20日

4月19日「ホワイトマンの英語表記」

No.7かめら〜まんにホワイトマンの英語表記の説明文を送るよう頼まれていた。
シンガポールの「IdN」というサブカル系の雑誌に以前、彼が撮ったホワイトマンの写真が5ページほど掲載されるらしい。

パリではプレミアチケットにまでなっている舞踏カンパニー「山海塾」のように白塗りに関しては日本より海外の方が評価されたりする。
ってホワイトマンは舞踏でもないし、海外でも評価はされていないけど。

とにかく英語表記の説明文が必要である。
僕は英語が全くできない。
稀にこういうことがあるので、昔、英語を母国語のように操るNo.20ツジツマンが創ってくれた英語表記のホワイトマンの説明文は持っている。

しかし、それが見当たらないのである。
恐らくここ2年程、英語表記を使う機会がなく、その間にパソコンも何度かクラッシュしていたので、なくなってしまったようだ。

送ると言ってから2日も経っていた。
かめら〜まんから「明日までに送らなくちゃいけないんだけど…」のメールもやってきた(実はかめら〜まんのメールにツジツマンの訳が添付してあったのを僕は焦っていて、見逃していた)。

やばい!
昔、アート展で創ったパネルに書かれていたことを思い出し、引っ張り出す。
あった〜。
久しぶりに見るホワイトマンの英語説明。
ツジツマンの英語訳を見て、思わず吹き出してしまった。
ホワイトマンプロジェクトが終わった後の将来の文章をあげておく。

It aims at that see the white-man project who remains only by the picture-book or animation by parent and child when everybody grows older and children grow up, and say "When I was a child, I’ve seen them on that show! They actually existed!” “Dad has seen real ones? Oh! That’s cool ".

ちなみに僕が送った日本文は、

「ホワイトマンはいなくなり、今の大人や子供達が大きくなったとき、彼らはホワイトマンの絵本やアニメーションをその次の世代に見せながら会話するのです。
「とうちゃんが子供の頃、ホワイトマンって本当にいたんだぞ!」
「ホワイトマンの本物見てるの?すげぇ〜や!とうちゃん!」

シンガポールの人々はどんな反応をするのだろう。

投稿者 ishiko : 06:37

2007年04月19日

4月18日「マイケルジャクソンの気持ち」

「散歩の達人」の山口編集長が、那須ハイランドパークのプレスツアーへ連れて行ってくれる。
今回のプレスツアーのメインは今週末からここで始まるガンダム展
正直に言うと僕はガンダムに夢中になったことがなく、このツアーに来ていること自体がスタッフの方々には申し訳なく思う。
僕は、どちらかと言えば、ここのジェットコースターの方が興味がある。
ホントごめんなさい。

早々にガンダム展を見て、ジェットコースターを乗りまくることにした。
まだまだ那須は寒くシーズン前で、特に今にも雨が降りそうな今日のような平日の遊園地はガラガラである。
どの乗り物もほとんど貸切状態である。

ふとマイケルジャクソンの気持ちになった。
東京ディズニーランドを借り切って遊んでいることがあったが、こんな感じなのかもしれないと思った。
「楽しいですか?」と聞かれたら、間違いなく「楽しい」と答えるに違いないのだが、どこか物足りない。
やはり遊園地は、叫び声や笑い声、人の気配がしてこそ楽しい場所なのだと思う。

一人で乗ったジェットコースターで回転しながら、
「おぉ〜!」
と叫んでみる。
黄色い歓声ではなく、どちらかというと茶色い歓声。
そして終わった後に
「はぁ〜!」
というため息に空しさも混じっている気がした。
くどいようだが、「楽しいですか?」と聞かれたら、「楽しい」と答えることには間違いありませんので。

投稿者 ishiko : 09:58

2007年04月18日

4月17日「社会不適合者」

サニーサイドアップの松本氏から
「いいところへ連れて行ってあげる」
とメールをいただき、ほいほいと六本木のグランドハイアットに出掛けて行った。

グランドハイアットホテル主催のパーティーだった。
ぎょっ!僕の苦手なパーティー。
思考回路が一気に止まる。
ロビーで松竹の井上氏と黒田氏の紹介を受け、「パーティーは楽しい!」と自分に言い聞かせ、3人の後についていく。

まずは赤ワインを身体に馴染ませる。
薦めていただいたシチリアの重めのワインが美味しい。
人見知りは克服できそうかなぁと思いきや、今度は場所見知りモードが襲ってくる。
どうも立ち位置がしっくりこないのである。
40近いおじさんが言うことではないのだが、こればかりはアレルギーと同じでやはり厳しい。

ふと3人がビジネスの話になった。
全くわからない。
わからなければ聞けばいいのだろうが、どこから聞いていいのかさえわからない。数学がわからなくなったときに、どこを聞いていいのかわからないのと同じである。

「イシコ、壁の花になるから真ん中に入りなさい」
松本氏に言われ、会話の真ん中に入れていただくが、3人の会話に相槌を打ちつつも、実はほとんどの会話がわかっていない。
汗も吹き出してくる。

帰りのタクシーの中で松本氏に言った。
「スミマセン!さっきの会話を解説していただけますか?」
あっという間にタクシーの中は社会不適合者に教えるお母さんの構図ができあがるのであった。

朝ブログあり

投稿者 ishiko : 07:02

2007年04月17日

4月16日「また外泊…」

ここどこだ?
僕、何してるんだ?
昨日、昨日…。
夕方、家を出る寸前でヴァガンス編集長No.23キャスパーからのメールで本名連載のアップを確かめ、返事を送った。
覚えている。
そのメールを送っていたら銀座数寄屋橋の交番前でモータージャーナリスト松下氏と待ち合わせに遅刻。
自然に日産ギャラリーでアーティスト竹内夫妻との待ち合わせにも遅刻。
覚えている。
画家の大河原愛氏の個展のオープニングに行き、初めて彼女の作品群を生で堪能して感動する。
覚えている。
赤ワインを3、4杯飲んだ。
覚えている。
旦那様のNo.7かめら〜まんが現れ、みんなでそのまま飲みに行く。
覚えている。
ビールも赤ワインもがぶがぶ飲んだ。
覚えている。
銀座から自宅が近い竹内夫妻が言った。
「イシ君、大丈夫?帰れる?うち泊まっていく?」
かろうじて覚えている。
竹内邸でアイスクリームを食べた…気がする。
朝になったら確認しよう。
隣の布団で竹内氏が眠っているのを確認するまでの0コンマ何秒。
走馬灯のように記憶を思い出すイシコであった。

朝ブログあり

投稿者 ishiko : 12:03

2007年04月16日

4月15日「ダニ退治とビールの関係性」

このところ家にいて太陽が出ている時は毎日、布団を干している。
今日もいい陽気なので1時間ごとに布団をひっくり返している。
それをきっかけにしては、ビールを一缶づつ飲む。

ケアンズで虫に刺されただけなのかもしれないが、実は家にダニがいるのではないかと疑い始めた。
そういえば今まで気にしたこともなかった。
もちろんダニは1ミリ以下で肉眼では見えないのだが、一旦、気になると、もう家中がダニなのではとホラー映画さながらに妄想は止まらない。

そこで一昨日、出掛けたときに、この部屋に引っ越してから初めてバルサンを炊き、丁寧に掃除機をかけた。
その後に飲んだビールもうまかった。
それだけでも何だかダニがいなくなったような気がしたのだが、毛布はクリーニングに出し、布団は噴射式のダニブロッカーなるものを吹きかけ、太陽が出ていて、家にいるときは毎日、布団を干すようにした。
そしてまたビールを飲む。

昔、大好きだった布団たたきをしようと思ったのだが、うちには布団たたきの棒がない。
布団たたきで叩いた後のビールがまたうまいんだよなぁとまたビールを飲む。
ホコリが出てくるときれいになった気がしていたのだが、あれは布団を痛めるので実はやってはいけないそうで、それを知ってからやらなくなり、引っ越しと供に布団たたきも捨ててしまった。
よって布団を干してから、掃除機をかけて表面のホコリを取る。
う〜ん。何かすっきりした気がする。
ってまたビールを飲む。
なんだかビールを飲むために布団と戯れている気がしてならない。

朝ブログあり

投稿者 ishiko : 08:23

2007年04月15日

4月14日「人に飲み込まれる」

ラッパーのNo.16アトムンがヴォーカルで参加しているスイカのライブに行く。
ちなみにJR東日本の「Suica」という発音ではなく、果物の「すいか」の発音である。

ライブハウスの2階の席は既に満杯なので、1階のスタンディングの方に降りていく。
PAの前あたり、すなわち、一番、後ろのあたりでビールを飲んでいるカメラマンのNo.7かめら〜まんを発見する。
バーカウンターで赤ワインをもらって、彼のところに合流する。

合流した頃は、まだスタンディングスペースにも余裕があって、ゆったり飲みながら観られそうだなぁと油断していた。
しかし、どんどん上から人が降りてきて、1階は人で溢れていく。
当たり前だが、前の方のスペースには限界があり、僕らのいる後ろの方のスペースに人が迫ってくる。
頭の中で映画「ジョーズ」のテーマ曲が流れていた。

いつしか僕とかめら〜まんの間も人の波で引き裂かれ、ライブが始まる頃には、身動きがとれなくなってしまった。
もちろん、バーカウンターへ追加の飲み物も買いに行けない。
完全にクラブ状態。
スイカがここまでブレイクしているとは…。
身体を揺らしながら、次回からは2階席をゲットするぞと誓うイシコであった。

投稿者 ishiko : 07:45

2007年04月14日

4月13日「海ぶどうとラフテーを食べる1歳11ヶ月」

久しぶりにNo.3コープマンの家に遊びに行く。
前日、奥様からメールに
「明日のテーマは「沖縄」」
とだけ書かれて送られてきた。

何かの仕事のメールで、誰かと間違えて僕のところに送ってしまったに違いないと思い、
「沖縄?泡盛持ってこいってこと?アロハシャツを着てこいってこと(笑)?」
と返信した。
すると
「とにかく沖縄よ!」
と書かれたメールが送られてきた。

よくわからないまま、ジーンズに沖縄の大好きなブランド「PAIKAJI」の白地に白のハイビスカスがプリントされた長袖のアロハシャツを着て、首からケアンズで買った白のターコイズのネックレスをさげ、頭にはモンゴルで買った白のフェルトでできたスナフキンのような帽子をかぶり、手に1800年代創業の老舗の泡盛を持って出掛けた。
とはいえ、僕の風貌は沖縄のイメージというよりは、スペインの田舎町のストリートミュージシャンといった感じである。

家に到着すると1歳11ヶ月の壽ちゃんが
「イシコ、おかえり」
と出迎えてくれる。
もちろん
「壽ちゃん、ただいま」
と答える。
いったい彼女の中では、僕はどう映っているのだろう。

そして、沖縄の意味がようやくわかった。
奥様が物産展で買ってきた様々な沖縄の食材がキッチンに並んでいた。
食卓にはゆし豆腐、ラフテー、海ぶどう、ピーチパインなるデザートまで並んだ。
こうしてテーマ「沖縄」の宴が始まった。

高校3年生の双子No.26.27リョウ、ショウも食べながら一言。
「早く飲めるようになりたい〜」
気持ちはわかる。
沖縄料理と泡盛は本当によく合うのである。
その上、この夫婦は、またうまそうに飲むのである。
両親の姿を見たら、そんな言葉も吐きたくなる。

壽ちゃんは、海ぶどうが気に入ったらしく
「ぶどうちょ〜だい」
と言う。
1歳11ヶ月の赤ちゃんが海ぶどうを食べる姿を初めて見た。
「ラフテーもだよ!」
もちろん1歳11ヶ月の赤ちゃんがラフテーを食べる姿も初めて見た。
恐るべし壽ちゃん。

投稿者 ishiko : 15:43

2007年04月13日

4月12日「サントリークォータリーとザ・プレミアム・モルツ」

「サントリー」からザ・プレミアム・モルツが一ダース送られてきた。
ザ・プレミアム・モルツがモンドセレクションのビール部門で金賞を受賞したのだそうだ。
食品のオリンピックで金メダルを穫ったようなものである。

「サントリー」から送られてきたと書いたが、正確には「サントリークォータリー」から送られてきた。
「サントリークォータリー」は、開高健氏や柳原良平氏らが創刊した老舗の広報誌である。
創刊当時はサントリーという名前ではなく「壽屋」という社名で、サントリークォータリーという名前ではなく「洋酒天国」という誌名だった。

僕が初めて長いコラムを書かせていただいたのが、この雑誌だった。
テーマは「時間の贅沢」。
ちょうどその締切間近、僕は鹿児島の獅子島にある小さな小学校に講演に行く最中で、フェリーの上にいた。
初めての長い原稿なので、何度も推敲して鹿児島に降りたところで原稿を送るつもりだった。

そのときである。
突如、画面が消えたのである。
パソコンクラッシュ!
今では慣れっこになったが、その時、初めての経験だったと思う。
もちろん30枚近い原稿はパーである。

まずい。
嫌な汗が出てきた。
とりあえず落ち着こうとそのときの旅で運転してくれていたコーディネーターの田中氏から焼酎をもらって飲んだ。
「時間の贅沢」どころの騒ぎではない。

「イシコさん、これだったら持ってるんすけど…」
田中氏の後輩で一緒についてきてくれた若い男の子が僕に差し出してくれた。
今はほとんど見かけなくなってしまったが、当時、若い人達が持っていた何とかメイトとかいう携帯につなぐメール専用のキーボードだった。
僕も買った覚えがある。

「ありがと〜!やってみる〜!」
彼から、その何とかメイトを借り、約30枚の原稿を一からしかもベタ打ちで書き始めた。
携帯メールにそのまま原稿を書いていることを想像してほしい。
その上、このキーボードがままごとのように小さく、2、3本の指しか使えない。
通常の何倍くらいの時間がかかるのだろうか。
鹿児島に到着し、みんなが温泉に行っているときも、みんなが飲みに行っているときも、講演以外の時間は、僕はひたすらそのキーボードで原稿を打ち続けた。
そして送った。

送られた方はびっくりである。
当時、サントリークォータリーの編集者であった内海氏からすぐ電話がかかってきた。
「イシコさん、この原稿どうしたんですか?」
「うん、パソコンがフェリーの上でクラッシュしちゃって」
「…」

思えばあれ以来、内海氏には迷惑かけっぱなしである。
恐らくこれからも。
そんな思い出を噛み締めながら、今、朝一の「ザ・プレミアム・モルツ」を飲んでいるわけで。
ちなみに、その長編コラムで、当時、生まれたばかりのホワイトマンのことを書いたのである。
僕の長いコラムデビューでもあり、ホワイトマンの雑誌デビューでもあった。

投稿者 ishiko : 07:22

2007年04月12日

4月11日「リンク三昧」

東京のよさの一つに様々なコンテンツを観ることができる環境にある。
そのコンテンツに関わる様々な面白い人達が集まっている。
今日の交遊録は、ちょっと気分転換に本日、出会ったコンテンツや人の順に箇条書きで紹介しながらリンクを張りまくってみる。

映画「ボラット」
映画に関する訴訟件数が多いにも関わらず、ゴールデングローブ賞やアカデミー賞に名前が上がり、賛否両論飛び交いつつ、大ヒットを飛ばした映画である。
日本ではオクラ入りになるところだったが、結局、5月公開予定が決まり、ようやく試写を観ることができた。とにかくぶっ飛んでいる。

●映画宣伝の永留氏
「ボラット」の試写でバッタリ会う。不定期連載「世界の映画館」の写真をモンゴルで撮り忘れたため、ちょうど「蒼き狼」のプレスツアーに行く彼女にウランバートル市内に寄って撮ってきてもらった。現在、彼女は菊池凛子氏で話題になった映画「バベル」の宣伝をやっているそうだ。その件でお願いが…と言われたところで別の話題になりそのままになっていた。「お願い」が気になる。


ART FAIR TOKYO

世界中から約100の画廊が参加するアートの大型国際展に行く。見本市のようになっていて、とにかく様々なアートが集まっている。アートに詳しくないイシコでもかなり右脳が楽しめるイベントである。何よりアートは好き嫌いでどんどん飛ばしながら観ていけるのが気楽でいい。

●アーティストふるかはひでたか
ART FAIR TOKYOに参加している愛知県在住のアーティストとばったり再会する。彼の作品には、一粒で何度もおいしいアートが盛り込まれている。最近は、瀬戸内の塩飽諸島の笠島でのアート活動が多いので、一度、立ち寄ってみたいとは思っている。彼と名古屋のそば屋で日本酒を飲み、名古屋のどてを食らいながらビールを飲んだ日が懐かしい。このときも忘れ物したっけなぁ。いや、僕じゃなくて友人が。

●プロレス団体「無我」
僕が子供時代に観た憧れのプロレスラー「チャボゲレロ」の引退試合。しかし、遅刻してしまい見逃してしまう。でも、知人の西村選手、吉江選手×川田選手、長井選手であるメインイベントのタッグ戦を観ることができた。ここまで集客できるのは、もちろん試合が面白いことが大きいのだが、終わった後のファンサービスが素晴らしいことも理由にあげられると思う。子供達と話す西村選手の優しい笑顔にちぃと感動してしまう。ちなみに次回の興行から小中学生は500円で観られるそうだ。

●華道家 大久保有加氏
生けるメンズ通称「イケメン」の先生である。格闘技好きの華道家という外見からは想像できないクリエイターで、元々、無我を紹介してくださったのも彼女である。もちろん、今日も試合を一緒に拝見させていただいた。終わった後、ほんの半年程前に一緒に飲んだ時、まだ大学生で見習いだった征矢選手がサイン責めに会っている様子を観て、僕らは親子のように涙するのであった。

●カリフォルニアスタイルレストラン「シズラー」
今のところ東京都内と横浜にしかないサラダバーで知られるこのレストランに僕は行ったことがなかった。というわけでこの店で飲む。サラダバーの野菜やフルーツの多さに驚かされるが、何よりビールジョッキが大きく、グビグビ感に大興奮するのである。

●ミュージシャン大島花子
彼女にシズラーのサラダバーの魅力を聞き、即座に本日、飲む場所をシズラーに決定。昨年のスポーツ新聞で報じられたように彼女は結婚し、現在は阿部花子である。マイペースで音楽活動を続けながら、お父様の活動を引き継いだ「One step to 9」では、障害者がより楽しく生活できる環境創りの為の活動も積極的に続けている。ニコニコしながら、辛口のツッコミを入れる。No.30ち〜ムーンとタッグを組むと更に辛口の最強タッグになる。これほど怖いことはない。

●ブラジル柔術「ノヴァ・ウニオン・ジャパン」代表阿部修氏
多くの世界チャンピオンを輩出する本場ブラジルの名門道場「ノヴァ・ウニオン」を持ち込み、急速に広がっている柔術の日本代表である。気は優しくて力持ちの典型である。ちなみに今年のHero'sで評価が高いことで話題になりそうなヴィクトー・”シャリオン”・ヒベイルはこの道場の選手である。もうひとつちなみにホワイトマンを始める少し前、僕も彼の道場に3、4ヶ月程、通って挫折した。いや、また始める予定である。

こうして濃くて楽しい一日が終わりを告げるのであった。

投稿者 ishiko : 12:28

2007年04月11日

4月10日「東京ミッドタウン散策」

東京ミッドタウンに出来た試写室に行く。
六本木ヒルズより少し高いビルだと聞くが、もし、それを意識して建てたのだとしたら、どこか可愛いく思えてしまう。

早めに家を出て新しいビルの中を散策する。
美術館やアートスペースが多いなぁ
ハヤシライスの専門店かぁ
シガーの店があるんだぁ
いちいち感動しながら、お上りさん状態で歩き回る。

ポイントが貯まるカードの勧誘の方も、至る所にいっぱい立っている。
僕は、こういう人に声をかけられるとすぐにサインしてしまいそうになる。
ポイントカードを勧誘している方と一緒にしては可愛そうだが、昔、道で絵の勧誘している女性にほいほいついていって、あやうく100万近い絵を買いそうになってしまったことがある。
あの話術はすごいのである。
分割しながらでも、今、買った方が生活が豊かになると思わせてしまう。
新興宗教の勧誘に近いものがある。

そんな話をするとち〜ムーンからは
「スキが多すぎ!」
と一喝されてしまう。
確かに彼女には勧誘どころかティッシュ配りの人さえ寄り付かない。
それに比べて僕の鞄の中はティッシュだらけである。

そんなことを考えていたら試写の時間ギリギリになっていた。
試写は昨年の第一回ローマ映画祭でオープニングを飾ったニコール・キッドマン主演の「毛皮のエロス」
独創的な女性写真家ダイアン・アーバスの生涯にフィクションを交えて描いた作品である。

投稿者 ishiko : 08:14

2007年04月10日

4月9日「自分宛の手紙」

自宅に戻ると葉書が届いていた。
オーストラリアの自分からである。

どこかに書いた気はするが、僕は年賀状を出さない。
いただいた年賀状は旅に行く度に何枚か持って行って返事を書くことにしている。
年賀状をいただいた方から、僕、もらってないなぁとクレームが来たこともあるのだが、無造作に上から何枚か持って行くので最後まで辿りつかない年もあるのだ。
だから年々、イシコ宛に届く年賀状は減っていく。

その話はともかく、時々、知人への葉書に混ぜて、自分宛にも出すことがある。
自分宛に届けば、他の人にも届いているとわかるからである。
要は、その国の郵便事情を知るためである。
もう一つは単純に楽しいからである。

そのときの自分から自分宛に葉書が届くのは、タイムカプセルの短縮版のようである。
葉書を書いているときは未来の自分に向かって書く。
その国のビールのことやご飯のことで、たいしたことじゃないけど。
葉書を読んでいるときは過去の自分を振り返って読む。
あまりの字の下手さに、がっかりすることが多いけど。

投稿者 ishiko : 06:45

2007年04月09日

4月8日「改めてケアンズの街を総括」

ち〜ムーンと改めてケアンズの街を語りながら、最後の夕食を取る。
やはり、ここ10年来、オーストラリアは世界有数の経済国って感じが見受けられるねぇ。
通信技術や法律、経営などが強い国なんだってねぇ。
国自体も総債務総額が世界の先進国の中では最低基準なんだよねぇ。

などと高尚な話をしているのなら、カッコいいが、僕らがそんな話ができるわけもなく、海に近いのはわかるが、どうして街中まで裸足で歩く人が普通にいるのだろうかとかどうして食事中に踵を浮かせる(つまり、つま先立ちで食べる)人が多いのだろうとかである。

僕らにとっては重要な疑問だったのである。
一つ目は、やはり靴で家の中を歩く文化だから、靴と裸足の境目がどこか希薄なのではないだろうか、二つ目は、欧米人は足首が固い人が多いから、どうしても座ったときのベタ足が苦痛なのではないかという推測をち〜ムーンが出した。
僕もそれに同意した。

しかし、横断歩道の青信号の時間が異常に短いことの理由だけは、推測さえどうしても思いつかなかった。
知っている方がいたら教えて欲しい。

投稿者 ishiko : 19:07

4月7日「世界の車窓からを味わう」

番組を観たことはなくても、誰もが一度は聞いたことがある番組「世界の車窓から」。
5分番組なので意識して観るというより目に入ってくる感じに近いとは思う。
ただ、あのオープニングの電車の窓の風景はどこか心に残っている。
その映像が、ケアンズにあるキュランド鉄道。
今回、一番、楽しみにしていた、そして今回、唯一とも言える観光とも言える。

日本語が通じるツアーガイドで、キュランダ鉄道のことについて尋ねてみる。
「1、2月の大雨で土砂崩れがあって、お休みしているんです」
オーマイゴッド!1週間もいると僕の頭もほんの少しだけ英語モードである。
「ただ…」
お姉さんは続けた。
「キュランダからバロンフォールまでの一駅だけを往復が4月頭から始まったそうですよ…。」
運がいいのやら悪いのやら。

ただ、とにかくキュランダまで辿り着けば、世界の車窓からの気分が味わえるわけだ。
「確かバスが出てたと思いますよ…」
しかし、昨日からのパブリックホリデー。
今日もバスが来るかどうかはわからないらしい。
最悪は、また長距離タクシーである。

ともかくバス乗り場に行く。
なんと1日に4本程度しかないキュランダ行きのシャトルバスがやってきたではないか。
ツイテいる。
ち〜ムーンとガッツポーズして乗り込む。
しかも一人5ドルである。
それもパブリックホリデー料金で、通常なら2ドルで連れて行ってくれる。
これまた運がいいのやら悪いのやら。

サトウキビ畑を過ぎ、山道をぐいぐい上がり、約50分バスに揺られ、キュランダ村に到着した。
通常なら朝と午後の2本しか運行しないが、今は一駅の往復なので、1時間に1本程度の割合で乗車できる。
しかも本数が多い分、ゆったり乗車でき、窓際から顔を出し、まさに「世界の車窓から」を満喫する。
結局は運がよかったということで。

投稿者 ishiko : 19:06

4月6日「便利ボケ」

日本に住んでいると便利ボケになっていることを、ふと感じる時がある。
特に東京に住んでいると、数分おきにバスや電車はやってくる。
少なくとも何かストでもない限り、バスはやってくる。

パームコーブからケアンズに戻ろうとホテルをチェックアウトした。
来たときと同じようにバスを利用しようと思った。
バス停で、時刻をチェックすると間もなく来るはずである。
しかし、全く来る気配がない。
まぁ、海外の交通機関なんて、時間通り来ることの方が珍しいと思った方がいい。

海沿いにあるバス停なので、待っていても飽きないのがありがたい。
ち〜ムーンと二人で、映画「フォレストガンプ」の主人公のようにず〜っとベンチに座っていた。
オーストラリア人らしき夫婦ももう一つのベンチでバスを待っているようである。

1時間近く経っただろうか。
それでもバスはまったく現れる気配がない。
ふと、昨日まで、見かけたバスの姿を今日は見ていないことに気づいた。
少なくとも30分に1本は走っていたはずなので、座っている間に1度くらいは逆方向のバスを見てもおかしくないはずである。

念のため、近くのインフォメーションに尋ねに行くと、
「今日はパブリックホリデーで走ってないのよ」
おねえさんが残念そうに言った。
ち〜ムーンが待っていた夫婦に今日、走っていないことを伝えに行く。
僕は宿泊していたホテルに戻り、フロントで他の行き方はないか聞いた。

フロントには、いつもお世話になっていたお兄さんとお姉さんがいた。
彼らは、やはりバスを勧めた。
ただ、今日はホリデーだから、日曜日のスケジュールだけどねと、日曜日用の時刻表を出した。
そこでどうやら今日、走ってないみたいだよと片言の英語で伝えると、
「そんな馬鹿な」
と言いながら、お兄さんはバス会社に電話してくれた。
誰も出ない。

彼らはつぶやいた。
「テリブル!(恐ろしい、またはひどい)」
そのままタクシーを呼んでもらった。
もちろん、タクシーが来るまでにも30分近くかかった。
「日本じゃあり得えないなぁ」
笑い合いながら、約2時間ベンチの上で過ごす二人であった。

投稿者 ishiko : 19:05

4月5日「オーストラリまで来て任天堂DSにハマる」

ここに2台の任天堂DSがある。
1台は、ち〜ムーンの所有物。
彼女は「動物の森」と「ピクロス」と「文字ぴったん」いうゲームソフトにハマっている。
もう1台は、イシコの所有物。
僕は、ゲームを全くしないのだが、連載でいただいた万歩計にDSが連動しているので購入したのだがそれ以外で全く使っていない。
今回の旅も万歩計を持ち歩いているので、そのデータを保存するために一応は持ってきていた。

で、ここに2台の任天堂DSがある。
2台の任天堂DSがあると通信という遊びができる。
タッチパネルでお互い書いたり、描いたりしたものを送り合うことができる。
絵でしりとりが始まった。
「ビル」の絵を僕が描くと「ルビー」の絵をち〜ムーンが送ってくる。
「椅子」の絵を僕が描くと「寿司」の絵をち〜ムーンが送ってくる。
とても人様に見せられるような絵ではないのだが、それゆえに余計に笑えてくる。

だんだん、言葉がなくなっていくと、より難易度の高い絵が要求される。
「スリ」の絵だとか、「ズー(動物園)」の絵だと何とも不思議な空間の絵になっていく。
挙げ句の果てには、僕の混みいった絵を見たち〜ムーンから「未知との遭遇?」と聞かれてしまう始末である。

かなりの絵を描いたところで、二人でふと思った。
「オーストラリアまで来て何やってんだ?」
でも、この時空間だから楽しいこともある。
いったい、この日、僕らは何枚の絵を描いたのだろう。
そして僕は、彼女から借りたソフト「文字ピッタン」にはまってしまった。

投稿者 ishiko : 18:59

4月4日「妄想やめなさい!」

リゾート地であるパームコーブには、老夫婦がたくさん来ている。
海水浴には適していないが、その分、賑わい度も少なく居心地のいい落ち着いたリゾート地である。
日本人も見かけない。
あれだけケアンズには日本語が溢れていたというのに。

散歩をしていると老夫婦が仲良く、ベンチに座って海を眺めているのを見かける。
僕が大好きな光景の一つである。
彼らはほとんど何もしゃべらない。
いったい何を考えているのだろう。
自分の半生を振り返っているのか、それとも近くで起きたインドネシアの地震と海の濁りの関係性なのか老夫婦は見ていて想像を飽きさせない年月の深さがある。

おっ!少し会話をした。
いったい何を話しているのだろう。
意外に生活に密着していることなのかもしれない。
今日の食事のことなのか、それとも国に残してきた息子達のことなのか、はたまた孫に買っていく土産物なのだろうか。

人見知りの割に、人を見ているのが好きである。
当たり前だが、人はそれぞれ人生を歩んでいる。
その人生を妄想するのが好きなのである。
いい迷惑なことは十分、わかっているつもりではある。
しかし、やめられないのである。

「お父さん、メロンジュース買って〜」
ここに来て、初めての日本語である。
見るとおじいちゃんやおばあちゃんも含め、一家でやってきている。
彼らは何故、パームコーブにいるのだろう。

きっと昔、お父さんがワーキングホリデーでケアンズに来ていたことがあるのかもしれない。
いや、待てよ。
お母さんの方がアクティブそうに見える。
ということはお母さんがワーキングホリデーで来たのか?
ひょっとしたら二人ともワーキングホリデーに来ていて、そこで出会ったのかもしれない。
きっとお母さんが、ワーキングホリデーで来て、ジュエリーショップで働いていたところで、サーファーだったお父さんが客だったのだ。

いや、ひょっとしたらパームコーブで出会ったのかもしれない。
お互い失恋して訪れたこの地で出会った。
そして彼らは結婚した。
その思い出の場所で。
「いい加減、妄想やめなさい!」
ち〜ムーンがあきれて言った。

投稿者 ishiko : 18:58

4月3日「ホテルにパスポートを忘れた!」

本日から、パームコーブなるリゾートに移動である。
3日後にまたケアンズの同じホテルに戻るので、トランクは預かっておいてもらい、二人ともリュックのみで向かう。
身軽なので、タクシーではなくバスで向かうことにする。

バックパッカーの気分でバスターミナルを探し、バスチケットを購入する。
カフェで甘いアイスコーヒーを飲んだ後、いざ出陣と勢いよくバスに乗り込もうとしたとき、急にち〜ムーンの調子が悪くなった。
「ちょっとお腹が痛いかも…」
しばらくケアンズの空を見ながら、ベンチにゆったり座る。
「よし!大丈夫になったぞ!行こう!リゾートでゆったり休むことにする」
ちょっと、まだ調子が悪そうな彼女は、バスに乗り込んで行った。

後ろの方の席に座る。
調子悪そうだなぁと心配していると、今度は僕がお腹が痛くなりそうなことを思い出した。
ホテルのセーフティーボックスにパスポートと今日、泊まるホテルのバウチャーを預けっぱなしである。
このままでは泊まれない。
すぐに二人でバスを降りる。

ち〜ムーンの調子が悪くなっていなかったら、間違いなく、パームコーブまで行ってしまい、ホテルで気がつき、また取りに戻ってくることになっていただろう。
間違いなく到着は夜になっていたはず。
その危機感を本能が察知し、彼女はお腹が痛くなったのかもしれない。
彼女に謝りや感謝など、いろいろな意味で手を合わせた後、ホテルへ忘れ物を取りに行くイシコであった。

投稿者 ishiko : 18:57

4月2日「どうしたケアンズ!」

僕が知っているオーストラリアの都市は、シドニー、ゴールドコースト、パース、メルボルン、ケアンズといったところである。
僕が外国人だとすると、日本の都市を言われたら、東京、大阪、名古屋、福岡と出てくる感じだとばかり思っていた。
ケアンズに対して僕は「街」を期待しすぎたのかもしれない。

「稲毛みたいだなぁ」
ち〜ムーンの一言である。
稲毛とは彼女の千葉の実家。
駅の目の前に大きなリカーショップがあるところも同じだと言う。
確かに田舎町である。
ショッピングセンターを歩いていてもどこかピンと来ない。
田舎の西友を歩いている感じである。
ワーキングホリデーなのか新婚旅行なのかツアー客なのかはわからないが、あふれている日本人が更にそう感じさせる。
「どうしたケアンズ?」
と言いながら、初めて来た街でいつもやる土地勘をつけながらブラブラ散歩する。

そのくせ、稲毛よりレストランの値段が高い。
フードコートの焼きそばでさえ10ドル程度(約1000円)。
中華レストランでは、ラーメンでさえ20ドルというのも驚かされる。
こうなると「ラーメン」ではなく、「中華麺」といわなくてはいけないのだろう。
普通のレストランでパスタやシーフードカレーだと30ドル近かったりする。
この地域のレストランを「高級レストラン稲毛グループ」と命名した。

駅には一応、ショッピングモールなるものもある。
きっとここでも高いのだろうと、ちょっと高めの西友で買う気持ちで、気持ちよさそうな15ドルのトランクスと99ドルが39ドルになっている麻のサンダルを購入する。
レジに持っていくと、更に値引き。
なんと7ドル。
僕が焦ってもう一度、確認するとお姉さんも自慢気にここから更にオフ!みたいなポーズで応える。
9割引以上の値段ではないか。

ホテルまでの帰り道。
「いいぞ!ケアンズ!」
と合唱しながら、帰るのであった。
人間なんて単純な生き物である。

投稿者 ishiko : 18:56

4月1日「えっ!第二ターミナルから第一ターミナル移動?」

本来ならば7時間程度なのに11時間かけてグアム経由でケアンズに飛ぶ。
なぜ、そんな面倒なことをするか。
コンチネンタル航空のマイレージを使ってしまおうとしたことによる。

コンチネンタルは、アジア方面の便が減り、しかも機内のアルコールが有料になりとイシコにとっては楽しい要素が少なくなってきて、最近、使わなくなってしまった。
まぁ航空会社によって、いろいろ事情があるので、仕方がない。

とコンチネンタルに見切りをつけた罰が当たったのかもしれない。
第二ターミナルでコンチネンタル航空のカウンターが見当たらないのである。
「申し訳ございません。本日より、コンチネンタル航空のご出発は第一ターミナルに移動になりまして」
案内のお姉さんは申し訳なさそうに言った。
げっ!確かにお姉さんの後ろに、コンチネンタル航空とデルタ航空の第二ターミナルから第一ターミナル移動の告知ポスターが張られている。
仕方がない。
到着フロアに降り、連絡バスで第一ターミナルに向かう。
バスの中は成田で乗り継ぎをする中国系やインド系の方々が多い。
既に海外に来た気分だなぁとちょっと得した気分になる。

とそんな呑気なことを言っている場合ではなかった。
第一ターミナルに到着すると次なる問題が待っている。
一緒に行くNo.30ち〜ムーンによると3月1日から機内にジェルや歯磨き粉、化粧水などの持ち込み基準が変わったのである。
透明の袋に一つにまとめなくてはならないのだ。
彼女は透明のジップ袋を購入し、僕のマウスウォッシュや歯磨き粉も一緒に入れてもらう。
これで準備万端。

いつものように生ビールで乾杯し、いざ出発。
荷物検査をして出国手続きを終えようとした瞬間、ふと思い出したのである。
僕の鞄にウィスキーのミニボトルが入っていたことを。
試飲用にいただき、この旅の為に楽しみにしていたミニボトルを玄関を出る直前に思い出し手持ちの荷物の方に突っ込んだのだった。
後でトランクに入れればいいやと。
移し忘れた。
もちろん機内に持ち込めない。
あえなく没収。
ち〜ムーンに肩を抱きかかえられながら、パスポートコントロールに向かうイシコであった。

投稿者 ishiko : 18:56

2007年04月01日

3月31日「花見に行けず!」

花見の予定であった。
しかし、原稿仕事が終わらない。
パソコンが壊れ、データが吹っ飛んでしまい、最初から書き直している。

あぁ、みんなは今頃、花見かぁ。
いいなぁ。
窓を開けて、ボーッとして、全然、はかどらない。

いかん!いかん!とパソコンの前で書き始める。
メールで遅れる旨を伝える。
すぐに楽しそうな返事が返ってくる。

いいなぁ、花見酒。
せめて気持ちだけでもと冷蔵庫のビールに手を出してしまう。
いかん!いかん!とパソコンの前に座る。

あっ!今月分の請求書を書いてない!
と事務的な作業に手を出す。
日付間違ってんじゃん!
やり直し。

ようやく出来上がり、コンビニで出すついでに、アイスクリームを買って、ちょっと遠回りをして帰る。
いかん!いかん!とパソコンの前に戻る。
昼過ぎには終わると思っていたのに、そんなこんなで、終わってみたら22時。
なんだそりゃ!

今日からケアンズである。
ケアンズから戻る頃には桜も散っているだろうなぁ。

投稿者 ishiko : 05:34

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