イベント
 イシコ連載中





 

« 2006年09月 | メイン | 2006年11月 »

2006年10月31日

10月30日「また壊れた?」

昼ご飯にビールとラーメンという至福の時間を過ごした後、月末の記帳や振込という現実の時間を過ごしに銀行へ立ち寄ると、もの凄い列が出来ていた。
月末だから仕方がない。
今日は午後の予定は、夜、飲むことくらいしかないので、ボーッと並んで待つことにした。
基本的に月末というのは世間では忙しいようで、みんな自分の番が来るのを今か今かと待ちつつ、少々、イライラした空気感が漂っている。
こんなときにATMが全部、止まっちゃったら大変だろうなぁ。
と思った瞬間であった。
嘘のように並んでいた6つのATMが故障したのか全て止まった。
いや、僕のせいじゃないよ。
ちょっと思っただけだから。
僕に直接的な原因はないのだが、何故か慌てふためいてしまう。
「ちょっと〜!私が振り込んだお金大丈夫なのかしら?」
通帳をたくさん持ったおばさんが怒っている。
「まったく〜!」
太った青年は、列からはずれて怒りを露にして行ってしまった。
ATMの前はイライラ度120パーセントを超えている。
係員はみんなに謝っていた。
何だか僕も謝りそうになった。
いや、違う。僕は思っただけだから。単なる偶然!
自分に言い聞かせていた。
約5分後、2台程の機械を除いて、無事、動き始めた。
めでたし。めでたし。
こんな具合だから、土日に起きた携帯電話の番号ポータビリティでの不具合なんて、もっと大変だったんだろうなぁ。
ソフトバンクの皆様の心中をご察し申し上げます。
ってスミマセン。
今のところ、僕はドコモのまま変えるつもりはありません。

投稿者 ishiko : 11:03

2006年10月30日

10月29日「何を着ていくか?」

四季のある日本に住んでいる限りは、「何を着ていくか?」は永遠の問題である。
小学生のように夏も冬も半ズボン(今は少なくなっているが)と同じ服装だったら楽なのにと思うこともあるが、身体の弱いイシコとしては、それも現実としては難しい。
そして、最近の異常気象。
既に晩秋なのに、コンビニまでならTシャツでも大丈夫そうな日がある。

昔、映画「コブラ」のシルベスタースタローンのように、Tシャツの上に革ジャンで一年を通そうとしたことを思い出した。
しかし、あれはTシャツが似合う体型だからであって、僕がやると下着の上に革ジャンに見えてしまう。
こうなると素肌の上に革ジャンよりたちが悪く、結局、僕のシルベスタースタローン計画は断念に終わった。

で、今日は何を着ていくか。
Tシャツでもいいかなぁと思ったが、さすがに夜になると冷えるだろう。
長袖Tシャツにダウンのベストを羽織って出掛けることにした。
しかし、鏡に映ったイシコは
「いいの釣れたかい?」
と声をかけたくなるような釣り人の格好に見える。
こうして、今日も「何を着ていくか?」で悩むのである。
やはり永遠の問題である。
まぁ、逆を言えば永遠の楽しみでもあるのだが…。

投稿者 ishiko : 07:53

2006年10月29日

10月28日「朗読したい本」

いつもお世話になっている古本カフェフライングブックスのイベントに行く。
大好きな作家原田宗典氏のリーディングである。
3年以上前の初期のホワイトマンのイベントで、お客さんにプレゼント用にサイン入りの本をいただいたのだが、結局、お客さんに渡さず、僕がいただいてしまったこともある。
まるで知り合いのように書いているが、直接の面識はなく、友人が一緒に仕事をしていた関係で、お願いしてもらっただけである。

ただ、このリーディングというのが僕は苦手である。
「苦手だった」と言った方がいい。
本を人前で読むということは、子供の頃の授業でしか記憶がない。
まず、これが嫌いだった。
たいていは人が読んでいるときはボーッと外の景色を見ていた。
その癖がついてしまったのか、大人になってから何度かリーディングというものに行ってはみるものの頭に入ってこない。
もちろん、僕の集中力が一番の原因なのだが、人の口から流れる言葉で物語を想像していく力が僕には不足していると思わざるを得なかった。

しかし、今日の1時間30分に及ぶ原田氏のリーディングは自然に頭の中で物語が創られ、一度も長いと思わなかったのである。
僕の苦手な翻訳物でもあったのに。
70年以上も愛されているイギリスの作家テニスンの
「イノック・アーデン」
を原田氏が翻訳した作品だった。
その文章が澄んでいて、自分もいつか朗読したくなる気持ちにさせてくれる。
彼自身もリーディングの後におっしゃっていた。
プライベートで子供に読んできかせるのもいいだろうし、病院のおじいちゃんに聞いてもらってもいい。是非、一度、ご自分でも声に出して読んでみてくださいと。
そんな思いが伝わってくるようなホントに素敵なリーディングだった。

投稿者 ishiko : 08:02

2006年10月28日

10月27日「子供の頃に教科書に載っていたと思われる曲」

このところ童謡や唱歌が好きである。
いや、童謡や唱歌の定義は僕にはよくわからないので、「子供の頃に教科書に載っていたと思われる曲」としておく。
歳をとったせいなのか、それとも「日本」の風土について気になり始めたからなのかはわからないが、白米を噛み締めて味合う幸せに近いのである。
わかりにくいですね?

とまぁ、渋谷へ大島花子氏のライブに行く。
一緒に組んでいる「ももかん」の二人がこれまた最高で、本当に幸せな気持ちにさせてくれる。
僕は、彼女の自然体のオリジナル曲が大好きである。
ほんわかした気持ちになるのだ。
その彼女が、オリジナルに混じって、「子供の頃に教科書に載っていたと思われる曲」を2曲、「赤とんぼ」と「翼をください」を唄った。
誰もが知っている曲だからこそ、逆に唄うのは難しいと思う。
それなのに彼女の歌は心にずし〜んと響いて僕は泣きそうになった。
井戸水でご飯を丁寧に研いで、薪で丁寧に炊き上げた白米のような歌だった。
あぁ、もっと聞きたい。

「子供の頃に…」もう長いので、「科書曲」で。
「科書曲」で花ちゃんのアルバム創ってくれないかなぁ。
一人で大変だったら、女性シンガーのオムニバスでどこか創ってくれないかなぁ。
アルバムのタイトルは「科書曲」。
何か中国語みたいだけど。

朝ブログ(http://asa-pro.net/blog/)あり

投稿者 ishiko : 18:24

10月26日「月を一人で見てはいけません!」

ベネッセの長谷氏&山田氏と神保町の豚しゃぶ屋で占いや前世の話で盛り上がる。
彼女達と話しているうちに、今まで気づかなかったが、実は男性の割には僕は結構、占いや前世の話が人より好きなことに気がついた。

前世の話は、そういう方面に明るい方(変な言い方だなぁ)がまわりに何故か多いこともあり、いつも聞いているからかもしれない。
まぁ、アメリカの映画監督だったと言われることもあれば、アフリカで毎日、飲んで踊っていただけと言われることもある。
アイルランドの田舎で作家をしてたと出ることもあれば、ミジンコだったという動物以下の単細胞だったということもある。
いろいろな見方もあるから、それはそれで楽しいのである。

そして、かなりの割合で共通するのは僕の前世のキーワードの中に「木(の精)」がよく出てくるらしい。
言われたからなのか、言われる前からなのかわからないが、「木」の下(つまり木陰)で眠ることが好きである。
そして気がつくと、公園などでいつのまにか木を触っていることも多々ある。
「イシコさんが木なら、私の場合は月かな?
気がつくと月をじーっと一人で見ていることがある」
長谷氏が言った。
「月を一人で見ちゃダメなんですよ!」
占いや前世に詳しい山田氏が強く言った。
理由も聞いた気がするのだが、芋焼酎で酔っぱらっていて忘れてしまった。
「忘れた」とわかるとメチャクチャ気になるものである。

投稿者 ishiko : 12:41

10月25日「ダメ中年」

俳優のNo.2カマンが、京都から上京し、ここ数日、イシコの家に泊まっている。
彼の口癖は
「だって、働きたくないんだもん」
僕の口癖の
「だって、眠いんだもん」
とダメさ加減をいつも争っている。

こうして30代後半の男が、ダラダラ飲んでいる。
いや、飲んでいるのは僕だけである。
二人でくだらない話をしては、ずっと笑っている。
「ニートってこんな感じなのかなぁ」
「ニートは35歳までやねんで」
「えっ、じゃあ…」
「そうですやん。僕ら当てはまりませんよ」
「じゃ、ただのダメ青年」
「青年やて?あつかましい。ダメ中年でしょ?」
ダメ中年炸裂の二人。

夜、もう一人の「ダメ中年」を求めて、俳優のNo.3コープマンの家へ久々に遊びに行く。
彼はバリバリ働いていた…。
「コーピン(僕らはコープマンのことを短くしてこう呼ぶ)が大人に見えたなぁ」
帰りのタクシーの中でつぶやいた。
「大人って?あんたより歳下やで」
だめ押しするカマンであった。

投稿者 ishiko : 08:23

10月24日「韓国映画」

「JSA」、「猟奇的な彼女」、「大統領の理髪師」、「友へ/チング」、「私の頭の中の消しゴム」、
「シルミド」、「殺人の追憶」、「反則王」…。
試写に行く途中、ここ4、5年で僕が観た韓国映画をランダムに思い出してみた。
ざっと思い出しただけでも、これだけあるのだから、いかに韓国映画に触れる機会が多くなったかということである。

そして、本日、11月に公開される韓国スター勢揃いの映画「sadmovie」の試写である。
涙もろい僕はすでにタイトルで泣きそうである。
試写室から出るときのことを考え、伊達眼鏡をしてきて正解のようである。
映画は4組の悲しいお話である。
どの話で泣くか?
公開間近なので、僕が泣いた場所は、またの機会に。

帰り道、80年代、90年代に観た韓国映画を思い出した。
「外人球団」くらいしか思い浮かばない。
しかもストーリーは忘れ、主人公が島で野球の特訓をしている映像くらいしか覚えていない。
誰が出ているかもわからないのに、イ・チャンホという監督の名前だけは何故か覚えていた。
人間の記憶とは不思議である。
記憶の話といえば「私の頭の中の消しゴム」。
あれも泣いたなぁ。
とこんな感じで行くとエンドレスに続いていくので、これくらいで。

投稿者 ishiko : 07:55

2006年10月24日

10月23日「CDの作り方」

僕は音楽に詳しくない。
だから、こんな作り方は新しくないよと言われたら、ごめんなさい。
先に謝っておけば、これで堂々と書ける。

見覚えのない音楽事務所から1枚のCDが届いた。
1通の手紙が添えられていた。
「てまり”1000人企画"にご賛同頂いた皆様へ」
というタイトルのお礼状だった。

そういえば今年の春、ある飲み屋で二人組の女性グループがライブをやっていた。
みんなが知っているカバー曲を演奏し、確か1曲だけオリジナルを演奏した。
「まもられて」という曲だったと思うのだが、暖かくていい曲だった。
僕の記憶なので怪しいが…。
ライブの後、彼女達はこれから1000人の応援を集めて、オリジナル曲のCDを作りたいと言っていた。
応援の仕方は簡単で、1000円を払って、彼女達に住所と名前を渡すだけである。
「できあがったらお送りします。もし、集まらなかったら、必ずお返しします」
彼女達は深々と頭を下げていた。

あれから、約半年。
すっかり忘れていた。
彼女達の4曲入りのファーストアルバムが届いた。
「今日はいい日だなぁ」
と言いたくなるような気持ちになった。
早速、パソコンにCDを入れる。
1曲目「シチューのうた」が流れた。
僕は、昨日、作ったカレーを温めた。

投稿者 ishiko : 08:04

2006年10月23日

10月22日「カレーの午後」

いただいたじゃがいもが減らない。
じゃがいもをたくさん使う料理をすればいいのである。
そこでカレーしか思い浮かばない貧弱な発想な僕だが、このところ、全く料理をしないのだから仕方がない。

近くの野菜屋で材料を購入してくる。
家に戻り、さぁ、作るかぁと腕まくりをして包丁を取り出すと「現役引退」を告げられたような錆びに覆われた刃である。
昨年、ある企画でオーガニック生活を1ヶ月体験し、毎日のように料理をしていたのだが、それ以来の包丁を使った料理かもしれない。
仕方なく、アウトドア用のサバイナルナイフを取り出し、野菜を切っていく。
インドアなのにアウトドア。
これもまたよし。
切りながら、
「あっ!肉忘れた」
と僕のやる気まで切り取りそうな展開である。
仕方がない。
本当の野菜のみのカレーを作ることになる。

それでもモーツァルトのピアノコンチェルトを聴きながら、ビールを飲み、たまねぎのみじん切りを炒め、きつね色になっていく様子を見ていると何とも幸せな気分になる。
そこでふとつぶやくのである。
野菜のみのカレーだけどね…と。
ここでお待ちかねのじゃがいも投入。
ざく切りのじゃがいもを他の野菜と供に炒める。
水を張り、アクを取りながら、煮込んでいく。
ビールは2本目に突入である。

じゃがいもの箱をのぞくとまだまだある。
カレーのルーを入れたところで、じゃがいもを擦って、入れてみたりする。
しかし、鍋も小さいので、1個しか入らない。
後は、コンロの前の折りたたみ椅子に座り、ときどきかき混ぜながら、3本目のビールを飲む。
出来上がりを待ちながら、2年程前にNo.7かめら〜まんがイタリアで撮影した秋吉久美子さんの写真集をパラパラめくる。
来月、久々にかめら〜まんがホワイトマンの撮影をしてくれることになったので、いろいろ想像というか妄想してみる。

妄想していると時間も早い。
いつのまにか「野菜カレー」は出来上がった。
炊きあがったご飯の上に納豆をのせ、その上に野菜カレーをかける。
昔は納豆にカレーなんてと思っていたが、意外に美味しいのだ。
実際、CoCo壱番屋には納豆カレーのメニューもある。
あぁ。幸せな午後。
納豆カレーができるのであれば、肉はなくても大丈夫だったねとカレーに声をかけ、4本目のビールを開けるのであった。

投稿者 ishiko : 08:02

2006年10月22日

10月21日「あんた、エンタの神様に出てるでしょ?」

基本的におばちゃんはそんなに嫌いではない。
ただ、思い込みの激しさだけは勘弁してほしいときがある。
初台で昔、一緒にやっていた劇団のプロデュース公演を観ていた。
ちょうど幕間に、みんながトイレに立った時。
僕はそのままボーッと座っていた。
前の方の席から、こちらに向かってくる大阪風のおばちゃんと目が合った。
「あら〜っ!」
この劇団には20代半ば5、6年程関わっていたので、どこかで会った人なのかもしれない。
そうしてタイトルの台詞を彼女は言った。
「あんた、エンタの神様に出てるでしょ?」
僕はきょろきょろしながら
「えっ?僕のことですか?」
おばちゃんは続けて言った。
「ほらほら、あの平井堅のモノマネする人」
おばちゃんは声が大きい。
僕の周りの席の人達がチラチラこちらを見ている。
「いや、全然、違いますよ」
僕は手も降りながら、否定した。
しかし、おばちゃんの思い込みは頑固なのである。
「そうね。今はプライベートだものね」
「いや、マジで違いますって」
「まぁ、まぁ。わかったから」
おばちゃんは、僕の肩をさすりながら、満足そうに後ろに行った。
おばちゃんの思い込みを訂正する難しさを改めて知るイシコであった。

朝ブログあり

投稿者 ishiko : 13:38

2006年10月21日

10月20日「隣の男が気になる」

ニューヨーク在住のファンクショナルアーティスト福永氏と散歩を楽しんだ後、自宅に帰ろうと都営大江戸線に乗り込んだ。
いつも思うのだが、どうしてこの電車には雑誌広告の中吊りがないのだろう。
偉そうに言う程、大江戸線に乗るわけでもないのだが、中吊りが好きな僕としてはイマイチ物足りない。
そこへ一人の男性が乗り込み、僕の左隣に座った。
問い面に座っていた外国人の女性が、ギョッとした目でその男を一瞬、見たことを僕は見逃さなかった。

気になる。
おもむろに横の人を見るわけにもいかない。
問い面の一列に座っている別の若い女性もチラチラチェックしている。
う〜、気になる。
目の前に写る窓でチェックしたいのだが、一番端の席に座っていて、目の前が窓じゃないのである。
出来る限り顔を動かさないで左を見ようとするが、彼が読んでいるのが「河合隼雄と中沢新一の対話」という本だということしか判らない。
そういえば河合隼雄さんの容態は大丈夫なのだろうか。
しかし、今は隣の人の方が気になります。
河合さんスミマセン!

降車する男性がちらりと見た。
やっぱり目に止まる風貌なのだろう。
そうだ。僕も降りればいいんだ。
東新宿の駅で一度、降りて、車両を変えることにした。
いきなり立つのも何なので、まるで遠くの中吊り広告の文字が読めない感じで席を立った。
両目1.5なのだが…。
こういうときに雑誌広告だったらいいのだが、何とかウォークの広告だった。
広告はどうでもいいのである。
すぐに振り返り、次、降りるからそのままドアに立ってます的に装った。
何気なく彼を見る。
髭が芸術家のダリのように、碇型の髭になっていた。
確かに気にはなる髭だが、正直、立って見る程ではなかった。
ただ、上野の森美術館で開催中の「ダリ回顧展」に行きたくなった。


投稿者 ishiko : 07:23

2006年10月20日

10月19日「婿さん?嫁さん?バングラディッシュ?」

大学時代の友人小川氏と渋谷で飲んでいた。
前回、いつ飲んだのか忘れてしまう程、彼とは、ほとんど飲みに行くことはない。
今日も、たまたま表参道の駅で、バッタリ会い、
「おぉ、イシコ!」
「おぉ、小川!久しぶり〜」
「飲みにでも行こうか?」
ってな具合で渋谷で飲んでいたのである。
まぁ、誰に迷惑をかけているのでもなく、今週、ちょっと飲み過ぎかなと思うくらいである。

で、彼が連れて行ってくれた飲み屋は、今日、穫れた魚を見せてくれる。
「わぁ〜、この魚ブサイクちゃんですね〜」
「こんな顔してますが嫁さんっていう魚です。島根は浜田市の方で穫れるんです」
「へぇ、浜田市といえば、そこで観た神楽とこども美術館がよかったなぁ」
ってな具合で魚とは全く関係のない浜田市知識で会話のやりとりを楽しんだ後、オススメの「嫁さん」という魚の煮付けを頼む。
まぁ、嫁さんを頼んだからって誰に迷惑をかけているのでもなく、後から合流するNo.30ち〜ムーンに「嫁さん頼んどいたから」と言って混乱させなければいいくらいである。

さて、魚の煮付けが登場した。
「はい。婿さんお待たせしました〜」
「あれ?嫁さんじゃなかったけ?」
小川氏が首をひねった。
しかし、お皿の魚についている札にも「婿さん」と書かれている。
まぁ、嫁さんだろうが婿さんだろうが誰に迷惑をかけているのでもなく、今、「婿さん、魚」をヤフー検索で調べたら全く関係のない「バングラディッシュの結婚式」が1番最初に出てくるくらいである。

投稿者 ishiko : 08:35

2006年10月19日

10月18日「奇跡!イシコMVP@五味太郎杯」

昨日、女優の梅沢氏と旦那様のタツヤ氏と入谷で飲み過ぎて、少々、二日酔い気味だった。
逆に、それがよかったのかもしれない。
世界的に知られる絵本作家五味太郎氏の野球大会に参加する。

走ると気持ちが悪い。
ボールがあまり飛んでこないようにと外野を守ることにした。
しかし、外野は内野より走ることに後で気がつく。
その上、二日酔いのため、いつもより更に判断力が鈍い。
最初の一歩が遅いのである。
よって何でもない飛球がファインプレーに見える。
「イシコさん、えらいなぁ。いつでもダッシュできるように構えているんですよね」
そう声をかけられたが、構えている方が二日酔いが楽なのである。
もちろんそんなことは言えない。

走ると気持ちが悪い。
ホームランで柵越えだったら走らなくてもいい。
しかし、僕はホームランを打てる程、上手くないことを振ってから気づく。
ボールはバットに当たり、偶然にも、野手の間を抜けて行った。
うぇっ!気持ち悪い。
でも、二塁まで行けそうだ。
げっ!三塁も行けそうだ。
嘘だろ!ホームまで走っていた。
ランニングホームラン。
吐き気を抑えながら、チーム全員とハイタッチ。
もちろん吐き気のことは言えない。

打ち上げ飲み会でMVPをいただいた。
商品は紀伊国屋の包装紙に包まれた高価な男爵いも一箱。
来年の野球大会も二日酔いで参加しよう。
もちろん誰にも言わなかった。

朝ブログあり

投稿者 ishiko : 11:22

10月17日「ボーリングのアベレージはどれくらい?」

「ボーリングのアベレージどれくらいですか?」
車で移動中、僕は「散歩の達人」山口編集長とカメラマンの鈴木氏に聞いた。
連載取材で、人気プロボーラー名和秋選手にお目にかかるところだったのである。
聞いた瞬間、口元に懐かしい感触が残った。

大学時代、初めて会った人に僕が、よく聞いていた台詞である。
当時、ビリヤードと同じくらい、僕らの中でボーリングが流行っていたのだが、ボーリング場に通っても通っても、ちぃともうまくならなかったので、みんなは、いったいどれくらいなのだろうと気になっていつも聞いていたのである。
今から考えてみればいい迷惑である。
初めて会った人に、ボーリングもするかどうかも確かめずにいきなり、
「ボーリングのアベレージどれくらいですか?」
と聞くのである。
お見合いだったら間違いなく断られているだろう。

いや、待てよ。
大学時代、「コンパ」と呼ばれるイシコが苦手な飲み会で、緊張しまくって、最初に吐いた言葉はいつもこれだったかもしれない。
だから、いつも僕だけ…。
悲しくなるからこれくらいにしておこう。
最初に吐いた言葉がこれだったから、コンパが苦手になっていったのだろう。
あれから17年。
今も僕はボーリングが下手である。

投稿者 ishiko : 08:21

2006年10月18日

10月16日「積み重ね。積み重ね」

このタイトルにはその後、「一休み、一休み」と付け加えたくなる。
セリュックスの桑原氏と表参道でお茶をしながら、2009年構想話に花を咲かせる。
花を咲かせる話には種があるわけで、その種は中国のランじゃないかと思わせる程、魅力的なのである。
しかし、その種の品種は、まだ口外してはならぬということなので、口の軽いイシコとしては、ふんばりながら、アイスコーヒーを飲む。
ちょっと気を許すと今日、初めて会ったこの喫茶店のマスターにまで
「実はですね、こんな面白い話がありまして…」
と話し始めそうである。

話に花を咲かせるだけでなく、構想自体を実践して花を咲かせなければならない。
「イシコ、そろそろ40歳になるんだから、本能だけで生きて行くのもいいけど、積み重ねの楽しみも知った方が後々の人生は楽しいよ」
桑原氏がそう言った。
そういえば、昨日、一昨日と清里でいろいろな子供達と遊んで、「40歳に近い俺」というタイトルの考え事をしたばかりである。
サブタイトルは「もう、そろそろ体力がヤバい」である。
「積み重ねを楽しむ歳かぁ。積み重ね、積み重ね」
帰りの電車の中でつぶやきながらも、結局、眠ってしまうイシコであった。
やっぱり「一休み、一休み」。
あぁ、先行き不安。

投稿者 ishiko : 11:05

2006年10月17日

10月15日「心の狭い僕」

本日も昨日に引き続き、ポールラッシュ祭。
大道芸の道具は一応持って行くが、今日も、バルーンマシーン「イシコ」状態でバルーンだけを作って行く。
何度も言っているように僕は白く塗っているが決して大道芸人ではない。
大道芸はうまくなく、大道芸人と呼ぶには「大道芸人」として活躍されている方に対して失礼である程のスキルしかない。
結論として、僕の場合、コミュニケーションの道具として大道芸を使うだけなのである。
といろいろな方に説明すれば、する程、どんどん時間は過ぎてゆく。

午後、朝プロジェクトでおなじみのストーブ屋ケンちゃんが家族で遊びに来ていた。
ケンちゃんの子供で小学生のウミ君は僕が持ってきていた皿回しに挑戦していた。
何度やっても皿は落ちる。
その様子を微笑ましく見ていた。
「イケル!イケル!もう少しで回りそうだよ!」
最初は優しく見ていた。

そのうち本当に回転しそうになってきた。
その様子を見ながら、徐々に僕の眉間に皺が寄っているのを気がついていた。
そして、どこかで回ったらどうしよう?
僕はこれができるようになるまでに1週間、かかっているのに。
いつしか「回るな!」と念じている。
あぁ、心が狭い僕。
結局、ウミ君は皿回しが2時間程度で、できるようになってしまった。
そうそう。僕は大道芸人じゃないんだった。
あぁ、心が狭い僕。

最近、朝ブログありと書くのを忘れておりました。

投稿者 ishiko : 06:58

2006年10月16日

10月14日「名前の交換。新しいなぁ」

ポール・ラッシュ祭で朝プロジェクトのブースが出展するので、朝マイスター「イシコ」は遊びに行く。
とは言ってもショーをするわけでもなく、バルーンマシーンのように子供達にバルーンを作り続ける。
1日分のバルーン予定量を作り終え、子供が途切れたところで、機械のようにパタリとやめ、メイクを落とし、その後は祭りを純粋に楽しむ。

基本的には飲んだくれる。
ある程度、アルコールが身体中に染み渡った頃、朝プロジェクトを運営しているNPO法人「NAP」佐久間代表の3人の小学生の子供、カノン、ソーヤ、トリナと遊ぶ。
「トリナ!」
そう呼ぶと彼女は
「私はトリナじゃない!」
そう叫んだ。
いや、間違いない。
でも待てよ。
僕は名前を覚えるのが得意ではない。
「トリナじゃなかったっけ?」
自信なさげに聞いてみる。

トリナ「名前を変えっこしたの!」
イシコ「なんじゃそりゃ!」
トリナ「だから、名前を変えたの」
イシコ「誰と?」
トリナ「だから、アカネちゃん。違う!今はトリナちゃんと」
イシコ「ということは前のトリナがアカネちゃんってこと?」
トリナ「そう」
名刺交換ならぬ名前交換。
子供の遊びとは斬新である。
僕は唸るばかりであった。

その変わり、僕は彼女がみんなから
「トリナ!」
と呼ばれると
「名前を交換したらしいです。今日からアカネちゃんだそうです」
とイチイチ説明しなくてはならなくなってしまったのである。

投稿者 ishiko : 08:11

2006年10月14日

10月13日「出演者と目が合ったら?」

更にパワーアップしているタップエンターテイメント「TAP DO!」を観に行く。
僕が言っても説得力がないが、観る機会があれば、子供から老人まで一人でも多くの方に観て欲しいなぁと思うグループの一つである。

しかし、今回、僕の座った席が舞台にメチャクチャ近かった。
芝居だと絶対に客席と目が合うことはないが、ダンスやタップなどは場合によっては目が合ってしまうこともある。
これが困るのである。
どんな表情をすればいいのかわからない。
真剣にまなざしで見つめるのも変だし、「ニコッ!」とするのも気持ち悪いだけだし、もちろん手を降ったり、笑わせようとするなんて言語道断である。
結局、目をそらしてタップの刻む足を研究しているかのように足下を見ることになる。
タップのことなど、まるでわからないのに、

ただ、これも何だか出演者に対して、また失礼なことをしたような気にもなり後悔することになる。
「お前なんか見てねぇよ!」
と自意識過剰なのは充分にわかっているのだが、それでも困るものは困るものである。
遂には本番中に出演者から小道具の紙風船を渡されてしまった。
客の目線が一瞬だけ僕に集まる。
「ありがとう!」
と大きな声で言うのも変だし、隣の人に
「もらっちゃったよ!」
と照れ隠しに話しかけるのは、もっと変である。
結局、判断ができない子犬のように目を潤ませたまま、紙風船をもらうのであった。
何だよ。あいつお礼も言えないのかよ。
そんな風に思われたらどうしよう。
どこまでも小心者のイシコであった。

投稿者 ishiko : 05:55

2006年10月13日

10月12日「女性との食事が続いたら」

普通、人間というのは一日3食である。
その3食を別々の女性と1対1で食べるという経験は、38年間の中で初めてだったと思う。
夜道を歩きながら、ふと今日の一日を振り返ってそう思った。

JAL機内誌「SKYWARD」などの編集をしている内海氏とシャンパンブランチをしながら、旅の話と
靴の話をした。
サニーサイドアップの松本氏と辛いラーメンを食べながら、演劇の話と朝プロジェクトの話をした。
東北新社の三国氏と日本酒を飲みながら、映画の話と小説の話をした。

ただ、残念ながら、デートでも何でもなく、いつものように友人との食事が女性3回連続で続いただけである。
朝、それに気づいていたら、「ドンファン」的仮想デート気分で一日を過ごしていたのだろうかぁ。
だとすると何が変わったのだろう。
髪型?服装?気持ち?
いや。きっと何も変わらなかっただろう。

投稿者 ishiko : 13:13

2006年10月12日

10月11日「50代の巣鴨のホスト」

巣鴨に大好きなミャンマー専門の雑貨屋がある。
ミャンマー雑貨が好きというよりは、ここのオーナーの網倉さんが魅力的なので、この店に立ち寄ることが多い。
そんな彼は、いつ遊びに行っても巣鴨のおばちゃん達に囲まれている。
今日も久しぶりに顔を出すと二人のおばちゃんが来客中であった。
きっとこの人達は、この店に来るまではミャンマーにそこまで興味がなかっただろうと思われる方である。
そうじゃなかったらごめんなさい。

網倉さんは、とにかく聞き上手である。
別に媚びているわけでもなく、どちらかというと毒舌ツッコミをするのだが、みんなに気持ちよくしゃべらせる。
網倉さんってホストみたいだなぁ。
ホストクラブは行ったことがないのだが…。
こういう素敵な50代の男性って意外に多いのだと思う。
そういう方々を集めたホストクラブがあってもいいのにね。
別にホストクラブじゃなくてもいいのか。
どちらにしろ僕も彼に出会ってから、ミャンマーの魅力に取り付かれ、巣鴨のおばちゃんと一緒にミャンマー旅をした一人である。
そのおばちゃん(初めての海外旅をミャンマーに選んだのだ)との珍道旅は、長くなるので、またの機会に。

投稿者 ishiko : 07:42

2006年10月11日

10月10日「(有)ホワイトマンプロジェクト今期赤字なり」

こんなことをブログで発表してどうするって感じであるが隠してもしょうがない。
まぁ、学校の成績表のようなもので、来期、黒字になるように働けばいいのである。
というこの安易さがダメだと言われているのだが…。
そもそもホワイトマンプロジェクトが会社として3期目を無事に終えていることが奇跡のようなものである。
そして経営会議があるとは言え、基本的には(有)ホワイトマンプロジェクトの社員は僕だけなので、お給料などのことで、ご迷惑をかけないことだけは救いである。

そんなわけで、本日、会計事務所で一年間の会社の数字を現実として見せていただいた。
数字の前に「△」のマークがついていた。
以前、個人で確定申告をしていたときには「△」マークがついていると赤字ということで、納めた税金のうち何パーセントかが還付金として戻ってくるので嬉しかったのを覚えている。
しかし、当たり前だが会社の場合、僕のところにお金が戻ってくることもなく、僕が使うことができるお金は減るのである。
もし、やりたいことがあって、お金がかかるようであれば、そのプロジェクトは、スポンサーを自分で集めるなどの工面をしなくてはいけないわけである。

「あぁ〜、働かなきゃなぁ」
会計事務所を出てつぶやきながら、いつものように近くの温泉で考えようかなぁと思いきや鞄の中から、2、3ヶ月前にもらった占いのチラシが出てきた。
そういえば友人がこの占いの先生面白いよ〜とくれたのである。
赤字が治る金運でも見てもらうかなとふと罰当たりなことを考えた。
何気なく電話してみるとちょうど1時間後なら見てくれると言う。
占いの場所までがちょうど1時間なので、お願いすることにした。
こうして5、6年ぶりに占いに行くことになる。
前回の占いは台北で、
「あなたのラッキーカラーは「たれぱんだ」ね」
と片言の日本語で言われた。
まぁ、その後、ホワイトマンをやっているのだから、たれぱんだの白を使っているといえば、当たっているとこじつけられないこともない。

「あのぉ、金運よくないでしょうかぁ?」
「あなたいいよ!」
「えっ?ホントですか?」
「ちょうどエネルギーが、次の次元に行こうとしているんだよね」
待てよ。金運じゃないんだ(心の叫び)。
「で、金運は?」
「旅をしながら、あなたに合った体制作りができるはずだから」
「え?うれし〜。僕、旅が大好きなんです。ということは今後も旅ができるんですね?」
いやいや。そうじゃなくて。聞きたいのは金運だから(心の叫び)。
「で、金運の方は?」
「そろそろ目的達成する時期がきましたよ」
「おぉ〜。ホントですか?」
ホワイトマンも最後に目的達成か?というかホワイトマンの目的って何だ?じゃなくて金運だよ(心の叫び)。
「そのためにも現在の自分の周りにいる人達のエネルギーの流れを再検討してみてください」
結局、最後まで、金運の話は出なかった。
自力でがんばれということであろう。
はい。地道にがんばります。

投稿者 ishiko : 07:23

2006年10月10日

10月9日「母はストーカー?」

現役高校生No.26リョウの文化祭へ遊びに行っている間、いつのまにか携帯電話の画面に「着信アリ」のマークがついていた。
母の葵ちゃんからの着信履歴ばかりがずらりと並んでいる。
最新の履歴は1分前。
全然、気がつかなかった。
着信履歴が並んでいることに葵ちゃんの焦りを感じ、すぐに電話した。

「もしもし?どうした?」
僕の方が焦っていた。
「あっ?」
悪戯が見つかって気まずいような声を出す葵ちゃん。
そのまま彼女は言葉を続けた。
「繋がっちゃった?いやね、携帯電話を買い替えたら、使い方がわからなくて、お姉ちゃんに習ったんだけどイマイチわからなくて。だから練習で何度もかけちゃったんだよね。すぐに切るんだけどねぇ」
「気の済むまで練習してください」
そう言うと電話を切った。

その後も僕の携帯電話は30分近く1度しか鳴らない着信音が続いた。
僕はストーカーをされたことはないが、こんな感じなのかもしれないと思いながら、ウィスキーを飲むイシコであった。

投稿者 ishiko : 07:10

2006年10月09日

10月8日「矢沢永吉の夢」

池尻大橋へNo.30ち〜ムーンとライブを観に行くが、1時間前というのに既に席が埋まっている。
カレーが食べられる店でのライブだったので仕方がない。
立ったまま1時間潰すというのも、ちぃとキツイ。
あっさり諦め、二人で満月を見ながら、渋谷まで散歩しながら、夕食の場所を探すことにした。

ふとバリで見た夢の話になった。
「矢沢永吉に荷物番させた夢を見た」
彼女は衝撃的なことを言った。
「で、で、で、どうだった?矢沢永吉」
夢の中での話なのに、イシコは食いつきまくった。

「電話で頼んだんだよね。でも留守番電話だった。
ただ、その声がどうも本人じゃないんだよね。
矢沢永吉のモノマネっぽいんだよね」
さすがはヴォイストレーナー。
夢の中でも声には敏感である。

「ということは本人がモノマネの人に頼んだってこと?」
「じゃないかなぁ」
「矢沢永吉の留守番電話で荷物番を頼む」というのは夢占いではどう出るのだろう。

「でも、どうして荷物番頼んだの?」
「うん。オムに行く用事があったんだよね」
オムというのは、僕らが20代前半、一緒にアルバイトに行っていた編集プロダクションである。

「で?」
「そしたら、猫ひろしが入り口で反復横跳びしてて、気がついたら、私が梨花になってた」
もう訳がわからない。
夢だからいいのか。
おかげで渋谷があっという間だった。


投稿者 ishiko : 07:42

2006年10月08日

10月7日「何故、ホワイトマンは白く塗っているのか?」

バリを出発した時、欠航便や別の空港に着陸する飛行機が相次ぐなど成田空港は大騒ぎだったらしい。
幸運にも僕らの飛行機は30分遅れ程度で成田空港に着陸した。
一度、家にトランクを置いてから、北杜市に向かう。

ある自治会の会合に出席したのである。
僕は会議と呼ばれる場所が苦手で、ほとんど話をすることはない。
情けないことだが、したくても昔から話ができないのである。
これだけは直したいと思ってはいるのだが、できないまま38歳を迎えてしまった。
しかし、今日は、がんばってお話をした。
「がんばって」という子供のような言い方がぴったりな話し方だった。
と言っても、考えてみれば議論が飛び交う中で、自分の意見を話すわけではなく、聞かれたことに対して、答えるだけであるから、「がんばってお話をした」というより、「もっとがんばってお話した方がよかった」なのかもしれない。

何故、「ホワイトマン」は白く塗っているのか?
この質問は、よく出るので先にお話をした。
ホワイトマンが何なのかにつながる部分だから大切な部分でもある。
「成り行きなんですよね…」
「そういうキャラクターを作ってみたかったんです」
「芸術って言っちゃダメですかね?」
「日本文化って、歌舞伎や舞妓さんのように白く塗る文化があるから」
「白を追求してみたいんですよね」
「子供へのフックになるんですよね。泣く子もいるけど」
「白い顔って意外にいろいろなファッションが似合うんですよ」
まだ、他にもあるだろうが、上記は、どれも今までに答えてきたことがある僕の発言である。
どれも本気で思っているのだが、どれも深く追求していくと矛盾が出てくるのも事実である。
きっと、まだまだ掘り下げて考えていないのだろう。
そんな中、「成り行き」が一番、納得していただけるかと思い、ホワイトマンが始まるまでの経緯を正直にお話させていただいく。
トークショーモードのイシコというホワイトマンではなく、人見知りのイシハラヒデカズという38歳の小心者の男だった。

最後まで緊張していた。
緊張しすぎて何を言っているのかわからないこともあった。
東京に戻る特急電車の窓に映った顔に、小学校時代からのあだ名のひらがなの「いしこ」が言った。
「もっと、考えた方がいいよ」
きっとホワイトマンプロジェクトが終わってからも考え続けるのかもしれない。
一生、考えてたりして…。

投稿者 ishiko : 22:43

10月6日「世界の海で、やりたいこと」

今回のバリ滞在中、かなりの時間を海の前で過ごしているうちに、
「世界の海で、やりたいことって何?」
とNo.30ち〜ムーンに問いかけてみた。
「世界の海で、本を読む」
「世界の中心で愛をさけぶ」に似たようなタイトルを答えた。

小説は読まない。
ベストセラーにも興味なし。
自分が読みたい本を淡々と読んでいる。
彼女は食べ物と同じで本に対しても好き嫌いがハッキリしている。
そのかわり一度、好きになると息が長い。
何でも興味を持つがすぐに飽きてしまう僕からすると、うらやましく思うことも多い。
そんな彼女が、どんな本を持ってきているのか気になる。

今回、彼女が持ってきた本の中に新渡戸稲造の書いた本が含まれていた。
お札のイメージしかなかった僕は、正直、彼が何をした人なのか正直、わからない。
「武士道」で世界的なベストセラーを出し、東京女子大学長などの教育者だったことも、彼女の持ってきた本の中で初めて知った。
それでも5000円紙幣に彼が選ばれた理由は、わからなかった。
それよりも何故、彼女がこの本をバリに持ってきたのかの方がわからないのだが…。

投稿者 ishiko : 22:42

2006年10月06日

10月5日「バリ島の寿司屋」

海外の日本食は楽しい。
味はともかく、日本の食文化がどう表現されているのかを感じるのである。
宿泊先のホテルのプールサイドにある「鮪」の文字。
どうやら寿司屋のようである。
最後の夜は、ここで食べることにした。
寿司がダメなNo.30ち〜ムーンも、ここには彼女が好きな「うどん」もある。
「うどん」だけではなく、寿司屋なのに「かつカレー」までショーケースの中に飾られている。
こういった出鱈目さが僕は好きだったりする。
まずは今回の滞在中にすっかり気に入ったバリのビール「ストームビア」で乾杯する。
インドネシアには「ビンタン」と「バリハイ」が多く、「THE 南国!」的なビールで、こっちで飲むにはうまいが、日本では、あまり飲みたいとは思わないビールがある。
それに比べると最近、登場した「ストームビア」は日本でも、飲んでみたいビールに思える。

そして、この「ストームビア」を飲むと彼女は、いつもにも増してご機嫌になる。
そのご機嫌度は、彼女の頼むメニューにまで影響を与え、なんと彼女は「ヌサドゥア・ロール」なる巻き寿司を頼んだのである。
さて、どんな寿司を見せてくれるのか。
カウンターではバリの寿司職人がせっせと働いている。
ちょうど約2年前、映画「スーパーサイズミー」のプロモーションで寿司を1ヶ月90食食べ続ける企画に挑戦したことがある。
あのとき様々な寿司屋で食べたが、印象に残っている一つに、回転寿司の店でどうみても外国人が握っているのに、名札には日本人の名前が書かれていた渋谷の店があった。
カウンターで握っている職人を見て、ふと思い出す。

期待の「ヌサドゥア・ロール」は、予想通りマヨネーズたっぷりの彼女にはぴったりの巻き寿司であった。
南国のリゾートホテルに、よくある流しのグループがやってきてくれ、「おしゃべり」が「おさわり」へと歌詞が変わったサザンオールスターズの「TSUNAMI」を唄ってくれた。
僕が頼んだ「にぎり」は酢飯ではなかったが、それなりに美味しかった。
つまみに頼んだ「天ぷら」もデザートに頼んだ「アイスクリームの天ぷら」も、これといってネタになるような問題もなし。
何とも平和なバリ島の寿司屋タイムを満喫する二人であった。

投稿者 ishiko : 08:30

2006年10月05日

10月4日「使えない公衆電話」

連載でお世話になっている「verita」編集部の堺氏とスミニャックで夕方、食事をする予定であった。
しかし、クタでここまで迷うとは思わなかった。
今、自分のいる位置がどこなのかわからない。
時間は刻々と過ぎていく。
堺氏に電話をしておこうとデパートの中の公衆電話を手に取る。
コインではない、クレジットカードのみの公衆電話である。
日本語、中国語などが表記されていて、それぞれのボタンを押すと母国語のガイダンスが流れる。
そのガイダンスに沿って、ボタンを押していく。
便利な世の中じゃのうと思っていたのだが、ガイダンスはちっとも堺氏のホテルにつなげてくれない。
国際電話とコレクトコールだと自動アナウンスが言っている。
バリの島内の電話は使えないのか?
そんなバカな。
電話を切って、もう一度、やってみるが、やはり同じ。

仕方なく他の電話を探すが全て同じタイプの公衆電話しかない。
徐々に焦る始める。
探しているうちにち〜ムーンともはぐれてしまった。
まぁ、彼女とは最悪、はぐれた時の場所を決めてあるから、大丈夫だとは思う。
デパートのインフォメーションで、「電話ないでしょうか?」と日本語で聞いてみる。
通じない。
いくらバリが日本語が通じるところが多いと言っても全ての方が日本語ができると思ったら大間違いである。
電話する身振り手振りで「ローカル」という言葉を強調しながら、聞いてみる。
通じた。
デパートの中にはないようである。
デパートを出て、彼女が教えてくれた道を歩いていくと、コインを入れる普通の公衆電話を発見。
そういえば先日、堺氏にお世話になっている連載で公衆電話のことを書いたばかりだが、そんなゆるゆるな気分で使う公衆電話とはちょっと気分も違う。
切羽詰まった状態でトイレを探しているのと同じである。
ようやくつながった。

バリの太陽はサンセットの時間を迎えていた。
日常の当たり前のことができないという海外の旅の中で、当たり前の出来事がリゾートホテルで麻痺した脳には、ちょっと嬉しかったりして。
ただドッと疲れてしまった。
ごめん。堺さん。
今日は会えないと思う。
電話を切った時点で、既にギブアップしていた。
これからち〜ムーンも探さなくてはならないのだ。
「クタはクタクタになるから行かない方がいいよ」
空港からの送迎車の中で添乗員さんが言ったオヤジギャクをふと思い出し笑いした。

投稿者 ishiko : 11:49

2006年10月04日

10月3日「眠っていた郵便」

きれいに押せなかったのか、こすれてしまったのか、具体的な日にちは消えてしまっているがおそらく7月頭だと思う。
千葉在住のアーティスト新嘉喜さんから、送られてきた小包だった。
送られてきた雑誌や資料などに紛れて、何故だか気がついたのがつい先日。
3ヶ月近くも、この郵便は眠っていたのである。
ホント、イシコのものぐさも失礼この上ない。
ホント、新嘉城さんごめんなさい!
ってここで謝ってどうする。
とにかく中に入っていたCDと本を取り出し、そのまま今回の旅のトランクに詰め込んだ。

僕のプラス思考は勝手すぎるとよくち〜ムーンに言われるが、それでも、この本はバリで読むべき、聞くべき本とCDだったのかもしれないと思った。
本には6月29日の交遊録を読んで…
と綴られた1枚のメモが同封されていた。
ホワイトマンの制作で活躍してくれた藤森さんが亡くなったことを知った日の記録を読んで、送ってくださった物である。

「千の風になって」(講談社)という新井満著の本とCDだった。
「私のお墓の前で泣かないでください。
そこに私はいません。眠ってなんかいません。
千の風に 千の風になって
あの大きな空を 吹きわたっています
…」
と続いていく。

この歌は世界中で読まれている詩なのだそうだ。
作者は不明。
今は、そんなことはどうでもいい。
とにかく僕はこの詩にやられてしまった。
何度も何度も、この詩を聞き、何度も何度もこの詩のビジュアルブックを読んだ。
バリの風を感じながら…。
自由に飛び回っている藤森さんが近くにいる気がした。
みんなで打ち上げは沖縄に行こうって言っていましたよね。
入院してから行けなかったけど…。
もっと南の島に来ちゃいましたね。
海辺で寝そべっているイシコに彼女がそうつぶやいている気がした。

投稿者 ishiko : 10:01

10月2日「男がエステ好きじゃ悪いのか!」

「イシ君、まだ悩んでんの?」
No.30ち〜ムーンとこれからエステに行くのである。
電話で予約も終え、ホテルまで迎えに来てくれる。
一応、電話では、3時間コースを選んだのだが、僕は4時間コースにしようか迷っていたのである。
だって、1時間で約7ドルしか違わないのである。

ち〜ムーンはエステ好きだが、肌が敏感なので、自分に合ったオイル以外、ダメである。
4時間コースの方にはアロマオイルマッサージがついているので、彼女には無理なのだ。
よって彼女はホットストーンマッサージが中心の3時間コースになる。
僕が4時間コースを悩む理由には、クリームバスなる朝鮮人参やらハーブやらなどが入ったクリームで頭皮をマッサージするバリのトラディショナルマッサージのメニューに惹かれていたのである。
とはいえ、ホットストーンマッサージも魅力的である。
もちろん彼女が3時間で僕が4時間の場合、彼女は、1時間待ちぼうけを食らうことになる。
それも問題である。

「男性がエステで悩む姿って珍しいね。他のこともそれくらい考えてから行動してほしいよね」
ベッドの上でパンフを食い入るように見つめるイシコにち〜ムーンはベランダからの景色をカメラにおさめながら言った。
今回の旅は、こうしたエステ三昧な日々になるに違いない。
結局、本日のメニューは3時間コースにさせていただいた。

投稿者 ishiko : 09:58

2006年10月01日

10月1日「せっかく交遊録が追いついたのに」

トロント映画祭で交遊録のアップが遅れ、ようやく追いついたのに、今日からバリ島である。
No.30ち〜ムーンはこの時期しか休みが取れないので仕方がないのである。
と人のせいにする。
ただ、イシコは、その土地に行けば、それなりにやる仕事もある。
シネマカフェで不定期連載の「世界の映画館」でデンパサールの取材はしてこようとは思う。
僕らが宿泊する場所の近くに映画館があるのかどうかは不明だが…。
しかし、それよりももっと重要な仕事があった。
ち〜ムーンは、アジアの食べ物がほとんど食べられないのにアジア好きというちょっと変わった女性である。
となると僕は彼女とアジアに行くと、まず彼女が大好きなカルボナーラを食べられる店を探すのだ。
アジアで探すのって結構、大変なのである。
少なくとも日本でコンビニを探すよりは大変だと思う。
昔、給食に出たソフト麺のようなカルボナーラを出す店も多い。
彼女は、アジアのカルボナーラ評論家にはなれるのではないだろうか。
とまた1週間程、交遊録はお休みになる可能性がありますのでご了承くださいませ〜。
部屋のインターネットがつながれば途中でアップするかもしれませんが…。
行ってまいります。

投稿者 ishiko : 06:18

9月30日「自販機でカードが使える時代」

 セリュックス桑原さんのご自宅に行く途中、缶コーヒーを買おうとJR新橋駅のホームの自販機に行った。
びっくりした。
今の自動販売機はSUICAが使えるのである。
SUICAを知らない地方の方々に解説すると、カードに貯金機能がついていて(最近、お財布携帯なるものがあるが、それに似ている)JRの改札を通るときに、機械にかざすと清算して通れるようなものである。
そのSUICAで缶コーヒーを買う。
好きなボタンを押してからSUICAをかざすと出てくるではないか。
めちゃくちゃ楽しい。
またボタンを押して次は130円のミネラルウォーターを買った。
危うく三本目に行きそうになって、そこでふと我に返って高校時代を思い出した。

この世に500円玉が登場した頃、僕は高校生だった。
そして最近はほとんど見かけなくなったが当たり付きの自販機があった。
その当たり付き自販機に500円玉が使える機能が同時についた。
最近で言う2000円札の使える切符券売機のようなものである。
その自販機に親友の伸ちゃんが、500円玉を入れて、何を買ったかは忘れたが、缶ジュースのボタンを押した。
「イシコ!当たった〜」
と言って、またボタンを押した。
「イシコ!まただぁ〜!驚異的だ〜!」
と伸ちゃんはガッツポーズをした。
皆さんはわかりますよね?
伸ちゃんは当たったのではなく、どんどん買っていただけなのである。
「イシコ!大変だ〜。残高のところに200円(当時、缶ジュースは1本100円だった)って表示されてる〜!」
伸ちゃんは300円分の缶ジュースを買ったのである。
伸ちゃん、僕は270円で済んだよ。
30円僕の勝ったよ。
って五十歩百歩だけどね。
と高校時代を振り返るイシコであった。

投稿者 ishiko : 06:10

最新の記事
バックナンバー