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 イシコ連載中





 

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2006年06月29日

6月28日「一緒にホワイトマンの最後を迎えたかった!」

今は6月29日。
普通に24時間以上過ごした。
1時間ランニングして、1時間風呂に入り、書こうか迷った挙げ句、書くことにする。
近くに焼酎も置いた。
飲みながら書くことにする。
昨日、その家族からメールをもらった。
1ヶ月前に彼女は亡くなっていた。
僕がカンヌから戻った日だった。
故人の意志で密葬だった。
彼女のことである。
きっと、ホワイトマンも関係者もみんな忙しいから。
仕事休んでまで来てもらうと悪いから。
きっと最後まで気を使って、そう言っていたに違いない。

あなたが居なかったら、僕はホワイトマンを続けていなかったと思う。
先日、原稿で「居ない」を「いない」で校正されたけど、彼女の場合は、地球上に居なくてはならなかった人なのである。
青山円形劇場の「プレゼンラジオ」で、へなちょこな僕は辛くなると
「中止にしよう!」
と何度も告げていた。
その時、
「イシコさん!絶対に伝説の舞台ができますから、もう少しだけがんばりましょう!」
いつも彼女は、ニコニコしながら、そう励ましてくれた。
彼女の方が辛かったはずなのに。
既にその時、病気だったにも関わらず。
僕らには言わなかったですが、そうですよね?
プレゼンラジオを終えたおかげで、ホワイトマンは解散しないで、今に至っています。
カッコつけて言っているのではなく、本当にそうなんです。

いつも誕生日に心のこもったプレゼントをいただいていたのに、最低の僕はあなたの誕生日を知りません。
一銭にもならないようなイベントをいつも手伝ってくれ、いつも見守ってくれ、ダメな時はダメ出しをキチンとしてくれたあなたの誕生日を僕は知りません。
ホント最低です。
でも、絶対に絶対に命日は忘れません。

でも、どうして連絡くれなかったんですか?
イシコの汚いアパートでカマンと一緒に泊まった仲じゃないですか?
治ったから、マイペースで子供に関わるイベントをスタッフで参加するって言ってたじゃないですか?
幼稚園にも一緒に行ったじゃないですか?
どうして辛いときに連絡くれなかったんですか?
ちょっとまた入院しますって言ってただけじゃないですか?

絶対にホワイトマンプロジェクトは有終の美を飾って終わりにします!
本当に本当にありがとう!
ゆっくりゆっくり休んでください!
僕がいつそちらに行けるかわかりませんが、僕が到着した日は、飲めないお酒飲ませますから覚悟してください!

投稿者 ishiko : 18:51

6月27日「ソムリエと食事をすると?」

イタリア在住のソムリエ青山氏が来日中なので、一緒に食事をする。
最近、彼女はイタリアのソムリエの資格も取得した。
勉強していた時期は、朝から夜までワイン漬けだったそうだ。
「うらやましいなぁ」
と言うと、
「イシコさんみたいに飲んでるだけじゃないから。飲み比べだから」
と軽く叱られる。
昼過ぎにご飯を少し我慢して、お腹が空いたままでの5種類飲み比べが一番、クラクラくるのだそうだ。
お腹が空いているときの方が、舌が敏感になるから、その時間帯を選ぶらしい。
よく利き酒の人がペッと履くシーンがあるが、喉の感覚も知っておいた方がいいので、どうしても飲むことが多くなる。

そんなソムリエと食事をすると、いかに普段、イシコが考えないで食事をしているかがわかる。
「はい。今、飲んでみて」
料理を一口食べた後に、白ワインを飲む。
「口の中に臭みが残ってないでしょ?」
お〜!感動!
こうやって料理とワインの相性を感じていくというのをまさに実感する。
実感している自分に感動したりする。
映画のプロモーションでワインブログをやっていたのが恥ずかしく思えてくる。
料理とワインの相性が悪いと臭みが口の中に残ったり、お互い喧嘩して、タンニンだけが残ったりするのだそうだ。
ワインの知識はもちろんのことだが、ワインと食事の相性を考えるのがソムリエの仕事なのだ。
だからと言って、昨日、イシコが飲んだワインを全部、挙げなさいと言われても困るのだが。
ソムリエには記憶力も必要なのである。

投稿者 ishiko : 07:55

2006年06月28日

6月26日「ジェットコースターに乗るポーズ」

群馬県は前橋の遊園地「るなぱあく」で、日本で唯一と言われている3歳以下でも乗れる4人乗りジェットコースターに乗っている。
38歳になったイシコと35歳(だったはず)の「散歩の達人」山口編集長と二人で。
しかも下では群馬県庁の観光局の方々が見守り、一人はカメラを構えている。
これはかなり変な構図である。
しかし、ここでふと思ったわけである。
僕をどんなポーズを取って彼等の前を通りぬければいいのだろう。
スピードがあまり出ないということもあり、ジェットコースターに乗っている写真の定番である手を挙げて、「わ〜!」と雄叫びを上げるポーズも似合わない。
あれは、一瞬で通り過ぎるから「わ〜!」でいいのであり、ここで「わ〜!」とやるのは逆にこのジェットコースターをバカにしているように感じてしまう。

ふと、この感覚をどこかで感じたことがある気がする。
ロシアのウラジオストックにあった遊園地だったと思う。
そこでジェットコースターに乗ったのである。
そのときも、スピードがそんなに出ていないジェットコースターに乗り、下では、通訳でお世話になっていたスヴェチクがカメラを構えていた。
このときも「わ〜!」と雄叫びをあげるわけのが気恥ずかしく、
「ふむふむ。ロシアのジェットコースターはこういった感じなのだね」
と、まるで、「ジェットコースター評論家(居るのかどうかは知らないが…」のような顔をして乗り、構造を確かめているような素振りをしていたのを覚えている。

結局、今回も、僕は「ジェットコースター評論家」のような顔をして乗っていたのである。
そして、降りるなり僕はまるで海外のジェットコースターを知り尽くしているように言った。
「ウラジオストックの遊園地と似たものがありますね〜」
いや待て待て。
イシコは海外でウラジオストック以外、ジェットコースター乗ったことないだろうが!
自分自身に突っ込んでいた。


投稿者 ishiko : 11:03

6月25日「青空が見たいなぁ」

「あぁ、青空が見たいなぁ!」
残っていた赤ワインを飲みながら、窓を開けた。
「あぁ、青空が見たいなぁ!」
原稿を書きながら、つぶやいた。
「あぁ、青空が見たいなぁ!」
DVDで映画「クリムゾンリバー」を観ながら、つぶやいた。
「あぁ、青空が見たいなぁ!」
結局、夕方までに何回つぶやいただろう。
多分、人生の中で今日ほど、「青空」という言葉をつぶやいた日はないと思う。

遂にはヤフーで「青空」と検索する始末。
きっと、漫才師の青空球児・好児が出てくるんだろうなぁと思っていたのだが、いくらスクロールしても出てこない。
結局、「青空球児」と打ち直して検索していた。
「俺、何やってんだろ?」
ホームシックならぬ青空シックなのかもしれない。
車に乗り込み、No.30ち〜ムーンとお台場のヴィーナスフォートに出掛けた。
ここは天井が晴れの絵になっており、雲の流れを感じることができる。
2階の窓際でアイスコーヒーを飲みながら、ボーッと眺めていた。
「これでいいんだ?」
満足そうな顔をする僕にち〜ムーンが納得いかなそうな顔をしながら、一緒に見ていた。

投稿者 ishiko : 06:45

2006年06月26日

6月24日「フィクションとノンフィクションの間」

ホワイトマンの顔が、ど〜んと大きく壁に飾られている。
「ど〜ん」というのが、どのくらいの大きさなのか。
B0というサイズなのだそうだ。
「B0」というのがどれくらいのサイズなのか。
通常のB5の紙を32枚並べた大きさなのだそうだ。
とにかくびっくりするくらい大きいのである。

No.7かめら〜まんが現在、進行中の10のプロジェクト作品が麻布のギャラリーに展示してあり、そのプロジェクトの中にホワイトマンも入れていただいている。
コマーシャルアートが多い彼の作品の中で、今回は、マサイ族のポートレート、奈良の仏像、自然の中のふくろうの人形、華道家とのコラボレーションなど、様々な感覚を呼び起こしてくれる写真の数々が並ぶ。

その中にホワイトマンが入ると、改めて、フィクションとノンフィクションの間の生き物であることと感じる。
マスクなら、その下の顔を想像するのだが、白塗りになると、その下の顔を想像するというよりは、そういう生き物を想像するから不思議である。
もちろん、そこにはそう思わせるかめら〜まんの技があり、それによって様々なホワイトマンの生き物のイマジネーションを湧かせてくれる。

JR渋谷駅を出て、スクランブル交差点の前に立った時、見えている広告が全てホワイトマンの顔になっている。
そして駅の構内のポスターが全てホワイトマンの顔になっている。
でも、何事もなく東京の時間が流れ、何事もなく人が流れてゆく。
かめら〜まんのポートレートを観た日の夢にだいたい登場するシーンである。
そんなフィクションとノンフィクションの世界が楽しいのである。

投稿者 ishiko : 06:18

2006年06月25日

6月23日「12分間に考えたこと」

玉田選手のゴール!
うぉ〜!
僕はち〜ムーンと抱き合った。
隣に座った、さっき、紹介していただいたばかりの方とも抱き合った。
後ろに居た、この場所を提供してくださっているカフェグルーヴの方々ともハイタッチをした。
ひょっとして1次リーグ突破するかも。
しかもブラジルを破って。
店の中のボルテージは、どんどんあがっていく。

サントス選手。
なんだかんだ言われ続けたけど、いいところで、最高のアシストを見せてくれましたね。
昔、サントス選手に似ていると言われたことのあるイシコとしては、心のどこかで応援していたのかもしれません。
でも、言われたときは、正直、あまり嬉しくありませんでした。
今は、似ていると言われたら嬉しいと言うと思います。
ありがとう!サントス!呼び捨てでごめんね!

川口選手。
あなたのファインセーブ連発のおかげで、ここまで盛り上がることができました。
ふと前大会の、ドイツのゴールキーパー「カーン」のことを思い出しました。
当時、僕の携帯の画面はカーンでした。
特にカーンが、好きだったわけでもなく、ち〜ムーンに勝手に待ち受け画面にされ、機械音痴の僕は、変えることができず、ワールドッカップが終ってから半年以上もカーンと供に生活していました。
今回は川口選手。あなたを待ち受け画面にするでしょう。

中田選手。
プロとしての意識というものを学ばせていただきました。
あなたがボールを持つと安心して見ていられるし、素人の僕が見てもあなたのパスには魅了されました。
数年前、ホワイトマンのHPを観て、
「ホワイトマンって何をしているか、さっぱりわからないね」
とメールをくださったそうですね。
ありがとうございます。
未だにイシコも、ホワイトマンが何をしているのか説明ができません。

稲本選手。
僕もあなたと同じで金髪です。
アジアの人が金髪にすると変だと言われるのですが、そちらでの評価はどうですか?
実は、僕は初戦から、あなたのユニフォームを着て応援していました。
「稲本って今、どこでやってるんだっけ?」
僕の着ているユニフォームを見て、聞かれたことがあります。
スミマセン。僕は答えることができませんでした。
たまたま、オーストラリア戦の日に、このユニフォームをいただいただけで、僕はサッカーが詳しくないのです。

ロナウドに同点にされるまでの、12分間。
勝ったときに交遊録に書こうと選手の姿を見ながら、頭の中でまとめていた。
サポーターとして集中力が足りなかったことを反省した。

投稿者 ishiko : 11:22

2006年06月24日

6月22日「言い方の問題」

言い方を間違えた。
No.30ち〜ムーンに今日は働いたことをアピールしたかっただけなのである。
「今日は、メチャクチャ仕事した気がするなぁ」
「お〜、珍しいね〜。どんな案配だぃ?」
落語に出てくる登場人物のような言い方だった。

僕は一日を振り返って報告を始めた。
「ローマ法王が履いていた靴を、いただけることになったから、サイズを合わせに行って、
山口編集長とビストロでトマトの肉詰めをつまみにフランスのビールを飲んで、
No.17シャーマンのところで頭皮のマッサージを受けて、
SOSで佐藤社長に黒ビールおごってもらい、
小林武史氏が代表でオープンする店のレセプションパーティーで日本酒を飲んだって感じかな」

ち〜ムーンのこめかみがピクリと動いた。
「で、いつ仕事が出てくるんだぃ?」
しまった!
本来は、こう言うべきだったのである。

「連載用に、ローマ法王が履いていた靴の取材に行って、
山口編集長と来週の取材についてランチミーティングして、
No.17シャーマンのところで来月のイベント用の髪型を創ってもらい、
SOSで9月リニューアルのWEB打合せをして、
今後、朝プロジェクトにも関係するかと思い、小林武史氏が 代表でオープンする店のレセプションパーティーに行ったんだよね」

言葉とは難しい。
時既に遅し!
彼女は目を細くして、冷たく言い放った。
「楽しそうでようござんす!」

投稿者 ishiko : 07:50

2006年06月23日

6月21日「映画の食い合わせというか観順?」

昨日、「撮られっぱなし天国」と「ハイジ」と続けて2本の試写を観たせいもあるのか、どうも目覚めが悪い。
「撮られっぱなし天国」は、25周年を迎えるビースティーボーイズのドキュメンタリー映画というかライブ映画。
「ハイジ」は、お馴染みのアニメの実写版である。
僕は映画評論家ではないので、いつものように評論もしないし、僕的には両方とも、楽しめたし、「ハイジ」などは泣くところで僕の涙腺を緩ませてくれたので、いつもの通り、
「イシコ、面白かった?」
と聞かれれば、
「メチャクチャ楽しかったっす!」
と答えるだろう。

問題は映画の食い合わせというか観順(観る順番)なのだと思う。
「撮られっぱなし天国」の直後に、「ハイジ」を観たのだ。
「ハイジ」の最初の山のシーンで、僕の頭の中には、未だビースティーボーイズが流れていた。
やばい!ハイジが、ラップで歌い始めるのではないか?
それはそれで、B級っぽくて面白いぞ〜。
イシコ!集中しろ!
やばい!ハイジの頑固なおじいちゃん「アルム」がいきなり踊り始めたら…。
ダメだ!笑いがこみ上げてくる。
イシコ!集中しろ!
ようやく集中できたのは、映画が始まって20分くらい経ってからであった。

実は、先日、「エイリアンvsプレデター」、「容疑者 室井慎次」の観順でもやってしまったのである。
洋画と邦画なのに、観順を間違えると大変なことになる。
先に「容疑者 室井慎次」を観ておけばよかったのだが、先に「エイリアンvsプレデター」を観たので、その残像がもろに残ったままだったのである。
主人公の室井が、牢屋で正座をしていると、わ〜、上からエイリアン出てきそうだなぁと思ってしまうのである。

ちなみに今日は夢にまで影響した。
ハイジに出演している人の顔が全てビースティーボーイズのアダム・ヤウクの顔なのである。
ペーターもロッテンマイヤーさんもクララまでもが…。
「顔から下は地井武男」
というCMがあったが、
「顔から上はアダム・ヤウク」
である。
観順にはくれぐれもご注意くださいませ。


投稿者 ishiko : 12:34

2006年06月22日

6月20日「誕生日に金歯」

誕生日に「金」ならカッコいいのだが、誕生日に「金歯」である。
誕生日を期に金歯を入れることにしたなら、まだいいのだが、偶然、誕生日の日に金歯が出来上がってきただけである。
とにかく38年も生きてくると歯だってボロボロになる。
と自分を納得させようとする。

スポーツ選手は、食いしばることが多いので歯がボロボロになると聞いたことはあるが、コラムニストなど書くことを仕事にしている人が、食いしばって歯をボロボロにしたとはあまり聞いたことはない。
よし!38歳を期に歯を食いしばって書くコラムニスト「イシコ!」を目指そうではないか。
と思うが、
「なんでコラムニストなのに、歯を食いしばるんですか?」
と聞かれたときの答えが難しい。

「金」ではなく、「白」に、せめて「銀」にしたかったのだが、金が一番、歯と歯根に与えるダメージが弱く、安定した化学性質を保つため、身体にも優しいのだそうだ。
「身体に優しい」と聞くと、それだけで全てを受け入れてしまう。
昔はそんなことくらいで受け入れるようなイシコじゃなかったって言ってみたいが、昔から、すぐに受け入れてしまうイシコである。
まぁ、そうでなかったら、街を歩いているだけで鞄の中がポケットティッシュでいっぱいになることもないはずである。

一部に金をかぶせることはあったが、1本の歯全てが金で覆われることは初体験である。
後で鏡を見ると名古屋弁の似合いそうな38歳のおじさんが出来上がっているに違いない。
待てよ。僕は岐阜出身なのだから、名古屋弁が似合いそうなおじさんでいいではないか。
名古屋出身の人からすれば、
「岐阜と一緒にしんといて」
と怒られそうだが…。
38歳になった最初の朝、歯医者のベッドに横たわりながら、徒然なるままに考えたことである。

投稿者 ishiko : 07:16

2006年06月21日

6月19日「セデブがくる!」

先日、「朝がくる」と書いたが、今日は、「セデブがくる」。
「セデブじゃなくて、セレブでしょ?」
と言ったあなた!それとは違うのである。
「セデブ」とは、「ちょっとオシャレなデブ」のことである。
このところNo.15ヒーマンが言い始めた言葉なのである。

彼は馬体重のように、いや失礼、ロバート・デ・ニーロのように体重を10キロ単位で操作できる。
しかし、このところ、その操作が難しくなっているようで、どんどん大きくなっている。
ジーンズも普通ではあり得ない部分が破れ始めた。

そこで彼は発想を転換した。
「デブがかっこわるいと思われるからいけないんだ。カッコイイデブになろう!」
そもそも日本も太鼓腹は富の象徴だったはずである。
今でも、インドなどでは、太っていることが裕福の証となっている。
デブ=オーバーオールのイメージをやめて、デブ=ダブルのスーツや和服のイメージにすればいい。
デブ御用達の車などがあってもいいではないか。
すぐに曇らない眼鏡というのが食事用にあってもいいではないか。

イシコも叫んでいた。
「セデブ」の時代が来る。
デブの地位向上。
あれ以来、様々な媒体の方々に「セデブ」を広めようと言っているのだが、どうも分が悪く、今のところ6連敗中である。
おかしいなぁ。
「ちょいワルおやじ」の次は、「ちょいデブおやじ」が来ると思うんだけどなぁ。


投稿者 ishiko : 12:35

6月18日「ホスピタル・クラウン」

クラウンのみのパフォーマンス集団が日本にあるのをご存知だろうか?
って偉そうに言っているが、僕もサンクチュアリ出版の鶴巻社長に教えてもらうまでは知らなかった。
東海地区を中心に活動している「プレジャーB」
その公演を東京都児童会館で観ることができた。
大道芸ができるクラウンが集結するとショーの楽しさが何倍にもなることを改めて知った。
子供達の集中力では会館の椅子に座ってクラウンショーを観るなんて30分程度しかないだろうと思っていたのだが、「プレジャーB」の公演は休憩はあるものの1時間30分にも及んでいるのだが、子供達は最後まで大興奮であった。
もちろん大人も楽しめる。

そんな彼らは、ホスピタル・クラウンとしても知られている。
病院などを訪問して、エントランスやプレールームでショーをするだけでなく、病室の中に入って、子供一人ひとりと接していくのである、
近年、注目されている分野でもある。
僕が子供ショーで全国を回っていた頃、ホスピタル・クラウンに近いことを何度か体験させていただいたことがある。
病院にショーに行くのも大切なのだが、もっと大切なのは同じ子供達と継続的に接していくことなのだと思う。
恐らく体験した方なら、感じるはずである。
絶対に必要な分野だと。
ほとんど知識がないので、偉そうなことは言えないのだが、こういった笑いや遊びの意識が、子供達の免疫力を高めるのではないかと仮定ではあるが、確信を持って言える気がする。
って偉そうなことを言っているイシコであった。
はい。失礼しました。
もっと勉強します。

投稿者 ishiko : 07:39

2006年06月19日

6月17日「ダメ人間は幸せなのである」

僕はよくダメ人間と言われる。
早起きなのにダメ人間と呼ばれるのは割が合わないと思うときもある。
土曜日の午前中を検証してみよう。
朝、起きて、ドロドロの「バリコピ」なるバリのコーヒーを飲みながら、交遊録を書く。

楽しく書き終え、無事、アップし、さて、これから本格的に依頼原稿を書き始めようとするときに必ず悪魔のささやきがする。
「本でも読んでからにしようよ。今日の外は気持ちいいぞ〜」
この悪魔のささやきにイシコは迷うこともなく、グラスに氷を入れ、芋焼酎を注ぎ、窓を開ける。
窓辺に座り、宮部みゆきの「誰か」を手に取る。
50ページ程度読んで、ブラ寝になってしまう。
ブラ寝とは、ブランチのような感覚で眠ってしまうことを僕はこう呼んでいる。
再び起きて、
「おっ!まだ11時だ」
と何に対して、「まだ」という言葉を使っているのかわからないのだが、何ともいえない至福感を感じているのである。

一方で白い天使が
「そろそろ原稿書き始めないといけないんじゃない?今日は浅草のギャラリーに行く予定じゃなかったの?」
とつぶやく声が聞こえる。
またパソコンの前に戻り、インターネットラジオの番組を選ぶ。
最近、お気に入りの70年代、80年代の音楽ばかりをかけている局である。
「なつかし〜。デュランデュランだ〜」
「フォリナーだ。高校生の時に初めて買った洋楽LPだ」
「デッドオアライブだ〜。これを聞きながら、日本平を走っていて事故ったんだよなぁ」
「あれ?これ、誰だっけ?いや、まだ見ないぞ。う〜ん。スターシップいや違う、バングルズ、じゃない?う〜ん。あ〜、曲が終わっちゃう。仕方がない。曲名を見るか。そうだ!ハートだ」

いつまで経ってもWord画面は、白い画面である。
結局、書き始めるのは昼を過ぎてから。
これが僕がダメ人間と呼ばれる理由である。
当の本人は最高に幸せなんだけどなぁ。

投稿者 ishiko : 09:53

2006年06月18日

6月16日「清里の音」

明け方、屋根を叩き付ける激しい雨の音しか聞こえなかった。
鳥のさえずりが聞こえるということは、雨はあがっているのかもしれない。
鳥の声が東京より、清里の方が澄んでいる気がする。
空気が澄んでいれば当たり前なのかもしれない。
いや。待てよ。
僕の住んでいる場所って鳥の声のイメージが湧かない。
そういえば最近、カラスとゴミ収集車の闘う音のイメージがあるなぁ。

どこの朝の音が好きだったかなぁ。
プーケットやバリなど海沿いのコテージで目覚めたときに、静かな波の音が聞こえるゆる〜い音もよかったなぁ。
スゥエーデンの山の中で、雪山の中のピ〜ンと張りつめ、自分の足音でその張りつめた空気が変わる感覚もよかったなぁ。
ニューヨークの窓を開けるまでは静かだが、開けた瞬間、街の音が入り込み、まるで今、街が動き始めるような音もよかったなぁ。
何でこんな音について考えているのだろう。
きっと昨日、飲んでいるとき、No.15ヒーマンから、胎内で人間は、まず耳からできると教えてもらったからなのかもしれない。
布団の中で、目を閉じながら、清里の音を楽しみつつ、ウダウダ考えていた。
さて、さて、本日はホワイトマンに変身して撮影三昧である。
清里の音を感じながら1日を過ごしてみることにしよう。

って思っていたのだが、1日を終えてみると清里の地ビールと食べ物の味を感じながら1日を過ごしていた。

投稿者 ishiko : 08:35

2006年06月17日

6月15日「朝がくる!」

朝がくると思うのである。
「そりゃ、夜がくれば、朝がくるに決まっているだろ!」
と言ったあなたへ!
言わなくても思ったあなたへ!
それとはニュアンスが違うのである。
朝の素敵な過ごし方のスタイルが今後、流行ると思うのである。
だって、朝、快適に過ごせると1日が楽しく過ごせるじゃん。
だって、朝日の方が夕日より身体にいいことも科学的に証明されてるじゃん。
だって、朝が楽しいと何か得した気分になるじゃん。
「ジジイ!朝が早いんだよ!」と罵倒され続けた早寝早起きのイシコとしては、流行ってほしいと強く願っているのである。

「朝シャン」ならぬ「朝散」、つまり朝の散歩を楽しむのである。
「朝練」ならぬ「朝連」、つまり朝の連句を楽しむのである。
「朝のみ」やっているお店を開拓するのはもちろんだが、「朝飲み」、つまり朝の飲物(紅茶、ビール、シャンパンなど)を楽しむのである。
「朝ヨガ」、「朝アロマ」、「朝食料理」、「朝読書」、「朝農業」、「朝ガーデニング」、「朝コンサート」、「朝釣り」、「朝スキー」など数えあげればキリがない。

そう考えていくと「朝風呂」に入りながら、「朝プロ」、つまり朝の過ごし方のプロフェッショナルがいたりしてもいいのではないか。
そこで、イシコは日本初の朝マイスターすなわち朝プロになろうと決意したわけである。
その第一弾として清里中心の八ヶ岳南麓で始まる朝プロジェクトにナビゲーターとしてイシコが就任させていただくことになった。パチパチパチパチ!
というわけでディレクターのNo.15ヒーマン、カメラマンの岡崎氏、映画監督の林氏と清里に居る。

今回のプロジェクトのプロデューサー佐久間氏から、清里在住の素晴らしい方々を紹介していただく。
人も含めて、改めて、この街は日本一の朝を迎えられる場所として感じられる1日を過ごすのであった。
来月、WEBが立ち上がるので、そこで改めてご案内することにする。
絶対に朝はくる!

投稿者 ishiko : 08:20

2006年06月15日

6月14日「18年ぶりの再会」

18年前の記憶。
僕が20歳の頃。
ちょうど大学を留年した頃。
ヤクザの娘の家庭教師をしていた頃。
すぐにオーバーヒートする車に乗っていた頃。
Tシャツ、短パン、サンダルでバイク事故を起こした頃。
毎晩、ゲーム喫茶でドライカレー大盛りを食べていた頃。

そんな時代の友人、高橋氏と再会する。
きっかけは、僕がほとんど利用していないソーシャル・ネットワーキング「mixi」だった。
「イシコって、あのイシコ?」
「はい。そのイシコです」
「何故、白い?」
「長くなるので飲みながら…」
軽い感じのメールのやりとりで、僕らは下北沢で飲むことにしたのだ。
「あのイシコ」の「あの」を知る為に。
「そのイシコ」の「その」を知る為に。
まぁ、僕の中での「その」は最初に書いた20歳の頃の記憶である。

「顔が黒い…」
待ち合わせ場所で会った彼女の最初の一言だった。
あれ?20歳の頃のイシコは黒くなかったのか?
ひょっとすると旅を続けているうちに、地黒になってしまったのかもしれない。
とにかく飲み始める。
「イシコ、変わったよね?」
「え?何が…」
「昔は、もっと硬派だった気がするなぁ」
「あのイシコ」の「あの」は「硬派」だったのか。
ちょっと嬉しい気がする…。
いや、待て。待て。でも、硬派だったら、彼女達と一緒にアパートで、毎晩、どんちゃん騒ぎなど、しなかったはずである。
「硬派っていう言葉が違うのかなぁ?一緒にはつるんでいるんだけど、何かある線以上、どこか寄せ付けない感じがあった気がするなぁ」
「あのイシコ」の「あの」は「どこか入れない感じ…
もう、いいや。飲もう。
彼女はカンパリソーダ、僕は白ビールをぐびぐび飲むのであった。

投稿者 ishiko : 06:49

2006年06月14日

6月13日「りんごと向き合う」

りんごである。
「フリー&イージー」という雑誌から、りんごを撮ってくれと言われたのである。
何やら、男のこだわりとやらの特集で、僕はピンホールカメラを愛用しているからということらしい。
しかし、なんで「りんご」なのだろう。
「カメラで8名のクリエイターに出ていただいているんですが、皆さんにりんごを撮っていただいているんですよ。本物のりんごじゃなくても、マッキントッシュのリンゴのマークでもイラストでもいいですから」
担当編集者の大仏氏は言う。
しかし、こんなことでもなければ、本物のりんごと向き合う機会などない。
とことん、りんごと向き合ってみることにしよう。
早速、近くの果物屋でりんごを一つ買ってくる。
一つだけ買うのも何なので、バナナも一緒に買う。

りんごを机の上に置いて眺めてみる。
全然、面白くないので、横にバナナも添えてみる。
静物画みたいなので、あえなく却下。
しばらく、りんごを見ながら、ボーッと考える。
小さい頃、風邪をひくと枕元にりんごが剥いてあったのは何故だろう。
そういえば西城秀樹のハウスバーモンドカレーのCMでりんごにハチミツかけてたの美味しそうだったなぁ。
「りんごをかじると歯茎から血が出ませんか?」っていう歯磨き粉のCMもあったなぁ。
僕の歯茎もそろそろ、やばいんじゃないか?
思わずかじっていた。
セーフ!血は出ていない。

いや、セーフではない!
かじったら、かじったりんごしか写せないではないか。
そもそも何でりんご一個だけしか買って来なかったんだろう。
バナナなど買わないでりんご三個くらい買ってこればよかったではないか。
りんごと向き合おうと思った瞬間、「向き合う」=「1対1」と思ってしまったのである。
また、りんごを買いに行くイシコであった。


投稿者 ishiko : 07:59

2006年06月13日

6月12日「ア・オ・イ」

ア…あの人もこの人も青いユニフォームを着ている。
渋谷の街を散歩していたら、今日はやくざの方も着ているのではないかと思うくらい、青いユニフォームをよく見かけた。
これだけ青いと「じゃ、9時にハチ公前で」と待ち合わせした人達は困るだろうなぁと思うくらい青いユニフォームがあふれていた。宇宙衛星に搭載されたカメラから日本を見たら、きっと青いんだろうなぁと思うくらい、青いユニフォームで街がうまっていた。そんな僕も、青いユニフォームをいただいたので、本日は生まれて初めてユニフォーム着用で応援することにする。

オ…遅れないように、浦田選手のインタビューを終える。
観戦前に靴の連載の取材で、ビーチバレーの浦田選手のインタビューをする。
僕は、いつもインタビューをするときに、相手との空気感を楽しみながら、ゆったりお話を聞くことが多いのだが、今日は、インタビューの構成をあらかじめ作っていき、それに沿ってやっていた気がする。
心のどこかで観戦モードの為の時間短縮を考えていたのかもしれない。
当然、スタッフの方々もインタビューが終ってから、それぞれサッカーを観に行くと言っていた。
特に浦田選手は、先週、日本に戻ってきたばかりで、来週からは再び2ヶ月間海外での試合が続く。ほとんど観戦する機会がないので、今日の観戦は楽しみのようである。
浦田選手とマネージャーの大野氏はnakata.net cafeへ。山口編集長は編集部へ。カメラマンの鈴木氏は自宅へ。イシコはNo.24キャスパーの店へ。
それぞれ楽しむ観戦場所に向かう。

イ…今か今かと待ちながら、準備していく時間がたまらない。
キックオフの1時間前から、徐々に青いユニフォームを着た人達がキャスパーの店に集ってくる。
「イシコ!その紐伸ばして〜」
「サムライ」と書かれた青い小さなフラッグを紐に通して、お誕生会のくさりのように壁にテープでくっつけたり、
「前の電気、消した方が盛り上がるんじゃない?」
と更に観戦が盛り上がるような演出を相談したり、
「はい。フラッグ配りま〜す!」
と応援グッズが配られたり、
普段は会員制の高級レストランが、学園祭を思い出させるようなワクワク感の漂った空間になっていく。
片手に持った小瓶のビールが、いつもより早いペースでなくなっていく。
向こうでは、既に「ニッポン!チャチャチャ!ニッポン!チャチャチャ!」
と応援が始まっている。

その後の結果は…。
次に期待したいと思う。
というわけで「アオイ」ユニフォームで楽しい「ア・オ・イ」の時間をまとめてみた。

投稿者 ishiko : 10:39

2006年06月12日

6月11日「アクセス数が伸びるとき」

上京以来つきあいのある編集プロダクションの村山社長と飲んでいた。
彼女と2人で飲むのは何年ぶりだろう。
確か前回も、同じ六本木のマンディ田中さんの店で飲んでいた。
以前は、この店にもよく通っていたのだが、このところ、来ることがめっきり少なくなってしまった。
特に理由があるわけでもなく、ただ単に行動範囲が変わっただけのことなのだが、久しぶりに行くと店のスタッフに
「最近、何やってんの?」
と聞かれ、面倒なことになる。
これはこれで、話の種になるのだが、この「最近、何やってんの?」
と聞かれることは、「本業は何ですか?」と聞かれるのと同じくらい僕は苦手なのである。
「コラム書くことが多くなりましたかね…」
「え?子供ショーやらなくなっちゃったの?」
「やらないっていうわけじゃないんですけど…。7月1本やりますね…」
「そういえば雑誌も創ってたよね?」
「それ結構前っすね」
「じゃ、もう編集やらないの?」
「う〜ん。やらないってわけじゃないけど…。う〜ん。乾杯!」
聞いた方も答えた方も不完全燃焼のままである。

「説明はできないけどブログ読めば、何となくわかるから大丈夫だよ。カンヌブログも読んでたし、交遊録も読んでるよ。そういえば葵ちゃんだっけ?お母様は元気なの?」
村山社長は、スタッフへの不完全燃焼な答え方に落ち込むイシコを慰めながら言った。
「ありがとうございます〜。おかげさまで元気です〜。交遊録も不思議と葵ちゃんや磨奈美ちゃんが登場するあたりのアクセスは、ど〜んと多くなるんですよね〜。みんな家族ネタは興味あるんですかね〜?」
家族ネタを書いている日を選んでアクセスすることって難しいとは思うので、やはり偶然なのだとは思うのだが、家族ネタを書くと周りの反響が多いことからも、やっぱり興味はあるのかもしれない。
「「渡る世間は鬼ばかり」の人気が続いているのと一緒じゃない?」
長野のフルボディの赤ワインを飲みながら彼女は続けた。
「みんな人の家族の様子を見ながら、「そうそう。わかるわかる」って言いたいんだと思うよ」
「なるほど…」
つぶやきながら、そういえば、今月、一度も実家に帰ってないことを思い出すイシコであった。

投稿者 ishiko : 10:27

2006年06月11日

6月10日「なんで居るの?」

びっくりした。
扉を開けたら、ニューヨーク在住のパフォーマーNo.6「K3」が居た。

下北沢にNo.10バランスマンが手掛けるお店がオープンした。
そのオープニングパーティーの扉を開けたら、K3が目の前に座っていたのである。
唖然とした。
「な、な、なんで居るの?」
「へへへ…」
もし、遠距離恋愛のシチュエーションだったら、最高なのだろうが、残念ながら、そんな関係性でもない。
「いつ来たの?」
「昨日」
「いつ帰るの?」
「明後日」
「おまえ、アホやろ?」
「アホで〜す」

相変わらずの軽口を交わした後、何はともあれ、半年ぶりの再会を喜び合い、僕はビールを、彼女はジントニックで乾杯する。
人見知りの僕は仲のいい友人が居てラッキーである。
しかも彼女も人見知りなので、お互い隅の方に座って控えめに飲む。
しかし、有名人の彼女は何名かに握手を求められたり
「ブラストの石川さんとは会うことがないのですか?」
と聞かれたりしていた。
日本人でブロードウェイでバリバリ活躍しているのは、彼女と石川氏が、まず挙げられるので、こういった質問も受けるわけである。
パフォーマンスの世界で言えば、彼女らは松井とイチローのような存在なのだろう。
改めて凄い人なんだなぁと思いながら、ビールをぐびぐび飲む。

「石川さんとは何度かパーティーでお目にかかって挨拶くらいはしたけど、私はニューヨークだし、ブラストはアメリカ中をまわっているから、普段は会わないよね。
みんなアメリカとブロードウェイが一緒だと思う節があるけど、ちょっと離れた場所での公演でも北海道と沖縄以上の距離があるからね」
「そうだよね〜」
イシコはまるで「当たり前だよね〜」的な相槌をうちつつ、僕も、質問した彼等と同じように思っていたことは黙っていた。

投稿者 ishiko : 08:30

2006年06月10日

6月9日「出演者が男性だけの人気劇団」

2ヶ月ぶりに芝居を観た。
男性だけが出演する人気劇団「スタジオライフ」
既に20年以上活動しているこの劇団は、噂だけはずっと聞いていて、一度は観たいと思っていた。
その劇団の代表作とも言える少女漫画の巨匠である萩尾望都原作「トーマの心臓」を観ることができた。
全寮制の男子学校という設定に同性愛の要素が絡み合い、どこかの穴から覗いているようなドキドキ感がたまらない。

それにしても客席は女性が多い。
宝塚も女性客が多いが、こちらも割合で言ったら、同じくらいなのではないのだろうか。
日本の観劇ファンは女性がほとんどなのだろうかと思ってしまう程である。
だからといって僕が別に困るわけではないのだが…。いや、困ったのである。
開演前に、受付の前でち〜ムーンと待ち合わせをしていたのだが、あまりに混んでいたので、彼女の券を受付に預けて先に入ってしまい、メールでやりとりをしようとしていた。
決して広いとは言えない紀伊国屋ホールのロビーは女性客だらけである。
壁に寄りかかり、普段、使わない携帯メールを両手でうっていた。
「お客様?」
係員の方に声をかけられた。
「はい?」
僕が顔を上げると、やさしそうな女性の係員が言った。
「こちら、女性トイレの列となっておりまして…」
ふと周りを観ると確かに僕は、いつしか女性トイレを待つ列に並んでいるではないか。
しかも僕の後ろにも女性が遠慮がちに並んでいる。
普通の演劇だったら、ここまで女性トイレの列が来ることはないはずである。
僕は、顔を上げられず、右手と右足を同時に踏み出しながら、列からはずれた。
男性諸君!もっと演劇を観ようではないか!
スミマセン!偉そうでした。
男性の皆様!もう少しだけでいいので演劇を観ませんか?
せめて女子トイレを待つ女性が男子トイレの近くまで並ばないくらいには。

投稿者 ishiko : 22:40

6月8日「イシコの由来」

「どうしてイシコという名前なんですか?」
初対面の人に、そう聞かれることが多い。
「10字以内で答えなさい!」という問いだったら
「小学生からのあだ名」
と答えるし、
「400字以内で答えなさい」という問いだったら、
「20年以上前になりますが「トミーとマツ」という国広富之と松崎しげるが出演していた刑事ドラマがありました。その中で、あまりに弱虫なトミー(国広富之)に上司のマツ(松崎しげる)が怒って、「この役たたず!おまえは、男女の腐った奴だ〜!何がトミーだ!トミ子に名前を変えてしまえ!」と怒鳴ると、トミーの耳がピクピクと動いて、急に人が変わったように強いトミーに変身し、犯人をやっつけるという設定でした。当時、小学生だった僕らは、そのドラマに影響され、クラスで全員に「子」をつけるのが流行りました。本来だったら、僕の本名は「イシハラヒデカズ」なので、「ヒデコ」だったのですが、何故か「イシハラ」の方に子をつけ、イシコと呼ばれました。そのあだ名は、中学になっても高校になっても大学生になっても、必ず誰か幼なじみが一緒だったので、「イシコ」というあだ名は残り、そのまま大人になったというわけです。僕は今でもこのあだ名が大好きです。」
と答えるだろう。ふ〜。

そんなある日、2年程、書かせていただいているシネマカフェの「セレブログ」にコメントが入った。
「はじめまして、イシコです。石古が苗字です。大阪のイシコより」
衝撃だった。
石古という苗字があるのだと。
そのブログの返事にも書いたが、中学生の頃、年賀状の宛名に「石固様」と書かれて送られてきたことがあり、「石頭」みたいで複雑な思いがよぎったのを思い出した。

そして遂に、イシコという名前の女性に出会った。
今日、オープンしたバイク専門用品店「ライコランド」環八蒲田店で。
星さんというカッコイイ苗字の女性が
「イシコさん、イシコさん、イシコさんという苗字の人が入ったんですよ」
と2階の売り場まで連れて行ってくれた。
「イシコ」
とカタカナで書かれた名札を首からぶらさげていた女性がレジを担当していた。
「こんにちは。イシコと申します」
「はじめまして。イシコという名前で、いろいろ遊ばせていただいております」
二人のイシコが、お互い頭を下げ合うのであった。

という話をこの日の夜の「楽園ゴルフ」の会食で話をしたかったのだが、次回のロサンゼルスロケの打合せで盛り上がってしまい、結局、この話をすることができなかった。
あ〜、スッキリした。
誰かに言いたくてしょうがなかったのである。

投稿者 ishiko : 08:14

2006年06月09日

6月7日「シベリアンハスキーの思い出」

昔、実家で犬を飼っていた。
来月、公開予定の映画「狩人と犬、最後の旅」に登場するシベリアンハスキー犬を見て、ふと思い出したのである。
シベリアンハスキーの混血が、実家に紛れ込んで来たのは、父が亡くなる1週間前だった。
カッコイイ犬なのに小学生の僕は「権兵衛」と名付けた。

田舎だったのと、当時はそんなに神経質でない世の中だったので、犬は放し飼いの日が多かった気がする。
飼い主に似るというのは本当のようで、僕と同じで「権兵衛」は方向音痴だった。
誰にでもなついて、知らない人について行ってしまい、自分がどこに居るのかわからなくなり、近所のおばさんが見かけて、連れて帰ってきてくれたこともあった。
たくあんをつまみに、サイダーを飲む変わった犬でもあった。
犬なのに腰を抜かし、一緒にリハビリに励んだこともあった。
そんな「権兵衛」が僕は大好きで、大学進学で岐阜を離れるまで、いつも一緒に遊んでいた。

晩年(犬にも使うのかなぁ?)は、ボケてしまい、時々、実家に戻っても、僕のことを覚えていなくて、吠えられることも多かった。
ある日、ミスタードーナツのアルバイトに行こうとしているとき、母の葵ちゃんから、「権兵衛」が死んだことを電話で告げられた。
そんな思い出が走馬灯のように蘇ってきた。
それにしてもどうして、「権兵衛」って名前をつけたのだろう。
ちなみに「権兵衛」は雌犬だった。

投稿者 ishiko : 13:06

2006年06月08日

6月6日「ミステリーな一日」

何年ぶりだろうか。
読み始めた本を最後まで読み切ってしまった。
「そんなのよくあるよ」
と言われるかもしれないが、僕の場合、飽き症のせいか、400ページ以上ある本を一気に読み終えてしまうというのは、人生の中でも数える程しかない。
早くて2日(それも旅中)、長いと1ヶ月近く同じ本が鞄の中に入っていることさえある。

カンヌで、No.24キャスパーが読み終え、
「面白かったよ」
と言われ、もらってきた貫井徳郎氏のデビュー作「慟哭」を、パラパラとめくり始めたら、止まらなくなっていた。
10年以上前に書かれた作品なのだが、幼児の殺人事件と新興宗教という現代を象徴したようなミステリー。
最近、あまりミステリー小説を読まなかったので新鮮だったこともあるのだろうが、あれよあれよと物語に引き込まれていってしまう。
今も世の中に起きている事件をどこか頭の隅に描きながら…。

それはともかく、1日で本を読み切ってしまった後の何ともいえない達成感って何なのだろう。
「あ〜!」
背伸びをしながら、昨日の残りの赤ワインを飲む。
一気に仕事を片付けた後のような感じである。
その後、ふっと我に返るわけである。
「今日、仕事らしい仕事していない…」

こうなったら、とことんミステリーにはまってみよう。
思わず、テレビをつけ火曜サスペンス劇場のチャンネルに合わせてみる。
えっ!「火サス」って終ってたの?
すぐさまインターネットで調べ、昨年で終っていたことを知る。
切なくなりながら、以前、タイトル買いをした「疾走症候群」をパラパラめくる。
これも貫井徳郎氏の作品である。

投稿者 ishiko : 08:00

2006年06月07日

6月5日「メールの始めは何と書く?」

今日からの撮影旅行が延期になったので、丸々2日間、自由時間になった。
開放感もあり、時差ボケのせいもあり、朝、ロフトの上でウダウダしていたら既に8時をまわっていた。
早寝早起きのイシコからすると遅起きの時間である。
インターネットラジオの80年代音楽のチャンネルをクリックし、最近、ハマっている紅茶をゆっくり入れて、窓辺に座り、空を見上げながら、ゆっくり飲む。
「何しようかなぁ…」
やることなど山程あるのに、何故か、この台詞をつぶやいてしまう。

「よ〜し。やるかぁ!」
と腰を上げたのは9時をまわっていた。
まずは掃除から始める。
5月ほとんど部屋に居なかったことを、クイックルワイーパーについたホコリが物語っていた。
拭いたら、気持ちよくなって、床の上でヨガでもやろうと、早速、寝転がり、「死体のポーズ」にして、鼻呼吸をしていたら、そのまま眠っていた。

起きると既に昼になっていた。
赤ワインを開け、飲みながら、パスタを茹で、インスタントカレーと卵と納豆をかけて、どんな料理なのかわからなくなってしまった昼食を取りつつ、ジェーン・カンピオン監督の映画「イン・ザ・カット」を観る。

昼下がり、本日のメインイベントであるメールの大掃除。
音楽をメタリカに変えて、ヘッドバンキングしながら、カンヌに行っている間に溜まっていたメール一気に片付け攻撃を始めた。
「長かったカンヌ旅を思い出しながら、赤ワインを飲んでいるイシコです〜。返事が遅くなり申し訳ありません〜!…
僕は、メールを書くときに今、自分が居る状況を書くことが多い。
「こっちは仕事してるんだっつうの?天気がいいので、朝からビールを飲んでるイシコで〜す!とか書かれるとやる気なくなるっつうの!」
というお叱りを受けることも多々ある。
しかし、ただでさえ、機械的な手紙のやりとりなのだし、生の自分の状況をお伝えした状態で、手紙を書きたいというのが、イシコの本音でして…。

何通書いただろう。
すっかり日が暮れていた。
泡盛のロックに変え、最後のメールをうった。
「泡盛に変えて、ベロベロ気味のイシコです〜。ミーティングの件ですが…」
キーボードを叩きながら、ふと、もらった方の気持ちを考えなさい!と言っていた人の気持ち(ややこしいなぁ)が何となくわかった気がして、すぐに書き直した。
「泡盛を飲んでいますが、ベロベロではないイシコです〜。ミーティングの件ですが…」
あまり変わってないか…。
余計に目が据わって話しているようで逆に怖いかもしれない。


投稿者 ishiko : 10:21

2006年06月06日

6月4日「ロシア料理」

「ロシア料理は?」
No.30チ〜ムーンのあまりに意外な夕食の提案に、彼女の親友の京ちゃんも、僕もビックリしてしまった。
ロシア料理=酢っぱい
イメージがある。
少なくとも、僕が行ったことのあるウラジオストックでは、毎日、酸っぱいものが食卓にあがっていた。
「東京都酸っぱいもの嫌い選手権」でベスト8に残りそうな程、酢っぱいものが嫌いなち〜ムーンの口から、ロシア料理という言葉が出るとは思ってもみなかったのである。

しかし、彼女も挑戦してみたいのかもしれない。
みんなで、ロシア料理屋に向かった。
まずは、ロシアのフルーティーなビールで乾杯する。
これは酸っぱくない。

次に野菜の酢漬けがやってきた。
「う〜、ここまで匂ってくる。強烈だ〜」
もちろん、ち〜ムーンは食べないのだが、酸っぱい匂いに少々、嬉しそうである。
続いて、ボルシチがやってきた。
これは大丈夫そうである。と思いきや、
「これ、酸っぱいなぁ…」
レッドビーツが少々、酸っぱいのかもしれない。
徐々にち〜ムーンが弱り始める。
「隊長(僕らはち〜ムーンをふざけてこう呼び始めた)、パンが、パンがやってきました。これなら、大丈夫かと思われます!」
しかし、発酵度の強い黒パンで、見た目で既に酸っぱそうである。
「隊長、ビーフストロガノフです!」
ホワイトソースなので、酸っぱいことはあり得ない。
僕らは胸をなで下ろした。

「ダメであります。きのこが…。パタッ!」
ち〜ムーンが壁に寄りかかった。
ホワイトソースの中にきのこがたくさん入っている。
そういえば、ち〜ムーンは、「千葉県きのこ嫌い選手権」でベスト4に残りそうな程、きのこが嫌いなのである。
「隊長!水を飲んで落ち着いてくだされ」
水を飲ませた。
「水よ!お前もか…。パタッ!」
またしても彼女は壁に寄りかかった。
僕も水を飲んでみた。
レモン水であった。


投稿者 ishiko : 09:32

6月3日「突破!」

「突き破る」と「突破」は同じ字を使っているが何となく微妙に違う気がする。
辞書で調べると
突き破るは、激しく攻撃を加えて突いて破り、敵が居るときに使うようである。
突破は障害となるものを突き破り、目的を達成するときに使うようである。
まぁ、どっちを使ってもいいのだが、気が小さいイシコは敵という言葉を使いたくないので、どちらかというと「突破」という言葉を使いたい。
あんまり関係ないけど。

と「突破」の話である。
出版プロデューサーのNo.10バランスマンと新宿のカフェで打合せ。
今、彼が関わっているプロジェクトは、子供にまつわる案件が多い。
よくよく考えてみれば、僕の周りにも子供にまつわる方々が、最近、何だか増えている気がする。

そういった子供のプロジェクトの話が、身近にポロポロと転がっているにも関わらず、未だホワイトマンとして子供に対して発信していることが少ない。
ホワイトマンを始めた当初は、それが一つの目標でもあった。
って僕が勝手に思い描いていただけだが…。
何が壁になっているのだろう。
多分、一つ突破できてしまえば、全てがつながり、面白く展開しそうな気がする。

1ヶ月ぶりに酒を飲むというバランスマンは白ワインを、いつものように飲んでいるイシコは赤ワインを傾けながら、うなる二人であった。
きっと今、ホワイトマンはターニングポイントなのだろう。

投稿者 ishiko : 09:08

2006年06月05日

6月2日「さかなクンに「さん」をつけた方がいいのか?」

7月にサンシャイン60の展望室で水族館のイベントでイシコがナビゲーターをすることになり、サニーサイドアップの松本氏と打合せに行く。
サンシャイン60の水族館にナチュラルシステムを導入した大型水槽が誕生した。
濾過装置を使わないで、自然の力を活かした循環システムをそっくり再現しているのである。
このシステムは、簡単そうに見えてかなり難しく、日本の水族館ではここまで大きな水槽で取り入れことはなかった。
一つでも自然のつながりが崩れると全滅になってしまうからである。
やはり自然とは偉大なのだ。
こういった話を中心に7月に、この水槽を提案した安永副館長とお馴染みのさかなクンにイシコがナビゲーターとしていろいろ聞いていくのである。

ふと、「さかなクン」を呼ぶときに「さん」をつけるべきか悩むことになる。
「さかなクンさん」。
う〜ん。やはり変である。
「さかなクン」は、やはり「さかなクン」であろう。
しかし、本人を目の前にして「さかんクン」と呼ぶのも、何だか呼び捨てにしているようで気がひける。
でも、すでに芸名の段階で呼び捨てではないのである。
本番のときはともかく、打合せのときにも「さかなクン」と呼ぶのは…。
う〜ん。迷うところである。
次回の最終打合せで、本人と会うときにでも、聞いてみることにしよう。
もちろん、本番では「さかなクン」と呼ばせていただくが…。

ちなみにサンシャインのニシキアナゴのライブカメラはオススメである。
縄張り意識が強く、そこがまたかわいかったりする。

投稿者 ishiko : 10:38

6月1日「帯広→札幌一人ドライブ」

今回、タイアップの一つクライスラーPT Cruiserの撮影が終わった。
この車は、札幌のディーラーからお借りしてきたものらしい。
もちろん返さなくてはならない。
イシコの旅心がむくむく湧いてくる。
飛行機のチケットを帯広→羽田から札幌→羽田に変更してもらい、帯広から札幌まで車を返す名目で、一人ドライブを楽しむことになった。

ペットボトルのコーヒーとのど飴を購入し、約4時間のドライブ旅が始まった。
走って1時間もしないうちに、カンヌ旅の時差ボケの影響か、異常に眠くなる。
北海道はまっすぐな道が多いのも眠くなる原因なのかもしれない。
高速に乗って、最初のパーキングで30分程度、眠る。

起きてから、また車を走らせ、高速を降りると日勝峠を登っていく。
まっすぐな道が多いと言ったばかりだが、有名な峠道である。
ラジオの電波もつながらなくなり、ウルフルズの曲を歌いながら登っていく。
この峠につきものの霧が、今日はないので、運転がかなり楽しめる。
ゴルフオンダイジェストの善哉氏が、この車を札幌から帯広へ運んでくるときは、夜の霧で運転がメチャクチャ怖かったそうである。
確かにラジオはつながらず、霧で全く見えず、しかも夜だったら楽しむどころではない。

おかげさまで日勝峠頂上付近では、うっすらと十勝平野も堪能でき、その後、渋滞も味わうことなく、順調に車を返すことができた。
さてさて、飛行機までの時間、札幌在住の元全日本のモーグルコーチNo.31ホーガンと夕ご飯でも食べようと約束していた。
しかし、夜の千歳空港までの列車が意外に本数が少ないため、30分くらいしか会う時間がない。
青春を感じ、彼女と30分だけでも会いたいというシチュエーションならわかるが、お互い37歳のオヤジの再会である。
しかも3月にホワイトマンスキーツアーで遊んだばかりなので、また近いうちと電話でお別れして、千歳空港に向かうイシコであった。


投稿者 ishiko : 10:17

5月31日「アスパラの逆襲!」

ゴジラのサブタイトルのようである。
アスパラ、本当はアスパラガスと呼ぶ。
昔から怪獣の名前にぴったりだと思っていたこの名前はギリシア語で「新芽」を意味するらしい。
本当は、観賞用として江戸時代に日本に入って来た。
昔から誰が食べ始めたのだろうと思っていたこの野菜は明治時代以降に食用として栽培が始まったらしい。

早朝、アスパラの朝摘みに出掛ける。
土からまっすぐ生えているアスパラに感動する。
ひまわりのように太陽に向かって生えているアスパラに感動する。
切ってそのまま何もつけないで食べられるアスパラに感動する。
1日に10センチ近くも成長するアスパラに感動する。
球根が育つまでに3年かかるアスパラの貴重さに感動する。

カフェグルーヴの武田氏は
「今回の取材で、一番、楽しみだったのが、十勝のアスパラに出会えることです」
と興奮して言っていたのが、わかる気がした。
十勝平野の食材恐るべし。

投稿者 ishiko : 09:50

5月30日「地ビール天国!帯広なり!」

朝一の飛行機で、カフェグルーヴの武田氏、デジタルコンテンツ会社社長の松本夫妻、ムービーのカメラマン仲野氏と北海道は帯広に行く。
「楽園ゴルフ」の十勝編が始まるのである。
帯広空港には、既にロケハンチームで2日前から十勝入りしているディレクターNo.15ヒーマン、カメラマンの岡崎氏、ゴルフオンダイジェストの善哉氏が、迎えに来ていた。

この「楽園ゴルフ」での僕の役割は、エバンジェリスト(伝道師)として、楽園ゴルフがいかに楽しいかを文章で表現するのだ。
十勝温泉には、モール温泉と呼ばれる世界で二つしかないと言われる泥炭を通して湧く黒っぽい温泉がある。
温泉と聞くと鉱物成分が多いのだが、この温泉は、植物成分が多いので、女性から言わせると化粧水に入っているように思える程、肌がツルツルになるのだそうだ。

そして、この温泉を使ってビールを作った。
その名もモール温泉ビール。
地ビールブームに乗って、たまたま作ってみたのだが、実は、この温泉の成分がビールを作るには好条件が揃っていたらしく、完全に定着したらしい。

これ以外にも十勝ビールなる地ビールがある。
2004年のジャパンビアカップで金賞を受賞した十勝ラガーから、ブラウンエールなるアイリッシュパブなどでよく飲む茶褐色のビール、そして、フルーティーなヴァイツェンと、地ビール天国である。
まさにおいしい仕事を満喫するイシコであった。

投稿者 ishiko : 09:46

2006年06月04日

5月29日「らくがきがアートに変わるとき」

交遊録を書き始める前にお詫びとお知らせ。
1ヶ月、イシコが書いていたカンヌブログの間、ヤフーニュースに紹介されたこともあるのだろうが、ホワイトマンのHPのアクセスが、急激に増えた。
一人でも多くの方に読んでいただけるのは、嬉しいことなのだが、その分、迷惑コメントも大量に送られるようになってしまった。
そこで一度、コメントを削除させていただきました。
元々、イシコはコメントしにくい文章で、アクセス数の割にはコメントが少ないと言われておりますが、それでもコメントをいただいていた方には、この場を借りて厚く御礼申し上げます。
今後とも、よろしくお願い申し上げます。
というわけで交遊録に戻ります。

きっと、皆様も小さい頃は、らくがきをしていたのだと思う。
そのらくがきがアートになる瞬間がある。
ホワイトマンをやる前に、やっていたWEBマガジンの企画(というには大袈裟で現地で思いついてやっただけなのだが…)で、ニューヨークのMOMAのアーティストと日本のイラストレーターのコラボレーションでニューヨークのイーストビレッジの壁画で遊んだことがあった。
最初はお互いのらくがきから始まり、それがいつしかアートに変わっていった。

6月8日にオープンするオートバイの専門店「ライコランド」環八蒲田店の壁面を見たとき、久しぶりにそのことを思い出した。
今回、この壁面に描いているのはBelというアーティストの方である。
壁面にオートバイをテーマにしたグラフィティアートが完成しようとしている。
彼女の作品に対して、らくがきという言葉を使うのは失礼だが、恐らく彼女もグラフィティを始めた頃は、らくがきの気持ちがあったと思う。
それが、いつしかアートという感覚が芽生え、アーティストというプロ意識も芽生えていき、作品としてのクオリティがあがっていくのだろう。
らくがきをするときのワクワク感が残る、そんな作品が描かれた壁面が出来上がる。
都内で、これだけの壁面にアートが描かれているビルは、なかなかお目にかかれないので、一度、お試しあれ。

投稿者 ishiko : 11:34

5月28日「シルクのアロハシャツの扱い方!」

部屋に2週間の旅の垢と思い出が詰まったトランクを置き、シャワーだけ浴びると、すぐに渋谷に向かった。
ホテルのラウンジで沖縄のアロハブランド「PAIKAJI」の広報を請け負っている清水氏と「散歩の達人」山口編集長との顔合わせに立ち会う。
沖縄在住の清水氏とは6年程前にあるフランスの自転車バイクの取材をきっかけに仲良くなり、以来、年に2回程度は沖縄に通ようになり、人や場所など様々な沖縄の魅力を教えてもらっている。
と言いつつ、今年はまだ一度も沖縄に行っていないのだが…。

ホワイトマンプロジェクトを始めてから、いつもPAIKAJIにはタイアップでお世話になっている。
雑誌に夏の取材でイシコが登場する際や夏のイベントに出演する際に、ホワイトマンが着ているアロハシャツは全てPAIKAJIの商品である。
そして「散歩の達人」山口編集長は、アロハシャツおたくと言うのは失礼だが、アロハシャツにかなり詳しい。
初対面の二人だが、アロハシャツをテーマにかなり盛り上がっている。

話題は、シルクのアロハシャツは、どう手入れすべきかという話になっていた。
シルクなだけに通常のアロハより格段に高い。
せっかく手に入れたのだから大事に着たい。
しかし、アロハシャツは、ガンガン着て、ガンガン洗いたいというのも本音である。
清水氏も、シルクのアロハシャツは持っているが、未だに袖を通さないで鑑賞用にとどまっているとのことらしい。
やはり、ガンガン着たいのなら、コットンの方がアロハシャツはいいのかもしれないというのが二人の共通認識のようである。
アロハについて熱く語り合う二人の横で時差ぼけのイシコはうとうとするのであった。

投稿者 ishiko : 10:52

5月27日「何故、日本人旅行者は釣りのベストが好きなのだろう?」

ウィーンの空港で乗り継ぎ便を待つ間、ウィンナーをつまみにビールを飲んでいた。

隣で団塊の世代っぽい日本人旅行者のグループが座っている。
彼等はオペラの話をしていた。
きっとウィーンでオペラを堪能してきたのだろう。
旅をしていると僕は、いつも不思議に思うことがある。
団塊の世代の日本人旅行者は何故、釣りのベストが好きなのだろうか。

釣りじゃなくて登山用なのかもしれない。
というか釣り用と登山用で別れているのか?
というかそもそも釣り用でも登山用でもないのかもしれない。
じゃ、何用と言うのだろうか?
いずれにせよ、ポケットのついたメッシュのベストを着ている団塊の世代の日本人旅行者に合う確率が結構、多いのである。

物がたくさん入るからなのだろうか?
でも、こういった旅行者は必ずウエストポーチを腰にまいている。
涼しいからなのだろうか?
とはいえ、ウィーンは、まだそんなに暑くないはずである。
この年代の旅人のカリスマが、こういったベストを推奨しているからなのだろうか?
東海林さだお氏が浮かぶのだが、つい数ヶ月前に、「ショージ君の旅行鞄」という本を読んだが、ウエストポーチを装着している写真はあったが、メッシュのポケットがついたベストを着ている姿の写真は見た覚えがない。

う〜ん。謎である。
まぁ、何を着ようがその人の勝手なのだが…。

投稿者 ishiko : 10:45

5月26日「エッフェル塔はゆがんでいる!」

「デザインの現場」編集部の浦田氏、パタンナーのさよさん、No.24キャスパーと夕食に行く。
牛の脊髄をつまみに今回の旅で上手さを覚えたロゼのワインを飲む。
カンヌでは、ほとんどのフランス人が日中は、冷えたロゼを飲んでいた。
気候によっては白ワインでは物足りず、ロゼくらい、冷たい中に軽い重みがあるのがいいのかもしれない。
今回、知ったのだが、白ワインのように作る方法(黒ぶどうを使う)と赤ワインのように作る方法(漬け込みの時間が短い)の2種類があるのだそうだ。
というわけで、ロゼワインは白ワインと赤ワインを混ぜた飲物ではない。
実際、僕は20代の頃はそう思っていた。

ロゼワインを1本開けて、心地よくなった後、夜のエッフェル塔に向かう。
僕の背骨がゆがんでいるのか、目がおかしいのか、それともただ単に酔っぱらっているのか、僕にはエッフェル塔がゆがんで見えた。
ゆがんだエッフェル塔は1時間に一度、ピカピカと点滅する。
エッフェル塔の下に道路が走っており、T字でぶつかる真正面のコンクリートに座り、10分程度のエッフェル等のショーを見上げていた。
「いい旅だったなぁ」
ちょうど日本を出てから2週間の旅が終わろうとしている。

投稿者 ishiko : 10:17

5月25日「パリのひったくり!」

朝一の飛行機でカンヌを後にして、パリに移動する。
移民街というより中華街になりつつあるベトナム料理屋でロゼワインをいただきながら、僕の生まれる前の1967年にパリに移住したパタンナーのさよさんを紹介される。
さよさんより、富士フィルムのフランス支社長西田氏とフランスで30年以上、カメラマンとして活躍している辻氏を紹介していただき、一緒に中華料理屋で食事する。

偶然なことにキャスパーが制作に関わっていた映画「風の絨毯」撮影当時、西田氏
は宣伝部長だったそうで、この映画に富士フィルムとして協力していたことがわかった。
その上、「風の絨毯」のプロデューサーである益田氏と西田氏はつい先日、日本で食事をしたばかりだったと言うではないか。
世の中は狭いと言うが、パリでここまで狭い出会いというのも何とも不思議な話である。

中華料理屋で満腹になり、盛り上がった僕らは、カフェでコーヒーを飲もうと向かった。
ここで数十メートル先を歩いていたキャスパーが、振り返り、デジカメで話しながら歩いている西田社長、辻氏、イシコの3人を記念撮影してくれた。
とそのときである。
何が起きたのか理解できなかった。
ひったくり!
二人乗りのバイクの男達に、西田社長のセカンドバックがひったくられたのである。
追いかけようとするが、バイクなので、残念ながら、そのまま逃げ去られてしまった。
不幸中の幸いで、バッグの中には日本語の本と地図しかなく、財布など大事な物は全てポケットだったので大事にはいたらなかった。
カフェに到着し、エスプレッソを飲みながら、キャスパーのデジカメ写真を見る。
僕らの背後に小さく写っている人影をクローズアップしてみる。
そこには犯人の顔がくっきり映っているのであった。

投稿者 ishiko : 09:40

2006年06月03日

5月24日「ルイ・ヴィトンが、パーティー嫌いを克服してくれる?」

カンヌ最後の夜、トルネードフィルム叶井社長にルイ・ヴィトン主催のパーティーへ連れて行ってもらう。
カンヌの駅前から、バスに乗せられ、郊外の大きな屋敷に連れていかれる。
犬を連れた警備員が、あちこちに居り、見守られているような気分になり、何だかVIP気分である。

大きな門を通り抜け、しばらく歩くと、プールが現れる。
そして2階立ての豪邸、大きな庭と開放感溢れるパーティーである。
壁の花という言葉が感じられないレイアウトになっており、一人で飲みながら、星を見ているだけでもおかしくない雰囲気である。
これだとパーティー嫌いのイシコも楽しめそうである。

僕は、特設のバーカウンターに一人で座り、DJの音楽を楽しみながら、ハムをつまみにワインをガンガンいただく。
空を見上げながら、ときどき、キャスパーとも話をしながら、今回のカンヌの毎日を振り返り、幸せな気分に浸っていた。
パーティー会場に審査委員長であるウォン・カーウァイ監督が現れた。
今回の旅の締めにふさわしい光景であった。

とカンヌの旅をカッコよく終わりたかったのだが、調子に乗ってワインを飲み過ぎたため、トイレに行きたくなり、タキシード姿で会場をうろうろするはめになる。
紙で書かれたトイレの場所が、どうやら、間違った方向を向いているのかその方向にトイレがない。
誰に聞いていいのやらもわからず、叶井社長やNo.24キャスパーを探そうとするが、いざというときには人混みに紛れ、見つからないもので、最後には、我慢できず、内股気味に
「トイレット?レストルーム?」
と犬を連れた警備員に聞くイシコであった。

投稿者 ishiko : 22:07

5月23日「おならはコミュニケーションになるか?」

「お父さんのおならクサい〜!」
日本の家で、サザエさん的な一家の象徴となる台詞だった。
だったというのは、今もそういったことが言える家族の関係性があるのかどうかが、僕にはわからないからである。

しかし、この言葉をカンヌで使うとは思わなかった。
間もなく父親になるNo.24キャスパーのおならが臭いのである。
よって生まれてくる子供に変わって、僕が最初に言わせていただいたのである。
確かに僕のおならも、今回の旅中、確実に臭くなっていた、
しかし、彼のおならは、それ以上である。
恐らく今回の旅は、肉類などのタンパク質を取ることが多く、消化が悪くなっていたせいもある。

匂いだけでなく、彼の場合、回数も多い。
これも考えられる理由がある。
ビールが上手い気候なので、やたらビールを飲みまくった。
そこまでは僕と同じである。
しかし、彼の場合、それに加え、この旅中、コーラにはまり、コーラも飲みまくり、結局、炭酸飲料を飲む割合が異常に多かったこともある。
炭酸飲料を多量に飲むと、ガスを大量に発生しやすくなるのだそうだ。

とはいえ、むやみやたらに我慢しろとは言えない。
基本的におならは我慢すると、血液に吸収され体内に取り込まれ、肝臓や腎臓に負担がかかり、糖尿病や動脈硬化の原因にまでなるのだそうだ。
とやけにイシコはおならに詳しいなぁと思われる方も居るだろうが、それは、パソコンがクラッシュしてしまったことに理由である。
原稿を書く上でキャスパーのパソコンを借りることになるのだが、彼がインターネットカフェでパソコンを使ってメール処理をしている間、イシコは日本語が使えない他のパソコンで、おならについてネットサーフィンしていたからなのである。

そのおかげで彼のおならが臭いことを。受け入れる覚悟ができたわけである。

投稿者 ishiko : 11:47 | コメント (0)

5月22日「カンヌにホワイトマン出現!」

一昨年のモンゴル以来、久しぶりに海外でホワイトマンに変身することにした。
変身すると言っても、素晴らしいエンターテイメントを見せるわけでもない。
というか僕にその能力はない。
フラリとホワイトマンで。その街に出て、歩いている人達の反応を楽しむわけである。
子供が興味を持てば、ポケットに忍ばせておくバルーンで動物を創ってコミュニケーションを取ることくらいである。

これでセロなみのマジックが出来たら、いいなぁと思うこともあるのだが、先程も言ったように僕にはそこまでのエンターテイメント性があるわけでもなく、サービス精神も不足気味なので、バルーンくらいのコミュニケーションツールで充分なのかもしれない。
それにしても、顔を白くするだけで、これだけの人達が反応する。
「白塗り」すなわち「ホワイトマン」に変身する行為というのは、やはり面白い。
この反応だけは、世界中、どこの国に行っても同じである。
今後も、ホワイトマンで歩いたときの反応を、出来る限り、様々な場所で味わいたいものである。

おっと。また、写真を撮ってくれと声をかけられる。
彼等は、その写真を観ながら、何を思うのだろう。
「この人は何人なんだ?」
「なんで白い顔なんだ?」
「何をする人なんだ?」

それでいいのである。
少なくとも、その写真を観ている時は、眉間に皺はよらないで、微笑んで見ているはずである。
ホワイトマンとは、むやみやたらに皺をよせない世界を創るコンテンツなのかもしれない。
皆様も一生に一度は白塗りで遊んでみませんか?

投稿者 ishiko : 11:04 | コメント (0)

5月21日「テレビでも映画!」

あまりテレビをみないと5月13日の交遊録に書いたばかりなのだが、海外では別である。
どんな番組がやっているのだろうかと気になってつけることがある。

映画を観るのに疲れて、僕は早めに部屋に戻った。
ポテトチップをつまみに、ビールを飲みながら、テレビを観ていた。
クイズミリオネアとタイムショックを足して2で割ったような番組がやっていた。
古館伊知郎のテンションとみのもんたのじらし方を持ち合わせた司会者が、番組を進行していた。
しかし、クイズ番組程、その国の言葉がわからないとつまらないものはない。
テレビのセットと解答者のキャラクターを楽しむくらいしかない。

すぐに飽きてしまい、他のチャンネルにまわすとウッディ・アレンの映画「世界中がアイ・ラブ・ユー!」がやっていた。
フランス語の吹替えである。
日本語の吹替えにはすっかり慣れているのに、他の国の吹替えを聞くとやはり新鮮である。
昔、ローマの映画館で、ブラッドピットが「チャオ!」と言う姿(もちろん吹替えだが)をスクリーンで観たときは衝撃を覚え、それ以来、僕は海外に行くと出来る限り、1回は映画館に足を運ぶようになった。
もちろん、世界の映画館への興味もあるのだが、そこで、出会った映画が、どんな風に映写されているのかを観る楽しみもあった。

そんなことを思い出しながら観ていると、エドワーと・ノートンが歌い始めた。
映画に疲れて、帰ってきたはずなのに、結局、テレビで映画を観ているイシコである。
やはり映画が好きなのである。
決して詳しくはないけれど…。

投稿者 ishiko : 10:44 | コメント (0)

5月20日「カンヌ散歩三昧」

僕は散歩が大好きである。
まさに漢字のごとく歩き散らすのが好きである。
そして、知らない街を歩き散らすのが大好きだったりする。
気が小さいくせに、敢えて迷うのが好きだったりもする。

カンヌでも、ふらふら一人で散歩を始めた。
財布を落としたこともあり、ポケットには小銭の5ユーロ(700円程度)しか持っていないが、レストランに入らず、ミネラルウォーターかコーヒーを買うくらいなら多少、迷っても、問題ない。
映画祭のメイン会場の近くは、首からバイヤーパスやプレスパスを下げている人達で賑わっているが、その場所から15分も歩けば、地元の民が暮らす穏やかな街並を味わうことができる。

民家の屋根に設置された、ランダムなアンテナの数々。
どれが、誰の家のアンテナなのかがわからないのではないだろうかと、こちらが心配してしまう程のランダムさである。
フランス語でアンテナ同士が会話しているようにも見える。
スノップな匂いが漂う映画祭の香りの中で、そういったランダムなアンテナの並び方を見ていると、どこかホッとした気分にもなれる。

そして、日本ではあまり見かけない洗濯物の干し方にも見とれてしまう。
THE Tシャツ逆さ干し!
エンターテイメントプロレス「ハッスル!」の技の名前で出てきそうである。
普段、日本ではTシャツはハンガーで干す方が多いと思う。
しかし、ここ南仏では(南仏だけではなく、イタリアはナポリでもドミニカのサントドミンゴでも東南アジアの国々でもこの干し方は見かけたが…)洗濯ばさみでTシャツを逆さ、つまり裾を挟んで干すのが主流のようである。
型くずれしそうな気もするが、肩に変な皺が残らないのかもしれない。
そんなことを考えながら、ボーッと洗濯物を眺めていた。
あまりにボーッと眺めているので、下着泥棒と間違えられたのか、地元民からジロジロ見つめられるイシコであった。

投稿者 ishiko : 09:50 | コメント (0)

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