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 イシコ連載中





 

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2005年11月29日

11月28日

恵比寿の歯医者に行く。
右の上の奥歯の治療に時間がかかっている。
予想以上に虫歯がひどく根の治療に時間がかかっている。
僕は普通の人より口が開かない。
しかし、奥歯を治療するには口が開いていないとできない。
そこで強制的に口を開ける器具を装着し、映画「ハンニバル」のレクター博士のように口をゴムで覆って固定する。
唾液が飲み込めなくなり、舌根はあがってくる。
となると口呼吸のイシコは強制的に鼻呼吸に変更である。
しかし、最近、花粉症気味で鼻が詰まっている。
となると呼吸困難に陥る。
実際、耐えられず、途中で治療中止になったこともある。
そんなこんなで最近、一番、緊張する時間となっている。
待合室で鼻を思いっきりかんで、1時間の治療戦に挑む。
頭の中では何故かロッキーのテーマ曲が流れている。
1時間後、汗だくのイシコが出来上がった。
こうして本日も無事、治療を終えるのであった。
「65%程度、終わりました。もうひといきです」
後、最低3回はイシコはレクター博士のコスプレをしなくてはいけないということである。


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2005年11月28日

11月27日

またまた岐阜の実家で母の葵ちゃんと焚き火を楽しむ。
僕はビール。葵ちゃんはサイダーである。
村の話、ケアハウスの話、旅の話、紅葉の話など脈略のない話を立て続けに2時間程する。
話すだけ話すと葵ちゃんは何かを思い出したかのように
「餃子を作ってくる」
と家の中に戻って行った。
相変わらずのマイペース。
まぁ、それは僕も受け継いでいるわけだから何も言えないのだが。
僕は、しばらくそのまま焚き火の炎を見つめながら、ボーッとしていた。
今まで炎が強かったところが急に静かになり、違う場所が燃え始める。
今度はそっちで燃えているのかと思っていると、今度はこっちの炎が上がり始めたりする。
何だかホワイトマンの活動みたいだなぁとつぶやくイシコであった。

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2005年11月27日

11月26日

名古屋駅近くの有名な「どて煮」や「串カツ」の店で大学時代の友人の長瀬氏と飲む。
どて煮とは赤みそで煮込んである串料理である。
大阪のどて焼きのように白みそではない。
とにかく、この店は異常に安い。
ほとんどの料理が1本65円の店である。
当たり前だが10本食べても650円。
100本食べても…。もういいか。
その上、うまい。
安くてうまいこともあり、メチャクチャ混んでいる。
だいたいこういった場所は、店のおばちゃん達が怖い。
「ホスピタリティ」などという言葉を使った途端に店から追い出されそうである。
だいたいそういう場所でイシコは怒られることが多い。
「そんなところに置いたら、邪魔になるでしょうが!」
鞄の置き場所で怒られ、
「壁に書いてあるでしょうが!」
とメニューについてたずねると怒られ、
「人が足りないんだからちょっと待ちなさい!」
と日本酒を頼もうとすると怒らる。
しかし、イシコだけかと思いきや店に来ている人はなんだかんだ怒られている。
そして、怒られていることを楽しんでいる。
僕らもその雰囲気に乗り、いつにまにかこの店の楽しさを味わうのであった。


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2005年11月26日

11月25日

スカイパーフェクトTV主催のイベントにホワイトマンで出演である。
本日はナビゲーターがNo.15ヒーマン(音楽家)、ゲストがNo.10バランスマン(出版プロデューサー)、No.24キャスパー(映画プロデューサー)、No.40サイエンスマン(宇宙飛行士候補)にイシコである。
1時間程度のトークショーで、一応、テーマは「家で映画を見る」ということが与えられているのだが、全く関係なくしゃべり続ける。
宇宙の話をしたかと思うと、出版の話になり、映画の話になったかと思うと映画祭での買い付けの話になっていたりする。

昼のトークショーが終わってから、楽屋でこれはさすがにまずいんじゃないかと、協賛していただいている焼酎メーカー「眞露」の焼酎を飲みながら、みんなで反省会をする。
そして、昼、しゃべったことはお互いもう話してはいけないというルールで夜の会に望んだ。
しか〜し、しかしである。
スペースシャトルの話をしたかと思うと、出版の買い付けの話になり、映画の話になったかと思うと世界の映画館の話になっていた。


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11月24日

No.17シャーマンの店で明日のトークショー用のヘアを創ってもらう。
ヘアサロンというだけのことがあってマッサージに行く感じで癒されるのである。
シャーマンはイシコの髪の毛の状態を見ている。
髪の毛の健康状態とヘアスタイルを合わせながら、シャーマンの頭の中でイメージが膨らんでいく。
彼の顔が、どんどんクリエイターの表情になっていく瞬間である。
ふと僕の頭皮の異常を見つけた。
シャーマン「この間の脱色後、頭がかゆかったですかぁ?」
イシコ「そんなにかゆくなかったけどなぁ〜」
シャーマン「そうですかぁ?頭皮が赤いんですよね?」
イシコ「そう言われたらかゆくなってきた」
シャーマン「最近、忙しくて寝不足とか?」
イシコ「11月ほとんど仕事してないんですよ〜」
シャーマン「…」
シャーマンの顔が困惑の表情に変わっていく瞬間であった。

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2005年11月24日

11月23日

宇都宮で「どでかい」ショッピングモールがオープンした。
「どでかい」という言葉がぴったりで本当に大きなショッピングモールなのだ。
そのオープニングイベントで趣味の大道芸で遊ばせていただいた。
一緒にやらせていただいたアンドリュー氏やチコ氏は、僕が昔、子供ショーをやっていた頃、習ったことのある先生の仲間達であることが控え室で発覚し、恐縮してしまう。
大道芸人としてはスキルが足りないイシコだが、それでも、やはり2、3人の子供達と遊んでいるうちに、いつのまにか人の輪が大きくなり、舞台になっていくそんなスタイルは、やはり楽しい。
旅の途中で使うコミュニケーションツールとしての大道芸を増やしたいと思うイシコであった。

夕方、下野新聞の大塚氏と宇都宮餃子の老舗「みんみん」へ食べに行く。
焼餃子と水餃子をつまみにビールをガンガン飲む。
彼は東京支社に在籍していた頃、ホワイトマンのイベントに何度か遊びに来てくれていた。
新聞に書いた人の人間性が見える記事があってもいいのではないだろうか。
例えば地方新聞だったら方言バリバリの記事を書く人が出て来ても面白いと思う。
もちろんメディアという客観性の壁はあるのだが、この人が書く記事を読みたいというスタイルが出て来たら楽しいね。
と少しだけ真面目な話をお互いして後は、アホ話ばかりするのであった。
一番、盛り上がったのは無駄使い話である。
大塚氏は24歳の時、デートで六本木のワインバーで、60万円近い値段を払ってロマネコンティの赤ワインを頼んだそうだ。
「アホだ〜」と言いながらも、このアホ話は一生、使えるわけだから、意外に高くないかもと思うイシコであった。

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11月22日

古本業界で構成している草野球チームに参加する。
それにしても、どうして草野球って言うんだろう。
芝生ではなく、草の上で野球をしているからなのだろうか。
それとも二日酔いでも楽しくできる、息が酒臭い野球で臭野球。
んなアホな。
そんなくだらないことを考えながら、ベンチの前にどっかり座ってボーッと打順を待つのが好きである。
守備は野球に集中する内野も好きだが、小さく見えるピッチャーやバッターを見ているうちにそのまま目線が上に行き、いつのまにか空を眺めている外野も好きである。
しかし、ボーッとしているので打球が飛んできても最初の一歩が遅くなり、イシコはいつもボールに追いつけなくなるのである。
そんな草野球が僕は大好きである。

午後、編集の内海氏と会う。
ワインを飲みながら、現在、進めている問題の本の打合せ。
本のコンテンツとして商品になるにしろ、ならないにしろ、企画書ではなく、創ってしまってから判断してもらうしかないというのが二人の共通認識。
全てを書き上げ、スタッフに見せられるまで、果たしてみんなは待ってくれるのだろうか。
とにかく余計なことは考えず、出来る限りの時間を本に費やそう。
そして、ホワイトマンでやりたいことは全てやりつくそう。
こんなに素敵な助っ人がたくさん居るのだから。

そんな思いを胸に夜、宇都宮に移動する。
ホテルでゆったりお風呂に入った後、宇都宮で企画会社を営んでいる大沼氏と飲みに行く。
今、大沼氏はモンゴルにはまっているそうだ。
イシコも昨年、モンゴルに行っているので、生ビールを飲みながら、ウランバートルな夜は更けていくのであった。

投稿者 ishiko : 10:20 | コメント (0) | トラックバック

11月21日

何度も顔を合わせている。
その人の友達とは仲がいい。
その人の噂は何度も聞く。
お互いが不思議な関係な人はまわりに居ませんかぁ。

イシコの場合はTBSラジオの萩原氏である。
何度もパーティーで顔を合わせている。
そして、萩原氏の友人はホワイトマンのメンバーだったり関係者だったりでよく会い、彼の噂もよく聞いていた。
そんな彼とTBSの夜景の見えるラウンジで初めて二人でゆっくり飲む。
一番、印象に残ったのは目だった。
ワクワクするようなことをたくさん立ち上げている人の独特の深い目をしていた。

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2005年11月21日

11月20日

朝から何もする気が起きない。
こんな日もあろう。
いくつかメールだけ送り、先日、開けて残っていたボジョレーヌーボーをゆったり飲むことにした。
今週のトークショー用にチャン・ドンゴンが出演している「友へ」、「ブラザーフッド」の2本の映画を流す。
どちらの映画もチャン・ドンゴンの役は、人間性がどんどん変わっていく。
1本は葬儀屋からヤクザへ。もう1本は靴磨き屋から韓国軍、そして北朝鮮軍へ。
しかし、人間性が変わっても本質的な人間性は変わらない。
それがどちらも死ぬときに表情にふわっと出てくる。
涙が止まらなかった。

感動してDVDを止め、テレビに変えると高橋尚子選手が東京国際マラソンを走っていた。
足にテーピングをしている。
「途中で全く走れなくなることもあるそうです」
先頭グループを走っている。
「まだ口呼吸をしていないので、余裕があると思われます」
3人になった。
「優勝争いはこの3人に絞られました」
35キロ地点でスパート。
「高橋尚子が坂道の前でスパートしました」
優勝した。
またまた僕は涙が止まらなかった。
優勝インタビューで彼女は
「2年後の夢を持って、一日、一日を大事に生きてください」
2年後。
ホワイトマンは終焉の準備に向う頃である。
不思議に涙が止まった。

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2005年11月20日

11月19日

原宿へNo.22リーマンプロデュースの「Soul Switch」のイベントを見に行く。
本日は、No.16アトムンがメンバーで参加するバンド「スイカ」のライブである。
心地よい声でささやく詩人のtoto、ウッドベースで弾き語りラップをするtakatsuki、力の抜けたmcとパワフルなピアノの音を奏でるkazutake、これまた心地良いリズムを刻むketzという素晴らしいメンバー構成である。
スイカがどんどん進化しているのが、音楽に詳しくないイシコでもわかる。
その進化に合わせて8ヶ月に1枚のハイペースペースでアルバムをリリースしているのもうなずける。
来月は全国のライブハウスを行脚するそうだ。
その行脚中も進化が続きそうである。
ワゴン一台の全国ツアー。
その行為自体も楽しそうである。
しばらく追いかけたいバンドであることは間違いない。

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11月18日

何年かぶりに朝まで起きていた。
何をしていたというわけでもない。
フライングブックスの山路氏とバカな写真を撮り合ったり、CDを聞いたり、夜中にカロリーの高いコンビニの弁当を食べたりと大学生時代に戻ったかのように朝までイシコの家でバカ騒ぎしていただけである。

よく徹夜する人の話で、夜が明けていくと高ぶっていく気持ちがたまらないというのが理解できた。
それでもやはり次に徹夜をするのは何年か後だと思う。
やはり朝まで起きている行為自体、僕の身体がもたない。
元々、イシコは身体が、あまり強くないからかもしれないが、それに30代後半という老化現象も加わった。
昼間の太陽を浴びながら眠る。
何だかウトウトが延々に続く感じである。
海辺などで昼寝をする感じで気持ちいいのだが、やはりそれとも何だか違う。
などと感じていたら、あっという間に夕方になっていた。

セリュックスの桑原氏とペンブティック「書斎館」のオーナー赤堀氏と渋谷セルリアンの能楽堂へ友吉鶴心の琵琶を聞きに行く。
生まれて初めて琵琶の音を聞いた。
大化の改新や壇ノ浦の戦いなどの話を義太夫のような声と琵琶の音色が、徹夜疲れの残る身体には、何とも心地よい新鮮な感覚であった。
起きたままウトウトしているとでも言おうか。
このときの脳波を調べてみたいと思うイシコであった。

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2005年11月18日

11月17日

試写二連発。
一本目は「フルモンティ」のピーターカッタネオ監督の最新作「ボビーとディンガン」。
目に見えない友達を信じる兄妹のお話である。
映画のようにまで見えないが、信じていた物があった時代は誰でもあるのではないだろうか。
サンタクロースにワクワクして、口裂け女にビクビクしていた。
例えは悪いが、観た後に涙が一筋流れ、ほんわか温かくなれる映画である。

二本目は「マッハ」でアクション監督を勤めたパンナー・リットグライの「七人のマッハ」。
理屈抜きで凄いのである。
「痛!」って思わず観客の顔がゆがむシーンが何度もあった。
「おかしいだろ?」と突っ込みたくなるシーンが何度も出てくる。
でも、そんなのは関係ない。
楽しいものは楽しいのである。
「タイ映画万歳!」って映画なのだ。

夜、ケニア在住のNo.12アニマンと2年振りくらいに会って食事をする。
マサイ語がペラペラな彼女は、この夏、獣医の資格を取得した。
マサイ族の男性の中に女性一人、それも日本人が混じって大型動物を治療する写真は、何だか合成写真のように見えてくるから笑えてしまう。
彼女はケニアに住んで既に7年。
これからも住み続けたいと言う。
あぁ、ケニアに行ってみたい。

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11月16日

「散歩の達人」の連載用撮影である。
今回もイシコがまたまたモデルで登場である。
撮られることが苦手なイシコの姿をポラロイドでチェックすると、街の写真館でコスプレをしたおじさんに見える。
カメラマンの鈴木氏、山口副編集長と
「何故なのだろう?」と考えてみる。
少しだけ手の表情を変えてみた。
街の写真館っぽさは抜け出したが、まだまだコスプレっぽいのである。
ホワイトマンはコスプレだろ!と突っ込まれれば、その通りなので何も返答できないのだが、イシコの中ではフィクションとノンフィクションの間にあるホワイトマンは、やはりコスプレとは違うと反抗したい気持ちもあるのだ。
二人に加え、鈴木氏の奥様も加わり、
「何故なのだろう?」とみんなで考えてみる。
ジッパーを上げてみたり、靴を履いてみたり、座ってみたりと遊んでいるうちに何だか楽しくなってきた。
こうして何とかコスプレを抜け出せそうな雰囲気になってきた。
今更何を言っているんだとお叱りを受けそうだが、やはり撮られているときも楽しまなくてはいけないことを知る。
でも、カメラを向けられると緊張してしまうのだから仕方がない。

夕方、新宿へペテカンの芝居を見に行く。
開演後、30分という大遅刻である。
小さくなって劇場内に入るのだが、こういう時に金髪が気になってしまう。
みんなの目障りになっていないかと。
客席全員が「この金髪野郎!目障りなんだよ!」と思われていないのではとみんなに責められるシーンを妄想していたら、舞台上でも妄想癖のおじさんの話であった。
終演後、No.22リーマンと飲みに行く。
彼は、まだ27歳なのにもの凄く濃い人生を送っている。
僕より10歳も歳下なのに、いつもいろいろなヒントを与えてくれる。
この人は40歳になったとき、どんなおじさんになっているのか想像がつかない。
駆け込み寺で何でも相談にのってくれる、いいお坊さんになるだろうなぁと何故か坊さんにしたくなるイシコであった。

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11月15日

ブックドクターあきひろさんの読遊びを都内の幼稚園へ見に行く。
子供達と遊ぶ場合、自分をフラットな状態に置いておかないと足下をすくわれる。
自分に隙があったり、子供だからこの程度でいいやと言った油断や、マニュアル通りのガチガチに決め込んだショーは、彼らには通用しない。
子供騙しという言葉があるが、僕の子供ショー9年間体験した中で、大人騙しで騙せたことはあったかもしれないが、子供騙しで騙せた記憶はない。
あきひろさんが絵本を使った30分の読遊びは、まさにフラットな中から始まったショーで、子供達はめいいっぱい騒ぎ、めいいっぱい笑い、めいいっぱい聞き入っていた素晴らしいショーであった。
子供達にキチンとメッセージを残しながら。

ショーの後、絵本作家のももさんやあきひろさんの弟子佐藤氏やたいじ氏と近くの喫茶店へコーヒーを飲みに行く。
あきひろさんと「希望と夢」の違いについて話す。
「イシコさんの夢は何ですか?」と聞かれることがある。
「海外を旅しながら、ゆるゆるとコラムを書きたい」、「世界中の格闘技を体験してみたい」、「様々な国の教育を見てみたい」、「大道芸を持って日本列島学校ツアーをやってみたい」、「島に籠って自分と向き合って小説でも書いてみたい」などたくさん出てくるのだが、あきひろさんと話しているうちに僕のは「夢」ではなく、「希望」であることがわかった。
夢というのは現実に映像が見えてくることなのだ。最近、考え込んでいたビジョンというのも、これがヒントになるのかもしれない。
「よし!夢に向ってゴー!」と鼻息を荒くして、午後、会計事務所へ行くと、夢でも希望でもなく、そこには現実が待っていた。

現実に対面して打ちひしがれたイシコは、夜、フランスから来日中のアニエスb.のちえみさん、ニューヨークから来日中のファンクショナルアーティストのたくみさんと神楽坂の児玉画廊に行く。
ちえみさんは現在、アニエスb.主催のアートプロジェクトで日本のアーティストを探しに来日しているのだそうだ。
その後、児玉画廊のスタッフ陣も加わり、沖縄料理で泡盛を飲んだくれながら、ムード歌謡について語り合う。
実はイシコはムード歌謡を知らなかったのである。
「あら、イシコは若いのね」
とお姉様方から、ムード歌謡についていろいろな講釈をいただくのであった。
次回、皆様と会うまでにムード歌謡の曲を覚えて、カラオケボックスに行く約束をした。
それにしても「ムード歌謡」ってすごいネーミングである。
こうなるとヌード歌謡ってのもあってもよさそうだなぁ。

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2005年11月15日

11月14日

午前中、来週のイベントの打合せ。
スカイパーフェクトTV主催のホワイトマントークショー。
客層を聞くとテーマが「韓流」ということもあり女性客のみらしい。
そんなお客様が果たしてホワイトマンにどんな反応をするのであろうか。
メチャクチャ楽しみではあるが、不安も残る。
そもそもイシコは韓流ドラマを一度も見たことがない。
3年程前に韓国に行ったとき、コーディネーターに「極道の妻たち」のような映画が韓国では当たっていて、絶対に日本でも見れるようになると言われ、映画館へ見に行った。
未だにその映画が日本に入ってきたという話は聞かない。
そんな話をダラダラすればいいのかなぁと思うが、やはり、ちょっとお客様に申し訳ない気もする。
多少は韓流ドラマを見てみようと思う。

セリュックスの桑原氏と表参道で昼食を御馳走になる。
来年、一緒に行こうとしている旅企画で盛り上がる。
全然、悪いことをしようとしていないのに急にひそひそ話になってしまう。
その度に二人で
「なんでひそひそ話になるのだろう」
と大声で笑う。
誰かを騙して旅のお金を出してもらうという気持ちがイシコの中に潜んでいるのかもしれない。
皆様、お気をつけあそばせ。

夕方、久しぶりに試写を見る。
本日はジャンレノ主演の新作「エンパイア オブ ザ ウルフ」。
「クリムゾンリバー」にストーリーのテイストが似ているなぁと思ったらそれもそのはず原作者が同じである。
「クリムゾンリバー」のようにやたら画面に雨の匂いがするなぁと思ったが、それもそのはず監督が同じであると言いたいところだが、実は「キスオブドラゴン」の監督だった。

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11月13日

「今年は紅葉を見ていないねぇ」と姉の磨奈美ちゃんが朝食で使った食器を洗いながらつぶやいた。
「じゃ、行こう!」
と昔のCMのように僕ら3人家族でドライブに出掛けることにした。
CMのように京都ではなかったが、僕らは池田山というハングライダーの愛好者達が集う山に出掛けた。
ここに来るといつも徳島県池田町のことを思い出す。
昔、甲子園で面白い野球を見せてくれ、優勝した故蔦監督率いた池田高校である。
ちょうど、その直後に岐阜県も、この池田山の麓に池田高校が開校した。
北海道にも池田町があるのだとか。
そんな話をイシコは興奮気味に車の中でするのだが、興味のない磨奈美ちゃんも葵ちゃんも「ふ〜ん」と言うだけで全く聞いておらず、池田山の紅葉を楽しんでいた。

夕方、帰京する新幹線の中で「奈良・京都もみじくらべご一行」様という帰りの団体客が近くの席に座った。
この人達は「もみじくらべ」をしたんだと思ったら、どっちのもみじがよかったのだろうと気になり始めた。
気になり始めると止まらない。
ビールを飲みながら、聞き耳を立てる。
しかし、聞こえてくるのは、「どこどこのお弁当が美味しかったね」と食事の話か、「次はこんなにお得なツアーがあるのよ」と次の旅行の話ばかりで、紅葉の「も」の字も出てこなかった。
平和な日本を噛み締めながら東京に戻るイシコであった。

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2005年11月13日

11月12日

今年初めての焚き火。
僕は焚き火が大好きである。
もっと言うと焚き火を見ながら、ボーッとするのが好きである。
もっともっと言うと焚き火を見ながら、ボーッとして飲む酒が好きである。

夏に庭の竹林を掘り起こしてもらったので、その残骸が山のようにある。
本日はそれを少しづつ燃やしていくのである。
しかし、今日は少しづつという優雅な感じではない。
まるで農作業でもしているかのようにどんどん運んではどんどん燃やす。
とてもボーッとはしていられない。
いつのまにか汗でびしょびしょになり、腰に手を当ててビールを流し込むイシコであった。
これはこれでまた気持ちよし。

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2005年11月12日

11月11日

イシコの実家には江戸時代、明治時代、昭和時代とそれぞれの先祖が建てたお墓が3つ並んでいる。
江戸時代や明治時代のものは既に苔が生えている。
もちろん当時の墓に刻まれた人名は誰が誰だかイシコは全く知らないし、母の葵ちゃんでさえも全くわからないと言う。
いづれイシコの実家の家系図を調べてみても面白そうだ。
実は今回の実家に来た目的は、昭和時代に建てられた墓に父と祖母の法名を刻んでもらうことにした。
まずは、お寺の住職にお墓に来ていただき、お経を詠んでいただく。
次に墓石屋に来ていただき、どこにどの文字を刻むのかを指示する。
次にトラックがやってきて、墓がジャッキで持ち上げられた。
墓石が普通の物体となった瞬間を見届けてから、母の葵ちゃんと岐阜市内の銀行に行く。
イシコ「母のキャッシュカードを創りたいのですが…」
銀行員はパソコンのキーボードを叩く。
銀行員「既にお作りになられているようですが…。」
葵ちゃん「あっ、忘れてた。クレジットカードと間違えて切り刻んだかも…。」
イシコ「スミマセン!再発行していただけますでしょうかぁ?」
銀行員「暗証番号はお解りになりますか?」
葵ちゃん「いくつだったかなぁ?いくつだと思う?」
イシコ「俺が知る訳ないじゃん」
葵ちゃん「多分、10年前だと誕生日かなぁ」
イシコ「暗記ゲームみたいだなぁ…」
銀行員「…」
イシコ「あ、あの、満期になった母の預金でファンドを申し込みたいのですが…」
銀行員「この銀行でやられるのは、はじめてですか?」
イシコ「はい」
またまた銀行員はパソコンのキーボードを叩く
銀行員「暗証番号はあっていましたので、すぐに再発行の手続きをさせていただきます。番号は変えることをおすすめします。それとファンドは、もっていらっしゃるものがありますね…」
葵ちゃん「あったかも…」
銀行員「お調べしますね」
イシコ「すごいじゃん。儲かってたら今日の昼はお寿司だね」
葵ちゃん「10年以上前だからね…」
銀行員「あ、あのぉ原本割れになっています」
イシコ、葵ちゃん「…」
僕らの昼食はサンドイッチとなった。

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11月10日

一ヶ月に一度、イシコが一番、緊張する経営会議。
本日は全員チキンカレー弁当を取っていただき、食べながらである。
もうすぐホワイトマンは残り2年を切ってしまう。
何をしたいのか?
何を創りたいのか?
何でお金を得たいのか?
イシコはどう売っていきたいの?
全てのことに「う〜ん」と唸ってしまう。
ここ数ヶ月、同じ質問に何度、「う〜ん」と言っただろうか。
要はビジョンというものがイシコにないのが原因なのである。
サニーサイドアップの松本氏が
「ブロッガーとしてつきつめるってのも手だよ」
書くのがこれだけ好きだということがわかった今、それも一つなのかもしれない。
夕方、新幹線で実家に戻る。
車中でも、ビールを飲みながら、景色を見ながら、ボーッと考えていた。
ドキュメンタリーでも撮っていたらいい絵になりそうである。
「そのとき、イシコは悩んでいた。自分がどこに向っていくのか」
考えている自分にナレーションまで入れている。
「いい加減にしなさい!このナルシストが!」
もう一人のイシコがその度に怒っていた。

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11月9日

奥田民生の歌を唄いながら、駒沢通りをドライブしていた。
ふと書き仕事を思い出し、駒沢公園に車を停める。
この公園の幅の広い階段に座るのが好きである。
階段に座るというのには日本人の僕としては抵抗があるのだが、ここだとイタリア気分(何故、イタリアなのかは僕もわからない)になって座って太陽を浴びるのが好きなのだ。
座ってパソコンを開いたが、いつのまにか日光が気持ちよくて眠っていた。

家に戻り、ゆっくりお風呂に入った後、No.13ウサプリンがプロデュースするイベントに行く。
本日のゲストはスカイダイビングの世界チャンピオンの岡崎葉子氏。
昨年、ホワイトマンの雑誌グラビア撮影中にも一度、遊びに来てくれたことがある。
彼女は今年の世界選手権でもまたまた優勝したそうである。
ダイビングの落下する速度は平均200キロ以上。
それを生身の身体で体感するのはどんな感じなのだろう。
その上、その中で演技をするのだから、想像を絶する。

イベントですっかり興奮したまま、帰りにフラーッと渋谷のイタリアンレストラン「ハウス青山」へ立ち寄る。
本日のメニューもこちらのスタッフ倫子さんにおまかせである。
白ワインに合わせた三陸海岸で獲れた生牡蠣に始まり、パニーニ、蜂の巣(牛の胃袋)、イカスミなど舌鼓うちまくり。
普段、アルバイトでこの店に入っているヤジヤジ君と一緒のテーブルで食べさせていただく。
現在、大学生のヤジヤジ君は、卒業後、新聞社に勤めてジャーナリストの道に進むか農業に進むか進路で悩んでいるのだそうだ。
「わ〜、農業いいなぁ」
「わ〜、ジャーナリストもいいね〜」
と相談相手としては全く役に立たないイシコである。
そしてプロッコリーが出てきた。
ホントにブロッコリーだけなのだ。
もちろん手が加わっているのだがブロッコリーだけなのだ。
これだけブロッコリーを美味しいと思ったことは初めてだった。
「わ〜、ブロッコリーもいいね〜」
と言った瞬間、ヤジヤジ君は僕に相談するのを諦めた。

グラッパを飲みつつ、最高のチーズケーキとマロンアイスをいただきながら、ヤジヤジ君の恋愛話になっていく。
人の恋愛話程、おもしろいものはない。
こうして閉店後も厚かましく居続けた。
オーナーシェフの倫子パパ、ソムリエのタンタンさん、パテイィシエのマシューさんも加わり、みんなで同じテーブルで一緒に飲ませてもらった。
皆さんの話を聞いているとワインと食事の相性への探究心に感服である。
彼らに出会えたことで僕の食に対する認識は確実に変わっていくのだと思う。

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2005年11月11日

11月8日

スゥエーデンのスキーウェアーSOSに関わっている話は今までに何度も書いているが、そのSOSのWEBサイトが、3年目にして最高アクセスを記録を連発しているのだそうだ。
数字を言われてもピンと来ないイシコだが、最高と言われるのはやはり気持ちがいいものである。
今回のふざけた特集も予想以上に好評らしい。
SOSのキーパーソンである元全日本の小林久泰が今、気になる8人にイシコが旅気分で会いに行くというものである。
小林氏の目線、イシコの目線と登場人物との絡みは書いていてもすごく楽しかった。
何より次の人が誰になるのか、その人がどこに居るのかはイシコには知らされていないことが楽しい。
実はこれは飲み屋で決まった企画である。
多少のアルコールは僕達の頭の回転をよくしてくれるのだ。
というわけで12月からの特集を今回も飲み屋で企画しようと佐藤社長&小林取締役と自由ヶ丘の韓国料理屋で作戦会議。
しかし、本日は飲み過ぎた。
キムチや鍋をつまみながら、オーストラリアワイン「シラーズ」を2本も開けてしまった。
それに合わせて次の特集も2本出てしまった。
やっぱりアルコールはいい。
でも、待てよ。12月まで後、20日しかないじゃん。

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2005年11月09日

11月7日

パソコンで先日のホワイトマンショー「古本ラヂヲ」を編集した。
しかし、DVDの焼き方がわからない。
いつもCDに焼くのと同じ手法でやって、DVDのデッキに入れてみるが全く再生できない。
マニュアルを読めばいいのだが、僕はマニュアルというものを読むことができない。
読むことができないというより頭が拒否してしまうようで、いつのまにかどこかの外国語を読んでいるような気持ちになってしまうのだ。
とはいえこのままではずっと焼けない。
声を出してマニュアルを読んでみた。
しかし、声に集中してしまい、相変わらず理解できない。
一文字一文字なぞりながらマニュアルを読んでみた。
しかし、僕の指が太すぎて文字が読めなくなるのがうっとうしい。
仕方がないので、深呼吸をしてから精読してみた。
お〜。何やらもう一作業が必要なことがわかった。
こうして半日がかりでようやくDVDの焼き方を覚えるイシコであった。
マニュアルの読み方を先に覚えたほうが早そうである。

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2005年11月07日

11月6日

2日間の大道芸を終え、そのまま久しぶりにホワイトマンのヒップホップダンスレッスンを受けに行く。
身体というものは不思議な程、正直である。
最近、家でのストレッチをさぼっていたせいもあり、身体が悲鳴をあげている。
そして相変わらず、リズムが取れない。
ナオ先生は、1年前に始めた時より確実に身体が動くようになっているとはおっしゃるが、鏡に映るイシコは相変わらず変な生き物である。
気持ちいい汗はかくので、しばらくは続けよう。
そしていつかは習っているみんなでクラブへ繰り出したいと思う。

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11月5日

某企業のイベントで大道芸。
ホワイトマンとしての活動というよりはイシコの趣味に近い。
今日はどちらかというとポケットショーに近く、イシコが会場をいろいろ歩きながら、出会ったお客さんとその場でお話しながらショーをしていくというもの。
しかし、マジックバルーンを一つ作ってしまうと、そこからはお話ではなく単なるバルーンを作る機械のようになってしまうことの方が多い。
「おじさん、僕にもバルーンをちょうだいよ!」
「くれって言ってんだろ!」
現実は厳しいのである。
それでも落ち着いてくると、いろいろなおばさんや子供達とお話を楽しんだりする中でコミュニケーションツールの一つとしての大道芸を使う。
メチャクチャ楽しかった。

あるおばさんに
「うちの娘があんたの日記を読んでいるって。写真を撮ってこいって言われたんだけど…。撮ってもいいかい?」
と写真を撮られた。
この交遊録のことだろうか。
そういえばこのシステムデザインをやっている黒田氏が、ホワイトマンサイトは、何をやっている団体なのかわからないのにアクセス数はいいんですよねと言っていたのを初めて実感した。

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11月4日

本日も一日中、書き仕事。
夕方、明日の大道芸の準備をしていたら、マジックバルーンが足りない事が発覚。
車で板橋の大道芸ショップへ買いに行く。
僕は車を運転しながら、ショーの構成を考えるのが好きである。
いつしかしゃべり始めていることも多い。
車の中のイメージトレーニングではイシコは大道芸のスペシャリストになっている。
できもしないジャグリングのしゃべりだけを考えていたりするのである。
止まっている信号で隣の車線の車の視線を感じる。
そりゃそうである。
白熱してくると身振り手振り車の中で大変なことになっているのだから。

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11月3日

一日中、ほうじ茶をちびちび飲みながら、籠って書き仕事。
最近、パソコンに向かっている時間は長いが、全然、進まない時間も多い。
作家ってこんな感じなのかなぁって、少し嬉しくなったりもする。
なんで嬉しいのかもよくわからないが…。
なぁんてやっていたら、あっという間に夜になっていた。
ずーっとパソコンの画面を見ていたせいか頭が火照っているので、No.30ち〜ムーンと夜のドライブがてら、渋谷のベトナム料理屋に行く。
フォーをつまみながら、40代で何をしようかなぁという話になる。
イシコ「音楽でもやってみようかなぁ」
ち〜ムーン「は?」
イシコ「40になってから、歌うって楽しくない?」
ち〜ムーン「誰が歌うの?」
イシコ「僕」
ち〜ムーンは腹を抱えて笑いながら言った。
「歌をなめんな〜」
大泉逸郎さんは57歳でデビューしてんじゃん。
心の中でそう叫ぶイシコであった。
もちろん声には出さない。
絶対にいつか歌のライブやってやる。

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2005年11月03日

11月2日

ニューヨークのファンクショナルアーティストの福永氏と神宮外苑の聖徳記念絵画館へ行く。
auの携帯電話で話題になっている吉岡徳仁氏がスワロフスキーのクリスタルを使った作品が展示されており、そのオープニングパーティーである。
作品にはもちろん感銘を受けたのだが聖徳記念絵画館自体に行くのが初めてだったので、この建物自体に感動してしまう。
国会議事堂に似ているなぁと思ってしまうのだが、聖徳記念絵画館の方が大正時代の建築物として古いのだそうだ。
こんな素敵な場所があること自体知らなかった。

その後、表参道の青山ブックセンターへ移動する。
先日、福永氏の個展で紹介していただいたアートディレクター徳田氏のアートプロジェクトのオープニングパーティー。
アートプロジェクトretired weapons。
英語の言葉の意味通り、武器は引退して、よりよい方向に生まれ変わり、世界の平和を願うアートプロジェクトなのである。
いい感じで力が抜けているのだが、メッセージもきっちりある素晴らしいプロジェクトである。

で、びっくりしたのが、コアメンバーにホワイトマンの関係者でもある渋谷氏が入っているではないか?
というわけで、フィガロの千ちゃんも、フライングブックスの山路氏もラッパーのタカツキ氏も詩人の小林氏もイラストレーターのASAKO氏と顔なじみのメンバーも遊びに来ていたので、何だかパーティー嫌いのイシコも一気に肩の力が抜けてゆるゆるになる。

その後、華道家の大久保氏、ソニーのアートディレクター茂木氏や深松氏、WEBデザイナーのゆたか氏らと食事。何だかアートな一日であった。

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2005年11月02日

11月1日

続けざまに届いた2通のメールに一日中、考え込んでしまう。
一つは友人とのつきあい方。
本当にわかってくれる人が見つかれば、友達は一人でいいという考え方。
大学時代から、その考えを口にする人に僕は何名か出会ってきた。
その度にいつも自分も考え込む。
10代のときは、友達はいっぱいの方がいいと思っていた。
20代のときは、本当の友人は一人でいいのかもと思っていた。
30代のはじめは、やっぱり友達は多い方がいいと思いなおした。
30代半ばすぎの今、出した結論はどっちでもいいかなって。
考えるのが面倒だからどっちでもいいのではなく、考えた挙げ句のどっちでもいいである。
というのは知り合いだろうが、友人だろうが、親友だろうが、僕自身、あまり関係ないようである。
仮に僕が友人と思っていても相手は知り合いだという認識だったりするかもしれない。
「お前、イシコの親友だよな?」
と聞いて、脅迫めいた関係性になるのも不自然である。
僕のような人間は死ぬ間際になって、あれ?知り合いだと思ってたけど、あいつ親友だったかもって考える楽しみを持っておけばいいのかなという結論に至ったのだ。

もう一つは本音について。
イシコは本音を言っていないのではないかという疑いを持った方がいいということ。
これも実は小学生の頃から言われていた。
「嘘つき大名」とも言われた深い意味はそこにもあるのかもしれない。
僕は毎日が楽しい。
これは嘘ではない。
物を書いたり、お話をしたり、パフォーマンスしたり、イメージしたりすることは苦にならない。
これも嘘ではない。
ただ、その途中、途中の過程で、苦しいことはある。
その苦しいときに「俺、苦しんでいるかも。絶対に後でネタになる」ってもう一人の悪戯心のイシコがつぶやいて楽しんでいる。
それも本音。
そして出来上がった時に「イケル!」と思うのも本音。
しばらく経って、「イケル?」って弱気になるのも本音。
こうなってくるとどれが本音なのかわからなくなる。
これはもうしばらく時間がかかりそうである。
そのための手段として様々な表現方法があるのだから。

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