イベント
 イシコ連載中





 

« 2006年10月 | メイン | 2006年12月 »

2006年11月27日

11月26日「国道6号線の謎」

No.30ち〜ムーンと茨城県は筑波山に紅葉を観に行く
かなりの渋滞を覚悟していたのだが、特別な渋滞に巻き込まれることもなく、予定より早く到着した。
これなら頂上まで行って戻ってきても筑波サーキットに間に合うだろうと考えていた。
筑波サーキットで走ってしゃべれるライダー松下氏が、レースに参戦しているので寄ろうと思っていたのである。
しかし、男体山をケーブルカーで登って行くと、急に激しい雨が降り始めた。
結局、雨宿りしてから降りてくると既にレースの時間には間に合わなくなっていた。
松下氏のスタッフに行けないことを電話で伝え、僕らはぽか〜んと開いてしまった時間をどうするかを考える。
ち〜ムーンは
「あたいは、ボーッとドライブで満足なのだ!」
と言っている。

単純に温泉やわんわん動物園などに行くことも考えたが、ふと標識の6号線という文字に僕が長年いだいていた謎を思い出させた。
僕が子供ショーで全国を旅していた頃、毎年、石岡市という場所にもよく訪れていた。
この石岡市には国道6号線という、ここに住む人達にとって重要な幹線道路があった。
「これは東京までつながっているからね」
街の人は、いつもそう言っていた。
しかし、
「どこまでつながっているんですか?」
と聞くと
「日本橋?」
「上野?」
「葛飾区あたり?」
急に歯切れが悪くなり、誰も答えることができなかった。

ち〜ムーンにその旨を伝えると
「よし!探ろう!」
彼女は臨戦態勢に入り、椅子を後ろにずらし、リクライニングを少し倒した。
コンビニで、飲み物とお菓子を買い込み、いざ出発である。
大仏で有名な牛久市を超え、何故かファッションが盛んな柏市を超え、未だに僕の中では埼玉と千葉と間違える松戸市を超えると、いつしか東京に入っていた。
筑波を出発してから既に3時間近くが経過していた。
「見逃すなよ〜」
何度も挫折して高速に乗ろうとしていたイシコを叱咤激励しながら彼女は、チョコレートをつまんでいた。
東京に入った途端、今度は静岡あたりまで6号線が行っていたらどうしようと別な心配事がよぎり始めた。
しかし、終わりは意外にあっさり訪れた。
「あっ!ここだ」
6号線から4号線に変わる瞬間だった。
小伝馬町だった。
「小伝馬町って何区?」
「わからん」
「お疲れさまでした」
「ご飯食べに行こう」
僕らの6号線の旅はあっけなく終了した。


投稿者 ishiko : 07:25

2006年11月26日

11月25日「「日本カメラ」が再開させてくれた人」

伊藤氏から電話があったのが約2週間程前。
その電話が約10年振り。
写真を撮りながら海外を放浪していると噂だけは聞いていた。
今は雑誌「日本カメラ」で広告企画をやっているとのこと。
「久しぶり〜」
川崎の駅前にできた「ラゾーナ」の書店「丸善」控え室で再会し、盛り上がり開始。

昨日までの早朝トークライブの影響か、それとも放浪に憧れているからなのか、イシコは仕事も忘れ、今日のプロデューサーである伊藤氏にインタビュー開始である。
彼は船で上海に渡り、そこからラオスやネパール、インドなど陸路でアジアの様々な国を回りながらヨーロッパに向かったのだそうだ。
ミャンマーのインレイやラオスのルアンパバールなど僕も行ったことのある場所の話は更に盛り上がる。
彼は今もライフワークとして、アジアの写真を撮り続けている。
ん?イシコの今日の仕事?
日本カメラから今週、出たムック本
「mama's book」
の店頭販売イベントに呼ばれたのである。

投稿者 ishiko : 09:30

2006年11月25日

11月24日「ヤバい芝居」

朝EXPOが終了した。
最終日のトークライブのゲストは女流棋士の高橋和氏。
こちらは朝ブログに書いたので、交遊録は、開放感に浸った午後のお話。

3年程前になるだろうか。
午後の話じゃねぇのかよ!
と突っ込みたいだろうが、ちょっとその過程をお話してから。
もとい。3年程前になるだろうか。
「シアターガイド」という雑誌に連載とまでは言わないが、毎月、写真入りで1年程、コメントを書かせていただいたことがある。
当時、担当だった編集部の今井氏から「ウォーキングスタッフ」の芝居がメチャクチャ面白いというメールをいただいた。

早速、新宿へ出掛ける。
ぶっ飛んだ。
最近、笑いのある作品に慣れすぎてしまっていて、こういった作品を観ることが少なかったので、余計に衝撃的だった。
和田憲明氏の作品「SOLO」。
「今」という時間から物語は始まる。
謎だらけの人間関係が散りばめられている。
舞台上は徐々に時間を遡っていく。
どんどん引き込まれ、観ているうちに様々に絡み合った謎が溶けていく。

主演は山田まりあ。
グラビアアイドルの頃の匂いは全くない。
舞台上の彼女は弱々しい若妻「長谷川アキ」。
時間が経過して人物が変化していくのは普通だが、時間が遡っていくうちに「アキ」の全貌が見えてくる。
この芝居のクオリティの高さは、「ヤバい!」という表現が似合う。

投稿者 ishiko : 07:33

11月23日「ホワイトマン撮影デー」

僕が大好きな「PAIKAJI」というアロハシャツのブランドがある。
そのブランドの来年のカタログにホワイトマンが1ページ登場する。
ショーウィンドウの中にマネキン人形ではなく、ホワイトマンという実物のマネキン姿は、かなり面白い。
本当はこれフランスのギャラリーで、やりたいんだよなぁ。
とまぁ、そんな話はともかく、カメラマンはNo.7かめら〜まん、ヘアメイクはNo.17シャーマン。
モデルは俳優のNo.2カマン、No.3コープマン。
「おまけ」でイシコもモデルで入る。

何故、「おまけ」なのか。
「おまけ」程度しかモデルとしての役割ができていないのである。
一応、ホワイトマン番号としてNo.1なので出していただいているが、俳優として活躍しているカマンやコープマンに比べると明らかにフォトジェニック度が低いのである。
僕以外の二人はカメラのシャッターに合わせてどんどん目線やポーズを変えていく。
よく雑誌のモデルがシャッターの音に合わせて、どんどんポーズを変えていく「あれ」である。

「あれ」が僕は、どうも照れくさくてできないのだ。
あっ、俺、今、目線変えてる。
あっ、俺、今、ポーズ変えてる。
そんな意識が働いてしまうのである。
何故かこういうときは心の中で、「僕」とは言わず、「俺」という表現をしている自分も、どこか滑稽である。
そうなるのならいっそのこと自己陶酔してしまえばいいのだろうが、どこかで人の目を気にしているのだ。
よっていつもイシコの写真は、どこか中途半端なのだ。
それが逆に
「俺を見て!見て!」
的ないやらしい感じに映ってしまうのである。

朝ブログあり

投稿者 ishiko : 07:00

11月22日「肌のお手入れ」

「これは五臓六腑に染み込むパックです」
ヘアアーティストNo.17シャーマンのサロンで言われ、椅子が倒れていった。
イシコの顔にパックである。
このところ丸の内の早朝トークライブのナビゲーターを務めていたので、ほぼ毎日ホワイトマンに変身している。
毎日、化粧している女性なら分かるが、やはり肌のお手入れは大切なのである。
僕の場合、今回のように白塗りが続く日は、お酒やコーヒーを持ってお風呂に入る。
そして半身浴で、いつもより長く入るとお肌の調子がいいのである。

ただ今回のように約2週間白く塗り続けるとなったら、その間に一度くらいはパックなどの手入れをした方がいいとシャーマンからアドバイスを受けていた。
そこで明日のホワイトマンの撮影の打合せを兼ねて、肌のお手入れにやってきたわけである。
しかも五臓六腑に染み込むパックである。
内蔵の状態が皮膚に影響しているのだそうだ。
ということは皮膚の状態が内蔵に影響しているということでもある。
ということは皮膚から内蔵に影響を及ぼして、内蔵をよくして、皮膚が更によくなる…。
訳がわからなくなってきた。
いいのである。
だって、メチャクチャ気持ちイイのだから。

投稿者 ishiko : 06:59

2006年11月22日

11月21日「No.2カマンという不思議な生き物」

No.2カマンが一人暮らしを始めてから約1週間が経つ。
この男は不思議な生き物である。
カマンの特性として、常にツイテいないオーラを出している。
出しているだけではなく、本当にツイテいないのである。
僕が今まで聞いたり、一緒に体験しただけでも原稿用紙で100枚近く書けると思うのだから、彼自身が書いたら、それだけで一冊の本が書けそうなくらいである。

今日も、早朝トークライブに付いてきてくれた後、パソコンを買うというので、一緒に新宿へ買いに行った。
さくらやで安いノートパソコンを見つけた。
彼は店員に一生懸命聞いている。
「石原さん(彼は僕を本名で呼ぶ)、これよくない?」
もう僕の頭は早くビールが飲みたいことだけなので、とにかく相槌を打つ。
「いいと思うよ。早く買って帰ろう」
「ちょっと聞いてよ。しかも、今日買ったら、更に5パーセント引きやねん。よくない?」
店員のように興奮して話す。

店員は冷静に言う。
「お客様、パソコンは明日の水曜日が5パーセント引きなんですよ。他の家電なら本日、5パーセント引きなんですが…」
「マジ?」
ムンクの叫びのような顔をして、藤井隆ばりのリアクションで対応する。
そうそう、カマンの特性としてリアクションがオーバーということがある。
「う〜。今日買うのアホらしいなぁ。ちょっとビックカメラ見に行こ?」

ビックカメラには入り口に安売りのチラシが置いてあった。
それを見ると月曜日(昨日)に、大特価のノートパソコンが掲載されていた。
「月曜日って何やねん!訳わからん。そんなチラシ置いとくなっちゅうねん。だいたいビッグカメラじゃなくてビックカメラって何やねん!」
そうそう、カマンの特性の一つに、うがって物を見るということがある。

しかし、そうは言いつつも昨日の大特価のパソコンが売れ残っていて、結局、ビックカメラでパソコンを購入することにした。
「カマン、よかったね。でも、運使っちゃったね?」
僕は缶コーヒーを飲みながらつぶやいた。
「ウソ〜。運使ったかなぁ?ヤバいよ!ヤバいよ!」
カマンの特性の一つにジンクスや占いが大好きということがある。

パソコンも買い、そのままカマンの部屋に遊びに行き、ビールを飲んだくれる。
こたつが置いてある、20年振りに入ったこたつがたまらなく気持ちよく、すぐに寝転がる。
ビデオデッキの箱が目に入った。
「いいビデオデッキじゃん」
そう言うと彼は自慢気に、いかにこのビデオデッキがいい機能を持っていて、いかに安く買ったかを僕に力説した。
ただ、この部屋にはテレビがないのである。
そうそう、ときにカマンの行動は支離滅裂である。

朝ブログあり


投稿者 ishiko : 15:14

11月20日「大人のプロレス」

ここ数日、一緒に時間を過ごすことの多かったプロレスラー西村選手の団体「無我」の試合を見る。
「大人のプロレス」と名付けられた今回の興行は六本木ベルファーレの会場で行われた。
真ん中にリングが置かれ、両サイドのバーではガンガンお酒が楽しめる。
最初の主催者挨拶で西村氏は、007マニアらしく、ジェームスボンドを意識したスーツで登場した。

入場音楽もスピーカーにこだわっているので、後楽園ホールで見るのと迫力が違う。
何よりお酒を飲みながら、間近でプロレスのリングが楽しめる。
選手の息づかいや、リング上に叩き付けられる音も迫力満点。
メインイベントで西村選手が登場した。
昨日まで一緒に飲んでいた彼とは全然、違う。
裸になったときのオーラが凄く、緊迫感さえ漂っている。

昨日、リングの上に上がらせていただき、リング上でのプロレスラーの動きと客席から見えるプロレスラーの動きとの反比例の関係を教わったことを思い出す。
競技者が考えていることを聞いてから、観戦すると更に何倍も楽しめる。
僕は元々、プロレスが好きだったが、きっとこれと同じことは他のスポーツでも同じなのではないだろうか。
何故かプロレスを観ながら、今度、卓球でも観に行ってみるかなぁと思うのであった。
ちなみに西村修選手×吉江豊選手の試合は引き分けであった。

投稿者 ishiko : 15:13

2006年11月21日

11月19日「高木ブーとサウナ室」

朝一、カメラマンの鈴木氏と九十九里の近くにあるオーシャンスパ「太陽の里」に行く。
天然温泉の露天風呂を楽しむのはもちろんだが、いつものようにサウナと水風呂も楽しむ。
サウナの中のテレビで「波瀾万丈」という番組をやっていた。
ゲストは高木ブー。
高木ブー氏とか高木ブーさんとか敬称をつけたいのだが、やはり高木ブーのままの方がいいような気がするので敬称はナシにする。
高木ブーはそこまで太っていないのに、何故か太った人独特のオーラを持っている。
そんな人にはウクレレがよく似合う。
痩せた人のウクレレは貧乏臭く見えるときがあるが、太った人のウクレレはハッピー感が漂って見える。
そして太った人のオーラをサウナで見ていると汗が出やすくなる気がする。
どこかで太った人に成りきっている自分もいるのだろう。
いや待てよ。
最近、数年前のパンツのボタンが確実にキツくなっている。
ということは成りきっているのではなく、僕も太った人の仲間入りなのではないか。
少し違った汗が頬を伝った。
人のことだと平気で太った人独特のオーラと言い放つ癖に、自分のことになると途端に「どうしよう?」と戸惑っている自分に気がつく。
そして、つぶやいた。
「俺、高木ブーまでは太ってないだろう」
マインドコントロールをし、安心させ、筋肉少女帯の「元祖 高木ブー伝説」を口ずさみながら、サウナ室を出るイシコであった。

投稿者 ishiko : 22:24

2006年11月20日

11月18日「ゴー!ゴー!ヤンキース!いやゴー!ゴー!西村!」

華道家の大久保氏とカメラマンの鈴木氏と千葉県はいすみ市へ遊びに行く。
「遊びに行く」というのは語弊がある。
いすみ市にはプロレスラー西村氏の道場がある。
明日、連載の取材で彼に会うので、どうせだったら前日から行って、みんなで夕ご飯でも食べようというお誘いを受け、前泊で遊びに行く。
あれ?やっぱり遊びに行くのか?

西村氏の旧友であるサーフショップ経営の大川氏も加わり、ダーツバーで「グロールシュ」なるオランダのビールを飲んだくれ、その後、素敵なバーでフランスのリキュールを飲んだところで、イシコはカウンターでうつぶせになり、眠りに堕ちる。
いつしか西村氏もうつぶせに眠りに堕ちる。
ふと目覚めて、彼の付き人から話を聞くと僕らが到着する前に、既に西村氏は稽古の後、ビールを何本か飲み、大川氏と一緒に行っていたサーファー関係のパーティーでシャンパンを2、3本開けていたそうだ。
イシコとのうつぶせ具合は天と地程の差があることを知る。

ふらふらの僕は、西村氏ご一行様のアメ車でホテルまで送っていただく。
車内には、ヤンキースのスタジアムで流れる音楽がかかっている。
以前、この交遊録に書いたように彼はヤンキースファンなのだ。
野球場に入ってから、スターティングメンバーそれぞれの紹介の音楽から、1回表の曲、タイムリーヒットの時に流れる曲、ラッキーセブンの曲、リリーフエース登場の音楽まで全てを再現している。
しかも、この音楽は1曲づつ西村氏は自分でリサーチして集め、1枚のアルバムを創ってしまったのだ。
ホテルに到着するまで既に復活している西村氏から全ての説明を受けるのであった。
その後、彼が自宅でカレーを作ることなど誰が予測できようか。
恐るべし鉄人、いや哲人。

投稿者 ishiko : 05:25

2006年11月18日

11月17日「パークハイアットから見える風景」

コーヒーを飲むの場所として、新宿のパークハイアット49階が僕は大好きである。
本日の早朝トークライブ(「散歩の達人」山口編集長編)を終えた後、No.30ち〜ムーンと穏やかな昼までのブランチ時間を楽しみにやってきた。
初めて、この場所に連れてきてくれたのは、デザイン事務所を経営するNo.33イタロである。
彼は、企画が行き詰まるとよくここにやってくる言っていた。
確かに、ここから見える新宿中央公園や街並を見ていると、何だかいろいろなアイディアが湧いてくる気がする。

「あっ!すごい!」
ち〜ムーンが叫んだ。
彼女が見ている方に顔を向けると6名程の外国人達がミーティングをしている。
その窓の外で、窓ふきのゴンドラが下がってきた。
ミーティングに参加している人は誰一人、見る者はいない。
「誰か一人くらい見て、手を振ってあげてもいいのにね…」
彼女はコーヒーを口にして不満そうに言った。

しばらくすると僕らの窓の方にゴンドラがやってきた。
ゴンドラが近づいてくるにつれ、何故か緊張する。
僕らの真横で窓ふき二人組の作業が始まった。
先ほど手を振ってあげればと言っていた彼女だが、彼らの作業を見ようとはしない。
「気持ちがわかった。気にはなるけど確かに何か見れないよね?」
納得したように彼女は、ぎこちない感じで僕に言った。
そう見た時に目が合ってしまったときの気まずさを想像するとどうしても躊躇してしまう。
この気持ち悪さは、以前、この交遊録で書いた「出演者と目が合ったら?」の心境に似ている。
しばらくの間、僕と彼女の間でぎこちない会話が続いた。
作業が終わりゴンドラが次の場所へと移動して、どこかホッとしてコーヒーをおかわりするイシコであった。

投稿者 ishiko : 12:30

11月16日「脱!ボーゲン!」

連載の取材で、早朝トークライブにも出ていただいたプロスキーヤー児玉氏と狭山スキー場に行く。
生まれて初めての室内スキー場である。
昨年、エベレスト登頂にも成功し、世界の様々な山でもスキーをしてきた児玉氏も室内スキー場は初めてである。
スキー業界が不振だと言われているが、本当にそうなのかと思う程、室内スキー場は平日の午後にも関わらず、かなりの人で溢れている。
早々に撮影とインタビューを終え、一緒にスキーを楽しむことにする。
というか教えてもらう。
「イシコさん、確実にうまくなってるよ」
世界をまたにかける冒険スキーヤーからの涙がちょちょぎれそうなありがたいお言葉である。

思えば、一昨年、スキーウェア「SOS」の撮影で、スゥエーデンのオーレというスキー場に1週間程、籠っていたことがある。
そもそもスキーなどしないイシコがアートディレクター(もちろん今はやっていない)として行っている事自体が、今から考えればメチャクチャであった。
撮影が終了した日、僕は、約15年振りにスキーをした。
そのときの世界のプロスキーヤー達の一人児玉氏や元全日本モーグルコーチのNo.31ホーガンに教わりながら。
もちろん、イシコはボーゲン野郎である。
いや、ボーゲンおじさんである。
そして僕は宣言したのである。
「脱!ボーゲン!」
そこから、年に最低1度はホワイトマンスキーツアーなるものが始まった。
まだ、残念ながら「脱!」まではいかないが、少なくともスェーデンで再開した当時よりは、スピードも出せるようになった。
さてさて今シーズンもホワイトマンスキーツアーが札幌で行われる予定である。
今回は、児玉氏が素敵な場所をコーディネートしてくれそうである。
今から楽しみで仕方がない。

投稿者 ishiko : 11:09

2006年11月16日

11月15日「圧巻!アジアを代表するスター300人の撮りおろし」

本日のトークライブ(宇宙飛行士候補アニリール・セルカン編)を終え、表参道ヒルズで行われている写真家レスリー・キーの写真展に行く。
「ASIA IS ONE(アジアは一つ)」というキーワードにアジアを代表するスター300人の撮り降ろしの展示である。
チャン・ツィ・イー、中田英寿、松任谷由実、ペ・ヨンジュンなど様々な分野のスーパースター達がずらりと勢揃い。
よくもまぁ、短期間でこれだけの作品を創ったものである。
しかも一つ一つの作品が面白い。
スタイリング。ヘアメイク、ポーズに至るまで全てが興味深く、ときにはスーパースターの別の顔が出ていると感じることもある。
ときには
「これ誰だろう?」
と考え込んでしまう人もいる。

寝転がっているモデルがいた。
誰だろう?
僕は寝転がっているモデルと同じ顔の向きに首を傾けてみた。
写真展(美術展もそうだが)は、離れて見るのが好きな人と写真の近くで見るのが好きな人がいるが、僕はどちらかと言うと近くで見ることが好きなタイプのようだ。
人の迷惑も顧みず。
首を傾けたまま。
実は、ヨン様だった。
どこか違って見える。
じーっと写真のヨン様に顔を近づけてみる。
ふと視線を背中でバンバン感じる。
首を傾けたまま振り返ると、おばさま方の集団が目に入った。
思わず
「ごめんなさい!」
とつぶやいて、すぐにどく。
撮影はもちろん禁止なので、ヨン様ファンのおばさま方は、しっかり目に焼き付けておこうとしているのだろう。
こういったときは恐らく離れて見た方がいいのである。
僕も離れて首を傾けるのであった。

投稿者 ishiko : 22:42

11月14日「30代後半のホワイトマンの会話」

俳優のNo.2カマンが京都から上京してきた。
36歳にして初めての一人暮らしである。
先日、住む部屋も僕の家から自転車で5分程度の場所に決めてきたはず。
なのに彼は僕の部屋に泊まっている。
突っ込みたいところだが、まだ布団が届いていないという理由があるのだ。
4時30分に叩き起こし、一緒に本日の早朝トークライブ(プロスキーヤー児玉毅編)に連れて行く。

トークライブを終え、帰る途中、同じ俳優のNo.3コープマンの家の前を通ったので電話をすると家に居ると言う。
僕らはアイスクリームを買って、立ち寄ることにした。
まだ11時。
コープマンの家の窓からは暖かい陽が差し込んでくる。
カマンが運転してくれるというので、コープマンが冷蔵庫からビールを出して僕に注いでくれる。
「幸せだなぁ」
僕はつぶやきながら、ビールを喉に流し込む。
こうして久しぶりにホワイトマン初期メンバー3人の時間を過ごす。
しばらくすると3人のうち誰が一番、ダメ人間なのかという話題から始まり、そのうち、不毛な会話のオンパレードになっていく。

挙げ句の果てには
「もし、1億円があったら、何をする?」
である。
既に30代後半の男3人の会話ではない。
その後、カマンは11月末からの芝居の稽古に出掛け、コープマンは12月頭からの芝居の稽古に出掛け、僕は4時間の昼寝を貪った。
今日のダメ男度は僕の勝ちのようである。
もちろん商品などない。
「自堕落」という烙印をいただけるくらいである。


投稿者 ishiko : 22:06

2006年11月14日

11月13日「インタビューアー様、またしてもごめんなさい!」

今後、何の間違いかイシコにインタビューすることになってしまった方へ。
先に謝っておきます。
僕は支離滅裂です。
ごめんなさい!
って先に言っておいた方がいいよと今日のトークライブのゲスト行動科学研究所の鈴木氏のアドバイスに基づいて書いている。

今日から丸の内で朝EXPOが始まった。
イシコは、その中でトークライブのナビゲーターを勤めさせていただいている。
トークライブを終えた後、朝日新聞の「ヘラルド朝日」の取材を受ける。
インタビューアーの東氏とカメラマンの柳井氏と有楽町の駅前でイシコの写真を撮っていただく。
そこまではよかった。

「あのぉ、ホワイトマンは今、41人ですか?」
「42人ですね〜」
「あれ?ホワイトマンのHPを拝見すると41名ですよね?」
「そうでした?じゃ41人かなぁ?いや、違うなぁ。42名ですね。アップし忘れですね〜」
「写真が掲載されていないホワイトマンは、やはり本人を隠しているということですかね?」
「いや。ただ単に撮ってないだけなんですよね〜」
「…」
こんな感じでインタビューは進んでいき、いつしか取材が始まって3時間以上が経過していた。
前回のインタビューもご迷惑をかけたが、今回も本当にごめんなさい!

朝ブログあり

投稿者 ishiko : 22:50

2006年11月13日

11月12日「ジャージを脱いで、またジャージ」

明日から約2週間の早朝トークライブが続くのに備えて、ゆるゆる過ごす。
普段もゆるゆる過ごしているじゃないかと怒られそうだが、今日のゆるゆる度はちぃとばかしグレードが違う。
日課となっているブログを書き、トランクに明日からの衣装の準備だけ終えると、バーボンの封を開け、日曜日のお父さん状態で横になり、飲みながらテレビを垂れ流す。
だからと言って、テレビの番組をしっかり見ているわけではなく、寝ながら頭の中では、どこかトークライブのシュミレーションをしている。
頭のどこかで酔っぱらい、頭のどこかでシュミーレションし、頭のどこかでテレビの音と映像が流れている感じが何とも心地いい。
時々、うとうとしたりもする。
あっという間に夕方になっていた。
お腹が空いたので、ちょっと早めの夕ご飯をNo.30ち〜ムーンと食べに行く。
「ジャージなんだ?」
彼女は笑った。
僕は自分の格好を見て驚いた。
部屋で着ていた紺色のジャージを脱いだはずなのに、別のターコイズ色のジャージを履いていた。
「よそ行きのジャージなんだ?」
彼女はからかい、そして続けた。
「ダメ人間が漂ってるなぁ」
僕は背筋を伸ばし
「明日からメチャクチャ働くじゃん!」
反抗してみる。
しかし、彼女は動じることもなく
「朝だけでしょ?」
そういって鶏のくわ焼きをつまむ。
何も言わずというか何も言えず、僕もくわ焼きをつまむのであった。

投稿者 ishiko : 03:44

2006年11月12日

11月11日「伊達眼鏡」

視力がイイ。
30代に入る頃まで、2.0以上あったと思う。
逆に近くの文字が見えない時もあった。
いわゆる遠視というやつである。
とは言え、遠視だからと言って眼鏡をかけるほどでもなかった。
それが理由かはわからないが、小さい頃は眼鏡をかけている人に憧れをいだいていた。

その憧れは大人になってからも続く。
そんなときホワイトマンを始めた。
白塗りの顔というのは眼鏡をかけないと怖い表情になりがちである。
逆にいうとホワイトマンは眼鏡が似合う。
そこで僕はホワイトマンの時、憧れの眼鏡をかけるようになった。
いわゆる伊達眼鏡という奴である。

今まで2つの伊達眼鏡+ときどき色の薄いサングラスを洋服に合わせて使っていた。
明日から2週間、毎朝、トークライブに立つ(正確には椅子に座ってのトークライブだが…)ので、久しぶりに伊達眼鏡を新調することにした。
ホワイトマンというか僕の顔の輪郭は、太いフレームの物が合う気がしていたのだが、今回は気分転換に細いフレームの伊達眼鏡を購入してみることにする。
たったこれだけのことだが、来週からのトークライブが楽しみになってきた。
ちなみに今はパソコンに向かう時間が長くなったせいか視力は1.5くらいまで下がっている。

朝ブログあり

投稿者 ishiko : 10:17

2006年11月11日

11月10日「いけばなで右脳が喜ぶ」

母の葵ちゃんは、10年ぶりくらいにいけばなの趣味が復活したそうである。
父を早く亡くした僕は、子供の頃、週に何度か出掛けていく葵ちゃんが、華道と茶道の先生をやっていて、その収入で僕は学校に行っているのだとばかり思っていた。
葵ちゃんが趣味で茶道を教え、趣味で華道を習っていたことを知ったのはずいぶん、大人になってからだった。
どちらにしろ、僕は葵ちゃんが生ける花が好きだった。

日本橋高島屋で「草月展」が開かれている。
華道家の大久保氏も参加しているので、No.30ち〜ムーンと観に行く。
8階の展示会場は凄い人だかりである。
改めて「いけばな」人口というか愛好家というかファンというかが多いことを知る。
しかし、混んでいるだけの理由もある。
草月流のように型どおりではない「いけばな」は、モダンアートを観ているような楽しさがあり、右脳が喜んでいるようである。

右脳喜び度100と満タンにして会場を後にした。
残念ながら大久保氏を見つけることができなかったなぁと思いながら、駐車場に向かうと徳川家の時代からある和菓子の老舗「長門」の前で彼女とばったり会う。
昨日の「不思議な時間」が未だ流れているようである。

投稿者 ishiko : 09:17

2006年11月10日

11月9日「不思議な時間」

世の中には不思議な時間が流れることがある。
「散歩の達人」の山口編集長と恵比寿で朝EXPOのトークライブの打合せを終え、山手線で渋谷までの一駅、トークライブで打合せしていないゲストのことを考える。
ふと最初から打合せをしないと決めていた宇宙飛行士候補No.40サイエンスマンのことを思い出す。
彼とは既に雑誌の対談も含めると3回トークライブをやっていて、体験上、台本なしで会場の空気を観ながら、お互いその時に思いついたことを話した方がうまくいくようである。
ただ最近、会ってないなぁと思いながら渋谷の駅を降りた。
彼は今、メチャクチャ忙しいのである。
東大での講義、海外の学会、執筆活動(「宇宙エレベーター」は素晴らしい)、雑誌取材(先日のブルータスの取材も素晴らしかった)など引っ張りダコ状態である。
と思っていたら、西武の前でばったり、サイエンスマンと会ってしまう。
お互い次の予定があるのだが、しばらく立ち話で再会を喜び合う。

その後、彼は客員教授と飲みに出掛け、僕は広告代理店の井本氏と飲みに出掛けた。
井本氏から今月、恵比寿リキッドルームでホワイトマンが出演するファッションショーの予定が伸びたという報告を受ける。
ちょうどトークライブやホワイトマンの久々の撮影なども含め、今月はイシコにとっては珍しく忙しい月なのでちょうどよかったのかもしれない。
ただ延期になっても、必ずホワイトマンのファッションショーは一度やりたいと思っている。
白塗りの顔は意外にファッションが似合うのである。
そういえば井本氏は出版プロデューサーのNo.10バランスマンの紹介だった。
バランスマンにも最近、会ってないなぁと思ったとき、井本氏の携帯電話に電話が入る。
No.10バランスマンからだった。
「おぉ〜、久しぶり〜。ちょうどイシコさんと渋谷で飲んでいるんだけど来ない?」
このタイミングでバランスマンからの電話。
もちろん、みんなで飲む。
何だか不思議な時間が流れる夜だった。
こんな夜は何だか得した気分になる。
高揚感もあったのだろうが、久しぶりに記憶をなくすイシコであった。

投稿者 ishiko : 09:06

2006年11月09日

11月8日「気くばりのツボ」

No.15ヒーマンの事務所の棚に置いてあった「アンディーウォーホール」の作品集をパラパラめくっていた。
今週の月曜日、朝日新聞に朝EXPOの記事が大きく掲載されたことで、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌の取材が殺到していて、今回のプロデューサーNo.15ヒーマンと岡氏が整理に追われているようで、メールの返信のキーボードを叩く音や電話のやりとりが響いている。
NHKはじめ僕でも知っているメディアばかりなので、他人事のように
「すごいなぁ」
と連発しながら、キャンベル缶の作品のページに見入っている。
ワークショップの方は既にキャセル待ち状態らしい。
ほとんどがOLさん。
「みんな習い事が好きなんだなぁ」
とこれまた他人事のように言いながら、シルクスクリーンの毛沢東の作品に見入っているイシコである。

僕にできること。
それは、いかにトークライブに来たお客様が一日をハッピーに過ごせる時間を送ることを考えるだけである。
でもってゲストとの早朝トークライブの打合せは続いている。
本日はコンビニ王選手権などテレビチャンピオン3冠王に輝いた高橋氏、丸ビルの丸善で42週第1位という書店販売記録を塗り替えたビジネス書「気くばりのツボ」の著者山崎氏と続けてミーティング。
高橋氏に関しては、朝ブログで書いているので交遊録では山崎氏のお話。

山崎氏の「気くばりのツボ」を読んで実践する人が一人でも多くなれば、世の中は、今よりもっと楽しい空気が流れるだろうなぁと思う。
何度かお目にかかっていたのだが、キチンとお話をするのは初めてだったのでメチャクチャ緊張した。
「気くばりのツボ」を書かかれるような方なので、僕のような人見知り感覚に襲われたことはないのだとばかり思っていた。
「僕、メチャクチャ人見知りですよ。逆サイドにいた人間だから、この本が書けたんだと思うんですよね」
意外な言葉が返ってきた。
でも、すぐにそうなのかもしれないと思い始めた。
●周りの雰囲気を良くするツボ
●好意を集めるツボ
●仲間を増やすツボ
●「もう一度会いたい人」になるツボ
●新しいグループになじむツボ
●話をスムーズに切り出すツボ
など、本の中に出てくる数々のツボが頭をよぎり、そうなのかもしれないから、そうなんだと確信したら、何だか少し心が軽くなった。
これまたトークライブが楽しみである。

そうそう。
早朝トークライブの方は、日によっては、まだ席があるそうなので、予約がまだの方は是非、してくださいませ。
これは他人事ではなく、自分事なのでした。


投稿者 ishiko : 11:22

2006年11月08日

11月7日「新連載でやりたいこと」

12月に新しくできるWEBの新連載に向け編集部2名とカメラマン(まだ媒体名は言ってはいけないのかもしれなので取材に行った方の名前も今は伏せておきまする)で取材に行く。
ホワイトマン「イシコ」での連載ではなく、本名「石原英一」での連載である。
特に僕の方は意味はなく、単なる媒体側の希望なだけ。
本名での連載は他にもあるので、あまり感覚は変わらず、遊ばせていただける環境に感謝しながら表現していければって感じである。

今回の連載は、「時間軸と物」の関係をテーマに書かせていただく。
文字にすると難しく見えるが、何も難しいことを書くつもりもなく、逆に名前を変えたんだから難しく書けと言われても、同じ頭なので無理なのである。
全てが合理化されていく中で、実は失っているものがたくさんあるのではないか?逆に現代では、時間(時にはお金)を浪費していると思われがちな事柄の中に、実は人生の楽しさが詰まっているのではないかと思うことがある。
なぁんて、ただ単に日々、時間を無駄にしているイシコの言い訳だったりもする。
まぁ、そんな浪費の言い訳を物を通して旅のように探るコンテンツとして、まとめていければなぁと思っている。

第一回は、青山の
ペンブティック「書斎館」

昨年、羽田空港第二ターミナルに姉妹店ができたとき、行列のできる文房具屋と呼ばれ、ニュースにまでなっていた。
来年の3月には第一ターミナルにもできるそうだ。
ここのオーナーの赤堀氏は、来週から始まる朝EXPOトークライブにも出演していただき、先ほどちらりと書いた物と時間の続きは、そこでも聞いていき、本日の朝ブログの方にも少し書かせていただいている。

ということで交遊録では赤堀氏との出会いのことを。
かれこれ5年程前になると思う。
ホワイトマンの最初の賛同者の一人でもあった。
ホワイトマンは今も、ほとんど無名だが、その頃は、今より、もっとひどい扱いで、ホワイトマンも5名しかおらず、物好きな白塗りグループと周りからは思われていた。
赤堀氏は、そんな僕が始めようとしていたホワイトマンに対して、
「ホワイトマンが伝えたい「ゆるゆる」は、時間を遅くするってことにも繋がるよなぁ?現代人は忙しすぎる。俺は応援するよ」
と言ってくれたことを今でも覚えている。

赤堀氏は迷惑だっただろうが、すっかりなついてしまった僕は、ペンを買いもしないのに近くに行くとふらりと遊びがてら立ち寄るようになった。
メチャクチャ忙しい方なのに、こんな僕の相手をしてくださり、いろいろな面白い話を聞かせてくれて、逆に僕のいろいろな相談にものってくださった。
本当に素晴らしい方なのである。
と、これだけ褒めておいてから悪口に入る。
赤堀氏は面倒くさがり屋で出不精なのである。
いくら旅に誘っても、「絶対に行かない!」の一点張り。
面倒くさがり屋は、書斎館主催のパーティーにホワイトマンを呼んでくださった時にも及ぶ。
ホワイトマンが会場を歩きながらワインを飲んでいるのを見つけた来日中のカルティエ社長が通訳を通して、赤堀氏に聞いたそうである。
「彼らは何者だ?」
説明するのが面倒だった赤堀氏は
「平和の使者とでも答えとけ」
通訳はその通り訳した。
カルティエ社長は感激し、僕に握手を求めてきた。
少々、酔っぱらい気味の僕は訳もわからず、
「グラッチェ!グラッチェ!」
と握手をした。
赤堀氏の面倒くさがり屋のおかげで、イタリアでは、ホワイトマン=平和の使者ということになっているかもしれない。

投稿者 ishiko : 08:15

2006年11月07日

11月6日「バスからの風景」

博多在住の
クリエイター松尾氏
から
「世田谷区民会館で1日だけですがインスタレーション(簡単に言うと映像を使った光の芸術)の展示がありますので、よかったら来てください」
というメールをいただいた。
「世田谷区民会館」、「1日のみの展示」、「インスタレーション」という滅多に聞かない言葉の3連発に、生まれて初めて渋谷から「世田谷区民会館行き」というバスに乗る。

18時56分が既に最終の東急バスだった。
うちの田舎の最終なみに早く、これだけで胸が高まってくる。
僕はバスが大好きで、No.2カマンに「このバス好きが!」とよくバカにされる。
それでもバスが大好きなのである。
何がいいってバスから見える風景がいい。
普段、自分の運転する車で通った道でも、目線が上になるだけで全く違う風景に見える。
幹線道路から入った小さな商店街も目線が上がると、奥の方の店まで見え、商店街の雰囲気がグッと伝わってくる。
こういう風景のポイントでバスが信号に引っかかると
「ラッキー!」
と心の中で叫んでいる。

しかも初めて乗るバスは、どの道を通るかがわからないので、それだけでもワクワク度が増す。
こうして本日もバスの30分の旅を楽しむイシコであった。
もちろん松尾氏の参加型のインスタレーションも楽しんだ。
帰り?
少し歩いて、やはり大好きな東急世田谷線で帰るイシコであった。

朝ブログあり

投稿者 ishiko : 07:47

2006年11月06日

11月5日「マリッジブルーと目玉オヤジ」

タイトルだけでは何のことやらといった感じである。
夕ご飯を食べてから、ドライブがてらNo.30ち〜ムーンと東京タワーに行く。
展望室の土産物屋で、彼女は東京タワーに「ゲゲゲの鬼太郎」の目玉オヤジが乗っている摩訶不思議な携帯ストラップを購入した。
入れ物の袋には、鬼太郎のイラストと供に「父さん、危ないよ!」の吹き出しが書かれている。
そのイラストに合わせたセリフのバカバカしさが素晴らしい。

そのストラップを早速つけようと展望室のセルフサービスのカフェでコーヒーを飲む。
一人でも多くの人が座れるためか、近くのテーブル席と密着するようなテーブル配置である。
僕の後の席の会話が聞こえてくる。
目の前では目玉オヤジに夢中のち〜ムーンが黙々と携帯ストラップをつけている。
「誰でもマリッジブルーになるのかなぁ?」
男女二人組の会話である。
聞く気はなかったのだが、マリッジブルーという普段、聞かない言葉に自然と耳がダンボになってしまう。
どうやら二人組はカップルではなく、幼なじみといった感じで、彼女の方は結婚を控えているのだが、マリッジブルーになり相談しているようだ。
「父さん、危ないよ!」
一方で、思ったようにストラップがつけられないち〜ムーンが、僕の後の状況も知らず、目玉オヤジのマネをしながら格闘している。
また、このモノマネが似ているのである。
しかし、状況が状況である、
マリッジブルーと目玉オヤジのセリフが妙にリンクしてしまい、マリッジブルーの女性には申し訳ないのだが笑いを必死にこらえるイシコであった。

朝ブログあり

投稿者 ishiko : 07:04

2006年11月05日

11月4日「控え室は一軒家」

控え室が一軒家だった。
東京ガスのイベントに来ている。
一軒家というか一人で住んでいたおばあちゃんのマンションだったそうで、そこをイベントの荷物などを置くために一ヶ月、借りていたのだそうだ。
一人で住むにはちょうどいい感じである。

iBookからジャックジョンソンを流し、いただいた今川焼を食べながら、コーヒーを飲んでいるうちに何だか家で過ごしているような気持ちになってきた。
メチャクチャ落ち着くのである。
間取りは10畳のリビング、6畳のロフト、8畳の和室である。
全て僕の目算なので、間違っているかもしれないが…。
とにかくロフトなので、天井が高いのが何よりいい。
そのうち、この家に住んでいる気持ちになってきて、家具の配置まで考え始めるイシコである。

担当の小野寺氏がノックしてはいってきた。
「イシコさん、くつろいでますね〜」
「ここ、いくらですか?」
「は?どうでしょう?結構、高いと思いますよ」
「賃貸ですかぁ?」
「いや、売りに出ているらしいです」
「へぇ〜」
「イシコさん、そろそろ準備した方が…」
携帯電話の時計を見ると10分前だった。
「了解です〜。大丈夫ですよ〜。ホワイトマンは約5分で変身できますから」
そう言いながらも、焦るイシコであった。

朝ブログあり

投稿者 ishiko : 07:09

2006年11月04日

11月3日「スポーツと音楽の関係性」

朝EXPOは、ホームページのみの予約受付が始まったばかりなのに既に殺到しているらしい。
で、今日の朝EXPOトークライブの打合せは女流棋士高橋和氏
こちらは朝ブログで読んでいただくとして、その後、大塚にて僕の大好きなプロレスラー西村修選手と飲む。
「飲む」と偉そうに書いているが、正確には「御馳走になった」である。
現在、フロリダ、東京、千葉と3つを拠点にしてトレーニングを続け、新日本プロレスから独立して夏に「無我」という団体を立ち上げ、注目を浴びている。
西村選手に関してはあまりに話題(インド、70年代カルチャー、昭和40年代の邦画、飛行機、大リーグ、料理、アユールベーダなどなど)が多すぎて「交遊録」で紹介するには、全然、足りない。
今後、少しづつ書いていければと思うが、今日、飲みながら話をしていて一番、興味深かったのは、「スポーツと音楽の関係性」の話である。

フロリダの家に滞在中は、彼はヤンキースの試合をよく観に行く。
何が素晴らしいって、野球場の音楽と映像の演出が素晴らしいのだそうだ。
例えば、5対2で負けているとする。
日本のプロ野球でもそうだが、8回になるとこのくらいの点差だと帰り始める人達がいる。
しかし、そこでスタジアムのDJは「ロッキー」のテーマ曲を流し始める。
スクリーンには、歴代、このくらいの点差から逆転したヤンキースの試合の名場面が流れる。
帰ろうかなぁと思っていたスタジアムのお客さんの足は自然に止まり、一気にスタジオム全体が盛り上がっていく。
その高揚感は選手にも伝わり、スタジアム全体が劇場化していくのである。
そこで見事、逆転して勝った場合は、試合の後、フランク・シナトラの「ニューヨーク・ニューヨーク」が流れるのだそうだ。
残念ながら負けた場合は、少し暗めのバージョンのライザ・ミネリの「ニューヨーク・ニューヨーク」を流すというこだわりまであるらしい。
やはり音楽を効果的に使うことで、同じスポーツの試合を観ていても全然、変わってしまう。
その関係性を彼は、プロレスに応用できないかと日々、考えていたそうだ。
そして、11月20日六本木ベルファーレに、リングを設置し、そのスタイルを実現するのだそうだ。
ニュースでは「酒場プロレス」と酒の要素が強くなっているが、実は音楽も重視した上での六本木ベルファーレだったのである。
聞いていれば聞いているほど、早く観たくてたまらなくなるイシコであった。

そうそう、最近では彼は映画「いかレスラー」で主役として、そして何とその主題歌でエイベックスから歌手デビューもしている。
言いたくてたまらないので、もうちょっとだけ書きまする。
彼はずっと「西部警察」が大好きで石原裕次郎と渡哲也の大ファンだった。
ある日、製作会社から映画のオファーがあった。
彼は緊張したと言う。
遂に僕も俳優デビューかぁ。
いつのまにか勝手に警察ものの映画をイメージし、彼は刑事役を想像していた
銀座に呼び出され、台本を見せながら、監督は言ったそうだ。
「西村さんに、是非、主役をやってほしいんです」
犯人を追うための走る練習をしなくては。
彼は台本を手にとった。
「いか?…僕が…いか?」
「そうです。主役のいかレスラーをやって欲しいんです!」
監督は大真面目に言ったそうだ。
「いかかぁ…」
しかし、彼はすぐに思ったそうだ。
確かに僕はロバート・デ・ニーロでもなければ、ロジャームーア(彼は007マニアでもある)でもない。
僕に声をかけてくださっただけでも光栄に思わなくては。
こうして彼は快く主役を引き受けた。
そんな話を聞いてから、もう一度、「いかレスラー」を見ると味わい深いものがある。

投稿者 ishiko : 07:28

2006年11月03日

11月2日「何故、ディズニーシー?」

No.30ち〜ムーンと5年振りにディズニーシーにやってきた。
特に意味はない。
昨日、No.30ち〜ムーンを仕事場に送っていく途中、
「あ〜、ディズニーランドに行きたい…」
彼女らしからぬ発言が飛び出したからである。
何ごとかと思い、今日、仕事場に迎えに行き、そのままディズニーシーに車を走らせたというわけである。

やはりディズニーシーは散歩しているだけでも気持ちがイイ。
ちょうど、できたばかりの「タワー・オブ・テラー」の前を通った。
「ありえないなぁ」
常にテンションが低い彼女なりの恐怖感の表現なのである。
ショーを観たり、食事を楽しんだりとアフター6のパスポートでも、充分、楽しめる。

最後に「インディージョーンズ」に乗ることにした。
「あ〜、怖い」
15年以上、付き合っていても彼女の恐怖感だけはイマイチ読み取れない。
「腕を貸して〜」
彼女の左手を取って脈をはかってみた。
確かに速くなっている。
乗る直前。
もう一度、脈をはかってみた。
消えた。
いや、消えていない。
ウサギの心音のような「トクトクトク」と打っていた。
「大丈夫?」
あまり、こんな彼女を見ることがないので、申し訳ないのだが、面白くなって聞いてみると
「がんばる…」
そうつぶやいて彼女は手すりを握った。

出口には、乗っている時の乗客の写真が1枚1000円で売られている。
もちろん、僕らの写真もあった。
彼女は、ヨガをしているように目を閉じていた。
しかし、よく見ると口元を噛み締めていた。
彼女なりに闘っていたのである。
その後、マジックランプシアターで、3Dの楽しいショーを観て、脈を戻してから家路につく。
「なんでディズニーシーに行きたかったの?」
帰りの車の中で聞いてみた。
「テレビでディズニーシー5周年ってやってたんだよね…」
「……」
聞いてみないとわからないものである。

朝ブログあり

投稿者 ishiko : 08:31

2006年11月02日

11月1日「リンダ!リンダ!」

僕はお酒が大好きだが、決して強くない。
僕はお酒でからんだりはしないが、すぐに眠ってしまう。
僕はお酒で記憶をなくさない…、いや、なくしたこともある。
DVDで映画「リンダ!リンダ!リンダ!」を観ていて思い出してしまった。
記憶をなくしてしまったことを思い出してしまったのである。
ってややこしいなぁ。

最近、ほとんどカラオケボックスに行かなくなってしまったのだが、僕が行っていた頃は、隣の部屋から、かなりの確率で、ブルーハーツの「リンダ!リンダ!」が聞こえてくることがあった。
飛び回っている様子が歌声からも、よくわかる。
「ストレス溜まっているのかなぁ」
とつぶやきながら、他人事のようにイシコはザ・ブームの「島唄」を歌っていた。
それも微妙だが。
そもそもカラオケの選曲は、当時の自分を反映する部分もあるので、それはそれで面白い。

とまぁ、そんな話はさておき、僕は記憶をなくしたのである。
何年前かは忘れたが、場所は熊本の温泉街のスナックだった。
僕は芋焼酎「伊佐美」片手にブルーハーツの「リンダ!リンダ!」を唄っていた。
そうである。
僕は覚えておらず、翌朝、一緒に行ったメンバーから言われたのである。
「イシコさん、最近、ストレス溜まっているんですか?」

ちなみに映画は僕の話とは、全く関係なく、女子高生のバンドが文化祭で「リンダ!リンダ!」を歌うまでの青春物である。

朝ブログあり

投稿者 ishiko : 08:10

2006年11月01日

10月31日「イシコを新興宗教に入れるのは簡単?」

「石原君(イシコの本名)、最近、役者はやってないの?」
この質問が行動科学研究所の鈴木所長と久しぶりに会うことを物語っている。
かれこれ先生とお目にかかるのも10年ぶりである。
確かに10年前のイシコは、確定申告に恥ずかしげもなく、「役者」と書いていた。
まぁ、その方がいろいろな経費が落ちたのである。

それはともかく先生と最初にお目にかかったのは、かれこれ15年程前に遡る。
彼女が日刊ゲンダイの二木氏とタイトルは忘れたが、トークショーをしていた。
ちょうどバブルがはじけ、若者の脳と行動のバランスが悪くなり、新興宗教にハマってしまうケースがよくあるというような話だったと思う。
当時(今もか…)、僕はブラブラしていたので、行動科学研究所に勤めていた僕の恩人に誘われ、そのトークショーのお手伝いをしていた。
彼女は、トークショーの時にお客さんの前で僕を呼んだ。
そして、言った。
「彼は、地方国立大学の理学部を出て、上京してきたばかりなのよね。恐らく汚れてないのよ?そうよね?もし、違っていても今はそうさせて(笑)。彼のような純粋な理系の脳を持った人を、密室に入れて3日間くらい、モーツァルト(だったと思うが、違ったとしてもクラシックの何かだったと思う)をかけながら、新興宗教の勧誘をしたら入ってしまう可能性は高いわね」

ちょうど、仲村トオルモデルで限定1着の皮ジャンと店員に勧誘され、36回払いで買ってしまった僕には、メチャクチャ説得力がある。
しかも翌日、1着しかないはずの仲村トオルモデルが同じ店に飾られていた。
そんな鈴木所長のおかげで僕はハッとさせられ、今日も、まだ東京で何とか生き延びているのである。

で、肝心のお目にかかった目的は11月13日の僕とのトークショーの打ち合わせである。
その打ち合わせ内容も面白いのだが、それを書くと長くなるので、それは朝ブログにてお読みくださいませ。
それにしてもどうして仲村トオルモデルに惹かれたのだろう。

投稿者 ishiko : 10:14

最新の記事
バックナンバー