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2006年07月31日
7月30日「いるようでいないとき」
「お〜い!人の話を聞け〜!」
まるで、中学校の朝礼で生活指導の先生のような口調でNo.30ち〜ムーンは叫んだ。
理由は明白で、僕が他のことを考えていて、話を聞いていないのだ。
ハッとして、横浜で車を運転していることを自覚し、今の会話を振り返った。
「ワールドポーターズの近くに車を停めたら?」
「それどこ?」
「前、イシくんのお財布買ったとこだよ」
「へぇ〜」
「へぇ〜って?私がイシ君の誕生日プレゼントを一緒に買いました〜!」
「あ〜。クィーンズスクエアのところだ」
「クィーンズスクエアはここです!赤煉瓦倉庫の近くでしょ?」
「ふ〜ん。赤煉瓦倉庫ってどう行くんだっけ?」
「ここをまっすぐ行けば、付くから!」
「で、どこ行くんだっけ?」
「ワールドポーターズ!」
「えっ、それどこ?」
で、最初の台詞に戻るわけである。
つきあい始めのカップルなら、既にけんかになっているだろう。
15年以上も連れ添っていると、あきらめの境地を感じているのかもしれない。
「運転中は他のことを考えるのはやめる!はい!集中!横から車来てるよ」
ち〜ムーンは生徒指導から、教習所の先生に変身した。
僕がふと我に返ったとき、彼女はニヤリとしながら、静かに尋問が始まる。
「イシくん、どっか行ってんだ?」
投稿者 ishiko : 07:06
2006年07月30日
7月29日「映画に出会える幸せ」
最近、いい映画に出会える幸せを感じるようになった。
5月に行ったカンヌ映画祭の頃からに違いない。
世界中で映画が創られている中で、自分が生きている間に出会える映画は限られている。
だからこそ、いい映画に出会えると幸せな気持ちになるのである。
そして、また、今日、一つのいい映画に出会った。
林弘樹監督の映画「人生ごっこ!」
東大和市の市民が参加して製作したいわゆる市民参加型の映画である。
林監督とお目にかかれなかったら、この映画には出会えなかったし、もっと辿れば、監修で関わっているホワイトマン後援会長木戸氏や音楽のNo.15ヒーマンと出会ってなければ、この映画には出会えなかったかもしれない。
人に出会うようにして映画に出会い、そしてこれが、そんな出会いも考えさせてくれる映画なのだ。
「3分で愛を語ってよ?」
「生きている間に生まれ変わりたい」
心に響く台詞が散りばめられている。
もちろんつきあったばかりのカップルでもいいが、長くつきあっている彼女や連れ添った奥さん、ゲイの方ならパートナー、それぞれが一緒に観た後の最初に交わす言葉を聞いてみたいと思わせてくれる。
「じゃ、お前はどうなんだ?」
と聞かれそうだが…。
そして、主人公の根本博成氏がいい。
このところテレビ、映画、舞台と引っ張りだこの俳優である。
悪役顔といわれる彼が、変わっていく姿は、感情移入しやすくいつのまにか泣いていた。
エンディングロールの間に何気に涙をふき、サングラスをかけるイシコであった。
投稿者 ishiko : 18:04
7月28日「かわいそうなインタビューアー」
第5回ホワイトバールが開催される前に、インタビュー取材を受ける。
WAVE出版が秋に朝の本を出すらしい。
「早起きの人達を取材していると、何か目的があるから起きられるように思うのですが、イシコさんの場合はどうですか?」
「う〜ん。特にないですね…」
「…」
「起きちゃうんです」
「…」
まずい。取材にならない。
逆に僕がインタビューアーだったら困るに違いない。
何か言わなくては…。
「そのかわり、夜、早く眠るんですよ」
「なるほど。朝、早く起きるようになったのは何時頃からですか?」
「小学生かなぁ」
「……」
しまった。それでは単なる子供の頃からの習慣じゃないか。
きっと相手はきっかけを知りたかったのである。
何か言わなくては…。
「僕、子供の頃、小児ぜんそくやアレルギーがひどくて、身体が弱かったんです」
「なるほど。それでは朝、起きて健康にいいことなどを…」
「酒を飲みますね」
「…」
支離滅裂じゃないか。
いかん。何かフォローしなければ…。しかし、養命酒などは飲んでいるわけではない。
何か言わなくては…。
「シャンパンがうまいんですよね…」
「なるほど!朝シャンパンというのはいいですね」
おっ。いい食いつきだ。
いや。ちょっと待て。
シャンパンばかり飲んでいるわけではない。
朝、シャンパンなんて飲むのはせいぜい月に1、2度じゃないか。
これでは嘘つきイシコである。
修正しなければ…。
「あのぉ、シャンパンばかり飲んでるわけじゃないんです。白ワインも飲むし、日本酒も飲むし、地ビールも飲むし…」
「……」
いかん明らかに困っている。
そうだよなぁ。
これじゃ、単なる朝から飲んでいるオヤジの話である。
何か言わなくては…。
「朝、起きて、書き仕事などをしてから、お酒をくぃっと飲む」
「なるほど!お疲れ様って感じなんですね?」
「そうですね」
「じゃ、せいぜい飲んでも1杯か2杯って感じですか?」
「そうですね」
嘘をついた。
時々、飲みながら、そのまま書き続けることがあることを。
投稿者 ishiko : 08:20
2006年07月28日
7月27日「車中生活」
新宿→神谷町→六本木→蒲田→渋谷→表参道と距離的にはたいしたことないのだが、結構、一日中、車に乗っていた気がする。
車中生活をしながら、つくづく便利な世の中になったことを感じさせてくれる。
コンセントさえ持っていけば、シガーソケットから電源も取れるし、エアエッジさえつなげておけば、途中で車を止めて、すぐにメールもチェックできる。
それに最近では、エッジをつながなくても、内蔵しているAirMacのワイヤレスでつながる場所も多い。
電波に色をつけたら、世の中、どんな風に映るのだろうなどと、ふとルパン3世やミッションインポッシブルを思い浮かべる。
飲み物やアイスクリームが欲しくなれば、コンビニや自販機はいたるところに点在しているので、冷蔵庫代わりにいつでも立ち寄れる。
こんなに点在していて、ちゃんと店として成り立っているのだから、不思議である。
そして、地球温暖化のことを考えるとコンビニや自販機の存在も問題なんだよなぁと運転しながら考えてみる。
家ではテレビを見ないので、ナビをテレビに切り替えると、ニュースや情報番組、ちょっと前のテレビドラマや時代劇などが流れ、これはこれで楽しい。
テレビドラマで知らない若手俳優を見ながら、「僕もおじさんになったものだなぁ」と自覚し、先日、「KAT-TUN」を知らなかったことでNo.2カマンに「生きている資格なし」と罵倒されたことを思い出す。
都内の車内生活で困るのはトイレくらいである。
これは早めに行っておくしかない。
地方などを走っていると大きな駐車場のあるパチンコ屋やトイレつきコンビニが多いので気軽に行けるのだが、都内は幹線沿いで駐車場付きがなかなか見つからない。
本日は、休憩の際に公園で用を足すこと2回。
後は打合せ先。
こうして1日だけの車中生活を堪能する。
そこで来月、岐阜の実家に帰るときは車で帰ることに決めた。
上京してから15年。
車で帰省するのは初めての体験になる。
そうすれば静岡、浜松、岡崎、名古屋と途中で友達の家に立ち寄ってもいいし、大学時代に住んでいた静岡市内のアパートがどうなっているかも観に行ける。
バックミラーに映ったイシコの顔はニタニタしていて気持ち悪かった。
投稿者 ishiko : 15:37
7月26日「イタリアマフィアが愛したカードゲーム」
同じトランプを2セット使って遊ぶカードゲームがある。
かつて、イタリアのマフィアが愛したゲームだそうだ。
セリュックス主催の「マキャベリナイト」というイベントに参加する。
最初に配られた13枚のカードを減らしていくゲームである。
スタート時、テーブル上には4枚のカードが並べられる。
そのカードに同じマークの連番で3枚以上、または同じ数字で違ったマークの3枚以上にすることができる手持ちのカードがあれば、出すことができる。
元々、3枚以上の連番や同じ数字を持っていれば独立して出すこともできる。
細かいルールはまだあるが、基本的にはそれさえわかっていればできるゲームである。
シャンパンを飲みながら、ゲームは始まった。
テーブルには3枚以上のカードがどんどん並んでいく。
ルールは簡単だったはずなのに、奥が深い。
既にテーブル上に並べられたカードも、ときには使ってもいい。
頭を柔軟にしておかなくてはならない。
思考回路としては、麻雀をしている感覚に近い。
ゲームを楽しみながら、ガンガン飲むイシコであった。
と書きたいところだが、ゲームにのめり込めば、のめり込む程、アルコールのスピードは落ちて行く。
鈍い頭にオイルをさすように、サントリー「響」のロックを飲むイシコであった。
あれ?いつシャンパンからウィスキーに変わったんだろう。
投稿者 ishiko : 05:00
2006年07月27日
7月25日(2)「1000という数字」
1000円均一。
安いのか高いのか、悩んでしまい結局、買わないことが多い。
千手観音。
千本の手がある観音様を未だに僕は見たことがない。
1000本ノック。
誰が数えているのだろうといつも不思議に思う。
千日修行。
飽き症の僕には絶対に無理である。
1000メートル。
最近、よく通っている八ヶ岳南麓あたりの標高である。
と1000にまつわる話は、いくらでも出てくる。
そして、今日、1000という数字を改めて実感する。
このところ、取材していた「うまい棒」を交通新聞社の会議室に1000本並べている。
「散歩の達人」の山口編集長とカメラマンの須田氏と床に敷き詰めている。
小劇場の舞台美術をみんなで創っていたときの感覚に似ている。
もっとさかのぼれば、高校の文化祭のときの感覚に似ている。
テレビチャンピオンのコンビニ通、スナック駄菓子、お菓子部門と3冠王を獲得した高橋氏が遊びにやってきた。
今回、「うまい棒」のことでは、彼女に、いろいろ教えていただいたのである。
そして彼女が差し入れしてくださった越後製菓「ふんわり名人きなこ餅」を食べながら、1000本のうまい棒を見つめていた。
壮観!
ちなみに「ふんわり名人きなこ餅」は、2005年に彼女が選んだスナック菓子MVPに選ばれているそうである。
もう一つちなみに1000本のうまい棒は今週末、28日(金)開催されるホワイトバールの机の上に山積みにしておくので、好きに食べてくださいませ。
って山口編集長が買ってくれたのだけど…。
投稿者 ishiko : 18:08
7月25日「ホワイトマンHPが見られなくなった?」
交遊録を始める前に、ここ2日程、ホワイトマンHPが見られなくなったことをお詫び申し上げます〜。
まぁ、このHPが見られなくなったからと言って、
「そのせいで商談が、まとまらなくなったじゃないか!」
「そのせいでうちの娘が怪我をしてしまったじゃないか!」
「そのせいでパソコンが壊れたじゃないか!」
などということが起こるわけでもなく、
せいぜい、
「そのせいでイシコの行方がわからなくなって、原稿が来なくなったじゃないか!」
ということくらいで、誰も困るわけでもないのである。
このところホワイトマンHPが急激にアクセスも伸びているので、こういったこともありまする〜。
まぁ、ここは見られるまで気長に待つことにしましょう。
これが見られるときには、復旧しているということで、お世話になっているシステムチームの皆様、本当にありがとうございました〜。
そして、今後ともよろしくお願い申し上げます〜。
投稿者 ishiko : 12:01
2006年07月25日
7月24日「風呂が移動する」
風呂が移動したら?
そうすれば好きな場所で好きな風景を観ながら風呂に入ることができる。
もちろん、露天風呂。
清里で、ケンちゃんと呼ばれる薪ストーブ職人が作ってくれた移動式風呂に入れていただく。
彼の家は、線路の上、つまりトンネルの上にちょうどある。
テラスに風呂を置く。
下に見える線路は、ちょうど特急「あずさ」が通過していく。
風呂に入りながら、南麓の風景+南麓を通過する電車も堪能できるわけである。
大きいポリタンクをくりぬいた風呂桶に井戸水を入れる。
電気の湯沸かし機で火をつけるとほんの20分程度で湧いてしまう。
その間にイシコは顔を白く塗ってホワイトマンに変身。
朝プロジェクトのコンテンツで、朝風呂に入っている姿の撮影である。
手には赤ワイン。
言うまでもなく、メチャクチャ気持ちイイ。
今後、日本一の朝を迎えられる清里の様々な場所で、この朝風呂生活を楽しんでみたい。
5つ程のポリタンクの風呂を並べ、老若男女問わず、みんなで水着で入り、風呂の外では薪ストーブでの料理を楽しむ。
バーベキューの風呂つきって感じのコンテンツは、今後、みんなで遊びたい企画である。
それにしても井戸水は、水道水よりも身体が暖まるし、お肌がすべすべする。
ケンちゃんが言った。
「薪ストーブで湧かした井戸水は、もっと身体が暖まるよ〜」
移動式風呂も奥が深そうである。
投稿者 ishiko : 08:31
2006年07月24日
7月23日「いつ起きるか?」
No.3コープマンが主演の舞台を下北沢で観た後、一度、車を自宅に置いてから、清里行きの荷物を抱えて恵比寿に向かった。
電車の中で、コープマンの芝居のことをボーッと考えていた。
いやはや面白い舞台であった。
イケメンと言われているコープマンが、今回はダメな中年男の役である。
いい感じのダメっぷり。
目を閉じて、もう一度、面白かったシーンを思い出す。
いつしか眠っていた。
ほんの4、5分くらいだと思う。
「人間じゃねぇ〜。別の生き物だぜ」
「プププ、お前、聞こえるよ」
「何か飲み込みそうだな」
高校生っぽい声で目が覚めた。
いや、目は覚めていない。
正確には目は開けていない。
頭は起きたのだが、自分が窓に頭の後ろをくっつけて眠ってしまったようで、口を開けている自分に気がついた。
待てよ。この会話って僕のことか?
何気に開いた口を閉じる。
「おっ、人間に戻ったじゃん」
「ぷぷぷ。聞こえるって」
間違いない。
僕のことである。
目を開けられなくなってしまった。
ここで目を開けたら確実に、この会話の二人と目をあわせることになる。
どんな顔をすればいいのか?
お前ら聞こえてるぞ的に睨むのがいいのか?
いや、負け惜しみ的で、それはいかにも惨めである。
何の負け惜しみかはわからないが…。
よし、思いきってにっこり笑って目を覚ましてみるか?
いや、気持ち悪いだけであろう。
何気に下を向いて目を開けるか。
その後の目線をどこに持っていけばいいのか?
結局、目をつぶったまま、終点の渋谷駅まで耐えるイシコであった。
投稿者 kk : 05:48
2006年07月23日
7月22日「舞台上で考えたこと」
確実に飲み過ぎた。
朝風呂に入りながら白ワインを飲み、控え室に入ってからビールをいただき、本日のメインイベントである、ホワイトマンの関係者で友人の岡本氏と井坂氏の結婚式が始まってからは招待客に混じって赤ワインを飲んでいた。
イシコは余興で10分程度のショーをしなくてはいけないのに。
いつものように気軽に「了解で〜す」と無責任に引き受けてしまった。
どうして僕は、いつもこうなのだろう。
楽屋でホワイトマンに変身しながら、今日の出し物は何をやろうか未だに決めていないことで徐々に焦っていたはずなのに、どうして決めなかったのだろう。
直前に岡本氏や井坂氏のヘアメイクをしていたヘアデザイナーNo.17シャーマンとしゃべっている暇があったら、なんで出し物を決めなかったのだろう。
リハーサルの時に音響や照明の方に
「何をやられますか?」
と聞かれ、
「まだ決めてません」
と答え、
「さすが大道芸のプロですね。その場の空気で決めるわけですね?」
と会場のスタッフの方に言われた。
「いえいえ。大道芸のプロではないんです。コミュニケーションツールで使っているだけでして…」
と反論しようと思ったが、不安にさせても申し訳ないので曖昧にごまかした。
正直に言うと、リハーサルのときに結婚式とはいえ、スイートベージルのように綾戸智絵や米良美一などの大御所がライブする舞台に立つ機会など滅多にないので、会場のスタッフのレベルの高さと機材の凄さに圧倒されていただけである。
こうして、結局、何をやろうか決めないまま、舞台に出てしまった。
改めて観客の目線が痛い。
確実にホワイトマンの姿にひいている。
酔いが一気に覚めてきた。
何かこういう感覚、夢でも見たことがあるなぁ。
そういえば結婚パーティーなのに、最初に話す言葉さえ決めていなかった。
舞台上を歩きまわりながら、言葉を探す。
リハーサルの時より確実に声が大きくなっている自分に気づく。
さぁ、何をしようか。
マジックか?
いやいや、昔、マジシャンのナポレオンズさんに
「君くらい、マジックに向かない人はいないね」
と言われたのを思い出した。
ただ、後で他のコンテンツで挽回すればいいわけだから、きっかけは失敗マジックの方がいいのか。
あれっ?そういえばショーは何分すればいいんだっけ?
5分だったか?10分だったか?
その場でスタッフに聞いた。
「5分でお願いします」
ということはコンテンツ一つ。
マジック却下。
ということはマジックバルーンか?
あれ?ジャケットのポケットに入ってない。
そうだ。ズボンのポケットの中だ。
最近、特に下半身が太ったからポケットの中の物が取りにくいんだよなぁ。
なんでジャケットに移しておかなかったんだろう。
マジックバルーン却下。
舞台に出てから、ハンドベルを手に取るまでに僕が考えていたことである。
投稿者 kk : 09:33
2006年07月22日
7月21日「墓の前で飲む」
「相変わらずですね〜。いいですよ。気にしないで飲んでくださ〜い」
周囲にいる仏様を気にしながらも、笑っている彼女の姿が目に浮かぶ。
先日、四十九日が終わり、彼女は茨城のお墓に引っ越しした。
そこで、No.2カマンとカメラマンの井島氏とドライブかてら、やってきた。
井島氏は彼女の雰囲気にぴったりの「ゆり」を、カマンは、どこかお母さんぽかった彼女をイメージしてカーネーションを、僕は、いつもにこにこしていた彼女を思い出し、「ひまわり」を、それぞれがそれぞれの彼女への思いで花を備え、いつしか供花とは思えない墓前ができあがっていた。
カマンは彼女が大好きだった「プリンス」の新しいアルバムをそなえ、お香を炊いた。
僕と井島氏は彼女にお茶のペットボトルをそなえ、僕らは持って来たビールを飲み始める。
「ちょっと待って?
二人が飲んじゃったら、自然に僕が運転ってことになるやん」
カマンが抵抗したが時既に遅し。
「まったく〜。ちょっと何か言ってくださいよ〜」
カマンは、お墓の彼女に話かけ、僕らは笑いながら、そのままビールを喉に流し込んだ。
こうして、お墓に眠る彼女も含め、4人で宴会を繰り広げる。
「また遊びに来るからね。近くに気になる温泉も見つけたし、美味しそうな蕎麦屋も見つけたし」
友達の家から帰るように僕らは墓を後にした。
もちろん、カマンの運転で。
投稿者 ishiko : 16:51
7月20日「隣の客は…」
昔、ジョン・フォードという二人の巨匠がいた。
よく知られているのは、1900年代半ばから70年代にかけてハリウッドの映画監督である。
しかし、もう一人、同性同名のジョン・フォードが17世紀のイギリスに居た。
劇作家として。
彼の戯曲「あわれ彼女は娼婦」。
兄と妹の近親相姦のお話である。
この作品を蜷川幸雄氏が演出した。
兄は三上博史、妹は深津絵里。
実はこの作品は10年以上前にベニサン・ピットという大好きな劇場で観たことがある。
そのときの演出はデヴィッド・ルヴォー、兄は豊川悦司、妹は西牟田恵が演じていた。
そして、10年以上前のデヴィッドルヴォー作品にも今回の蜷川幸雄作品にも、どちらにも出演しているのが、今年1月紀伊国屋演劇賞を受賞した梅沢昌代氏。
いかにも演劇評論家のような口ぶりだが、イシコの探究心が、そこまで強いわけがない。
ただ単に旧知の飲み仲間である梅沢氏が出演していたから、どちらも拝見できたと言った方がいい。
せっかく彼女に取っていただいたプレミアチケットなので、じっくり見比べてみますか。
的に思っていた。
しかし、しかしである。
僕の隣に座った男性客の反応が妙に気になる。
演劇オタクなのか、それとも、ただ単に三上博史が嫌いなのかはわからないが、彼が出てくる度に、全てのシーンではないが、ところどころで一言何か感想を言うのである。
彼が朗々と語るシーンで
「大袈裟なんだよ!」
つぶやくように言う。
上手にはけて行くだけなのに
「ちっ!」
舌打ちである。
以来、彼が三上博史氏の芝居を見て、つぶやいたと思われる言葉をあげると
「だから…(ダメ出しでもするかのように)」
「はぁ〜(ため息)」
「ふっ(あきれて笑ってる)」
声は独り言で小さいのだが、メチャクチャ気になるのである。
舞台上の三上博史ワールドな世界は、これはこれでありだなぁとイシコ的には思うのだが、まぁ、嫌いな人には仕方がないし、見方はそれぞれである。
以前、ニューヨークで蜷川作品のマクベスを観た時、大竹しのぶが舞台に出てくるだけで、僕の前に座っていた黒人が大笑いしていた時と同じである。
そういえば、No.42の名無しのホワイトマンが、プロデューサーで関わっている映画「海猿」は、泣けるラストシーンが海外で爆笑の渦だったとも聞いた。
文化の違いというか考え方や見方の違いとは面白いものである。
話を元に戻そう。
とにかく舞台全体を味わうより、三上博史が出てくると隣の客がどう反応するかの方が気になってしまう。
結局、カーテンコールで彼は、三上博史にだけ拍手を送っていなかった。
ひょっとしたら、好きの裏返しかもしれないが…。
投稿者 ishiko : 08:26
2006年07月20日
7月19日「たかがうまい棒!されどうまい棒!」
今、大好きな「うまい棒」の取材をしている。
10円で楽しめるあの「うまい棒」である。
僕が小学生の頃からあるあの「うまい棒」である。
現在、15種類の味があるあの「うまい棒」である。
味によって少々、重さが違うあの「うまい棒」である。
パッケージについているキャラの名前が決まっていないあの「うまい棒」である。
断っておくが、決して「うまか棒」ではなく、「うまい棒」なのである。
ってほとんど、うまい棒同盟で調べさせてもらっただけなのだが…。
僕が、どれほど「うまい棒」が好きか。
「うまい棒」があまりに好きで、36本パックを買って、一気食いに挑戦したことも、
1度や2度ではない。
結局、いつも気持ちが悪くなるのだが…。
先日、うまい棒を1週間で1000本食べた男に、前橋までインタビューに出掛けた。
意外にもイケメンだった。
明日は、遂にこのうまい棒の生みの親である(株)やおきんの常務と、利きうまい棒
ができる広報の方のインタビューに行くことになっている。
こんな素敵な小特集を組んでくれる雑誌「散歩の達人」は、本当に素敵なのである。
つくづく幸せだなぁとつぶやきながら、今日も大好きな「うまい棒」サラダ味を続け
て3本食べるイシコであった。
もし、ご興味ある方は8月20日発売「散歩の達人」9月号をご覧くださいませ。
投稿者 ishiko : 06:52
2006年07月19日
7月18日「ベビーシッター」
「親バカ」である。
僕は「親」ではないから、親をとって、単なる「バカ」である。
「バカ」と言われたっていい。
だってカワイイんだもん。
俳優No.3コープマンが、パパになってからの初舞台が今週、控えているので、1歳3ヶ月になろうとしている壽ちゃんのベビーシッターのお手伝いに行く。
ほとんど役には立たないのだが、いるだけで幸せになる。
もちろんイシコがである。
壽ちゃんにとっては、変なおじさんがやってきたって感じであろう。
壽ちゃんは、「かくれんぼ」という絵本が好きである。
何度も「読んで!」って持ってくる。
みつばちが飛んでいるページとかえるが隠れているページが好きなようで、そのページに来るといつも指で指して僕に教えてくれる。
しかし、僕のページをめくるスピードが気に入らないと、すぐにどこかへ歩き始める。
壽ちゃんは、音楽が好きである。
スピッツに合わせて、昔、流行ったツイストのような踊りを披露してくれる。
イシコも一緒にマネをすると、
「イシコのは違うんだよ!」
とでも言いたそうな顔をして、さらに激しく身体をひねり始める。
壽ちゃんは、携帯電話が好きである。
彼女は特徴をよくつかんで、誰かと話しているマネをする。
改めて、電話をしているときに、
「ありがとうございます〜」
だったり、
「はい。了解しました〜」
と言いながら、自分が電話をしながら、やみくもにお辞儀をしていることに気がつくのである。
「イシコはこんな風に電話をしているんだよ〜」
とでも言わんばかりに、また携帯電話を返してくれる。
「ハイ!」
と言いながら。
あ〜!たまらん!
投稿者 ishiko : 08:18
2006年07月18日
7月17日(2)「10キロの肉を食らう」
締切の仕事が、ここ2日程ないので、今日も2本立て。
セリュックスの桑原氏とフランス語の翻訳家ムッシュが逗子に新築の家を建てた。
夕方、そのハウスウォーミングパーティーに行く。
どか〜んと10キロの肉が目の前に。
肉!肉!肉!
赤ワインを飲みながら、様々な肉を食らう。
肉!肉!肉!
キン肉マンの顔に書かれた肉の文字を思い出した。
あれって、入れ墨なのだろうか。
誰かにマジックで書かれたのだろうか。
そう考えているうちにも肉は焼かれている。
肉!肉!肉!
遂にイシコ、ギブアップ!
ソファで、眠り込んでしまった。
どれくらい眠っただろう。
起きると既に、招かれたお客様は、ほとんど居なくなっていた。
起き抜けにビールをいただく。
肉!肉!肉!
まだ肉はあった。
ボーッと見つめているうちに、遂に家主の桑原氏&ムッシュとイシコだけになっていた。
三人でしばらく80年代の音楽の話をする。
シンディーローパー、デュランデュラン、a-ha、フォリナー、マドンナなど、ムッシュの持っているドーナツ版のレコードを見ながら語り合っていた。
あっという間に終電間近になっていた。
珍しく夜更かし。
というか昼寝をしているのでイシコはまだまだ元気である。
「はい!イシコさん、お土産!」
桑原氏から袋づつみをいただいた。
今日も楽しかったなぁとつぶやきながら家に戻る。
袋づつみを開けた。
肉!肉!肉!と言いたいところだが、イカ!イカ!イカ!だった。
投稿者 ishiko : 23:03
7月17日「40代にイシコがやりたいことが見つかったかも」
来年、2007年12月でホワイトマンは星に帰ることになっている。
そのときイシコ39歳。
石原英一に戻るのか、イシコだけ星に帰らずホワイトマンのまま地球上に居るのかはまだわからない。
いつものビジョン問題になり、ビジョンがないイシコとしては、今まで通り、風の向くままに生きていければいいかなぁと思う今日このごろである。
ってこんなことを言うとまた経営会議で怒られそうだが…。
ただ、40代で、イシコがやりたいことの一つが本日、見つかったかもしれない。
場所は鎌倉。
コンサルティング会社の吉村社長と市川取締役、セリュックスの桑原氏と壮大なる構想が始まりそうである。
しかも実現性も高い。
アドレナリンがドバドバ出て来た。
40代、旅は今まで通り続けるだろうが、鎌倉を拠点にするのも面白そうである。
3年後、乞うご期待!
なぁんて。
3年もあったら、すぐに気が変わって、やっぱりクレタ島でオリーブ育てるね〜って言ってるかもしれないが…。
投稿者 ishiko : 13:32
7月16日(2)「花火を真下から観るとどうなるか?」
本日は二本立てである。
映画監督の岩井俊二氏の初期の作品に「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」があるが、下ではなく、真下から観るとどうなるのか。
従兄弟のあっちゃんが、船を買った。
その船でみなとみらいの花火を観に行く。
「そこの船、もう少し下がってください!」
海上保安庁に叱られる程、花火が打ち上げられている場所の間近まで船で近づいた。
花火が始まる。
この光景はヤバい!
というかサイコー!
まさに空一面に咲く火の花である。
その光景に、シャンパンで乾杯する。
花火の燃えカス(言い方があっているのかわからないが…)が、舞っていてグラスに入りそうである。
「ヒュー!ヒュー!」
小学生の頃、男子と女子の感覚が芽生え、手をつないでいるのを見るとこの擬音を発したが、今日の花火を見ていると何故かこの擬音になる。
脳がやられているのだ。
あの冷静なNo.30ち〜ムーンが、興奮してシャンパンを飲みまくっている。
1年分のテンションを使ってしまうのではないかと逆にイシコが冷静になった。
「ち〜くん、大丈夫?」
声をかけた。
彼女はシャンパンをぐぃと飲み干し、
「この景色は、凄すぎる〜!テンションあげていこ!」
数年振りに壊れていくち〜ムーンであった。
投稿者 ishiko : 07:43
7月16日「サカナくんの帽子は皮膚だった!」
「イシコさん、どんどん突っ込んでくださいね」
控え室でサカナくんはそう言っていたのを思い出した。
サンシャイン60展望室で、サンシャイン国際水族館の特別トークショーが行われた。
イシコは突っ込みよりも、突っ込まれる方が多いんだよなぁ。
どうして
「了解で〜す!」
なんて言ってしまったのだろう。
きっと、あまりにサカナくんの人柄が素晴らしいので、
「できないっす!」
なんて言えなかったのかもしれない。
舞台上でトークをしながら、控え室でのサカナくんとの会話を思い出した。
何か突っ込まなくては。
これは難しいぞ。
「んな!アホな!」
「いい加減にしなさい!」
自分なりに突っ込みのボキャブラリーを思い浮かべる。
いやはや、どこで突っ込んでいいのかわからない。
改めて漫才師って凄いなぁと思った。
待てよ。
別に僕らは漫才をしているわけではない。
安永副館長を交えて、沖縄のサンゴ礁についてのトークショーをしているだけである。
映像で、サカナくんがスキューバーダイビングをしてサンゴ礁の根付けをしている写真が出て来た。
海の中でも、トレードマークの魚の帽子をかぶっているのである。
これなら僕でも突っ込めるかも。
突っ込みはここしかない。
「サカナくん、海の中でも帽子をかぶるんだ!」
自分なりに突っ込んだつもりだった。
しかし、サカナくんに逆に突っ込まれた。
「これは帽子じゃなくて皮膚なんです!」
ホワイトマンが海の上でも白く塗っているように、サカナくんにとってはあの帽子は皮膚なのである。
投稿者 ishiko : 00:13
2006年07月16日
7月15日「彼は国賓だった」
イシコが鈍感なことは認めるが、一緒に飲んでいるだけでは人の地位は、わからない。
イシコの愚鈍さに合わせてくれていることは認めるが、一緒に旅に行っただけでは人の地位は、わからない。
僕は「日本に住む変なトルコ人」と人に紹介していた。
普段、彼が働いているところを見たことがなかったのである。
「トルコ人初の宇宙飛行士候補」で「東大講師」の肩書きがあるこは知っていただが、そんなに偉い人だとは思わなかった。
そんなNo.40サイエンスマンが大和書房から「宇宙エレベーター」という本を出版した。
その出版パーティーがトルコ大使館で行われた。
あれっ?サイエンスマンって偉いのかもしれないぞ。
いやいや、モンゴルに一緒に行った時、ウォッカ片手に、イシコとずっとバカ騒ぎしてたぞ。
トルコ大使が挨拶をして、坂本龍一さんからビデオメッセージが届いていた。
あれっ?サイエンスマンって偉いのかもしれないぞ。
いやいや、一緒に韓国へハーフマラソンに参加した時、おニューの靴をいきなりはいて血豆を作って、うめいていたぞ。
彼は世界的な物理の賞を2つも取っていた。
いやいや…、
いや、もしかして…、
間違いない。
No.40サイエンスマンは国賓級の偉い科学者だったのである。
だからといって付き合い方が変わるわけでもないんだけど…。
というか変えれないんだけど…。
ごめんね。サイエンスマン。
投稿者 ishiko : 11:24
2006年07月15日
7月14日「VIPは何の略?」
吉祥寺。
老舗のステーキ屋さん。
コンシェルジュのような、にこやかな顔の初老の男性が迎えてくださる。
名前も告げていないのに4階まで案内される。
あれっ、3階だっけかな。
人に案内してもらうといつも何階だかわからなくなる。
ホテルでベルボーイに部屋を案内していただくときも自分が何階に泊まるのかわからなくなるのと一緒である。
完全な人任せモード。
というより、こういう扱いになれないので緊張しているだけかもしれない。
でも、どこか心地いい。
女の子がエスコートされる心地良さってこんな感じなのかもしれないと妙に納得する。
エレベーターの扉があくと、別のスタッフが個室に案内してくださる。
というよりVIPルームと呼んだ方がいいのかもしれない。
VIP=Very Important Parsonの略であるこの言葉にふさわしくないイシコという男が入っていく。
既に経営コンサルティング会社の吉村社長と市川取締役が座っている。
そうだ。
別に僕がVIPなわけではない。
彼らがVIPなのである。
危ない。危ない。
勘違いしそうなイシコである。
3種類の前菜から始まり、トマトとセロリの冷たいスープ、ブルーチーズのドレッシングがうまいサラダの後にサーロインステーキがやってくる。
サーロイン=胸椎の後ろ部分の最高部位の肉を調べないとどこの肉かもわからないイシコという男が食らいつく。
う〜。やわらかい!
う〜。おいしい!
う〜。サイコー!
VIPルームにふさわしくないボキャブラリーのないイシコの叫びである。
あっ!そうだ!
僕にもピッタリのVIPがあるではないか。
VIP=Very Imbecile Person(imbecile=愚かな)
うん。これはぴったりである。
少し安心して、デザートのロゼベースのアイスクリームをいただくイシコであった。
投稿者 ishiko : 07:14
2006年07月14日
7月13日「暑いのか?熱いのか?」
生きているなぁ。
沖縄や東南アジアなど暑い場所に行くと、そう感じることが多い。
理由はない。
ただ単に生きているなぁと実感するのである。
しかし、まさか茨城で感じるとは思わなかった。
ライコランド主催の走行会で筑波サーキットにやってきたのである。
自販機でドデカミンゴールドという普段、見向きもしないようなボタンを押すあたりが、既に生きてるなぁと感じさせるのである。
オロナミンCのような感触を喉で感じながら、暑さを噛み締める。
この商品のコンセプトはドデカいことを成し遂げた時の自分へのご褒美らしい。
今日のイシコは、ただ単に走行会の様子を見にきただけで、ドデカいことを成し遂げてはいない。
ということは飲む資格なし?
少しでも仕事をしている感を自分に持たせるためにピットの中を歩いてみよう。
お〜っ!路面温度48.8度!
ここまで来ると暑いではなく、熱いの方がいいのではないか。
その路面の上に立っているだけで、既に成し遂げた感である。
飲んでよし!
そう。僕は自分に甘いのである。
しかし、自分にオッケーを出すまでもなく、既にペットボトルは空である。
自販機に戻り、2本目にコカコーラのボタンを押す。
イシコは、普段、ほとんどコカコーラを飲むことはない。
少なくとも最近、日本で飲んだ記憶がない。
じゃ、最後に日本で飲んだコーラはどこだろう?
やはり沖縄か?
いや、沖縄だと、僕はコーラよりドクターペッパーに近いルートビアという飲物を飲むことの方が多い。
う〜ん。
いや待てよ。
東京でもマクドナルドでハンバーガーを頼むときに、無性にコーラを飲みたくなるときもあるではないか?
ペットボトルか缶に限定しよう。
となると…
「熱っ!」
スタンド席のベンチの熱さに思わず、叫んだ。
暑さと熱さを感じながら、コカコーラについて考えるイシコであった。
投稿者 ishiko : 07:47
2006年07月13日
7月12日「世界で一位になるスポーツ選手」
世界で通用するスポーツ選手というのは、大リーグのイチロー選手、引退を表明したサッカーの中田選手が思い浮かぶ。
世界で一位になるスポーツ選手というのは、マラソンの野口選手やQちゃん、柔道のヤワラちゃん、最近では水泳の北島選手が思い浮かぶ。
早食い選手権もこの間、日本人が優勝して…。
いや、これはスポーツ選手ではない。
待てよ。スポーツ?う〜ん。
いや。そんな話をしたいのではない。
1990年代オートバイの世界で優勝しまくっていた日本選手がいた。
現在、「スポーツジャンク」や解説者としてもお馴染みの坂田和人選手。
名前だけは存じ上げていたが彼は世界選手権125CCのクラスでで11回も優勝していた。
そんな彼に連載の取材でお目にかかる。
「オートバイの世界の環境は、ボクシングの世界と似ているかもしれないですね?
日本でいくら優勝しても、賞金はわずかですから。
世界のレースに参加し始めた頃でさえ、他の職業をこなしながら、レースに出てましたからね。
また、ボクシングよりバイクは、お金かかりますからね(笑)」
ちなみに世界を極めたレーサー坂田和人は、普段、公道用を走るオートバイを持っていないと言う。
「僕の場合はオートバイが好きというよりは、レースが好きなんでしょうね。
レース中、今、責めるか責めないかのドキドキ感がたまらない。
あれを公道でやったら死んじゃいますよ(笑)。
普段は車ですね。
まぁ、美容院行く時にスクーター乗るくらいですかね。
しかも人のスクーターを借りて(笑)」
100分の1秒を争う世界に生きていた選手とは思えないくらいのユルユルとした空気が流れた人であった。
そんな彼は現役中、「ライバルは?」と聞かれて、「自分ですかねぇ」とサラリと言っていた話は有名である。
「自分が勝負と思ったところで責められるか責められないか。
それができれば負けないかなぁって思ってたんですよね」
彼のレースは駆け引きの試合ではなく、先行逃げ切り型だったことの答えも出た。
投稿者 ishiko : 06:05
2006年07月12日
7月11日「よっ!市長!」
「よっ!社長!」
僕は、この言い方が好きだ。
口に出すのではなく、心の中で叫ぶのである。
こう心で叫ぶときは、地位や名誉の境界を超えて、楽しいことを一緒にやろうとしている社長に対して自然と叫びたくなる時である。
最近、そういった社長に出会うことが多い。
そういえば、この車に乗っている人達も社長だ。
佐久間氏は、フィンランドのログハウス建築会社社長だし、林監督も映像制作会社の社長だし、No.15ヒーマンも企画会社社長である。
社長の顔もあるはずなのだろうが、今、やっている八ヶ岳南麓の朝プロジェクトを話している時、みんな子供のような顔をしている。
今日は、みんなで北杜市役所にやってきた。
一昨年に明野村、須玉町、高根町、長坂町、大泉村、白州町、武川村が合併して、できた市である。
そして、今年の春、小淵沢町も加わった。
応接室で白倉市長にお目にかかった。
日本一の朝を迎えられる八ヶ岳南麓の朝プロジェクトの話を聞いてもらう。
もちろん、イシコは今回のナビゲーターと紹介され、いつものように場所見知り&人見知りモードで黙って近くに座っているだけである。
「日本一の朝を迎えられる場所っていいねぇ」
市長はニコニコしながら、北杜市の地図を広げながら様々な魅力を語ってくださった。
人気リゾートランキングでは常に沖縄と争っている。
日照時間全国一位で「スカッと爽やかな清里」というイメージがあるからかもしれない。
つまり晴れが多いということである。
ということは雨量が少ないということになる。
しかし、ミネラルウォーターは日本の3割がここから生まれる。
魅力がある街なのである。
そんな場所には昔から人が集ってきた。
地図もない頃の縄文時代から、この場所には人が集ってきた。
その証拠に八ヶ岳山麓は縄文時代の遺跡の宝庫と言われている。
北杜市が大好きなんだということが市長の顔から、にじみ出ていた。
僕はそんな話を聞きながら、嬉しくなってきて叫びたくなっていた。
「よっ!市長!」
白倉市長スミマセン!
今後ともよろしくお願い申し上げます。
投稿者 ishiko : 20:25
2006年07月11日
7月10日「地域で映画を撮るということ」
いくら僕が、能天気だからと言っても、映画を撮るということがどれくらい大変なことかは多少はわかる。
そうそう。
イシコが上京した頃、映画の製作事務所で丁稚奉公のようなことをしていた。
映画「らくだ銀座」など地域の人々との映画創りで知られる林監督のドキュメンタリーを見たり、お話を聞いていると、みんなで創れば、本当にできそうな気になるから不思議である。
いつしか僕もスタッフの一員になったつもりで、既にドキュメンタリーで涙腺がゆるんでくる。
そうそう。今、林監督と一緒に居る。
「俺も、出せよ!」
と言われても、映画のシーンにあった人々をキャスティングしながら、コントロールしないと大変なことになる。
ただ、みんな一度は出てみたい。
そんな人達のためにも映画を創る前に、地域の方々の応援メッセージという形で別に数千人地元の人を撮ってしまうのもいい。
「うわ〜、興奮してきた。清里でもやろうよ!」
清里でログハウス会社社長で朝プロジェクトのNPOを運営する佐久間氏が言った。
そうそう。清里の素敵な面々と一緒に飲んでいる。
そうそう。
最初に書くのを忘れた。
イシコは今、清里に居る。
投稿者 ishiko : 06:12
2006年07月10日
7月9日「カーナビご乱心!」
ホワイトマンカーのカーナビは古いせいもあるのだが時々、暴走する。
機嫌が悪くなると、目的地を勝手に五反田に設定してしまう癖があるようだ。
「イシコ、逆じゃねぇ?」
「だって、カーナビはこっちだよ」
「どう考えても逆だよ」
同乗者のナビで、ようやく修正する。
たいていこういった時は五反田に向かっていることが多い。
だからと言って、人一倍方向音痴なイシコとしては、彼(カーナビ)に頼るしかないのだ。
No,30ち〜ムーンと浅草のギャラリーに向かった。
車を止めたまま、設定を押し、ルートが出た時点でリモコンで、その道を辿り、頭の中で先にシュミレーションをする。
首都高速に乗って、箱崎に向かって、向島6号線に向かって行き、駒形で降りれば何とかなる。
一応、ナビはつけたまま出発した。
彼はいつものように暴走を始めた。
しかし、どうやら今日は五反田に向かわないで、20号線をどんどん西に向かって行く。
僕が、箱崎に到着する頃、彼の画面は何故か調布を指していた。
「君はどこに向かうんだい?」
ち〜ムーンが優しく声をかけていた。
無事、駒形のインターを居り、駒形橋を超え、浅草駅付近に到着する頃、ち〜ムーンが叫んだ。
「あっ、移った!」
いつのまにか画面は浅草に変わっていた。
彼は、調布から一気に浅草へワープしていた。
投稿者 ishiko : 09:23
2006年07月09日
7月8日「赤ちゃんのとろ〜ん感」
生後1週間の赤ちゃんを抱かせていただく。
No.24キャスパーに待望の女の子が生まれ、No.30ち〜ムーンと会いに行ったのである。
キャスパーはじめ部屋に居る誰もがとろ〜んとした目をしている。
キャスパーのパパもママも。
奥様も。
もちろん、僕らも。
そこへ会計士の通称ツカさんが、やってきた。
とろ〜んの仲間入りである。
この赤ちゃんが居る空間のとろ〜ん感が大好きである。
昔の人が言った
「目に入れても痛くない」
というのがよくわかる。
もう目だろうが、耳だろうが、口だろうが、どこにでも入れてくれぃって感じのとろ〜ん感である。
あぁ、このまま僕は溶けてしまいそうである。
それにしても、このところホワイトマンメンバーの出産が多い。
ここ2年程度の間に、7名の赤ちゃんが生まれている。
パッと思い浮かぶ関係者も入れると10名を超えてしまう。
世間では少子化と騒いでいるが、ホワイトマンに限って言えば、そうとは感じられない。
って偉そうなことを言って、お前には子供が居ないじゃないか!
と突っ込まれると何も言えないのだが…。
しばらくは、みんなのとろ〜んをお裾分けさせていただければ、それで幸せなのである。
投稿者 ishiko : 06:30
2006年07月08日
7月7日「シチュエーションに合う音楽」
今週、東京に戻ってから、珍しく出掛ける用事が多かった。
用事が多くなれば、その分、移動も多くなる。
そこでパソコンからiriverに聞いていなかった音楽データを移しては、音楽と供に歩いたり、電車に乗ったりすることが多かった。
朝、満員まではいかないが混み気味の電車に乗った。
メタリカの「セイントアンガー」を選曲して乗ってみる。
電車の揺れで頭が動く人達が音楽にあっているのである。
ドア付近の人が押し出され、また新しい乗客がなだれ込んでくる様子にもあっている。
いや、待てよ。他の曲でもいけるんじゃないか?
全く違うGONTITIの「放課後の音楽室」にしてみると、これはこれで同じような風景で、音楽にあっているのである。
違うのは、「車内戦争」(音楽:メタリカ)と「東京の日常」(音楽:GONTITI)とタイトルを変えてやるだけでいいのでである。
ドラマの音楽や映画音楽の大切さが改めてわかる。
面白くなってきて、1曲終わる度に別のアーティストの曲にしていた。
混んでいる車内で、3〜4分ごとに、ごそごそ手を動かし迷惑だったかもしれない。
胡散臭そうに見ていたお姉さん!
僕、痴漢じゃありませんから。
結局、一日中、シチュエーションと供に音楽を楽しんでいた。
池袋の雑踏の中を歩いている時、ちょうどレミオロメン(僕はレミオメロンだとばかり思っていて、「どんなメロンじゃ!」とNo.2カマンにバカにされた)の「モラトリアム」で、これがまた合う。
午後、新宿のホームではサンポマスターの「これで自由になったのだ」で、反対側のホームで電車を待ちながら笑い合う若者達を見ていた。
蒲田の打合せに向かう電車の中では、目の前に座っていたおじいちゃんが待ち合わせ時間ギリギリなのか腕時計を何度も何度も見ながら、イライラして貧乏ゆすりしている様子が、Fatboy Slimの「Slash Dot Dash」にぴったりで、思わず吹き出してしまった。あまりに面白くてリピートした。
あぁ、おかげで移動が面白い一日であった。
投稿者 ishiko : 08:03
2006年07月07日
7月6日「メキシコ市の人口」
ホワイトマンの経営会議を終え、ホッとしたのか久しぶりに古本屋で時間を過ごす。
古本屋でブラブラするというのは、何とも楽しいものである。
立ち読みでほぼ読んでしまった郷ひろみの「ダディ」や大学時代に読んだ村上春樹の「ノルウェイの森」や何冊読んだだろうかと思うパトリシアコーンウェルの検死官シリーズが並ぶ100円の棚のコーナーを通り過ぎる。
それにしてもパトリシアコーンウェルはタイトルだけでは、どんな話だったのか思い出しにくい。
「男はつらいよの長山藍子が出てた回ってどんな話だっけ?」
と聞かれるのに近い。
で、僕の場合、古本屋にはたいてい目的として買いにくるものなどないのである。
ただ、単にぶら〜っと立ち寄って、
「なんじゃこりゃ〜」
と松田優作ばりに驚く本に出会ったらラッキーと思っているのである。
本日は「地球環境報告」という地球温暖化の報告書かと思うようなタイトルの本が目に入る。
岩波新書っぽくて、固いタイトルである。
この固さがいいねぇなどと手に取ってみる。
お〜、1988年発行の本かぁ。
もう20年近く前に書かれた「地球環境報告」ってタイムカプセルのようで面白い。
買う。
多分、次の本の整理のときには恐らく古本屋に戻ってくる。
だったら図書館で借りろよって感じだが、まぁ、いいではないかと言いながら、さっそく目の前のファミレスで、アイスコーヒーを飲みながら読む。
パラパラとめくったときは「生態系の崩壊」、「消える熱帯林」、「失われる大地」など地球温暖化を警告する本かなぁと思ったのだが、新聞記者だった著者が体験した広い意味での地球環境のお話であった。
興味深かったのが、メキシコ市の話である。
タイトルは「メキシコ市の破錠」
今月末、メキシコに行くイシコにとっては聞き捨てではなく、読み捨てならぬタイトルである。
ロンドンが100万人から800万人になるまでに130年かかったのだが、メキシコ市は1940年〜70年の30年の間に800万人まで到達したそうだ。
ロンドンはそこでストップしたが、メキシコ市は増え続け88年では1800万人を突破しているそうだ。
ちなみに先月の時点で東京都の人口は約1260万人。
人口密度で言っても東京都を大幅に上回るそうである。
かつて「世界でもっとも澄んだ空気の街」と言われたメキシコ市は大気汚染の街となった。
朝晩のラッシュ時の車の速度は4キロ、昼でもせいぜい10キロだと書かれている。
これが約20年前。
さてさて、今はどうなっているのだろうか。
さっき、インターネットで現在のメキシコ市の人口を調べてみた。
正確な数字はわからなかったが、2000万人は確実に超えているようである。
投稿者 ishiko : 07:17
2006年07月06日
7月5日「走れイシコ(丸の内編)」
丸の内に20分も早く到着した。
これから朝プロジェクトに関わるであろう方々とのミーティングである。
正直、どんなミーティングするのかも、イシコはよくわかっていない。
でも、ドキドキしている。
朝プロジェクトが本格的に始動するからではなく、初対面の人がきっと多いであろうミーティングを想像して、人見知りの僕はドキドキしているのである。
元々、ミーティングという場所が苦手で、ほとんど発言できないのだが、初対面の人が多いミーティングではなおさらである。
あぁ、今日もほとんどしゃべれないのだろうか。
そして、変にしゃべろうとすると空回りするし。
しゃべれないと空回りだと空回りの方が自己嫌悪度は高い。
と考えるとやはり今日もしゃべらなくなるのだろう。
でも、しゃべらない人が、ナビゲーターなどできるのだろうかと皆様に心配をかける可能性もある。
後、15分。
座る場所もあるので、ノートパソコンで雑文でも打ってドキドキした心を沈めることにする。
パソコンを開いてしばらく打っていたら集中してしまい、サニーサイドアップの松本氏から電話が入っているのに気がつかなかった。
すぐに電話する。
「電話出られなくてスミマセン!」
「ごめん。ごめん。場所がわかんなかったから、電話したんだけど、今、丸の内カフェの方に聞いたので大丈夫。今、行きま〜す」
「じゃ、僕も場所に向かいま〜す」
3分前。
あれ?誰も来ない。
今回のプロデューサーであるNo.15ヒーマンもいない。
松本氏にもう一度、電話をする。
「着きました?」
「もういるよ」
「7階ですよね?」
「1階だよ。(ヒーマンに向かって言っているよう)イシコ7階に居るって言ってるよ?」
「僕、間違えたっすかね?」
「新東京ビルだよ」
「僕が居るのは丸ビルのようです」
もう一度、地図を見た。
僕がいなくはいけない場所は倶楽部21号館であった。
目の前にあるのは21世紀クラブである。
エレベーターを降りて走った。
そういえば、ヒーマンが
「丸ビルじゃないですから、間違えないでくださいね」
と言っていたのを思い出した。
違うドキドキを感じながら、丸の内を全力疾走するイシコであった。
投稿者 ishiko : 08:12
2006年07月05日
7月4日「世界の映画館」
岐阜から東京に戻り、8月から始まる新連載で使えそうな写真を探していた。
ずっとやりたかった「映画館」についての連載が始まるのである。
きっかけは日本の映画館からだった。
僕は子供ショーで全国を旅していたとき、時間があるとその土地の映画館に足を運んでいた。
ただ、映画館から独特の人間臭さがなくなり、どこに行ってもどんどんシネコンになってしまっていた。
とはいえ、それでも特色のある映画館は少しではあるが、がんばっていた。
秋田の川沿いに並んでいたポルノ映画館と2本立て映画館、
茨城の全面真っ黒の掘ったて小屋のような映画館、
青森や新潟、大分などのように館自体は特色がないが、支配人の映画好きが伝わってくる映画館、
既に閉館してしまったが、コンクリートがいい味を出していた沖縄の国際通り沿いの映画館。
旅の途中で、特色ある映画館で観た映画は内容は覚えていなくとも、シチュエーションは身体が覚えていて、その映画館の前に再び立つと「そういえば、ここでジョニー・デップの映画観たなぁ」と自然に口から出るのである。
この感覚で世界を旅するときも、時間があると映画を観始めたのである。
ウラジオストックでは、体育館のような映画館で、3年遅れで入ってきていた「オースティンパワーズ」。
ヴェネチアでは、セントラルシネマと名前がついているのにボロボロで、しかも観客は僕一人だけで映写技師の舌打ち(帰りたかったのだろう)を聞いた後に始まったオムニバスコメディ。
全く活気のなかったドミニカ共和国の映画館で間違って入ってしまったフランス映画。
しかし、世界もどんどんシネコンの流れが押し寄せていることを感じさせる。
一昨年、行ったモンゴルのウランバートルは、韓国資本のシネコンがど〜んと建っていた。
そのシネコンで、僕は時間帯が合うものがなく、韓国のポルノまではいかないが、官能映画を観ていた。
弁護士の奥さんが裸になっている姿を大きなスクリーンで観ながら思った。
このままでは世界中がシネコンになってしまう。
その前にできる限り、旅の途中で昔ながらの映画館を探して味わっていこうと決意した。
そして、今回、幸運にも、リニューアルする「シネマカフェ」で連載させていただけることになったのである。
とまぁ、ここまでは順調であった。
ただ、マヌケなイシコは今まで巡った映画館の写真というものを撮っていないんだなぁ。
ここからは映画館もキチンとデジカメで抑えておかないとなぁ。
ピンホールカメラでも抑えておこうかなぁ。
せっかくWEBでの連載だから、みんなの街の映画館をデジカメ写真で送ってもらおうかなぁ。
でも、「世界の映画館」に混じって、「世界の秘宝館」が送られてきたりするかもなぁ。
ぼやきながら、写真を探すイシコであった。
投稿者 ishiko : 07:12
2006年07月04日
7月3日「ピンポンダッシュ!」
散歩の途中、小学校の頃の通学路を通ってみる。
黄色の帽子をかぶり、ランドセルをしょっていた頃である。
小学校まではいくつかルートがあったのに、いつも同じ道を通っていた。
保守的な子供だったのかもしれないし、まぁ、それが小学生の通学路というものなのかもしれない。
「ピンポンダッシュ!」をした家が、そのままの状態であった。
「ピンポンダッシュ!」とは、知らない家のインターホンを鳴らして、逃げるという悪戯である。
インターホン自体は新しくなっているのかもしれないが、同じ門の同じ場所に備え付けられていた。
もちろん、当時でも道徳的にいけなかったことは知っていた。
しかし、小学生当時の僕らとしては大冒険として、スリルを味わってやっていたのである。
今から思えば、本当にこの家に申し訳なく思う。
トイレに入っていたかもしれないし、電話中だったかもしれないのに、いきなり呼び出され、ドアを開けると誰もいないわけだから。
逆の立場だったらと思うと…。
急に申し訳なくなり、インターホンを押して、謝ろうかとさえ思った。
いや、待て。
どう謝る。
ただでさえ平日の昼間にうろうろしている不審者である。
何色かわからない髪の毛の男である。
止めておいた方がいい。
ならば…。
今、やったら、どうなるのだろう。
危ない気持ちがふつふつとわき上がって来た。
お前は何を考えているんだ。
25年ぶりの「ピンポンダッシュ!」をしたくなる気持ちを抑えて、何故かあのときと同じ気持ちで走り始めるイシコであった。
投稿者 ishiko : 16:20
2006年07月03日
7月2日「お経バトル!」
イシコの家は浄土真宗である。
何宗とかあまり関心はなかったが、とにかく仏壇に向かって
「南無阿弥陀仏」
とお経を低い声で唱えるのが好きな変な子供だった。
亡くなった祖母が毎朝、お経をあげていたので、その横に座って一緒にシャウトしていたのを覚えている。
しかし、大学で実家を離れてからは、ほとんど読まなくなり、実家に帰ると仏壇に手は合わせるが、お経は年に何回かしか唱えることもなくなった。
正月以来だろうか、久しぶりに葵ちゃんと磨奈美ちゃんとみんなでお経を読む。
ゴング代わりに「ち〜ん」と鐘を鳴らす。
3人のバトルが始まった。
ご存知のようにお経には音程がなく、あるのは節だけである。
それぞれマイペースで生きて来た葵ちゃん×磨奈美ちゃん×イシコでは、言葉は同じだが、バラバラな感性のお経が鳴り響く。
民謡×クラシック×ヘビメタって感じのお経が仏壇の前で繰り広げられる。
こんな音を聞かされるご先祖様もたまったものではないだろう。
投稿者 ishiko : 16:11
2006年07月02日
7月1日「長距離バス」
僕は深夜バスが好きである。
何だか旅に出るって感じのワクワク感がたまらない。
「俺は今から旅に出るのだ」的な自己陶酔があるのかもしれない。
この感覚は、学生の頃と今で何も変わっていない気がする。
そして無性にケンタッキーフライドチキンや吉野家の牛丼が食べたくなる時があるのと同じように、無性にこの感覚を味わいたくなる時がある。
いつだか大阪で子供ショーを終えて新幹線で東京に戻っている間に、無性に深夜バスに乗りたくなり、そのまま東京駅から青森行きの深夜バスに乗ってしまい、結局、下北半島まで行き、コインランドリーで洗濯しながら
「俺、何やってんだ?」
とつぶやいたこともある。
ただ、そんな無性に深夜バスに乗りたくなるイシコも昼の長距離バスというものに乗ったことがない。
ならばと今回、実家に戻るのを昼間の長距離バスに乗ってみようと思ったわけである。
長距離バスと言っても、今回、僕が選んだのは、新宿→名古屋間で約6時間のバス旅である。
バス旅に必要な物については書き始めるとまた長くなるので、また次の機会に書くとして、とりあえず飲み物。
深夜バスに乗るとき、トイレに行きたくなるのでビールではなく、ウィスキーの水割りの缶を買うことが多いのだが、昼間の長距離バスは何を買うのがいいのだろう。
ただ、昨日のホワイトバールの二日酔いの影響もあり、迷った挙げ句、生茶と大好きなグミ「ぷぷるん」を購入する。
さてさて、いざ出陣。
景色を堪能したり、ボーッと考え事をするにはよさそうな、かなり大きな窓で、座席の間隔も広く、これはかなり快適な旅になりそうだ。
早速、旅に浸り始めて3分くらいしただろうか。
ガシャガシャガッシャン!
えっ!うそ!
こんなことってあるのか?
乗用車との接触事故である。
しかも新宿南口前。
幸い怪我人はゼロ。
ただ、事故処理等で時間はかかりそうである。
まぁ急ぐ旅でもなし。
生茶を一口飲んで、iBookを開き、イヤホンを耳にいれ、DVDで「グッドモーニングベトナム」を見始めるイシコであった。
投稿者 ishiko : 10:15
2006年07月01日
6月30日「第4回ホワイトバール満員御礼!」
午後6時ホワイトバールは、ラムステーキのつまみと4名の客から始まった。
僕はどこか別のことを考えながらが、ボーッとハイネケンを飲んでいた。
2本飲んだところで、赤ワインに変えようとしたが、
「まだビールにしておいた方が…」
マネージャーの勝部さんは静かにハイネケンをカウンターに置いた。
やけ酒になりそうないい飲み方ではなかったのかもしれない。
午後8時を過ぎた頃だろうか、いつしか3、40名の客で賑わっていた。
何だかローマの立ち飲みバールで、飲んでいるような錯覚に陥った。
ちょうどいいくらいの人数である。
僕がワインを飲むお許しも出たようである。
午後9時を過ぎた頃だろうか、時間の感覚もわかならくなっていた。
いつしか50名以上の客でゴッタ返していた。
ここはクラブじゃなくて、バーだからとツッコミをいれたくなるくらいの混み具合だった。
誰が来て、誰が帰って行ったのかさえ、既にわからなくなっていた。
別のことを考える隙間さえ、僕の頭にはなくなっていた。
今の僕にとってはありがたいことだった。
と同時にち〜ムーンから、「飲酒禁止令」を発令されるイシコであった。
投稿者 ishiko : 11:03



