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 イシコ連載中





 

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2006年09月30日

9月29日「やばい!面白いぞ!Studio Life版「夏の夜の夢」」

一年に一度は、シェイクスピアの「夏の夜の夢」の舞台を観ている気がする。
一昨年は俳優のNo.3コープマンが出演していた野外劇の「夏の夜の夢」を瀬戸内海の直島まで行った。
昨年、ランドマークで行われた野外劇の「夏の夜の夢」では、開演前に坂本美雨さんや山口馬木也さんなど出演者とのトークショーのナビゲーターをイシコはやらせていただいた。
思えば、ここ2年ほど観た「夏の夜の夢」は野外劇ばかりだったようである。

そして今年、久々に劇場版を観た。
劇団「Studio Life」が演じた「夏の夜の夢」である。
劇場でシェイクスピアを観ると思うと、どうしてもお勉強のイメージが強く、構えてしまうことがある。
僕の固定観念がいけないのだろうが、こればかりはいくら蜷川演出であっても一緒である。
先日、トロント映画祭で観たオーストラリア映画「マクベス」のようにギャング映画にまでぶっ飛んでしまうと面白いのだが、そうなると、いくら原作がシェイクスピアと言われても全然、違った作品の感情で観てしまう。
そんな意味においては、Studio Lifeの「夏の夜の夢」は、シェイクスピアらしい部分を残しつつ、いいアレンジの作品に仕上がっていた。

元々、Studio Lifeは人気劇団だが、1ヶ月も公演しているのだから、席はあるだろうと思っていたら、既に指定席はソールドアウトで座布団席。
しかし、座布団席でも観てよかったと思わせてくれる最高の舞台であった。
単純に笑い、ジーンとさせ、考えさせてくれる。

そういえば、コープマンはStudio Lifeの俳優陣と一緒に12月「無敵な男達」@東京芸術劇場小ホールに出演する。
企画・脚本は「ナイナイサイズ!」などの番組で知られる放送作家のカニリカさん。演出には昨年、釜山国際演劇祭で満員御礼だった大阪の劇団「スクエア」の上田一軒さんとなれば期待大である。
今度はチケットがなくなる前に早めに購入しておこうと思う。

投稿者 ishiko : 23:00

2006年09月29日

9月28日「銀座の夜」

先日、「次は誰か銀座に連れて行ってください」と書いたが、早速、ライコランドの森社長に連れて行ってもらった。
「エルメスのビルに使われている特別なガラスは、こだわって10年かけて作ったらしいですよ」
システムデザイナーの黒田氏が教えてくれる。
「ここが有名な文壇バーのルパンですよ」
森社長が教えてくれる。
へぇ〜っと、お上りさん状態のイシコは一つ一つに感動しながら、ついていく。
たどり着いた森社長の行きつけのクラブには、カルメン・マキの曲が流されていた。
というか森社長のリクエストだった。

70年代初頭に物心がついてこんな声に出会っていたら、僕も人生のあり方を考え直したかもしれない。
残念ながら、70年代初頭というと僕は幼稚園に入るか入らないかの頃である。
3歳のイシコがカルメン・マキの曲を聞いている姿を想像すると、それはそれでまた面白い。

誰かが
「彼女の声は命を削って出しているような気がする」
って言っていた。
声に、その人の生き方が出るのだということを初めて感じた。

そういえば、誰かが
「カルーセル・マキってこういう唄歌うんだねぇ?」
とも言っていた。
もちろん全く別人なのだが、間違える気も何となくわかる気がする。

現在もカルメン・マキは現役でアコースティックライブを行っているそうだ。
次は誰かカルメン・マキのコンサートに連れて行ってください。
こうやってワラシベ長者的に、いろいろな場所に出掛けて行くのもこれまた楽しいかもしれない。


投稿者 ishiko : 10:14

2006年09月28日

9月27日「船旅に出てみたい」

「船旅に出てみたい」と書かれたイシコメモを見つけた。
昨年の今頃、経営会議でホワイトマンでやりたいことを書いてきてくださいという宿題が出たことがあった。
「船旅に出てみたい」は出さなかったのだが、それに近いことは、たくさん出した。
「子供じゃないんだから!そんなの自分でやってください!ホワイトマンの会社でやることじゃないでしょうが!」
経営会議のみんなが、ニヤニヤしながら、あきれていたのを覚えている。
「そうだよね〜」
と僕は言いながらも、どこかで納得ができず、面白いのになぁと思っていた。
そのときのやりたいことメモの殴り書きが出てきたわけである。

ちょうど長い船旅じゃないが、船旅を味わう時間を堪能しに、No.30ち〜ムーンとランチクルーズに行った。
クレジットカードのポイントがたまったので、招待チケットに交換してもらったのである。
約2時間竹芝から羽田空港の近くまで、ワインを飲み、食事を楽しみながら、ゆったりと外の風景を楽しむ。
同じ景色でも船の上の時間は、陸の上とは、また違った時間が流れている。
「船旅だったら、この後、部屋に戻って、シエスタ(昼寝)タイムなんだけどなぁ」
「船旅はいいねぇ。いつか行きたいねぇ」
大きな窓に流れる景色を見ながら、珍しく意気投合する二人であった。

今、書きながら(時間軸がメチャクチャでスミマセン!)、昨年、書いたやりたいメモの殴り書きのもう一つを見た。
「マサイで動物と戯れたい!」
あっ!これはホワイトマンでやりたいことじゃなくて、イシコがやりたいことだったのだ。
1年越しで僕もようやく気がついた。
確かに経営会議のみんなが、あきれていたのもわかる気がする。
「経営会議の皆様、いつもありがとうございます!」
殴り書きの横に書き足してから、メモをゴミ箱に捨てた。

投稿者 ishiko : 09:29

2006年09月27日

9月26日「くだらない記憶」

本日、最後の打ち合わせは自由が丘の「SOS」
スゥエーデンのスキーウェアブランドで、すったもんだはあったがWEBがオープンした。
今日はこれまたすったもんだはあったが10月にオープン予定のカタログページの写真イメージの最終打ち合わせである。
とまぁ、打ち合わせの話はともかく、今日は打ち合わせデーだったので、いろいろな場所でコーヒーを飲みまくり、お腹はちゃぽんちゃぽんである。

そういえばものまねでおなじみのコロッケさんは、一日にコーヒーを10杯以上飲むんだったよなぁ。
って直接、聞いたのか?
いや、お目にかかったことはない。
何故、そんな情報を知っているのか?
きっと、昔、読んだ雑誌か何かの記憶が残っているに違いない。
昨日、食べた物も思い出せないことがあるのに、こういうくだらない記憶(コロッケさんやコロッケファンには大事なことだが)はちゃんと残っている。

きっと、イシコがじじいになったら、こういうくだらない記憶ばかりが脳のほとんどを占めていて、近所の子供達に無理矢理、聞かせているような気がする。
「イシコじいと同じ誕生日の大先輩には石坂浩二とシンディ・ローパーがおってな、その前日は張本勳の誕生日なのだよ」
ってその頃の子供達には石坂浩二もシンディ・ローパーも張本勳も知らない世代になっているではないか。
となるとさらにくだらない度が増す記憶になるではないか。
あぁ、いやだ。いやだ。

投稿者 ishiko : 16:50

9月25日「幸福と幸せ」

「幸福」について考えたことはあるだろうか。
僕の場合、「幸せ」については考えたことはある。
国語辞典(三省堂)によると
「幸福」は、現在の環境に十分満足出来て、あえてそれ以上を望もうという気持ちを起こさないこと。
「幸せ」は、運命のめぐり合わせ
となる。

長谷氏が「幸福」にこだわり続けて撮っている写真展に行った。
彼は「幸福」についてHIVポジティブの人達と出会って考えるようになったと言う。
まだ知り合ってから、3回くらいしかお目にかかったことはないが、彼のポートレートにイシコは完全にやられてしまったのである。
宗教ではないが、どこか崇高な物さえ感じる。
この写真を見ていると「幸福」について自然に考えてみた。
HIVポジティブの方を撮っているからでしょ?と言われそうだが、決してそうとは言い切れない何かがある。
その何かをイシコは言葉に表現できないのがもどかしいが…。

家に戻って、先日、産經新聞のオーコさんからいただいた「日本の子ども 60年」を芋焼酎を飲みながら、パラパラとめくっていた。
土門拳や木村伊兵衛などの写真家達が撮ったポートレートである。
戦後の子供達の生き生きとした姿が、印象に残る。
長谷氏の写真展に行った直後だったからかもしれないが、貧乏だが、彼らが、どこか幸福に見えてくる。
そして、ふと思った今の子供達は「幸福」なのだろうか?

投稿者 ishiko : 16:49

9月24日「日本人が世界で活躍するスポーツ」

半年ぶりに実施されたホワイトマン関係者の遠足は、モトGPであった。
いわゆるオートバイの世界選手権である。
意外にあまり騒がれないが、日本人は世界で活躍するライダーが何人もいる。
先日、インタビュー連載で参加していただいた坂田和人選手などは、世界選手権の現役時代、2度もシリーズチャンピオンになっている。

坂田選手の後、加藤大治郎選手が登場する。
2001年には16戦中11勝(史上最多勝)という圧倒的な強さで世界チャンピオンになる。
しかし、 2003年、世界選手権の途中にクラッシュして亡くなった。
ポケバイ出身の彼の夢は、子供達にモータースポーツの楽しさを伝えることだった。
そんな彼の意思を受け継ぎ、毎年、モトGPの観戦席のワンブロックを親子でレースを楽しめる場所として設置している。
ホワイトマン関係者でもあり、しゃべって走れるモータージャーナリスト松下氏がそのシートのMCを努める。
彼はそこへ僕らを招待してくださったのである。

とここまではいいお話である。
今回、9名のホワイトマン関係者がお邪魔したのだが、その中で初めてバイクのレースを観る人が5名。
行きのコンビニで
「今日のレースって、日本選手権なの?」
「えっ?オートレースじゃないの?」
と言う不届き者連発。
「ひかえよろう!このチケットは一枚15,000円もするのだぞ」
僕はみんなの前にチケットを取り出した。
一気にみんなの目は真剣になる。
「オートバイのF1じゃん。やべ〜」

1年振りに鳴り響くオートバイの音は素晴らしかった。
そしてなんと250CCのクラスでは日本人の青山博選手が優勝した。
イカルス出版の木村氏は泣き、イラストレーターのししめちゃんは笑い、竹内夫妻は感動に震えた。
「散歩の達人」山口編集長は親子で飛び上がって喜んだ。
とてもにわかファンとは思えないホワイトマン関係者ご一行様であった。
って、偉そうに言っているが、実は僕もにわかファンの一人である。

投稿者 ishiko : 07:18

9月23日「僕は何が食べられるんだろう?」

八ヶ岳から戻り、半身浴でしっかり汗をかき、毛穴を開いてドウランを出しきった後、No.30ち〜ムーンと彼女の友達で産經新聞のオーコ氏、声楽家の新田氏と乃木坂のワイン料理屋で飲む。

4人とも先日、本多劇場で1ヶ月近く公演していた加藤健一事務所の「詩人の恋」を観ていたので、シャンパンを飲みながら、盛り上がる。
元々、ち〜ムーンも新田氏も加藤健一事務所に関わっているので裏話も聞けることとなる。

オーコさんとは初対面なのだが、実は、今年の春、草彅剛さん主演の「父帰る/屋上の狂」を同じ日に観ていたのである。
なぜわかったか?
その日、舞台の後、出演していた梅沢昌代さんと僕は飲んでいて、オーコさんも出演していた高橋克実さんと飲んでいた。
しかも同じ店の背中合わせで。

とまぁ、それはともかく女性陣3名は高校時代のミュージカル部の同士である。
だから、みんな遠慮がない。
ある意味、うらやましく思えるし、ある意味、自然な光景にも見える。
シャンパンで乾杯もしたので、食事に移る。
店「今日、何にしましょう?前菜でコハダか何か?」
ち〜ムーン「私、光ったサカナダメで〜す。」
店「じゃ、肉にしましょうかぁ?」
新田氏「私、肉食べられないんですよね?」
店「おっと。そしたら、たこはどうでしょう?」
全員「いいですね〜」
店「ガーリックを効かせてあるので美味しいですよ」
ち〜ムーン「あいたた。ガーリックだめです…」
店「…」
いったい僕は何が食べられるのだろう。
オーコ氏「じゃ、みんな食べられる物を食べるということで適当に私が頼むわよ」
オーコさん、ありがとうございます!
これで食事にありつけます。
一事が万事そんな夜だった。

投稿者 ishiko : 06:50

2006年09月26日

9月22日「白塗りにギネス記録はあるのか?」

昨日の夕方、つくばサーキットから戻り、そのまま八ヶ岳南麓の朝プロジェクト体験ツアーにホワイトマンとして参加している。
もちろん寝る直前まで白塗りである。

そして今日は早朝4時30分から、ホワイトマンに変身する。
男女混合の温泉旅に行くと、
「いつも化粧していて大変だなぁ」
と同情したくなる女性がいることがある。

今日の僕は、まさにその女性と同じである。
みんなより早く起きて、朝から鏡に向かって白粉ならぬドウランを塗りまくる。
粉をはたく。
「あらら、今日はノリが悪いわ」
などと女性のマネをしたくなる。

結局、夕方、中央高速から首都高速に移る16時近くまでの約12時間ホワイトマンのままであった。
新宿に戻っても、また19時からは次の第二陣の体験ツアーのナビゲーターの仕事が待っている。
ということは本日のホワイトマン変身時間は約17時間。
これはホワイトマン始まって以来の新記録である。
白塗りにギネス記録はあるのだろうか。
真剣に考えてしまうイシコであった。

投稿者 ishiko : 23:54

9月21日「サーキットを走る理由」

「サーキットを走る」体験に1万5000円払うということは、レースやバイク、車に興味のない人にとっては理解できないかもしれない。
「同じ場所をぐるぐる回って何が面白いの?」
昔、僕がレーサーになりたいと言ったときに母の葵ちゃんが言っていたのを思い出した。
彼女にとっては、高速道路にお金を払うことは理解できても、サーキットにお金を払うことは理解できないのだと思う。

実は、そんな僕も「楽しそうだなぁ」と思いつつ、どこかで葵ちゃんの気持ちもわかる気がしていた。
クラシックカーレース「ミッレミリア」でイシコはサーキット走っているじゃないかと言われそうだが、あのレースはあくまで旅の途中でサーキットに寄る感覚なのである。

つくばサーキットでライコランド主催の「サーキット・スマイル」という走行会が行われた。
「サーキットを走る」体験に120名なる満員御礼。
僕はWEB用の取材がてらスタッフの皆様と一緒に時間を過ごさせていただいていた。
サーキットに来て3時間程、過ぎた頃だろうか。
「サーキットを走る」ということはものすごく面白いことなのかもしれないと思い始めた。
もちろんバイク大好き120名の空気感にマインドコントロールされている部分もあるのだろうが、普段、出せないスピードを安全に出せる楽しい場所があるということの非日常感に徐々に興奮し始めたのである。
非日常な時間を味わうために1日1万5千円払うのなら、実は安いのかもしれない。
初めてそう思った。

いずれバイクを買ったら、走行会に参加してみよう。
いずれが1年後なのか、2年後なのか、10年後なのかはわからないが…。
今更、それを感じるというのはイシコは昔、何でレーサーになりたかったのだろう?
ともかく、ずっと理解できなかった気持ちが、わかるというのは、なんだかものすごく得した気分になる。

さて、次の理解できないことターゲットは、銀座のクラブで座るだけで3万円払う店に行く人の気持ちを理解してみることにしよう。
誰か連れて行ってください。

投稿者 ishiko : 23:47

9月20日「人力車の人選び」

浅草は雷門の前で道沿いの柵に座ってボーッと眺めている。
雷門を眺めていたわけではなく、人力車を眺めていた。
彼らはお客をつかまえようと必死である。
でも、そのおかげで今日も、雷門の前は活気づいている。
活気を演じているような嘘くさい活気とも言えるが…。

彼らはどんどん客に声をかける。
しかも同じ人に声をかけるのではなく、ちゃんと選んで声をかけるのである。
乗りそうな人を自分なりの勘で選んでいるのだと思う。
僕などは10分近く、近くに座っているが、一度も声をかけられない。
一人だから?
いや、一人の人にも声をかける。
彼らは何を基準にしているのだろうか。

想像するに、観光客に見える人に声をかけているのだと思う。
方言を話すのが聞こえると必ずと言っていいほど声をかける。
地方から来ていると、人力車に乗ってくれる可能性が高いということなのだろう。
後は写真を撮っている人。
これも観光客の可能性は高い。
「写真撮りましょうかぁ?」
2人組で交互に雷門を写そうとしている人に声をかける。
無視されることもあるが、時々、人力車のお兄さんの助けを借りる。
確かに2人一緒の写真は欲しいのだから願ったり叶ったりである。
しかし、そこから人力車のお兄さんの饒舌が始まるのだ。
成功率は低いようだが、10分以上座っていると一組のお客さんが乗って行った。
それにしても最後まで声をかけられなかった僕は、いったい何に見えたのだろうか。

投稿者 ishiko : 23:37

9月19日「岐阜の阜って他に使い道はあるのか?」

 「イシコさん、岐阜出身ですか?岐阜の「阜」って、なかなか書けないですよね?」
「散歩の達人」編集部の新垣さんが言った。
渋谷に新しくできた鍋料理の専門店で松茸をつつきながら。
僕にはカルチャーショックな発言であった。
38年間のうち18年間を岐阜で過ごし、残りの20年間は岐阜出身と言い続け、「岐阜」という地名が当たり前になっているのである。
「愛媛の媛も使わないけど、まだ、さくや媛のように古典に出てくるけど、岐阜の阜は熟語でも見当たらないですよね?」
たたみかけるように彼女は言った。

「岐阜出身のイシコさんが可愛そうだ。フトウがあるじゃないか?」  
「散歩の達人」の山口編集長が援護した。
残念ながら、フトウは埠頭と土辺がついている。
そもそも可愛そうと言われること自体がおかしい。
ということは
「山口編集長お前もバカにしているのか?」
シェイクスピアの芝居のように言いそうになる。

3人でビールを飲みながら、「阜」のつく熟語を探し続けた。
そこへWAVE出版の竹村氏が遅れてやってきた。
「竹村さん、岐阜の阜って書けますか?」
「はい?こうですよね?」
彼女は手の平に正しく書いた。
出版社だから当たり前かもしれないが、なぜかメチャクチャ嬉しかった。
「うちの夫が岐阜出身だから」
なぜか、突き落とされた気持ちになった。

投稿者 ishiko : 23:31

9月18日「ち〜ムーンの誕生日」

ち〜ムーンの誕生日。
敬老の日である。
これはいたわらねば。
もちろん口には出せない。
それは昨日か?

若返りをはかるために、ディズニーランドデートを提案したが、昨日、家具デザイナーNo.11ボッチャマンとヘアデザイナーNo.17シャーマンと遅くまで飲んでいたのであえなく却下。
中目黒の川沿いで散歩がてらランチをしてから、No.35ピースマンが経営する逗子は一色海岸にある海の家「ブルームーン」に向かった。
ここで夕陽が沈むのをゆるゆると見ようと。
何度も行っているのに、何故か迷ってしまい、ようやく辿り着いたときには既に陽は傾き始めていた。
「間に合った〜」
二人は、「ブルームーン」の場所へ走った。

ない。
何もない。
いつも使っている公衆トイレが建っているだけ。
確かにもう9月も半ば過ぎである。
海の家など建っているわけもないか。
建っていた場所には当たり前だが砂浜が広がっていた。
僕らは缶コーヒーを買い、流木に座って、夕陽をずっと眺めていた。
「まぁ、これもいいね」
と言いながら。
もちろん、言ったのは僕だけである。

本日、朝ブログあり

投稿者 ishiko : 08:27

9月17日「アマチュアって何だろう?」

 遠藤周作さんが存命だった頃、彼は劇団「樹座」というアマチュア劇団を主催していた。
僕も一度だけ出演したことがある。
まぁ、その話を始めるとメチャクチャ長くなるので、またの機会にする。
どうしてもという方は林真理子さんが当時、書いた「原宿日記」を読むと「樹座」の話が書かれているのでご覧になっていただければと思う。
何故か「原宿日記」の中では、僕はロッカーを目指している青年になっているが…。

 エイベックスのレッスンを受けている300人の子供達を集めてのショーを観ていたら、そのときのことを思い出した。
今回の公演は、以前、ホワイトマンのダンスレッスンでお世話になったヒロ先生が、企画、構成、演出をしている。
踊っている子供達を見ながら、
「何をアマチュアと言い、何をプロと言うのだろう」
と心の中でつぶやいた。
口に出すと隣に座っているNo.30ち〜ムーンに
「うるさい!」
と怒られそうだから。

先日、ホワイトバールに遊びに来た方に
「ホワイトマンってプロの集団なんでしょ?」
って言われて戸惑ったことがある。
確かにプロフェッショナルな方は多いが、ホワイトマンには高校生や小学生もいるわけで。
そもそも、
「イシコは何のプロなの?」
と言われたら、答えようがない。

それにアマチュアにはアマチュアのよさがあり、アマチュアのゆるさが自由な発想につながることもあるのではないかと思うこともある。
もちろん、これも心の中でつぶやいた。
口に出すと隣に座っているNo.30ち〜ムーンに
「で、あなたは何のプロになるんだい?」
とあきれられそうだから。

投稿者 ishiko : 08:08

2006年09月21日

9月16日「一人カラオケ?」

おかげさまでお腹もほぼ復活!
 図書館で借りていた歌舞伎の資料10冊を返す日が今日だったことを思い出し、車で図書館をハシゴする。
 返した後、11月にトークショーをするかもしれない直木賞作家角田光代さんの初期の頃の作品を二冊借りる。今更、言うことではないが、図書館ではCDが借りられるところもある。

たまにはCDでも借りてみようかなぁと眺めてみる。図書館で借りるのだから無料である。
無料なら、普段、聞かないCDを聞いてみるのもいい。
 普段、聞かないジャズのところに行き物色を始める。
映画「スイングガールズ」を観てから「A列車で行こう」という曲が気に入ったので、 ディジー・ガレスビーのアルバムを借りる。

 もう一つあまり聞かないジャパニーズ ポップのところに行く。
トロント映画祭でNo.24キャスパーが徳永英明のアルバムを聴かせてくれた。
彼が女性のシンガーソングライターの曲をカバーしたアルバムを出たらしい。
妙に懐かしかったので、彼のアルバムも借りる。
久々に彼の歌声を聴きながら焼酎を飲もうと思ったのだが、早速、パソコンに入れてみたら、何と徳永英明の曲のインストゥールメンタルだった。
「紛らわしい!アルバムに彼の写真を載せるなぁ」と叫ぶ。
仕方がなく、僕が歌った。

投稿者 ishiko : 06:55

9月15日「眠る、眠る、眠る…」

 お腹を壊した。多少、旅疲れもあるのかもしれない。
戻ってくる飛行機の中で風邪をひいたところまではNo.24キャスパーと確認した。
とは言っても、ほとんど飛行機の中で眠っていたので治ったと自分の中で思い込んでいた。
しかし、お腹に来た。 
ロフトにはパソコンもあるので、最低限の連絡事項と締切の原稿だけ送り、トイレの時以外、布団の上で生活をしながら、眠る。眠る。眠る…。

 WEBで関わっているバイク用品専門店ライコランドのミーティングも、環境省の印刷物でお世話になったコミネコミュニケーションズのパーティーもすべてキャンセル。
ご迷惑をかけたことに反省しながらも眠る。眠る。眠る…。
 
夢でもトイレに走る夢をみる。
何故だか一緒に鼻毛が異常に伸びてきて、まとめてはさみで切る夢もみる。
やはり疲れているのかもしれないと感じながらも眠る。眠る。眠る…。

 さすがにほとんど何も食べていなかったので、No.30ち〜ムーンとお気に入りのパフェがある神泉パーラーという店でアイスクリームだけ食べようと思って出かけるが、店がうどん屋に変わっていた。まぁ、お腹にはうどんの方が優しかっただろうと思いながら部屋に戻って眠る。眠る。眠る…。
眠りが中心の一日であった。

投稿者 ishiko : 06:49

9月14日「イシコの処女本は出版されるのか?」

 僕が大好きな写真家というか芸術家というか素敵な生き方を送っている人にアラーキー(荒木経惟)というアーティストがいる。
説明しなくても皆様の方がよくご存知かもしれない。
常に胸にカメラを下げ、いつでも楽しそうにシャッターを押しているイメージが僕にはある。
そんな彼の写真集を観ていると最初にイメージして創り上げていくというよりはライブ感を楽しみながら、その過程が作品になっていくといった感じがする。
そんな彼の写真集の担当編集者として創り続けるアートン出版の上野氏と下北沢で飲む。

 とは言っても彼女と会うのも飲むのも初めてである。
メールでやりとりはしていたのだが、ダメ人間「イシコ」と本を創りませんかと光栄なことをおっしゃってくださり、一度、会って飲んだくれながら話をしましょうということになったのである。
 いくら入稿間近でも毎日8時間眠り続けた編集長時代の話、何度も「中止しよう」と弱音を吐きまくったホワイトマンショー@青山円形劇場の話、昨年、かなりのホワイトマンやホワイトマン関係者を巻き込んだホワイトマン本プロジェクトで、ノンフィクションを依頼されていたのに、いつのまにかフィクションを書き始め、結局、中止になってしまった話。
数々のダメっぷりを延々にお聞かせしていった。
上野氏の顔は徐々に不安になっていく。
さてさて、イシコの処女本は出版できるのか?乞うご期待。なのか?

投稿者 ishiko : 06:44

2006年09月18日

9月13日「文章の書き方」

映画三昧の日々から頭を切り替えて、式根島の芋焼酎を飲みながら2日後の締切に迫った歌舞伎の旅の原稿に没頭する。
飲みながらということは、没頭するとは言わないか。

交遊録のようなブログは徒然なるままに綴っていくのだが、文字数の決まった依頼原稿は徒然というわけにもいかない。
僕は文章を勉強したことがない。
大学だって、ほとんど授業は出なかったが理系である。
なので、どんな風に文章を書きあげていくのが正解なのかは知らない。
そもそも書きあげていく過程など、どうでもいいのだとは思う。
それでも文章を5年以上、書き続けていると自分の書き方というか進め方ができてきた気がする。

先にその全体像をイメージしながら、思いついたキーワードや書きたいフレーズをランダムに書きなぐっていく。
パソコンに打ち込むのだから、打ちなぐっていくと言った方がいい。
一度、手を休めて、ボーッと全体像を眺めているうちに流れが頭の中に何となくできていく。
その頭の中に従って、ようやく書き出しから少しづつ書き始める。
きっと僕のような書き方は、パソコンという文明の利器があったからこそできるのかもしれない。
一度、万年筆に憧れて原稿用紙で書いてみようとしたのだが、全く手が動かなかった。

そして、その後、文字数を揃えていく。
文字数が多すぎることもあれば、取材不足で文字数が足りないこともある。
何とか文字数を合わせたら、その日は、その原稿には手をつけない。
翌日、もう一度、目を通す。
だいたいダメである。
出さなくてよかったなぁと恥ずかしくなることさえある。
ここからは推敲の時間である。

ってな感じで進んでいくので人よりも文章が下手な癖に、時間がかかる。
ただ、こうやって書いている間の自分と向き合っている時間が僕は大好きである。
何度も何度も推敲しては、
「やっぱりこっちの文の方がいいよなぁ」
などとブツブツつぶやきながら文章をいじっている。
結局、最初に書いた文章に戻っていることもある。
ただでさえ、「てにをは」がメチャクチャだと言われる文章が、もっと支離滅裂になることもある。
冷静になったら、わかるだろうと思うような漢字の間違いも平気でしたまま最後まで気づかないこともある。
ただ、自分が納得いく流れの文章になるまでは書き続けていたい。
と徒然に書き綴ってから、依頼原稿に戻る時間もこれまた好きである。


投稿者 ishiko : 11:31

2006年09月17日

9月12日「さらばトロント映画祭!さらば幽霊ホテル!」

UFOは一回だけ見たことがあるが、霊感は全くない。
って関係ないか?
僕らが泊まっていたホテルというかコンドミニアムは幽霊ホテルという噂だった。
確かに4階で意味もなくエレベーターのドアが開いたことがある。
No.24キャスパーと同じ場所に泊まっていたシネスイッチ銀座の吉沢氏のお部屋で飲ませていただいているとき、何度もノックの音が聞こえるのだが、ドアを開けると誰もいない。
最初は隣かなぁと思っていたのだが、確実に飲んでいる部屋をノックしているのである。

聞くところによると、ここは昔、お墓だった場所らしい。
そう聞くと霊感がなくても、やはり怖いものである。
幸い僕はお香が大好きで毎日、朝、晩、部屋で炊いていたせいもあるのか僕の部屋では何も起こらず、快適な毎日を送らせていただいた。
そんな場所も1週間いて、いざ離れるとなると寂しいものである。
「さらばトロント映画祭!さらば幽霊ホテル!」
と言いながら、リムジンタクシーに乗り込み、ピアソン国際空港に向かうのであった。

そうそう。最初に書いたUFOの話なのだが、大学時代のことである。
静岡の焼津市へ家庭教師に行っていたのだが、その家の近くの山にUFOを見た。
消えて行った場所の方へ追いかけていき、家庭教師に遅刻した。
結局、UFOは見つからなかった。
「おばさん!遅れてスミマセン!裏の山にUFOが!UFOを追いかけていたら…」
「はい。はい。先生。そんな言い訳しなくても大丈夫ですよ〜。後でお部屋にご飯持っていきますから」
おばさんは笑っていた。
本当に見たんだけどなぁ。

投稿者 ishiko : 08:50

2006年09月16日

9月11日「旅先でやりたくなること」

僕は旅に行った先で、やりたくなることがいくつかある。

1:その土地の映画館で映画を観る。
まぁ、今回、映画祭に行ってるんだから映画館で観ているのは当たり前だが、その土地の人がどう映画を楽しんでいて、映画館との関わり方に触れたいのである。
そのために「世界の映画館」という不定期な連載も持たせてもらっているのだ。
もちろん、今回もトロントで映画祭に関わっていない映画館にも伺わせていただいた。

2:トイレの写真を撮る
お前、変態か?と言われそうだが、世界のトイレは面白いのである。
お尻を水で洗うホースがついているミャンマーなどのようにトイレ文化が違う部分を感じるのはもちろんなのだが、ヨーロッパやアメリカなどのように一見、日本と同じでもメーカーが違ったり、高さが違うだけで印象が変わるものである。
今年頭に行ったラオスの土の上のトイレのデータがなくなってしまったのはメチャクチャ残念である。
トロントは便器の高さが店によってバラバラなのが興味深かった。
でも日本もそうなのかもしれない。
ちょっと今度、調べてみよう。

3:マッサージに行く
マッサージやエステなどが大好きなのだ。もちろん、足ツボ、タイ式、整体、指圧、顔ヨーグルト、ホットストーン、垢擦り、カッピング、サウナ、アロマなど種類の楽しさもあるが、同じ指圧でも国によってやり方が違うのが楽しかったりする。
失敗することも多いのだが、チェコの指圧が結構よかったり、カッピングで肩こりが楽になったりとこれまた楽しい。
トロントは大失敗だった。

4:公衆電話の写真を撮る
こちらもトイレと同じで、世界の公衆電話は面白いのである。
ほとんどが四角い形なのだが、モンゴルのウランバートルのように公衆電話を何故か人が持っていたり(しかも電話線がない、ということは携帯電話の貸し出しに近い感覚)、同じ国なのに何種類も違う公衆電話があったりとこれまた楽しい。
残念ながらトロントは一種類しか見かけなかった。

5:髪の毛を切る
実は、これはホワイトマンを初めてからはほとんどしていない。
バンコクでサザエさんのワカメちゃんのような髪型で日本に帰ってきたときにヘアデザイナーNo.17シャーマンが、悲しそうな顔をしていたので何だかもの凄く申し訳なくなってしまったのである。そりゃそうである。
しっかり先々のことも考えて髪型を創ってくれているのが壊されてしまうのだから。
以来、ホワイトマン存命中は行かないと決めている。
だからトロントでも行きたい気持ちをグッとこらえる。

どれもくだらないと言われれば、くだらないが、きっと興味がなくなるまでは続けるだろう。もちろんイシコのことなので、そのうち飽きると思うが。

朝ブログあり。

投稿者 ishiko : 08:43

2006年09月14日

9月10日「チャイナタウンの次はコリアンタウン」

旅が4日目くらいになってくると、必ずイシコの交遊録はサボり気味になる。
まぁ、肝心のトロント映画祭のブログ朝プロジェクトのブログ(これもサボり気味だが)が忙しいってこともあるのだが…。
一番の理由は、映画を観たり、遊んだりとこれまた時間が足りないことと言い訳を並べてみる。

というわけでいつものように少しづつ追いついていくとします。
前回(一応、イシコの交遊録上では昨日)、チャイナタウンの話をしたが、本日はコリアンタウンである。
どこの国に行ってもチャイナタウンやコリアンタウンがあるものである。
ってこれは映画祭のブログで書いたなぁ。
コリアンタウンの朝ご飯があれば、間違いなくタクシーを飛ばしてでも行くだろう。
ってこれは朝プロジェクトのブログに通じてしまうからなぁ。

などと書いていると文字数だけが過ぎていく。
コリアンタウンで飲むビールの話。
よし!これは書いていない。
僕はOBビールという韓国のビールが好きである。
トロントでは、通常、クアーズライト(何故かクアーズはなくて、クアーズライトがあるのである)、カナディアン、ブルーという3種類のビールを飲んでいた。
これが現地のビールということで。
このコリアンタウンのプルコギがうまい店にもビールの欄にはOBビールと供にクアーズライトが書かれていた。

OBビールを最初に飲んだのは、4年以上前に韓国に初めて行ったときに飲んだビールなのである。
書き直そう。
僕はOBビールが韓国で初めて飲んだ韓国のビールである。
別にそこまで特別にOBビールが好きなわけでもない。
ビール全般好きなのだから。
最初にその名前を見たとき、「ゴルフのOB」みたいで、何かアウトレットに売ってそうなビールだなぁと思ったのを覚えている。
でも、飲んでみると美味しかったので、ホテルの冷蔵庫でもOBビールを選んで飲んでいたし、コンビニでもOBビールを買って帰ったのである。

そう考えると今、泊まっているコンドミニアムにカナダのビールを買って帰ることは少ない気がする。
今、入っているビールも南アフリカのビールとアメリカのビールである。
ということはあまりカナダのビールは僕は気に入っていないのかもしれない。
よって、やはりOBビールは僕は好きなのである。
何だか数学の証明問題をやっているみたいになってきた。
とビールのことを書いてしまったので、映画祭ブログにはビールの話を書くのはやめることにする。

投稿者 ishiko : 08:54

2006年09月11日

9月9日「世界のチャイナタウン」

旅をしていると世界中、どこにでもチャイナタウンって世界中、あるんだなぁってつくづく感じる。
前日の日本酒がまだ残っていて二日酔い気味でCNタワーの近くにあるチャイナタウンに行ってみる。
チャイナタウンだから当たり前と言われれば当たり前だろうが、一応、カナダなのに歩いている人が中国人ばかりというのはどこか妙な感じがある。

街中の看板が街中に中国語があふれ、街中に中国の野菜や果物の市場があり、街中に中国語が飛び交う。
そんな中、金髪で地下足袋風のスニーカーを履くイシコの姿は、間違いなく、この街に馴染んでいなかった。
北京ダックとワンタンとチンゲンサイが乗っかった麺を食べる。

チャイナタウンの向こうに見える世界一高いCNタワーが上海タワーに見えてくるイシコであった。
ってトロント映画祭ブログの映像でも言ったが、僕は上海に行ったことはない。
念の為。

投稿者 ishiko : 20:19

2006年09月09日

9月8日「日本でもほとんど食べないケンタッキーで幸せになる」

映画を二本続けて観ると結構、体力が必要である。
内容自体はトロント映画祭ブログの方でレポートするが、どちらも僕にとっては大当たりの作品に出会えた。
しかし、二本を見終えるとすでに時計は3時近くなっていた。
昼食も食べていない。
日本では、ほとんど食べないケンタッキーで、ほとんど食べないチキンバーガーを頼み、ほとんど飲まないドクターペッパーを頼み、ほとんどしないテイクアウトでホテルに戻る。
ほとんど見ないテレビをつけ、ほとんど座らないソファにどっかり座り、ほとんどしたことのない机に足を投げ出し、ほとんど、こんな気分を味わうことのないアメリカン。
一応、カナダなんだけどなぁ。
とにかく健康志向な方々からは、怒られそうな夕方の時間である。

しかし、たまに食べるケンタッキーの美味しいこと。
たまに飲むドクターペッパーのうまいこと。
たまにつまむポテての香ばしいこと。
怒られそうだけど、僕にとっては幸せな時間なのである。
お腹も気分も大満足。
その後に待っていること。
これだけは、日本でも、いつもしている昼寝タイムである。
幸せ。幸せ。

朝ブログあり。

投稿者 ishiko : 20:01

2006年09月08日

9月7日「自分だけの地図」

その土地に1週間程度滞在できるのであれば、ゆっくり自分の頭の中で地図を作っていけばいいと思っている。
とはいえ、さすがに映画館の場所くらい聞いておくべきだった。
いきなり初日から単独行動は無謀だったのかもしれない。
普通の旅ならともかく、今回、映画祭ブログの為にトロントにやってきたのだから。
トロントという街がどれくらいの広さなのか、どのあたりで映画祭をやっているのかさっぱりわからない。
って建前で言ってみるものの、どこかで「旅はこれだから楽しいんだよなぁ」という旅の開放感に浸っている。
地図も持たず、午前中は土地勘作りも兼ねて、ゆるゆると歩き回ってみる。
映画祭の関係者は胸からパスを下げているので、その人達に出会ったらついて行けば何となく映画館の場所もわかるかなぁと思っていた。
しかし、なかなか出会えない。
出会えてもコーヒーショップで見かける程度で映画館にたどり着かない。
途中で世界でも珍しい靴博物館に立ち寄ったり、クィーンズパークで昼寝したりしても映画館にたどり着けない。
当たり前だが…。  

結局、たどり着いたのは日が傾き始める夕方になってから。
一本目の「7years」という映画であった。
疲れ果てたのか、途中で何度も堕ちてしまう。
こうして僕にとってのトロント映画祭が幕を明けた。

投稿者 ishiko : 20:37

2006年09月07日

9月6日「トロント映画祭に向かう飛行機の中で」

映画祭ブログの続編がいよいよ始まる。
新しくなった成田第一ターミナルからカフェグルーヴ社長でシネマカフェ編集長のNo.24キャスパーとエアカナダでトロントに向かう。
飛行機の中で隣の初老のグループと一緒になる。
一緒になると言っても、特に話したわけではない。
眺めていただけである。
眺めたくなる程、このグループが豪快なのである。

僕の旅経験の中で、オールドをボトルごと持ち込んで飲んでいる人を初めて見た。
「どくどく」と音が出そうな程、カップに注いでいる。
僕も飲むとすぐに顔が赤くなるが、オールドを持ち込んでいる推測65歳の男性もかなり顔が紅潮している。
離陸3時間後、彼は一人では立てなくなっていた。
奥様に抱えられるようにトイレに向かった。
しばらく戻ってこなかった。
ふと僕も10年程前、No.30ち〜ムーンとロンドンに向かう途中、機内で赤ワインを飲み過ぎて、トイレから出られなくなったことがある。
以来、No.30ち〜ムーンと一緒に飛行機に乗る時は、赤ワインの飲む量にストップがかかる。

初老のおじさんに話を戻そう。
いつしか初老のグループから初老のおじさんになる。
もう僕とキャスパーは釘付けである。
ちょっと怪しげなアイマスクをつけて眠り始める初老のおじさん。
1本の爪楊枝で長過ぎるだろう的に歯を掃除する初老のおじさん。
それでは飽き足らず、鞄から組み立て式の歯ブラシを取り出し、組み立てないで短いまま歯を掃除する初老のおじさん。
このおじさん、意外に歯に気を使っている。
トロントに降り立つまで目が離せなかった。
キャスパーはこのおじさんのグループを「メープルシロップ隊」と名付けていた。

こうしてトロント映画祭ブログが始まった。


投稿者 ishiko : 12:56

2006年09月06日

9月5日「戯曲に出てくる場所」

歌舞伎の狂言(戯曲)を巡る旅シリーズが始まった。
一回目は「白波五人男」である。
弁天小僧の出てくるあの「白波五人男」である。
って偉そうに言っているが、僕は歌舞伎で「白波五人男」を観たことがない。
せいぜい、テレビの芸能人隠し芸大会でパロディとして観たことがあるような気がする程度である。

あらすじを予習した上で舞台となる鎌倉に向かった。
昨年、ホワイトマンとJTB丸の内支店とで開催した「大人の遠足」以来の鎌倉旅である。
何度、訪れても楽しい鎌倉の奥深さには、いつものように驚かされる。
舞台となる細かい場所に関することは10月中旬アップの松竹のサイトを観ていただくことにして、交遊録では戯曲に出てくる場所というものについて考えてみる。

「男はつらいよ」のように映像で観たロケ地にそのまま行く感動と、今日の歌舞伎のように地名だけで、実際には存在したかどうか不明な場所に行き、物思いにふける感動とはまた違う気がする。
もちろん、「男はつらいよ」で使われたロケ地で、渥美清の気持ちやそのときのマドンナ役の女性の気持ちを考えるのも楽しいが、歌舞伎のように当時の脚本家の気持ちを想像しながら、歩く旅というのは、更に楽しい気がする。
どんな思いで、この場所を設定し、どんな思いで、この場所をとらえていたのか。
これからもっともっと歌舞伎を観たり、それにまつわる本を読んだり、人の話を聞きながら楽しんでいこうと思う。

なぁんてまたまた偉そうなことを言っているくせに鎌倉プリンスホテルのスィートルーム撮影中にこのホテルが「失楽園」で使われた場所だと聞いて、メチャクチャ興奮していたんだけどね。

投稿者 ishiko : 07:32

9月4日「何が言いたかったのだろう?」

このところ、「あれ?何を言おうとしてたんだっけ?」
と言うことが多い。
30代後半になったから仕方がないのか、それよりは日々、飲んだくれているので脳がボケ始めている影響の方が大きい気がする。
今日もアメリカ文学評論家で大学教授の新元氏、カメラマンの鈴木夫妻、イラストレーターの山崎氏、古本カフェオーナーの山路氏と高円寺で飲んだくれていた。

飲んだくれながら、最近、観た面白い映画の話になった。
今月末に公開になる「カポーティ」が面白くて、様々な雑誌にも寄稿したと新元氏が言っていた。
「最近のイシコのオススメは?」
と聞かれ、最近、エドハリスっていた僕は「狩人と犬、最後の旅」をあげた。
でも、話しているうちに「あれ?何を言おうとしてたんだっけ?」状態に陥ったのである。
それでも「狩人と犬、最後の旅」の話を続けていた。

しかし、徐々に「何が言おうとしてたんだっけ?」モードが大きくなり、何だかトークショーをしているときの感覚に襲われる。
口で言っていることと別のことを頭では考えているのだ。
口では「日本沈没と日本以外全部沈没」の話をしていた。
結局、最後まで僕が言いたかった話は思い出せなかった。
帰りのタクシーの中でも、「何を言おうとしてたんだっけ?」をずっと考えていたのだが結局、思い出せないのである。

で、今、書きながら、ふと思い出した。
昼間、下北沢で観た加藤健一主演の舞台「詩人の恋」が、今年、観た芝居の中でナンバー1かなぁ。
映画じゃなくて演劇かよ!
自分で突っ込んでいた。
きっと何かの映画のきっかけで言いたくなったのである。
何の映画だ?
あれ?
何だ?
う〜ん、思い出せない。
でも、気になる。
皆様、お酒の飲み過ぎにはお気をつけくださいませ。

投稿者 ishiko : 06:33

2006年09月04日

9月3日「エド・ハリスるing」

朝、ビールを飲みながら映画を見ていた。
「ビューティフルマインド」。
あぁ、「ラッセル・クロウね」と先にその名前が出るだろう。
しかし、今の僕は同じ主演に顔を並べている「エド・ハリス」の方を追いかけているのである。

今週、トロント映画祭に出掛けるのだが、その旅中に「エド・ハリス」のインタビューをする機会に恵まれそうなのである。
ハリウッドスターに会える機会なんて、人生の中でもそんなにないだろう。
だったら、「もしも」の機会に備えて、エドハリスにまつわる映画を見ておこうと思ったのである。
そこで朝からエドハリス出演の映画を見るのである。
午後、一度、No.17シャーマンのところで頭をトロント映画祭使用にしてもらい、No.
30ち〜ムーンとジャージャー麺を食べに出掛けるが、それ以外は家で、ボーッとエド・ハリス出演の映画を見ていた。

「ビューティフルマインド」、「トゥルーマンショー」、「アポロ13」、「白いカラス」、「目撃」など、まだまだ「エド・ハリス」が出演している作品は山程ある。
トロントに出発するまで後2日。
まぁ、家にいる時間は少ないが、出来る限り見続けていきたいとは思う。
今日も、「エド・ハリス」を見るのだ。
よって「エド・ハリス」を動詞にして「エド・ハリスる」+現在進行形のing。
すなわち「エド・ハリスるing」なのである。

本日朝ブログあり

投稿者 ishiko : 07:41

2006年09月03日

9月2日「博多三昧」

今週は旅が多かった。
最後の締めは博多である。
と言っても、本日は博多に来ているのではなく、吉祥寺の中華料理屋で経営コンサルタントの吉村氏、市川氏から博多の庄嶋氏を紹介していただき、御馳走になってしまった。

庄嶋氏は、様々な顔を持っていらっしゃるが、その中に、昨年、開校され、様々な分野から注目され、マスコミにもよく登場する特定非営利活動法人「博多デベロップメントカレッジ」という博多織の学校の理事長をされている。
1年で10名程度(昨年が12名、今年は8名らしい)の生徒しか取らない。
受講する生徒には一台づつの博多織手機が与えられる。
講師陣には、博多織の職人達はもちろんだが、建築家や能楽師、住職や宮司、書道家や華道家、料亭のおかみなど、メチャクチャ面白い目線で物造りを学べる学校である。
そして、庄嶋氏は、この学校を10年で閉めると開校の際に宣言されている。
「10年経って、一人もいい人材が育たない学校だったら、この学校は存在しなくていいと思います。もし、一人でも世界にはばたく博多織のクリエイターが出てきたら、今度は彼がその弟子なり育てていけばいいと思っています」
ホワイトマンが5年で終わるというのも、これくらい説得力があればいいのになぁと思ってしまう。

そして、庄嶋氏のもう一つに顔に、あの博多の夏祭り「祇園山笠」の相談役というものがある。
わかりやすく言うと現在の祇園山笠の事実上トップの方ということになる。
既に675年の歴史を持つこの祭りは、この土地に生まれた0歳から死ぬまで参加することができる。
そんなお祭りというのは日本全国探してもないのではないだろうか。
手ぬぐいの色で階級もすぐに判る。
その手ぬぐいの色も人間の成長に合わせて、それぞれの地域の長老が決めるらしい。
何だか教育の原点がそこにあるような気がする。

来年の7月、祇園山笠をあこがれの桟敷席から拝見させていただくことになった。
というわけで来年、7月10日から14日まではイシコは何がなんでも博多にいるのであしからず。
って僕は誰に向けて言っているのだろう。
とにかく今からメチャクチャ楽しみである。

*本日朝ブログあり

投稿者 ishiko : 07:40

2006年09月02日

9月1日「旅が続くと目覚めパニックを起こす?」

夜中に、ふと目覚めた時、自分がどこにいるのかがわからなくなった。
「あれ?ここどこだ?」
寝ぼけた頭が、壊れかけのパソコンのようにうぃ〜んと音を立てて、回り始める。
旅が続くとこういったことがときどき起こる。
僕はこれを目覚めパニックと読んでいる。

子供ショーで全国をまわっていた頃、ほぼ一ヶ月、全国を転々とホテル暮らししていたときには、日々、目覚めパニックを起こしていた。
前日に青森でショーをした後、翌日に宮崎でショーなどということになれば当たり前なのかもしれない。
こうなってくると日本のどこにいるのか麻痺してくるのである。
そうすると目覚めた時に、プチパニックを起こすのである。
眠る前に1回だけ、ふ〜っと息を吹きながら、宿泊場所の天井を確認してから眠ると自分のいる場所を確認して眠ると、目覚めパニックは起きない。
僕の旅先で眠る前のジンクスのようなものである。

きっと昨日、眠る前にやらなかったのだろう。
で、今日、いる場所である。
0コンマ何秒の間に移動している数日間がフラッシュバックのように蘇ってくる。
式根島からのジェット船、新潟までの新幹線、東京までの新幹線、表参道までのタクシー、小淵沢までの特急、清里までの佐久間氏の車。
そうそう、八ヶ岳南麓にいるんだ。
今日は朝プロが本格的に始まる記念日なのだ。
北杜市長やJTB関東の方々、朝プロに関わるメンバーの体験プログラムが行われる。
そして、待ちに待った朝プロジェクトのHPも今日から本アップ。
イシコが、ほぼ毎日ブログを書く場所が、また一つ増えることになる。

ふと携帯の時計を見ると4時。
4時30分出発!
それまでにホワイトマンに変身しなくてはいけない!
よし、起きてシャワーを浴びよう。

ということで、本日より、朝プロのブログを書いた日は「本日、朝ブログあり!」とその日のところにリンクを張っておきまする。

投稿者 ishiko : 08:50

2006年09月01日

8月31日「新潟駅は悪いのか?」

朝一の新幹線で新潟のデザイナー整さんのスタジオ兼自宅へ打合せに行く。
1年以上ぶりの新潟なので、昼間は「八海山」を飲みながら、へぎそばを食らい、夜は、「久保田」を飲みながら、刺身をつまむといきたかったのだが、午後には東京に戻らねばならず、新潟ウマいもの旅というわけにはいかない。

せめて、帰りに新潟駅の新幹線の駅弁で堪能するしかない。
打合せを終え、整さんの車で新潟駅まで送ってもらう。
新幹線の時間は迫っている。
中学生が「ファイト!ファイト!」とかけ声をかけながら走るように
「駅弁!駅弁!」
と階段をかけあがる。
お〜、土産物屋に大好きなます寿司がある〜。
しかも残り1個。ゲット!
日本の地ビール第一号の越後ビールもゲット!
自由席に乗り来み、窓際の席もゲット!
出発5分前。

新潟時間を満喫しようとさわさわした頭を落ち着かせる。
冷静に考えると「ます寿司」って富山である。
念のため、裏を見る。
見事に富山と書かれているではないか。
こらぁ!新潟で富山の弁当を売るなぁ。
と怒りたいが、確認しなかった自分がいけないし、新潟在住でこれから東京に行く人は新潟ではなく富山のます寿司を食べたい人だっているのである。
新潟駅の方が正しいのである。
というわけで今回の新潟の味は、越後ビールのみとなるのであった。

投稿者 ishiko : 17:07

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