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 イシコ連載中





 

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2006年02月28日

2月27日「朝から築地で飲む」

朝に送別会をするのもいいものである。
経済系の番組制作会社に勤める成田氏がニューヨークへ転勤になり、その前に寿司を食べに行きたいと年明けから常々、言っていた。
最低3年は行っているという彼が、次に日本に戻ってきたときにどうなっているのかわからない築地場内市場で寿司を食べることにした。
スーパーサイズミー(寿司編)」で覚え、好きな寿司屋の一つに加わった「大」へ行く。
この店は味はもちろんだが、職人さんのホスピタリティが大好きなのである。
もちろん、そんな店は朝も7時過ぎから行列ができる。
9時で少し空き始める頃に行ったのだが、それでも行列ができており、約1時間待つ。
その間、成田氏と成田氏の飲み友達でもあるイラストレーター池原氏と海外で住むなら、どこに住むかを語り合う。
席に付き、ビールと熱燗を飲み、おまかせにぎりを食らいながらもその話は続いた。
いつしかイシコは酔っぱらいおじさんに変身していた。
「お客さん、いい顔になったね〜。今日はお休みですか?」
と寿司職人に言われ、みんなで答えに詰まった。
僕にとって「休み」とはどういったことを言うのだろう。
「イシコさん、今日は、これからどうするんですか?」
「試写に行くんです〜」
「う〜ん」
また、みんなが唸ってしまった。
確かに試写は仕事と言えば、仕事だが、映画鑑賞はイシコの趣味といえば趣味でもある。
「イシコさん、最近、原稿仕事が多いですもんね?」
「でも日課に近いからなぁ」
また、みんなが唸ってしまった。
確かに一年前と比べれば、確実に原稿仕事は多くなっているが、あまり仕事という実感がわかないのが正直なところである。
夜の送別会だったら、こんな展開にならなかったわけで、朝の送別会だからこそ、考えることができたのである。
朝に送別会をするのもいいものである。

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2006年02月27日

2月26日「最終の新幹線に乗り遅れわけで…」

姉の磨奈美ちゃん、住職の奥様サッちゃん、バイオリニストのビエラさん、指圧師のヨーコさんという濃い女性メンバーに囲まれて飲む。
姉の磨奈美ちゃんに関しては、この交遊録でもたびたび書いているが、イシコが歳をとる過程において、お世話率の高い女性である。
住職の奥様サッちゃんは、イシコがイタリアで1ヶ月程フラフラしていた時に、お世話になっていたデザイナー勅使氏の妹で、僕が実家に居ないときに母の様子をたびたび見に行ってもらったりといろいろお世話になっている。
バイオリニストのビエラさんは、昨年、プラハでチェコアニメについていろいろ探索しているときに、兄のパベル氏と供にお世話になっている。
指圧師のヨーコさんは初めてお目にかかったのだが、今後、実家に戻ったとき、指圧はもちろんだが、盲目卓球を今後、教えてもらったり、カラオケで演歌を教えてもらったりと、いろいろお世話になるであろう。
と、「お世話」をテーマにした方ばかりに囲まれ、ぐびぐびビールを飲み、時間を忘れて盛り上がる。
そんなわけで最終の新幹線に乗れなかったわけで…。
今日中に東京に戻れなかったわけで…。

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2006年02月26日

2月25日「女子校で流行っている本」

焚き火をしながら酒を飲もうと岐阜の実家に戻るが、風が強く断念する。
仕方なく、風を感じながら、熱燗でも飲もうかなぁと日本酒を電子レンジにかけていると、女子校で先生をしている姉の磨奈美ちゃんが
「おっさん、焚き火残念だったね〜」
と声をかけた。
磨奈美ちゃんは僕のことを高校生の時から、「おっさん」と呼んでいる。
あっ、僕、そういえば、今はホントにおっさんになったんだなぁとしみじみ感じる。
「これ知っとる?女子高生の間で凄い流行っていて、生徒が貸してくれたんだけど読む?」
星野夏という19歳の少女が書いた「あおぞら」という小説らしい。
「女子高生」という僕の周りにない言葉に意味もなく、
「読む!読む!」
と反応し、熱燗を飲みながら、読み始めた。
彼女の実体験のことが書かれているのだが、あまりに衝撃的で口を開けたまま、一気に読んでしまう。
そして、おっさんのイシコは泣いてしまった。
イシコの高校時代では、あまりに考えられないことばかりなので、これはフィクションではないかとティッシュで鼻をかみながら、磨奈美ちゃんに抗議した。
「今の高校生は、こういったことが日常的なんだよ。例えばね…」
この後、磨奈美ちゃんからの話がこれまた衝撃的で、さらに口を開けながら、おっさんのイシコは話を聞くのであった。

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2006年02月25日

2月24日「プーケットは何故、プーケットか?」

花束のようにも見えるし、スポーツのようにも見える。
言葉だと島をつけなくてもイメージがつくが、いざ文字にするとプーケット島と書かないと島とは思えない。
飛行機の時間をメモしながらボーッと考えていたイシコである。
っていざパソコンで打ってみると「プーケット」って島を抜いてしまう。
PUーKETTOTOUと打ち込んで変換を押してみると「プーケット島」と一発で変換される。
ということはやはりプーケット島と打った方がいいのだろう。
と現地の取材コンテンツを打合せしながら、パソコンの画面に打ち込むイシコである。
プーケットはプケットだと楽園っぽくない。
やはり「ー」を入れることで島の響きになるのだ。
そしてフーケットでもブーケットでもダメで、やはり「プ」だからいいのである。
「で、イシコさん、どんなストーリーで書きたいですか?」
ディレクターのNo.15ヒーマンとカフェグルーヴの大川氏の言葉で我に返る。
そうなのだ。
来週末から、「楽園ゴルフ」の取材で1週間程、プーケットに飛ぶのである。

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2006年02月24日

2月23日「一日籠ったのに…」

一日は24時間。
僕の場合、8時間は眠るので、起きている時間は16時間。
今日は籠るのでシエスタ(昼寝)も1時間くらいできるので15時間。
朝ご飯と昼ご飯と夜ご飯をそれぞれ作って食べるから3時間。
お風呂にゆったり入るのが1時間。
明日までに返すレンタルビデオの映画を見る時間が2時間。
既に残り9時間。
コーヒーを入れながら、9時間の使い方をボーッと考える。

やろうとしている、いや、やらなくてはいけない項目の書き出しをしてみる。
世間ではTO DO LISTと呼ぶらしい。
せいぜい10個くらいだろうと思いきや、細かいこともいれていくと38個にもなる。
「お〜、仕事あるじゃん。脱!ダメ人間か?SOSのブログに書かなくちゃ」
とコーヒーのおかわりを入れる。

さて、何からやるか?
まずは「イシコの交遊録」を書いて。
おっと。昨日の分も書いていない。
2つ書いていたら、これで1時間以上使ってしまう。
既に残り7時間30分。
いや、TO DO LISTなど、もろもろ整理してたりも含めてら残り7時間。

昨日、出掛けていたので、返事できなかったメールも何通か書く。
メールって一通何分くらいかかっているんだろう。
きっと10分くらいか。
ということは10通送ったから、既に100分。
などと次のメールを読んでいたら思い出したことがある。
TO DO LISTに追加しなくちゃ。
追加する前に、今、やってしまおう。
と簡単にできるかなぁと思いきや意外に手間取り、1時間以上かかってしまう。
おっと、その間にまたメールが何通か。
などと繰り返してやっていたら、あっという間に夜になっていた。
LISTを数えてみると残り30個。
「徹夜でもしてやれ!」という周りの声が聞こえそうだなぁと思いながら、22時には眠りに堕ちるイシコであった。

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2006年02月23日

2月22日「ズボンのチャックが…」

あれ?いつからだろう?朝からずっとか?マジ?ちょっと待て?思い出そう。

早朝、電車を乗り継いで、南浦和のデザイナーの松下のところに行ったなぁ。
オートバイや車の部品の企画開発で有名な「デイトナ」の二輪事業部の川口氏と阿部氏が、はるばる静岡から上京されたんだよなぁ。
松下氏の「とりあえず一緒に会わない?」的な誘いに気楽な感覚で行ったけど、いつのまにか仕事をすることになってたっけ。
今年は、更にオートバイ業界に入り込みそうな勢いだなぁ。
そういえば川口氏はイシコと同じ静岡大学出身で歳も近く、共通の知り合いや当時、行っていた店で盛り上がったっけ。
いやいや、それは今はいいのだ。

で、次にシステムの黒田氏が合流して、松下氏の車で上尾に向かい、「ライコランド」の森社長、高橋部長、横内部長と打合せしたっけ。
そうそう、WEBデザイナーの小室氏とメカニックの羽石氏を紹介してもらったよなぁ。
これで本格的に携帯、雑誌、WEB、イベントと連動して始動し始めるんだなぁって妙に興奮してたっけ。
いやいや、だからそれは今はいいのだ。

で、で、その後、銀座で今、ベネッセの長谷氏、絵本の読あそびグループ「朗天狗」のサトカツ氏と飲んでいるってわけだ。
それにしても、この店は、飲料用のビネガーが、いろいろな種類があるよなぁ。
全部、頼んだんだよなぁ。
いやいや、いい加減にしろ!今はいいのだ。

ということはだ、俺はズボンのチャックを開けたまま、これだけの人達と会っていたのか?
ちょっと待て。
今日、何回もトイレに行ってるじゃん。
さっきもトイレ行ったじゃん。
じゃ、チャックが開いたのは、この店に入ってからだ。
あぁ、よかった。
めでたし。めでたし。
お騒がせしました。

投稿者 ishiko : 09:27 | コメント (2) | トラックバック

2月21日「No.31ホーガン!家族で札幌へ」

「転勤」という言葉は、今のところイシコの辞書にはない。
元々、会社というか組織に属したことがないので当たり前といえば当たり前なのだが、ある意味、新鮮な言葉である。
元全日本スキーのモーグルコーチでもあり、数々の伝説的なエクストリームスキーのビデオを監督したNo.30ホーガンが、家族で東京から札幌へ転勤することになった。

そんな彼とはスキーウェアーSOSの仕事で3年間、がっぷりとお世話になった。
雑誌のようなカタログを新潟で合宿して創ったり、スェーデンの山に籠り、世界版のビジュアルブックを創ったり、ホワイトマンwithSOSでスキーツアーで食べまくって飲みまくったり、地球温暖化防止活動のDVDにスキー界の目線で出演してもらったりと、いろいろ遊ばせていただいた。

そして、何より3年間、コンスタントに力を入れてやってきたのはSOSーWEBであった。アクセスと通販の売上に一喜一憂し、あぁでもない、こうでもないといろいろ試行錯誤しながら進んでいった。
素晴らしいメンバーが集ったこともあり、アクセスは急上昇し、今シーズンは予想以上のアクセスを叩きだしている(そうだ)。
そこで今シーズン、一緒に組んだSOSのWEBに関わるメンバーと供にホーガンの送別会を開いたわけである。

デザインでお世話になっている「世界のWEBデザイナー100人(フラッシュ編)」に日本人で唯一、選ばれた整さん、イメージ写真でお世話になっている坂本龍一や秋吉久美子などの写真集で知られるファッションカメラマンNo.7かめら〜まん、システムでお世話になっている携帯システム界の天才黒田氏、SOSブログで、お世話になっているプロデューサーもこなす天気予報士加藤氏、イシコの旧知の仲で、クイズ「ミリオネア」で1000万円を獲得した(でも、税金で半分持っていかれるらしい…)ミュージシャン大島氏、特集でお世話になったバイク誌に特化したデザイナー松下氏と紹介だけでも何枚も書けそうな人達が集ってワイワイ飲んだくれた。

寂しい気もするが、札幌出身の彼は、常々、ゆくゆくは家族で北海道に戻りたいと言っていたので、めだたいことなのだ。
それに、これで札幌在住のホワイトマンが居るわけで行きやすくもなる。
早速、3月末にホワイトマンスキーツアーに出掛けることにしよう。

投稿者 ishiko : 09:23 | コメント (0) | トラックバック

2006年02月21日

2月20日「スペインからラーメンへ」

「散歩の達人」の連載用の撮影で高円寺の鈴木カメラマンの家に行く。
もちろん山口編集長も一緒である。
鈴木カメラマンは、来週から2週間程、スペインへ行くのだそうだ。
大きなアパートメントを借り、高円寺の飲み仲間で過ごす。
大きなフラメンコの大会があるので、みんなで踊って過ごす。
同行の中にシェフが居るので、市場で食材を買っての料理も楽しむ。
いろいろな話を聞いているうちに、スペインで撮影をしているような気分に陥る。
撮影後、「いいなぁ、スペイン」とつぶやきながら、高円寺の中通商店街を闊歩する。
途中で「いいなぁ、ラーメン」と、何故かスペインからラーメンに頭がスイッチし、そのままラーメン屋に入る。

ラーメン通のNo.3コープマンが以前、最近、オススメの店と言っていたのが、確かこの「田ぶし」という店だったと思う。
鰹の香味油を使っているらしいのだが、決してグルメではないイシコには、それがどのような味なのか表現することができない。
しかし、出てきた瞬間に「なんじゃ!こりゃ〜」と松田優作のマネでもしようかと思うくらい魚の油がドバーッって感じである。
そして、スープを飲んだ瞬間に「なんですかぁ?これは」と武田鉄矢のマネでも…、もういいか。
とにかくウマい、ウマいと黙々、食べる。
ダイエット気味のはずなのに、麦飯まで食べてしまうイシコであった。

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2006年02月20日

2月19日「アイスホッケーに燃ゆる!」

ルールがわからないより、わかった方が楽しい。
しかし、わからなくてもかなり楽しめるのがアイスホッケーである。
天気予報士加藤氏の旦那様が神戸日光アイスバックスの選手なので、先月、生まれて初めて応援しに行き、ハマってしまったイシコとNo.30ち〜ムーンである。
本日のアイスバックスは、プレーオフで国土との対戦である。
「プレーオフというぐらいだから、大切な試合に違いない!」
東伏見のスケートリンクに向かう西武新宿線の中で確かめあう二人。
「ちぃとはルール調べてきた?」
「全然!調べてない!」
相変わらず、成長してないことを確かめ合う二人。

寒い会場に到着すると身体を温めるために早速、ち〜ムーンはホットコーヒーをイシコは熱燗を購入して、ゴール後ろの衝突が激しい場所を選んで座る。
実況解説用にFMが流れているというので、ラジオも借りた。
しかし、ほとんど繋がらず、意味なし。
それを救ったのが僕らの席を一つ開けた隣の席に座ったコアなファンだった(?)
その人に関しては、SOSにて。

4−3で残念ながら、アイスバックスは破れてしまったが、第三ピリオド4−1からの追い上げはメチャクチャ盛り上がった。
試合後、僕らは無邪気に
「次の試合はいつ?」
と聞く二人に加藤氏は戸惑いながら言った。
「プレーオフで負けちゃったので…。来シーズンかなぁ…」
帰りの電車の中で、ルールの前にアイスホッケーリーグの仕組みから調べようと誓う二人であった。

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2006年02月19日

2月18日「12時間しゃべらないと?あまりに忙しくなると?」

奥さんでも同性している彼女でもいい。
1日にどれくらいの時間話すだろうか。
逆に言うとそばに居て話さないでどのくらいの時間過ごせるだろうか。
プロデューサーの古田夫妻とカメラマンの岡崎夫妻と中目黒の焼肉屋で「どぶろく」を飲んでいたら、そんな話になった。
岡崎夫は自宅であまり話をしないのだそうだ。
岡崎妻はそんな夫がどれくらい話さないのか測ってみることにしたそうだ。
結果は12時間だった。
しかも岡崎妻から話かけたそうだ。
ちなみに岡崎妻によると人は1日17分コミュニケーションをとらないとボケやすくなるらしい。

人はあまりに忙しくなるとどうなるだろうか。
古田妻は平均睡眠時間4時間の古田夫を心配していた。
古田夫はフリーペーパー「ソウルスイッチ」のプロデューサーでもあり、WEBサイト「楽園ゴルフ」のディレクター、それ以外にも音楽家としても活躍しているし、様々な案件をいくつも抱え、起きている間は常にフル活動である。
夜、電池が切れたように眠りにつくそうなのだが、頭の中ではいくつかのプロジェクトが気になっているのか寝言が多いのだそうだ。
その日も、いつものように古田夫は寝言を言った。
「ガバッ!」と起きて
古田夫「ソウルスイッチのコースだよ」
古田妻「ん?」
古田夫「ソウルスイッチのコースだよ。コース!ん?コース?」
と最後は疑問系で終わり、また眠ってしまったそうだ。
「ソウルスイッチ」と「楽園ゴルフ」の二つのプロジェクトが夢の中で一緒になってしまったようだ。
そんな彼に今、ホワイトマンのプロデュースもお願いしている。
そのうち
「ソウルスイッチのコースに白が足りない!」
と言う寝言が出る日が近いかもしれない。


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2006年02月18日

2月17日「ホワイトバールに大遅刻!」

オリンパスは顕微鏡を世界で初めて発明した会社ということを初めて知った。
オリンパスは医療用カメラが進んでいるのだということを初めて知った。
オリンパスはとてつもないビデオカメラを発明していたことを初めて知った。
全てオリンパスの新事業企画部の原田部長から聞いてわかったことである。
特にビデオカメラの技術は素晴らしく、ハイビジョンの4倍の綺麗さのカメラを4台創り上げている。
これがあると、何がいいのか。
例えば格闘家など動きのあるシーンを撮ったとする。
ビデオを観ながら、このシーンという場所で止めて、プリントアウトする。
すると雑誌に耐えられる程のクオリティのある写真が出来上がっているのだ。
要は1秒間で30コマなので、30枚連射したのと変わらないのである。
もちろんビデオなので手ぶれなど気にならない。
「すげ〜!」
感動しまくるイシコであった。

あまりに盛り上がってしまい、今日から始まるNo23キャスパープロデュースの「ホワイトバール」に30分も遅刻してしまった。
しかもその様子はインターネット中継で流される。
既に放送は始まっているが、当然、イシコの姿はない。
6時過ぎなのでバーには客は誰も居ない。
到着するや否やカメラの前の席に座り、素早くメイクを始めるイシコ。
メイクをしているうちにカメラの存在をすっかり忘れてしまった。
カメラが防犯カメラよりも小さいことも忘れさせる原因である。
あくびをしたり、髭を鏡に近づけて引っ張ってみたり、メイク用のパウダーを吸い込んで咳き込んだりと完全に自宅状態。
あまりに無防備なので、上の階にいるカフェグルーヴの編集部スタッフが心配になり降りてきて
「イシコさん、映ってますけど、大丈夫ですか?」
と言いに来てくれた。
危ない。危ない。
このままだと、もう少しでイシコは人指し指を鼻に突っ込むところであった。

投稿者 ishiko : 12:13 | コメント (0) | トラックバック

2006年02月17日

2月16日「今シーズンのSOSの商品はイイぞ!」

スェウーデンのスキーウェアーメーカー「SOS」の新商品発表会に行く。
今年、SOSジャパンは自社のSOSに加えて、新しいスェウーデンのアウトドアブランド「MOUNTAIN WORKS」とスキーウェアーのインナーブランド「HOUDINI」の取扱いを発表した。
「HOUDINI」は、主にレディースなのだが、かなりオススメである。
ジーンズやワークパンツなどシティーユースでもガンガン着こなさせそうなカワイイ商品が多い。
とファッションに関してはボキャブラリーが少ないイシコにはこれくらいの紹介が限界である。
小林氏、熊谷氏などSOSのスタッフと軽く世間話に花を咲かせ、佐藤社長と来シーズンに向けて簡単な打合せをして…と「軽く」と「簡単な」という言葉とは程遠く、気がついたら3時間近くが経過していた。

夜、IT関連のプロデューサーケイゴさん、プランナーのナオちゃん、No.7かめら〜まん、No.17シャーマンと飲む。
テーマは、「本能型の人間はどう生きていくのか?」である。
イシコは本能型の動物らしい。
イシコは社会適応ができていないらしい。
イシコはそのまま生きていけばいいらしい。
褒められているのかけなされているのかわからない会話を聞きながら、芋焼酎「鉄幹」を飲んだくれるイシコであった。

投稿者 ishiko : 13:39 | コメント (0) | トラックバック

2006年02月16日

2月15日「恐るべし!ライコランド森社長」

春からオートバイ業界の仕事をすることになった。
イシコの場合、仕事というのか遊びというのかわからないが、とにかく新しい業界と関わるのは、ワクワクする。
早速、ライコランド森社長、高橋部長、デザイナーの松下氏、システムデザイナ−の黒田氏と広告やWEB関連のスケジュール等のミーティングである。
ミーティング後、そのまま森社長と銀座へ飲みに行く。
この森社長の引き出しの多さにイシコは唖然とした。
この人いったい何者なんだ?
商品開発のプロデューサー?貿易商のプロ?マジシャン?弾き語りミュージシャン?水中カメラマン?針金細工師?天才釣り師?…もう頭がこんがらがってきた。
いやいやバイク業界で知らない人は居ない「ライコランド」の社長であるはずだ。
バーボンソーダを飲みながら、何度も自分に言い聞かせた。
しかし、目の前にはマリックならぬ、モリック(森社長)のマジックが披露され、弾き語りで歌は聞かせるわ、針金細工で「ishiko」というブローチまで創るはエンターテイナー森の姿が…。
こうして早寝早起きのイシコは2時過ぎまで3件も梯子してしまう程、完全に森ワールドに引き込まれていくのであった。
森社長には3月末からリニューアルが始まるライコランドWEBの中にブログで登場していただこうと思う。
そして、そのうちホワイトマンのトークショーに呼ぼうっと。


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2006年02月15日

2月14日「奴隷制度について考えた一日」

昔、地球上に奴隷制度があったのはご存知だと思う。
高校時代、世界史で学年ビリだった僕でさえ、悪しき制度だったという認識で習った気がするし、一般論だったとも思う。
それが、映画「マンダレイ」の試写を観て、いろいろ考えさせられてしまったのである。
「奴隷時代は7時にはご飯を食べさせてもらっていました。これからは私たちはいつ食べればいいのですか?」
と不安そうな顔でいうダニーグローバー扮する老人が言う台詞をはじめ、随所でドキッとするような台詞がどんどん出てくる。
そして、奴隷制度から民主主義に変わっていく様子が、監督のラース・フォン・トリア独特の手法で描かれていく。
映画が終わった時、昨年のカンヌ映画祭が凍り付いたというのもわかった。
アメリカ人が、この映画をどう観ているのかを知りたいイシコであった。

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2006年02月14日

2月13日「プチ断食失敗!」

このところ暴飲暴食が続いている。
昨年の同じ時期に比べ、体重は8キロも増えている。
確実に豚化しているのだ。
今年に入ってからは、まだ2.3回しかマラソンをしていないが、身体が重いのは明らかで、このままでは膝を痛めてしまうなぁとも思っていた。
頭も、どこかボーッとしている。
いつものことと言えば、いつものことだが、このところ特にボーッとしていることが多い。
今日は、一日、籠りデーなので、ちぃとプチ断食をすることにした。
一日くらいでどうなるってこともないのだろうが、胃と肝臓を休めようという気持ちの問題である。

というわけで、まずは朝、水2杯を噛み締めながら飲む。
午前中は、三年番茶を飲みながら、メールなどの事務仕事で終わる。
昼過ぎ、一息ついて、水を飲みながら、ビリーワイルダー監督の映画「ワン・ツー・スリー」を観ていた。
意外にお腹は空いていない。
精神的にも大丈夫そうだ。
「断食って以外にいけるかも?」
と言いながら、机の上に置いてあった、いただきもののチョコレートをつまんでいた。
全くの無意識。
あっけなくプチ断食は終了していた。
格闘家が、何が起こったかわからないうちに負けていたと言うことがあるが、まさにその感覚である。
イシコのような無意識男にとっては断食は以外に難しいのかもしれない。

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2006年02月13日

2月12日「ランドマーク展望室で大道芸」

日本最速、世界第二位の早さエレベーター(一位は台湾の世界で最も高いビル「TAIPEI 101」)で展望室まで一気にかけあがる。
しかもVIP用の特別機で。
もちろん、普段のイシコが乗せてもらえるわけもなく、ホワイトマンに変身してイベントに登場したからである。
横浜ランドマークの展望室でNo.28ストーンマンが代表を務める任意団体「おにぎり隊」の写真展オープニングイベントにナビゲーターとして登場した。
「おにぎり隊」というのは、日本人の誰もが口にしたことのある「おにぎり」という食文化を通して、世界中の人達と交流していくというものである。
インド、パキスタン、ミャンマー、トルコなど様々な国に出掛け、おにぎりなどの文化交流をしてきている。
今回の写真展は昨年のイギリス「ウェールズ」での模様である。
ウェールズはイギリスではあるのだが、民族が違うので、ロンドンっ子から言わせると外国と同じ感覚のようだ。
とカメラマンの岡崎氏の弁。
今年のおにぎり隊は7月にモンゴルに行きます。
と代表のストーンマンの弁。
今日は、トークショーというよりは、イシコの大道芸をメインにして間にトークを入れる形でのショーであった。
終演後、早々にメイクを落としたイシコは、またもや展望室にあげていただき、冬の横浜の景色をつまみに地ビール「湘南ビール」を飲みながら、一人ゆるゆると飲んだくれるイシコであった。
これから打ち上げがあるというにも関わらず。


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2006年02月12日

2月11日「ホワイトマンカーメンテナンス」

最近、ホワイトマンカーに乗っていなかった。
バッテリーがあがってしまった。
乗らなかったからバッテリーがあがってしまったのか、バッテリーがあがっていたから乗らなかったのかはわからないが、とにかく、バッテリーがあがっていることには変わりない。
JAFを呼んで、すぐに復活。
「バッテリーが3年近く経っているので、そろそろ変えた方がいいかもしれないですね」
そう言い残してJAFは帰って行った。

僕はそのままオートバックスに向かった。
バッテリーを変えてもらいに。
レジでバッテリーの精算をしていると
「3000キロでオイル交換!」
の文字が見えた。
そういえば1万キロ以上、乗っているのにオイル交換をしていないことに気がついた。
バッテリー交換と一緒にオイル交換もしてもらうことにした。
店員のお兄さんが
「エンジン洗浄の方は大丈夫ですかぁ?」
と気になることを言った。
大学時代、走り屋に片足突っ込んでいたとは思えない程、僕は車のことを知らない。
聞くところによるとエンジンが汚れているとオイルが汚れやすくなるらしい。
そこでエンジン洗浄もお願いすることにした。
無事、バッテリー交換、オイル交換、エンジン洗浄が終わった。
修理のお兄さんが
「次回は、この中も洗った方がいいですよ。かなり汚れているようなので」
とまたまた気になることを言った。
そういえば、ホワイトマンカーに乗り始めて約3年。
ほとんどメンテナンスをしていない。
ここで帰ったら、また当分、来ないような気がした。
結局、彼の言う「ここ」も洗浄してもらうことにした。
ホント僕は車のことを何も知らない。
人間と同じように車もたまには毒素抜いてあげないと。ね?ね?
オートバックスにとってはいいお客さんだよ。ね?ね?
財布の中身がどんどん寂しくなるのを見ながら、自分に言い聞かせるイシコであった。

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2006年02月11日

2月10日「知的障害者バスケとサステイナブルなアートについて」

ニ日続けて、全く違う事柄のことについて考える。
どこかでつながるのだろうが…。
JTBモチベーションズの井上氏とミュージシャン大島氏と一緒にJTB横浜支店にお邪魔する。
今年の秋に日本で初めての知的障害者バスケットボールの世界選手権が横浜で行われる。
事務局となるJTB横浜支店からホワイトマンや大島氏が代表を務める「One Step to 9」で何かできないかというお話であった。
個人なら今すぐでも何かお手伝いできることがあればなぁとは思うのだが、僕も大島氏も、団体として、やりますという即答はできなかった。
ホワイトマンとして何ができるのか、知的障害者バスケットそのものについて、しばらく考えてから結論を出したいと思う。

夜、表参道へNo.4レインボーマンの個展会場で行われる特別トークショーに参加する。
参加者はレインボーマン、ソニーの社会環境部企画室の多田室長にイシコが加わる形である。
テーマは「サステイナブルなアートについて」
サステイナブルとは「持続可能」という日本語に直すとイシコにとっては、ちぃと難しい言葉に変身である。
だからといってサステイナブルを理解しているわけではないが…。
インディアンの教えのように7世代先の子供達のことを見据えて、環境を考えながら行動しようというようなことも一例である。
とはいえ、せっかく現世を生きているのだから、いろいろ制限されていしまいワクワク生きられないのなら意味がない。
そういうためのゆるゆる感が必要ではないか。
そういうためのキーワードにアートが含まれているのではというような主旨のお話だった。と思う。
というのはイシコは、そんな気の利いたことが言えるわけもなく、ワインを飲みながら、くだらない話を延々繰り広げていただけなのだ。

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2006年02月10日

2月9日「チェコアニメと車椅子マラソンの日」

午前中、ホワイトマンの経営会議を終えてから、渋谷へチェコアニメの試写を観に行く。
昨年、プラハに行ったように僕はホワイトマンをキャラクターにして、いつかチェコアニメというか人形アニメかクレイアニメを創りたいと思っている。
今回のチェコアニメは二次元のものを中心に1940年代後半から90年代までの作品を集めたようである。
ミハエラ・パヴラートヴァーというアニメーション作家の作品で昔のa-haの「take on me」のミュージッククリップのような、「反復」という作品がメチャクチャおもしろかった。
技術の進歩も大切だが、やはり、コンテンツが大切であることをつくづく感じさせてくれる。

夜、ミュージシャンの花ちゃんとデザイナーKANAさんと車椅子マラソンの訴求プロジェクト(活動の中心がということ)「one step to 9」のWEBミーティング。
単独の車椅子マラソンは各地でやっていて、特に大分県の大会は特に有名なのだが、実は同時開催のマラソン大会というものがないのだそうだ。
ロンドンマラソンやニューヨークマラソンは、一般参加の前に必ず行われるようである。
僕は海外に見習わなければとか障害者の為だとかを考えているわけではない。
少ない頭の僕なりにも考えはあるが、まだ人に述べる程まで整理できていない。
だから今の僕は車椅子マラソンに興味がある一人のおじさんとして手伝わせていただくことにする。
無責任だといわれようが何だろうが、手伝わせていただくのでありまする。

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2006年02月09日

2月8日「Def Techのライブを間近で観る幸せ」

表参道にあるNo.24キャスパーのイタリアンレストランで「楽園ゴルフ」のランチミーティング。次回は来月、プーケット島である。
この企画は、しばらく続きそうで、一年で6回の旅計画を話し合っているとワクワクしてくる。
よく言われることだが、旅は行くのも楽しいが、行く前のどこに行こうかの話合いがメチャクチャ楽しい。
赤ワインもいただき、どんどん気持ちよくなっていく。

ミーティング後、キャスパーに連れられ、ソニーエリクソンの新製品の発表会を観に行く。
何が何だか訳もわからずついていくとライブハウスで、社長や営業部長の挨拶の後、Def Techのミニライブが始まった。
説明の必要がないかもしれないが、昨年、日本でCDが一番、売れた二人組で、何と2枚で280万枚を突破してしまったのだそうだ。
「ジャマイカとハワイと日本」の音楽を融合させた「ジャワイアンレゲエ」というジャンルを確立させつつある。
柔らかく心地よく、そしてハートにもずしんと来る。
うまく表現できないのが心苦しいが、とにかくイイ!
一度、彼らの本物のライブを観に行きたいと思うイシコであった。

そんな中、このライブのナビゲーターの女性の言葉が気になってしまった。
僕も時々、ナビゲーターというものをやるからかもしれない。
MTVが協賛だったのだが、彼女はNHK「紅白歌合戦」に出る程にまで成長し、「紅白歌合戦」で出たことで一気に年齢層の幅が広がったとも言いたかった。
そこで彼女が言ったのは、
「年末の国民的歌番組に出場するまでに成長し、この国民的歌番組に出たことで子供からお年寄りまでに知られるようになりました」
まるで戦時中のアナウンサーが、英語のカタカナ表記の使用禁止されたかのようであった。
しかし、それをサラリと自然に言える姿に感動してしまうイシコであった。

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2月7日「ノープロブレムの意味」

間違えてスィートルームに泊まってしまったので、朝食は別フロアのプールの脇に案内される。
睡眠時間がイシコにしては短いので、頭がボーッとしている。
コーヒーで頭を起こし、フレンチトースト、ヨーグルト、フルーツで身体全体を起こしていく。
と優雅なことも言ってられず、15分程度で朝食をすませ、タクシーを呼んでもらい、空港に向かう。

タクシー運転手「フライトは何時?」
イシコ「8時」
タクシー運転手「ノープロブレム!」
ホテルから空港まで40分程度なので確かに問題はない。
しかし、この運転手、やたら飛ばす。
一般道で既に80キロ近く出ている。
高速では120キロは軽く超えていた。
「スピードを出すけど、ノープロブレム!」という意味だったのかもしれない。
確かに運転は上手かった。
映画「TAXI」を思い出してしまう。
こうして空港まで30分足らずで到着してしまった。

ここからは何事もなく無事、帰国。
それでも自宅に戻ると既に19時をまわっていた。
ゆったりお風呂に入った後、荷物を整理しながら、黒澤明監督の映画「醜聞」を流す。
いつしか見入っていた。
黒澤作品は、映像としても素晴らしいが、脚本も素晴らしいのでぐいぐい引き込まれてしまう。
何かで読んだことがあるが、脚本は何人かで書いて、みんなで持ち寄って話合い、持ち帰って考え、また持ち寄るといった具合に制作を進めていたそうだ。
確かにこの作品も脚本家は2名(1名は黒澤監督)になっていた。
映画にも満足し、そのまま心地よく眠りにつく。

投稿者 ishiko : 09:59 | コメント (0) | トラックバック

2006年02月08日

2月6日「イシコ、チェンマイ空港で足止め!」

名取氏と桑原氏と約1時間ドライブの後、山のバーベキューの店に行く。
名取氏オススメの店だけあって鶏肉も豚も牛タンも何もかもがメチャクチャうまい。
シンハービールをぐいぐい飲むイシコである。

そのまま、チェンマイ空港まで送ってもらう。
僕はバンコクで人に会う予定だったので、桑原氏より一足先の15時の便で旅立つ。
というか旅立つ予定であった。
しかし、ここから事態は急変する。
飛行機が30分遅れるとのアナウンスが…。
ちょうど小銭を使いたかったので、コーヒーを買い、ゆるゆると待つ。
次に1時間遅れるとのアナウンスが…。
と思ったら18時まで遅れるとのアナウンスが…。
カウンターは騒然としていた。
その脇で機内で配るはずだったサンドイッチとソフトドリンクが乗客に配られた。
パソコンでたまっている交遊録を書いたり、開高健の「夏の闇」を読み始めると、あっという間に6時になっていた。
これでようやく乗れるかと思いきや、またしてもアナウンスが…。
何と21時まで遅れるというではないか。
ふと先日、桑原氏がルアンパバールに行けなくなった事件に笑い転げ、薄情にも一人で旅に出てしまったイシコへのバチがあたったのだと苦笑する。
もう、カウンターは暴動状態である。
別の便に振り替えてもらうように交渉しようかと思ったのだが、せいぜい19時30分頃に乗れてもバンコクのホテル到着は22時をまわってしまうだろう。
僕よりトランジットで困っている人達も居る訳だし、こうなったら、どこまで遅れるかを体験することにした。
バンコクで会う予定だった高野氏に約束のキャンセルの連絡を入れ、荷物検査の場所からチケットを見せてもう一度、ロビーへ出させてもらう。
ちょうど桑原氏がチェックインする頃である。
彼女はすぐに見つかった。
僕の姿を見た桑原氏は鳩が豆鉄砲をくらったような目をしていた。
その後、状況を説明し、二人で大笑いした。
それにしても今回は、よく笑った旅だった。
名取氏を驚かせようと二人で公衆電話から携帯へ電話をする。
そして、僕が桑原氏のフライトを見送る形になった。
タイ航空がタイ料理屋でフライドライスかチキンヌードルのサービスをしてくれるので、シンハービアだけ頼み、時間まで飲んだくれるイシコであった。

こうして6時間遅れでようやく飛行機は飛び立ち、バンコク国際空港に到着したのは既に22時をまわっていた。
今回、荷物がかなり多いこともあり、これをホテルまで往復するかどうかで迷った
が預けていくことにした。
しかし、国内線から国際線の第一ターミナルまでが遠い。
カートをひいて約1キロ歩く。
荷物を一時預かりへ置き、ようやく身軽になった頃、既に23時をまわっていた。
タクシーでホテルに到着した時には24時近くになっていた。
さすがにヘロヘロである。
フロントで手続きを済ませ、部屋に行くと何がどうなったのか、わからないがインターネットで僕はスィートルームを予約してしまっていたようである。
確認すると500円程度しか変わらないのだから、まぁ、よしとしよう。
6時過ぎにはホテルを出発するとして、たった6時間の滞在をスィートルームで過ごすなんて何と贅沢なことであろうか。
お香を炊き、シャワーを浴び、ビールを飲みながら、久々のテレビを満喫する。
しばらくタイのテレビを見ていたのだが、ふとNHKにチャンネルをあわせる。
「新宿は雪が積もっています」と言うテレビをTシャツ姿で見ている自分が何とも不思議な気分だった。
24時間後、この雪景色の中で眠るんなだなぁと思いながら、いつしかソファの上で眠りに堕ちていくイシコだった。

投稿者 ishiko : 09:20 | コメント (2) | トラックバック

2月5日「飛行場までのトゥクトゥクが ガス欠?!」

本日も早朝散歩をしていると托鉢の光景に出会う。
日曜日ということもあってか観光バスが何台も現れる。
ここまでくると少々、うんざりしてしまうのだが、考えてみれば僕も観光客であるのだから偉そうなことは言えない。
出来る限り邪魔にならないように遠くから拝見させていただく。
托鉢に参加する観光客が多くなり過ぎたのか、僧侶が途中でかかえきれずに寺院に戻ってしまう。
世界遺産になると、こうにまでなってしまうのかと少々、考えさせられる。

朝ご飯を食べているとカーッペじいさんにまたしても出会う。
またしてもと書いたのは、この3日間のルアンパバアール滞在中、何度もお目にかかっているのである。
少々、頭の回線が弱いのか乞食なのかはわからないが、とにかく観光客のまわりをいつもうろうろしている。酒を飲んでいようが、コーヒーを飲んでいようが、ご飯を食べていようが、おかまいなしにそばにやってきて、金をめくるポーズをする。
それはお金をくれという合図なのかは理解できないのだが、首や手を降って、「NO!」の意思表示をする。すると、お決まりの「カーッ!ペッ」と痰を吐いて去っていくので勝手にカーッペおじさんと命名させていただいたのだ。
しかし、今日はカーペッに加え、「フン」と手鼻をかむのが加わった。
暇なこともあったのだが、コーヒーを飲みながら、しばらく、じいさんを観察し続けることにした。
すると通り沿いの雑貨屋の脇の扉に入っていった。
おっ家があるんじゃないか。
ということは乞食ではないということである。
と思いきや雑貨屋のおばさんに追い出される。
ということはやはり乞食の線は消えていない。
また、うろうろカフェを巡り始める。
2、3件、まわるとまた先程の雑貨屋に戻り、脇の扉に入っていった。
また、おばさんに追い出されるぞと思ったとき、新しいキャラが雑貨屋の中から現れた。
これ以上無理だとというくらいに、腰が曲がったおばあさんである。
しかし、身なりはキチンとしている。
一歩一歩確かめながら、ゆっくりと腰を曲げたまま、彼女は脇の扉に入っていった。
興味津々で、その後、見ていたのだが、何も変化がない。
結局、彼らは現れなかった。
彼らは夫婦なのか?それとも何かの集会所なのか?今、恋が芽生えたのか(そんなわけないか)?そもそもここはカーッペじいさんの家のか?謎は深まるばかりだったが、結局、わからないままであった。

ゲストハウスにトゥクトゥクを呼んでもらい、空港に向う。
行きは5ドルも払ったのに、帰りはゲストハウスの若いお兄さんが交渉してくれて2ドル。
やはり、こういった値段はあってないようなものである。
3ドルも違うと、ここでは1時間マッサージが受けられ、大瓶のラオビールが3本飲め、ヌードルが5杯も食べられ、絵葉書が20枚も買えるなどと思っていたら、急にトゥクトゥクが停まってしまった。
エンジントラブルなのか?
何度かエ