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2007年01月31日

1月30日「僕の行動に腹を立てるち〜ムーン」

No.30ち〜ムーンと新宿をぶらぶら散歩していて、ひょんなことから、任天堂DSを購入した
「私は苦労して買ったのに。世間は買えないんだぞ。なんでそんなに熱意もない人が、すんなり買えるんだ?何か腹立つなぁ」
と彼女に散々、言われた後、僕は飲みに彼女はヴォイストレーニングの仕事に出掛けた。

乃木坂のイタリアンで産經新聞のオウコさん、武藤さんと、とても有名な女優さんと世界的に活躍する俳優のマネージャーさんと飲む。
活躍されている方々は、活躍している人ならではの面白い話を持っていて、活躍している人ならではの考え方を持っている。
なかなか聞けない話を興味深く聞かせていただいた。

とは言え、イシコはいつものように睡魔には勝てず、先に失礼する。
帰りのタクシーの中で、ち〜ムーンから来た携帯メールに返事を打ちながら、今日の飲み会報告をする。
すぐに返信されてきた。
「え〜、え〜、え〜、私がめちゃくちゃ好きな女優じゃん。なんでそんなに君はラッキーなんだ?何か腹立つなぁ」
今日は、息を吸うだけでもち〜ムーンが腹を立てるのではないかとびくびくするイシコであった。


投稿者 ishiko : 09:42

2007年01月30日

1月28日「公園のゴッドファーザー」

夕方、お気に入りのマラソンコースを走っていた。
トランペットの音が聞こえた。
「My foolish heart」である。
映画「大停電の夜に」で、豊川悦司扮するバーテンダーの店の名前で、最後に彼が元恋人に演奏する曲である。
その曲を聞きながら、往路をゆったり走っていく。

復路。
彼が練習している曲が変わっていた。
僕の大好きな映画「ゴッドファーザー」のテーマ曲。
僕は楽器をやらないので、よくわからないのだが、恐らく息が続かないのだろう。
途中でへなちょこなゴッドファーザーになってしまう。

よくたった一音間違えただけで、こっけいな曲に思えてしまうことがあるが、息が続かないトランペットは、こちらが苦しくなってくる。
マラソンの最中ならなおさらのこと。
と言いつつも、それが楽しみだったりする。
そして、いつかは「公園のゴッドファーザー」を聞くために走りたいなぁと願いながら。

投稿者 ishiko : 07:31

2007年01月29日

1月27日「流れのままの休日」

朝風呂に入った後、携帯画面を見るがやはりアンテナは立っていない。
携帯電話が壊れていることは、昨日の交遊録にもチラッと書いた。
携帯メールはやらない(というかできない)が、パソコンメールは携帯に転送されているので、メールが来ているのかどうかはパソコンを立ち上げないとわからない。

炊飯器のスイッチを入れ、パソコンの電源を入れる。
米と玉子と納豆が食べたくなったのだ。
No.30ち〜ムーンから、メールが入っていた。
「京ちゃんと14時に新宿でご飯食べよう」

ご飯が炊きあがるのは12時過ぎ。
結局、食べる。
どうしても米が食べたかったのだからいいのである。

新宿行きのバスを待っていたら携帯電話の電池やFOMAカードを拭いたり、吹いたり、悪あがきをしてみたら、復活する。
復活はしたが、バスがなかなかやってこない。
少々、遅れる旨を携帯からメールする。

イタリアンレストランで、ち〜ムーンと化粧品会社に勤務する京ちゃんと3人でパスタを食べる。
一緒に黒ビールもいただく。
京ちゃんのメールに声楽家の新田氏からメールが入る。
いつしか4人でお茶を飲む。
僕は赤ワインをいただく。

復活した携帯にプロレスラーで「無我 ワールド・プロレスリング」の主催をしている西村氏からメールが入る。
「今日、後楽園の試合を観に来ませんか?」
そういえば、西村選手と対戦する川田利明選手とルールでもめていたはずである。
今日だということをすっかり忘れていた。

ちょうど、一緒にいた3人は、それぞれ夕方から用事がある。
「行きます〜」
と書いて、僕は後楽園ホールに向かった。

売店で日本酒と柿ピーを買い、6試合全て観戦した。
メキシコから来日したルチャリブレの女性の試合を初めて観る事ができ、往年のグラン浜田と藤波辰爾のシングルマッチも観ることができ、面白い興行である。

肝心の西村選手の試合だが、結局、ルールは揉めたままだった。
西村選手は3分10ラウンド制を要求し、川田選手は60分1本勝負を要求した。
お互いの闘い方があるので、素人でもその違いはわかる。
結局、観客に公平に抽選してもらい、3分10ラウンド制になった。
死闘の末、10ラウンドフルに闘い、引き分けだった。
プロレスと音楽の観せ方という側面も試合内容(僕は専門家ではないが…)としても僕的には歴史に残る名勝負だったと思う。

家に帰ったら既に11時近くなっていた訳で、歯を磨き、床に入る。
流れのままに過ごす休日も悪くない。

投稿者 ishiko : 10:23

2007年01月28日

1月27日「僕に結婚式の司会は頼まない方がいいかもしれない」

何年かに一度、結婚式の司会をすることがある。
イシコは時々、司会のような仕事もするから頼んでみようかと新郎新婦は思うのだろうが、これが大きな間違いだったりする。

司会が一緒に楽しくなってしまい、一緒になって飲んだくれ、結婚式に御法度な言葉も平気で飛び出し、新郎の挨拶に一緒に涙し、挙げ句の果てに進行さえも間違えてしまう。
司会という冷静さが欠如しているというか全くないのである。
そして何より緊張感がない。

その緊張感のない失敗を本日もおかす。
No.7かめら〜まんの披露宴と2次会の両方とも司会をすることになっていた。
「イシコ、2次会のリハーサルやるから披露宴が終わったら、急いで来てね」
こう言い残すと2次会の準備の為に、関係者は披露宴が終わると、ほとんどみんな先に行ってしまった。
僕は披露宴を終えるとNo.3コープマンと新橋から渋谷まで電車に乗った。

二次会欠席のコープマンと渋谷で別れ、一人になった途端、喉が渇いていることに気がついた。
披露宴で白ワインを飲み過ぎたのである。
ドトールに入り、オレンジジュースを頼み、カウンターで一気に飲んだ。
「ふ〜」
息を吐いたところまでは覚えている。
気がついたらそのままうとうと眠っていた。

目が覚めると15分程、経過している。
ただでさえ披露宴の会場を出たのが遅かったのだから、これはマズイ。
もちろんその頃、2次会の会場で仕切っていたスタッフ達は大騒ぎ。
しかも、今朝、僕の携帯電話は壊れてしまった。
イシコ連絡取れず。
仕方がないので司会者抜きで照明や音響、映像のリハーサルをしたそうだ。
結局、僕がホールに到着したのは、既に開場10分前。

「もう〜、イシコちん、信じられな〜い!」
2次会プロデューサーの岡本氏が声をあげた。
「イシコ寝てたろ?」
勘の鋭いNo.22リーマンが僕の行動を当てた。
その場では反省するものの、会が始まってしまうと結局、またもや飲んだくれ司会になるわけで。

投稿者 ishiko : 12:15

2007年01月27日

1月26日「芸能人がノーコメントと言う理由」

「散歩の新兵器」の撮影を終えた後、旧知の女優梅沢昌代氏が出演しているこまつ座の「私はだれでしょう」を観に行く。
井上ひさしさんの遅筆が原因で何度も延期になり、ようやく幕が開いた作品である。

そういえば、10年程前にも「黙阿彌オペラ」という作品で、同じように延期になってしまった作品があったのを思い出した。
井上ひさしさんの遅筆は筋金入りなのである。
そのときも、昨年、紀伊国屋賞を受賞した女優の梅沢氏は出演していた。

その1年前の名作「父と暮らせば」という作品も延期が危ぶまれたが、何とか初日の幕が開いた。
そのとき初めて、梅沢氏がこまつ座に出演した。
出演していたというか梅沢氏とすまけい氏の2人芝居だった。
しかも彼女の住んだことのない広島弁を話す役。
本が完成したのは初日まで一週間を切っていたと聞く。
ヘレンケラーのような三重苦を背負って挑んだ梅沢氏だったが、見事にこの役を演じきり、この年、読売演劇大賞を受賞した。

さてさて今回の舞台も相変わらずの梅沢節が炸裂。
独特の間合い、独特の動き、そして出ずっぱりの3時間。
終演後、劇場前からタクシーに乗り、少し離れた寿司屋で飲む。
にも関わらず、見終わったお客さんが2組いて、梅沢氏を見つけると握手を求めた。

彼女は笑顔で
「ありがとうございました」
椅子から立ち上がり、お礼を言い、深々と頭を下げていた。

ふとおばさまがたの目線が気になった。
思わず、僕は言いそうになった。
「念のために言っておきますが、二人きりだからと言って、僕は梅沢氏の恋人ではありません!」
何だか敢えて言うのも変である。
こうやって根も葉もない噂が立つのかもしれない。

先に宣言してしまうのはどうだろう。
「梅沢氏の友人のイシコと申します」
やっぱりこれも変である。
どんどん妄想は膨らみ、芸能人がノーコメントって言う気が少しだけわかったような気がする。

「ってお前芸能人じゃないだろ!」
根本的に間違っている気がするイシコであった。


投稿者 ishiko : 07:52

2007年01月26日

1月25日「あぁ、駐禁!」

フロントガラスに黄色い紙を張っているところだった。
「あぁ〜」
情けない声を出して、僕は走った。
「す、すみませ〜ん」
出来る限り、愛想良く言ったつもりだった。

もちろん、そんなことで許されるわけもなかった。
「あちゃ〜」
またもや情けない声を出して、僕は紙を剥がした。
「たった2分なのに…」
僕の方が悪いのに、紙に書かれた測定2分で決定された駐車禁止の文字を見ながら、つぶやく。

もちろん、そんな僕の言葉など監視員は無視である。
「はぁ〜」
声にならないため息をついて、僕は車に乗り込んだ。
「もう絶対に路駐はやめよう!」
数ヶ月前にも誓ったこの言葉を吐いて、僕は車を出発させた。


朝ブログあり。

投稿者 ishiko : 07:19

2007年01月25日

1月24日「軽石って足裏だけのもの?」

まもなく銭湯が開く時間である。
知らない街にいて、午後2時を過ぎると、どこかで働くイシコセンサー。
本日は、北区東十条。

最初に降り立ったのは南北線王子神谷駅だった。
歩き回っていたら東十条商店街の中に紛れ込んだのだ。
どちらにしても初めて来た街である。
勘を便りに銭湯を探す。
最近の銭湯は煙突がないところが多いので、探しにくい。
探し始めて約15分。

「地蔵湯」という小さな銭湯を発見した。
まだシャッターは降りている。
2時45分からと書かれている。
3時からではなく、微妙な45分という感覚がたまらなく好きである。
何か意味を考えてしまう。

まだ15分以上あるので、この近辺にあまりにも多い喫茶店の一つに入る。
自家焙煎のコーヒーを飲みながら、T・コラゲッサン・ボイルの短編集を読む。
ふと携帯の時計を見るとちょうど3時になっていた。
銭湯に向かう。

開店してから15分しか経っていないのに既に4人のおじいちゃんが入っていた。
僕は彼らのことを「一番ブラ〜(風呂にerをつけただけである)」と呼ぶ。
身体を丁寧に洗ってから、温度計が45度をさしている湯船に浸かる。

浸かりながら、その土地のおじいちゃん達の洗い場の様子を見ているのが好きである。
伝統工芸の職人のようにタオルを絞るおじいちゃん、座る場所、シャンプーや石けんなどの置き場所、どこから洗うかまで何十年も変えていないのではないかと思われる几帳面そうなおじいちゃんなど見ていても全く飽きない。

そのときである。
一人のおじいちゃんの姿が目に止まった。
手に持つのは軽石。
僕のイメージでは踵の角質を落とす物体である。

おじいちゃんはそれで身体を洗っていた。
タオルを忘れたからなのかとも思ったが、目の前にはキチンとタオルがある。
ということは意識的にそうしているのだろう。

痛くないのだろうか。
健康にいいのだろうか。
加齢臭対策なのだろうか。
実は、もっと深い意味があるのかもしれない。
おじいちゃんは、目に見えない何かを剥がそうとしているのだ。
こうなるとイシコの妄想は止まらないのであった。

投稿者 ishiko : 08:29

2007年01月24日

1月23日「牡蠣!牡蠣!牡蠣!」

俳優のNo.2カマンと東銀座で「カンバセーションズ」の試写を観て、神田の立ち飲み屋で、はんぺんや揚げ出し豆腐をつまみにビールとワインを飲む。

そのままスローフード関連のプロデュースをしている中村氏と吉開氏が、イベントで三重県の的矢湾の牡蠣を味合わせてくれるというので、神田の旧今川中学校へ向かう。
今は使われていない中学校の校庭には牡蠣の山が。
その数なんと1200個。

「牡蠣」と「ノロウィルス」との関係なんて誰が言い始めたのだろう。
事実無根なことを言い始めた奴出てこい!
ってホントに出てきちゃったら、気の弱い僕は
「あなたはホントにそう思ったんだもんね?仕方がないよね?ね?ね?」
といい人ぶってしまうかもしれない。
ともかく既にマスコミで報じられているように牡蠣は全くノロウィルスと関係がない。

さぁ、牡蠣を食らうぞぉと鼻息を荒くして戦闘開始。
日本酒をぐびぐびいただき、牡蠣の浜焼きを食らう。
白ワインをぐびぐび飲みながら、牡蠣の炊き込みご飯を食らう。
赤ワインをぐびぐび飲みながら、牡蠣のちゃんちゃん焼を食らう。

食らって飲んで、また食らう。
飲んで食らって、また飲む。
どちらにしてもウマい!
そして、かなり酔っぱらう。
酔っぱらいついでに残ったメンバーと神田の駅近くでこれまた焼酎のロックを飲んだりして。
本日は実によく飲んで食べた一日であった。


投稿者 ishiko : 17:51

2007年01月23日

1月22日「どちらを選ぶか?」

夕方まで完成披露試写会に行くか、ドキュメンタリーのイベントに行くかを迷っていた。

完成披露試写会の方は、ブラッドピットや役所広司が出演している「バベル」。
昨年、トロント映画祭に行った際、観たかったのだが、見逃してしまった作品である。
しかも試写室ではなく、披露試写会なので六本木ヒルズの映画館での上映。

もう一つは、日蓮宗の若い上人のドキュメンタリー「Fragment」と横浜の伝説の娼婦のドキュメンタリー「ヨコハマメリー」の二本立てイベント。
どちらも観たかったドキュメンタリーで、どちらも見逃していたのである。

結局、ドキュメンタリーのイベントに行く。
満員御礼。
「Fragment」から始まる。
実家である六本木の寺に僧侶として入る前にタレントだった井上氏は同時多発テロ後のニューヨークを訪れる。
そこで彼は「修法師」になることを決意し、日蓮宗100日大荒行に入行する。
1日の食事おかゆ2杯、睡眠時間2時間、死者が出ることもあると言う。
その荒行を終え、またニューヨークに向かい、グランドゼロへ祈祷に向かう。
若い僧侶の成長を描いた作品である。

次に「ヨコハマメリー」。
かつて横浜の街角に白塗りの老婆が立っていた。
本名も年齢も明かさないで、戦後、娼婦としての生き方を貫いたひとりの女性。
そんな彼女のことを人々は「ハマのメリーさん」と呼んだ。
そのメリーさんが1995年の春に忽然と街から消えた。
様々な証言から彼女の人生と行方を探った作品である。
結末はいい意味で衝撃的だった。

二本の映画を観て、それぞれに登場する人の生き方を観て、改めて、それぞれの人生は、それぞれが創ることを改めて気づかされた。
それを導かれていると言う人もいるだろう。
それはそれで否定はしない。
その中で無意識とはいえ自分で選択をして、自分で行動して、人生が出来上がっていく。
今日も、「バベル」でなくドキュメンタリーを選び、会場に出掛け、今後の行動を考えたりするわけである。

ちなみにメリーさんの白塗りは水化粧で、ホワイトマンの白塗りはドウランである。
それはどうでもいいか。

投稿者 ishiko : 07:59

2007年01月22日

1月21日「70%オフ」

帯広在住のデザイナー小川氏とお友達の方々と語り合った後、No.30ち〜ムーンと渋谷と新宿へバーゲンの梯子に出掛ける。
街は既に50%オフから70%の気配である。

70%オフの値札を見る度に、
「えっ!安っ!」
と大袈裟に喜ぶ。
それにしても70%オフでもアパレル業界は儲かるということなのだろうか。

経済観念のない僕があれこれ言う資格はないが、これは他の業界ではなかなかないのではないことだと思う。
新築の家70%オフと言われて売り出されても心配になってしまうだろうし、この牛乳70%オフと言われても、お腹のことを考えて恐らく僕は買わないと思う。

それが洋服の70%オフだったら飛びついてしまう。
「普通の人は買わないようなデザインだから安いんだよ!」と言われたこともある。
確かに一理あるのかもしれない。
定価だったら考えなかった洋服が、70%オフになった途端、可愛く見えてくるから不思議である。
本日は、ピンクのパンツとオレンジのジャケットを買った。

投稿者 ishiko : 10:13

2007年01月21日

1月20日「何もしない休日」

「何もしない休日」というのは凄いタイトルである。
そして、すごく憧れる響きである。

「今日は、何もしない休日です!」
と宣言して実践するのと
結果的に
「今日は、何もしない休日だったなぁ」
とつぶやくのでは大きな違いがあると思う。
「どこが?」と言われてもうまく答えられないけど。

プロデューサーで音楽家のNo.15ヒーマンが六本木ヒルズの52階で「何もしない休日」というイベントを開催していた。
六本木ヒルズの52階にあがって景色を見るだけでも素晴らしいのに、そこに畳が敷かれ「うたた寝」ルームとなっている。

赤ワインを持って、リネンのケットを借りて、畳に座ってボーッとする。
「今日は、何もしない休日」
と宣言したイベントで、
結果的に
「今日は、何もしない休日だったなぁ」
とつぶやいている自分を実感する。

違いを見いだせない。
どちらでもいいではないか。
とにかく気持ちいい休日なのだから。

投稿者 ishiko : 23:24

2007年01月20日

1月19日「DVD中毒」

インターネット中継に流すホワイトマンの部屋の色彩を考える目線で映画を観ようと思った。

DVDに「間宮兄弟」を入れる。
江國香織の原作で、仲のいい男兄弟の話だった。
ほのぼのとした2時間を過ごす。

次に「ホテルルワンダ」を入れる。
1996年頃のルワンダの実話で、ツチ族とフツ族の間に起きた悲しい話だった。
凄まじい2時間を過ごす。

次に「キャスティングディレクター」を入れる。
ショーン・ペン、ケビン・スペイシー、チャズ・パルミンテリという僕の好きな俳優が出ていて、仲のいい4人の男の話だった。
どこか切ない2時間を過ごす。

次に「Mr.BOO」を入れる。
中学生の頃、正月の深夜に必ずテレビでやっていた映画の一つで、コテコテの香港コメディだった。
懐かしい2時間を過ごす。

結局、本日は一度も外に出ないで、ずっとモニターの前にいた気がする。
剥いては食べていた千葉県産の落花生が全てなくなっていた。
落花生がなくなっていなかったら、「ベティブルー」のDVDを入れて、そのまま見続けたかもしれない。

あっ!部屋の色彩を考える目線で観るのをすっかり忘れていた。


朝ブログあり

投稿者 ishiko : 07:44

2007年01月19日

1月18日「ベルギービールとうまい棒」

アートン出版の上野氏と西新宿のちょっとはずれた静かな場所のちょっと素敵なベルギービール専門店へ、ちょっと「うまい棒」の本の打合せがてら、ちょっと、いや結果的にたくさん飲みに行く。
素敵なベルギービールの専門店など僕が知っているわけもなく、最近、ベルギービールの本を創った上野氏のご案内によるものである。

1杯目は大好きなベルビュー・クリークで、チェリーの香り漂うビールをぐびぐび飲む。
2杯目はこれまた大好きなヒューガルデンで、オレンジピールの香り漂うビールをぐびぐび飲む。
普段だったらビールを2杯程度飲んだら、別の飲み物に行くのだが、ヒューガルデンのビールはいつまで飲んでも飽きない。
よって何杯も何杯もヒューガルデンのビールを飲んでしまう。

そして、僕の場合、ビールの方が焼酎やワインに比べて、酔っぱらってしまうのだが、ヒューガルデンの場合、酔っぱらってもいい感じの酔っぱらい加減になる。
酔っぱらいながら、「うまい棒」が教育のツールとして使われていることを聞き、俄然、鼻息が荒くなり、またベルギービールのお代わりを頼む。
改めて「たかがうまい棒、されどうまい棒」を実感しながら、トイレに行く回数が多い自分も実感する。


投稿者 ishiko : 12:14

2007年01月18日

1月17日「モテないイシコが問いつめる」

新媒体「vagance」の連載取材も兼ねて、デザイン会社経営No.33イタロと1年振りにしゃべりまくった後、俳優No.2カマンとカメラマンNo.13ウサプリンと編集プロダクションを経営する魚見氏と最近、オープンしたばかりの西麻布のNo.10バランスマンがプロデュースした店に飲みに行く。

オートロックされた店のドアが開くと、2階につながる階段をゆっくり上がって行く。
ここは会員制のお店なのである。
干物を炭火で焼きながら珍しい焼酎を飲ませてくれる。
「森伊蔵」の3年で200本しか創られない貴重な限定焼酎をゆっくり飲み、干物をじっくり焼き、みんなで冬の海に行こう計画をたてる。

ご飯をいただいたら1階のバーに降りて行く。
一度、出掛けていたバランスマンも戻って来た。
昼間、取材で一緒だった編集者の高塚氏も加わる。

そこで、マッカラン18年のロックをいただきながら、何故、最近、バランスマンが女性にモテるのかを問いつめる。
「聞く」のではなく、「問いつめる」のである。
何故なら、僕はモテない。
一度、カマンとバランスマン、パフォーマーのNo.6K3と軽井沢の温泉で
「何故、イシコはモテないか」会議まで開かれた程である。

彼と同い年の僕としては、聞き捨てならぬ「モテる」という言葉。
どんどん質問はエスカレートしていく。
ウサプリンが言った。
「何かみんなでスキーに行った後に飲んでるみたいだよね」
まさにぴったりの表現である。
僕達は学生に戻ったように、どんどん彼を問いつめていくのであった。

投稿者 ishiko : 08:54

1月16日「ホワイトマンと人間との恋愛」

来週、No.7かめら〜まんが結婚するので、中目黒で赤ワインを飲みながら、披露宴と二次会の打ち合わせ。
披露宴を石原英一で司会をし、二次会はイシコで司会をする。
わかりやすく言うと披露宴は人間で司会をし、二次会はホワイトマンで司会をする。

友人の結婚式の打ち合わせというのは、どこか文化祭を創っているようなワクワク度に似ている。
そんなワクワクの中、かめら〜まんと奥様となられる女性の出会いについて聞く。
すると最初、奥様になられる方と出会った時、彼はホワイトマンだった。
わかりやすく言うとホワイトマンの展示会のオープニングパーティーで、二人は出会ったわけである。

ホワイトマンと人間との恋愛が生まれたのである。
「美女と野獣」のホワイトマンバージョン。
いやちょっと違うか?
でも、こうなると僕の妄想は止まらず、違うワクワク度に変身していく。
わかりやすく言うと二人にとっては迷惑な司会になっていくのである。

投稿者 ishiko : 07:44

2007年01月16日

1月15日「10年間の長さを想像してみる?」

会社設立から10周年を迎えるヘアデザイナーNo.17シャーマン主催のパーティーに行く。
10年である。

入門してから前座、二つ目を経て、真打ちの落語家になるまでにかかる年数がこれくらいだそうだ。
落語好きでないとピンとこないかもしれない。

音楽だとどうだろう。
ボニーピンクがブレイクするのにかかった年月だそうだ。
たまたま彼女とホワイトマンで一緒にファッションショーに出演しませんかという打診(そう言えば、その後、どうなったんだろう?後で聞いてみよう)があり、それで彼女のことを知っただけで、これもイマイチピンとこない。

飲み物ではどうだろう。
イギリスで人気が高いモルトウィスキー「グレンモーレンジ」のスタンダードが出来るまでの年数である。
これじゃ長いのかどうかはわからない。

同じ酒だと僕らが中華料理屋で普段、飲む紹興酒が5年熟成でホワイトマンの年数って感じだが、ちょっとお祝い事などで飲む紹興酒が10年熟成でシャーマンの会社である。
どんどんわからなくなってきてしまった。

やはり小学1年生から高校1年生までの年月と言うのが一番、ピンとくるのかもしれない。
小学5年生になったばかりのホワイトマンの言葉としては、やはりこれが限度である。

朝ブログあり

投稿者 ishiko : 09:55

2007年01月15日

1月14日「残らない美しさ」

残らない美しさが好きである。
例えばイベントや舞台といったもの。
もちろん現代は克明に映像に残すことはできるが、それでも、その場所の空気や目に映った全ての情報が五感を通して味わうモノとはどこか違うモノになる。

もっと、わかりやすいものに「祭り」がある。
「祭り」を映像で観ても、そこまで興奮はしない。
少なくとも僕は。

東京ドームで行われた山本寛斎制作総指揮「太陽の船」を観た。
「どんな公演だったの?」
と聞かれても説明できない。

アントニオ猪木が王様で出てきてね、長渕剛が歌って、TOKIOの松岡君や上戸綾も出たり、あっ、そういえば久本雅美とテリー伊藤も出てなぁ、それで土屋アンナがバイクを従えて出て来て、そのバイクが飛んでアクロバットを見せて、後、数えきれないくらいの太鼓が凄くて、最後に大きな船が空を飛んだんだ。

恐らく観ていない人が聞いても、何の事だかさっぱりわからないと思う。
イメージさえわかないと思う。
結局のところ、何だかパワーがもらえる祭りだったと説明するだろう。

記憶にだけ残る、残らない美しさの連続。
残らない美しさは、自分自身の価値観の確認でもある。
そんな残らない美しさを味わうのであった。

全然関係ないが、僕の後ろに座ったお客さん、アントニオ猪木さんは確認できましたか?
あなたが最初に「あっ!猪木だ!」とつぶやいた方は、無形文化財の大蔵正之助さんです。


投稿者 ishiko : 09:35

2007年01月14日

1月13日「珍しく濃い一日のイシコの記録」

イシコにしては、珍しく長くて濃い一日であった。
こんな日は滅多にないので、朝から思い出すかのように時間で追っていくことにする。
 5:00…白いドーランを塗っても塗ってもホワイトマンに変身できなくて焦る夢を見て起床。
 6:00…夢の影響かいつもより白の量を多くしてホワイトマンに変身して気を引き締める。
 6:40…八ヶ岳の最高の日の出を見ながらも、足から登ってくる冷えに次回からはスノーシューズを履いてくることを決意する。
 7:30…「ワールドビジネスサテライト」の取材で撮られていることに自意識過剰になり、自分が何を言っているのかわからなくなる。
 8:10…小淵沢駅に向かうタクシーの中で、メイクを落とす僕に、「ほぉ〜、そういう顔だったのかね」と運転手の方に感心されて何故か照れる。
 8:44…東京行きの特急に乗り込み、車内販売のホットコーヒーを購入し、挫折しそうになっているドストエフスキー「罪と罰」の本を開くが、10ページも進まないうちに眠りに堕ちる。
11:30…四谷のカフェにて連載のインタビュー取材。香港から来日したアクション監督谷垣氏から、80年代の香港映画がアクションの世界から見ると人体実験に近い側面もあったことに驚く。
13:30…高円寺。京都造形大学教授の新元氏、カメラマンの鈴木夫妻とロストジェネレーションの店として正月の朝日新聞一面に登場した話題の「セピアの乱」にて、350円のランチをいただき、あまりのうまさに感動する。
14:30…鈴木氏のご自宅にて、大学ラグビー決勝戦「早稲田大学×関東学院大学」の試合を見ながら、ビールをいただく。試合の途中に気絶した選手の顔にかける「魔法の水」と呼ばれたやかんが、今はないことを知り、落ち込む。
17:00…神保町にて、レトロ(チープな表現でごめんなさい!)な建物を独特のタッチで描くオーライタロー氏の個展に行く。某雑誌で3年間連載した神保町の建物シリーズの絵を見ながら、温かい気持ちになる。
18:00…渋谷のタワーレコードにて様々なCDを視聴しながら、自分の頭に浮かぶ映像を妄想しながら、ニヤニヤして周囲から気持ち悪がられる。
19:00…翻訳家で東大教授の柴田元幸氏と文学評論家で京都造形大学教授の新元良一氏とのタワーレコードトークライブ。本日のテーマは「ニューヨーク」。音楽の側面から考えるニューヨークというものを聞き、メモをしなかったことに後悔する。
21:00…打ち上げに参加し、イシコの日常では、ほとんどお目にかかることのない翻訳関連の編集者や音楽雑誌の編集者のグループの方々と飲みながら、人見知りの自分を再認識する。
22:00…日本最高峰の翻訳家柴田氏から「白く塗ると人格は全員変わるの?」と聞かれ、「変わる人と変わらない人の両極端です」と答え、「自我がハッキリするんだね〜」と言いながら、大きくうなずく柴田氏の姿を見て嬉しくなり、焼酎のロックをもう1杯お代わりする。
23:30…運良く満員電車の席に座れた途端、「酔っぱらってしまった娘がいるので、席を変わっていただけませんか?」と言われ、席を譲り、満員電車につぶされそうになりながら、僕は運がいいのか悪いのかの判断に悩む。
24:00…チェコのクレイアニメをモニターに流し、これから観るであろう夢のコントロールに挑戦しながら、眠りに堕ちる。かなり酔っぱらっていたらしく、どんな夢を観たくてチェコアニメを流したのかは今となっては全くわからない。

投稿者 ishiko : 12:07

1月12日「3ヶ月ぶりの八ヶ岳で眠る」

広告代理店の長谷川氏、玉井氏、映画監督の林氏、カメラマンの岡崎氏と約3ヶ月ぶりの八ヶ岳に向かう。
朝プロジェクトにテレビ東京「ワールドビジネスサテライト」の取材が入ったのだそうだ。
ビジネス系ニュース番組に、白塗りの僕が登場して大丈夫なのだろうかと不安を持ちつつ、メイク道具を持って、新宿はスバルビル前に停まったワゴン車の一番後ろに乗り込む。

車というのは一番後ろに乗ると会話に参加しにくいものである。
みんな前を向いて話しているので、あまり会話が聞こえてこない。
「イシコさんは、すぐに寝てしまうからなぁ」
林監督の言う通り、いつしかうとうと眠っていた。
目覚めると久しぶりの八ヶ岳は夜の雪景色が広がっている。

先に到着していたプロデューサーNo.15ヒーマン夫妻やヒーマンの友人、日経映像の取材スタッフの方々、八ヶ岳在住のNPO代表の佐久間氏、ペンション経営のベンさんらと合流し、いつものように日本一に輝いた八ヶ岳の地ビール「タッチダウンビール」で乾杯する。
2、3杯飲んだところで気持ちよくなり、イシコはまたまたお眠状態である。
「イシコさんはいつもこんなにおとなしいんですか?」
と聞かれ、
「9時を過ぎると使い物にならないんです」
とヒーマンが答えてくれる。
一足先に眠りにつかせていただくイシコであった。
幸せ。幸せ。

投稿者 ishiko : 12:06

1月11日「今日もダメ人間」

サニーサイドアップの松本氏は仕事に出掛け、No.26,27のリョウ、ショウは高校に出掛け、シュウちゃんは保育園に出掛けると、コープマンの新居には3人のダメ中年男だけが残っていた。
「今日もいい天気だねぇ。何しようかぁ?」
「ホワイトマンで旅がしたいねぇ」
「その日の気分で、宿泊する場所も決めるのがいいね」
3人のダメ中年男達は、コーヒーをすすりながら、不毛な会話を始めた。

「今日、コープマン誕生日じゃん!おめでと〜」
ヘアデザイナーNo.17シャーマン、サンクチュアリ出版鶴巻社長、バレリーナ諏訪氏と周りには
1月11日生まれがやたら多い。
「ちょうど時計も11:11だ」
「数字って力持ってるらしいよ」
「だからぞろ目とかは人に気を惹かせるパワーがあるらしい」
不毛な会話も佳境を迎える頃、既に昼を迎えようとしていた。

「どこかに食べに行こうか?」
「そうだ。ウサプリンの写真展に行って飲もうぜぃ!」
代官山のカフェで現在、ウサプリンの写真展をやっている。
5月にはホワイトマンの写真展も同じ場所でやる予定である。
打ち合わせがあるカマンを渋谷で降ろし、僕とコープマンはカフェに向かった。

ウサプリンの彼女らしい空の写真をつまみにビールを飲む。
途中で仕事を終えたヴォイストレーナーNo.30ち〜ムーンも加わり、またまたビールで乾杯する。
そこへ打ち合わせが終わったカマンが戻ってきた。
「ちょっと何飲んでるんだよ!誰が運転すんの?」
みんなでカマンを指した。
僕は黙ったまま、彼の前に車のキーを置いた。
カマンは、ふてくされたようにジュースを飲むのであった。

投稿者 ishiko : 12:05

1月10日「ふらりと立ち寄るつもりが…」

俳優のNo.2カマンと弘明寺の温泉に行った後、No.3コープマンの下北沢の新居へ遊びに行く。
「家に行ったら、僕は酒を飲まないから運転よろしくね」
カマンの答えも聞かず、既に僕は缶ビールのプルトップを開け、喉に一気に流し込む。
コープマンの家まで約2時間。コープマンの家で約2時間。
アルコールが抜けるには充分な時間ではある。
ホント、ふらりと立ち寄るだけのつもりだった。

その4時間後。
コープマンの新居のテーブルにはワインの空瓶とビールの空き缶が並び、僕もカマンもべろべろになっていた。
「あんた飲まへんって言ってたやんけ」
カマンが僕をなじった。
しかし、酔っぱらって気持ちよくなっている頭には全く効力もないわけで。
結局、飲んだ暮れてしまい、宿泊させていただくのであった。

投稿者 ishiko : 12:05

1月9日「沖縄最南端でカーナビに頼る」

「最高」、「最強」、「最新」、「最善」など「最」とつく言葉は、どこかそそられるものがある。
本日は「最南端」をいう言葉をテーマに沖縄本島の様々な場所をドライブする事にする。
最南端の国立大学琉球大学の生協でうまい棒の売れ行きを見て、最南端のアウトレットで買い物をし、
本島最南端のコンビニがファミリーマートであることを確認した。

くだらないと言えば、くだらない。
しかし、頭のどこかに最南端という言葉が響くと、どんな風景もワクワクするものである。
こうして沖縄の旅最後の締めは、沖縄本島最南端の「喜屋武岬」にて夕陽を見ることにする。

近くの具志川城跡は来たことがあったが、喜屋武岬には行ったことがない。
そこでカーナビを頼って行くわけだが、このカーナビというやつはどうも曲者である。
どうでもいいときには、しつこいくらいアナウンスしてくれるのに、いざもう少しで到着、さぁ、このあたりのどこだろうと思ったとき、
「目的地周辺です。音声案内を終了します」
と逃げさってしまう。
まぁ、パニックに陥ると五反田に連れて行ってしまうホワイトマンカーのカーナビに比べれば優秀だが…。
結局のところ、看板と人に聞きながら何とか辿り着くのであった。

投稿者 ishiko : 12:04

2007年01月08日

1月8日「ヤンバルクイナは何故、絶滅するのか?」

昨日、コーディネーターのさおりさんと北谷でお好み焼きを食べていた。
ここ数年、沖縄での撮影が以前にも増して多くなってきているので、映画やCMのコーディネーターとして彼女は引っ張りだこである。
と同時にヤンバルクイナやイリオモテヤマネコを保護するNPOの中心メンバーとしても勢力的に活動している。
このところマスコミでも、よく取り上げられているので、そういう活動は何となくは知っているが、具体的な活動は全く知らない。
生態研究と繁殖はもちろんのこと、絶滅危機の回避活動、24時間体制で救護にあたれる獣医のシステム作りなど活動は多岐に渡っていることを改めて知る。

話しているうちに、僕は、ヤンバルクイナを映像でしか見たことがないことに気がついたのである。
そこで本日は、No.30ち〜ムーンと名護のネオパークへヤンバルクイナを見に行くことにしたのだ。
放し飼い状態のフラミンゴやクジャクなどたくさんの鳥達に合えるので、動物写真家にでもなったかのように鼻息を荒くしてシャッターを押しまくる。
「もういいから!」
ち〜ムーンに制御されないと、イシコはシャッターが壊れるか、デジカメのデータがいっぱいになるまで撮り続けそうな勢いなのである。

こうして、ようやくヤンバルクイナの場所までやってきた。
彼らがいる国際種保護研究センター内は写真撮影禁止なので、逆に、鳥達をじっくり観察することができる。
ほとんど飛ぶことができない彼らは、ち〜ムーンが、
「何、考えているんだろう?」
と話しかけていた。
それくらい何か考え事をしているかのようにじっとしているのだ。
よって、マングースなどの生き物達に食べられてしまい、絶滅危機に陥っている。
今度は、マングースの気持ちになって、この鳥を見てみる。
それにしてもきれいな鳥である。
オレンジのくちばしにシマシマのお腹を見ていたら、何だか美味しそうに見えてきた。
絶滅しそうな生き物はどこか魅力的で食べたくなる気持ちを起こさせるのかもしれない。
なるほど…。
何故かスッキリした気持ちでこの場所を離れるイシコであった。

投稿者 ishiko : 19:30

1月7日「沖縄星人」

午前中の便で沖縄に向かう。
一昨年の正月明けに沖縄に来たときにも遭遇したが、今年も成人式を終えたばかりの沖縄の成人達と遭遇する。

彼らは、那覇の繁華街「国際通り」を闊歩する。
彼らは、お揃いの派手な袴を着ている。
彼らは、地区ごとにチームが編成されているようである。
彼らは、かけ声を掛け合いながら、闊歩する。
彼らは、警察からマークされており、チームに最低2人の警察官が尾行している。
彼らは、どこか憎めない感じではある。
彼らは、国際通りの店の人達から嫌われているのかと思いきや、案外、楽しみにしている人も多い。
彼らの中には、最近、レディースチームも登場した。

彼らを観察していて分かってきたことである。
僕は彼らを沖縄成人ならぬ沖縄星人と呼ぶ。

投稿者 ishiko : 19:29

2007年01月07日

1月6日「ホワイトマンは最後どうなる?」

No.17シャーマンのヘアサロンで今年、最初の髪型を創ってもらう。
「ホワイトマン最後の年は、どうするんですか?」
と言われ、
「全てを受け入れて、流れのままに」
とカッコいいことを言っているつもりのイシコだが、鏡に映ったイシコは完全に目が泳いでいた。

目が泳ぐには理由があるわけで、正直、僕にもよくわかっていない。
昨年、後半あたりから、様々な方面から、
「ホワイトマンどうするの?」
「お前、これだけのメンバーを集めた責任というものがあるだろうが?」
「最後くらいブレイクしようよ!」
「ホワイトマンって、もっと儲かると思うんだけどなぁ」
などと叱咤激励を受け続けてきた。

ない頭で考えては見たものの、やりたい表現だけをやり続けようという自分だけの結論が出ただけで、ホワイトマン全体のことはわからなかった。
結局のところ、ホワイトマンで何を表現したかったのか、責任は果たせたのか果たせなかったのか、ブレイクするのかしないのか、儲かるのか儲からないのかは、終わってみないとわからないなぁと言うのが正直な今の気持ちである。

投稿者 ishiko : 07:20

2007年01月06日

1月5日「最高のひなたぼっこ」

朝から午後にかけて、南側の庭先の部屋はひなたぼっこに最高の空間である。
籐椅子に座り、足を伸ばすと至福の時間が始まる。
ガラス越しの太陽の光が、暖かみを増して包み込んでくれる気持ちになる。

ある程度、太陽の光に馴染むと日本酒が欲しくなる。
このところ焼酎やワインが多いのだが、正月は何故か日本酒が飲みたくなる。
おせち料理に合う酒なのかなぁとしみじみ考えてしまう。
徳利を傾けながら、おせち料理をつまむという絵が固定概念として僕の頭に残っているのが一番の理由ではあるのだが…。

ともかく日本酒である。
本当なら火鉢でお湯を温め、その中でぬる燗などを楽しみたいところだが、もう20年近く実家の火鉢は土間の方に閉まったまま。
火鉢に網を置いて、お餅を焼いていた。
みかんの汁で書かれたあぶり出しの年賀状を火鉢で温めていて、そのまま燃えて大騒ぎになったこともある。
結局、土屋君の年賀状は何が書いてあったのかわからないままだ。

日本酒!日本酒!
脳の別の部分が日本酒を催促していた。
台所に向かい、現代の新兵器、電子レンジで40秒程、温めて、熱燗を持って部屋に戻る。
ちょっと熱すぎる日本酒を飲みながら、しばし庭を眺める。
名前の知らない鳥達が木に止まり、カラスと縄張り争いしている。
今年は鳥の名前でも覚えてみるかなぁと漠然と思う。

アルコールも身体中に染み渡り、幸せ。幸せと思っていると
「そろそろ出掛けないと間に合わないよ!布団だけ入れてくれる?」
姉の磨奈美ちゃんの声で、一気に現実に戻される。
真っ赤な顔で布団を戻し、東京に戻るイシコであった。

投稿者 ishiko : 10:52

1月4日「初草刈りに初焚き火、そして初焼き芋」

我が家の草刈り機が出動させ、今年の初草刈りである。
冬でも草というものは元気に生え続ける頼もしい奴らである。
と感動している場合ではない。
彼らを今のうちに刈っておかないと春先にはとんどもないことになってしまう。

1時間程、草を刈った後、ビールを飲みながら、小枝を拾い、年末に出たゴミを合わせて今年、初めての焚き火を楽しむ。
そういえば台所にサツマイモがあったはずである。
アルコールが染み渡った身体で取りに行く。
「火の中に芋を入れると黒こげになるから気をつけなあかんよ!」
母の葵ちゃんが声をかける。
確かに何度も黒こげのサツマイモを僕は創った経験をしている。

灰になりかけてはいるが熱が残っていそうな場所を選び、竹の切れ端でかき分ける。
その中に芋を入れて灰で元通りに埋める。
その上から現役バリバリの炭の固まりを乗せ、ビールをもう一本飲みながら、約15分くらい待っただろうか。
芋を少し出し、竹串で刺して中まで火が通っているか確認する。
いい感じである。
灰まみれの芋を新聞紙の上に乗せ、母の葵ちゃんを呼び、半分づつ分ける。
「まぁ合格点だねぇ」
相変わらず手厳しい母だなぁと言いたいところだが、最近は相変わらず可愛げのない母だなぁと思うようになってきている。

投稿者 ishiko : 10:52

1月3日「飲み正月」

昼、母の葵ちゃん、姉の磨奈美ちゃんと各務原の叔父のところへ新年のご挨拶に行く。
みんなでカニ鍋をつつきながら、姉の高校教師生活の話を聞く。
警察はじめ、様々な場所へ毎日、謝罪に行く事が多く、過酷そうだが、聞いている僕らからするとかなり面白い。
例えば、定期券を忘れてしまった女子高生を定期券を持っていた女子高生がおんぶをして駅の自動改札を出ていったそうだ。
それが監視カメラに映っていてあえなく御用。
姉はJRに呼び出され、頭を下げたそうだ。
監視カメラに映っている女子高生を想像するとたまらなく可笑しい。
「笑いごとじゃな〜い!」
姉が怒れば怒る程、僕らは笑い続けた。
人を傷つけたりするのではなく、こういったかわいげのある悪戯は、後から聞くとかなり微笑ましく思えたりする。

夜も引き続き、姉の磨奈美ちゃん、バイオリニストのビエラ氏、住職の勅使氏、保険会社のゆうこさんと飲む。
一昨年、ホワイトマンのクレイアニメーションをチェコで制作しようと視察に行った際、芸術一家のビエラ氏の家族に僕は、お世話になった。
残念ながら、まだクレイアニメーションの制作の目処が立ってはいないが、これはホワイトマンプロジェクトが終わってからも、ずっと持ち続けていたい夢であることをビエラ氏と再確認する。
ふと昼に聞いた女子高生達の悪戯がクレイアニメの題材にできないかなぁと赤ワインを飲みつつ、漠然と考える。

投稿者 ishiko : 10:51

1月2日「寝正月でつぶやく一言集」

朝食を終え、お気に入りのマッサージチェアに座ったのが9時30分。
マッサージをしながら外の景色をボーッと観ながら、
「今年はサギが来ないねぇ」
などとおじいちゃんが言いそうなことをつぶやく。

隣の部屋で母の葵ちゃんが観ているテレビを遠くから、ときどき観ては、
「この番組面白いねぇ。ところで、この人、誰?」
と聞いては迷惑がられる。

マッサージチェアに座ったまま、ちびちびとおせちをつまみつつ熱燗を飲む。
「くりきんとんは、ホントうまいなぁ」
と太った身体に更に栄養を与える。

今年、初めて本を開き、
「そういえば「罪と罰」は、いつも読み始めては挫折するんだよなぁ」
と飽き症な自分を再確認する。

いつしか酔っぱらって長い昼寝に堕ちる。
夢の中で、修学旅行に行く夢を見て、
「なんで修学旅行ってわかったんだろう?」
と自分の夢を検証する。

既に6時を回り、外はすっかり暗くなり、夕食のテーブルに何時間かぶりに歩く。
「あんたの東京の一日は、こんな感じなのか?」
母の葵ちゃんが飽きれてビールを出した。

投稿者 ishiko : 10:51

1月1日「微妙な福袋」

No.30ち〜ムーンは福袋が大好きである。
正確には新宿ルミネの福袋が好きといいと言った方がいいかもしれない。
僕が知る限り、彼女は新宿ルミネの福袋を買い続けて、15年近く経つのではなかろうか。
そんな彼女の影響で、僕も毎年一つくらいは福袋を買うことにしている。
帽子の福袋だったり、鞄の福袋(これは吉田カバンが2つも入っていてお得だった)だったり。
自分では絶対に買わない物が福袋から出て来ると、これまた楽しい。
その服を着るためのコーディネートを考えると、新たな発見があったりする。
たいていは来年まで着ている確率が少ないが、それでもイチローの打率くらいは定番として残っているとすればいいのかもしれない。

ち〜ムーンが残った買い物をしている間、上のカフェでアイスコーヒーを飲みながら、微妙な福袋って何だろうってボーッと考えていた。
旅行会社の福袋(7万円)…ウラジオストックまでの航空券、羽田空港→中部国際空港の片道チケット、トロント4つ星ホテル3泊分クーポン、熊本県は黒川温泉の通行手形(温泉3件回れる)、ディズニーシーチケット1枚。
書店の福袋(2千円)…「戦争と平和」、「秋の花図鑑」、「20世紀少年 第7巻」、「読むクスリ」、「面接の達人」、「竜馬が行く」(1巻から3巻まで)
靴の福袋、農協の福袋…、やり始めるとかなり楽しく、いつしかレシートの裏に書き始めるイシコであった。
今年も相変わらずイシコの妄想タイムは続きそうである。

投稿者 ishiko : 10:50

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